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落とされ人  作者: カーブミラー


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216/222

【216.昔の話】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 夏の暑さが衰え、王室図書館への通勤も楽になってきた。

 〈ラクロア王国〉からもたらされた文献は、多少の記述間違いがあり、修正が施されていく。

 さすがに自分が関わってこなかった分野については、間違い探しなどできるはずもなかったが、それでも自分の知識として吸収した。


 王室図書館のそばには、〈スベルト〉王室大学がある。

 ときどき、キャンパス内を散策する。

 多くの学生が、キャンパスを移動したり、あちこちで議論したりして楽しんでいる。

 〈スベルト王国〉の王子・王女も、かよっている。

 ここでは、学生の教育だけではなく、多くの研究も行なわれ、そこで得られた知識は、社会に還元されている。


 キャンパス内のカフェで、冷えたグラスを傾けていると、声をかけられた。

「失礼。もしかして、モーガン卿でいらっしゃいますか?」

 グラスをテーブルに置き、その声の主の顔を見上げた。

 女性。

 年齢は、30代前半だろうか。

 透きとおるような白い肌、内巻きにウェーブするセミロングの黒髪、白目がきれいな黒い瞳。

 細身で、胸のふくらみは大きくはない。

 半袖ブラウスとスカートという定番服。

 靴は、やはり濃紺ではあるが、スニーカータイプだ。

 腰まわりが、多少大きいか。

「はい、そうですが」

「突然、お声掛けしてしまい、申し訳ありません。わたくし、こちらで助教授をしておりますジェニファー・ブリンと申します」

「助教授でしたか。まぁ、どうぞ」と空いているイスを勧めた。

「ありがとうございます」

 彼女はまず、持っていたプレートをテーブルに置いた。

 そのプレートには、コーヒー、ホットサラダ、ふたつのベーグルが乗っている。

 助教授が、勧めたイスに腰を下ろす。

「これから昼食ですか? もう2時ですが」と訊いてみた。

「はい。集中して仕事をしていたもので」

「ああ、なるほど。お気になさらずにどうぞ」

「ではお言葉に甘えさせていただきます」

 だが、彼女は、コーヒーに砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜただけだった。

 それからオレに顔を向けた。

「最近、お見かけするようになりましたが、お仕事でこちらに?」

「ええ。王室図書館で、ちょっとした仕事を。今は、休憩中というわけです」

「そうでしたか」

 コーヒーを、すすらずに飲む彼女。

 それからカップから口を離し、「お声掛けいたしましたのは」とカップをテーブルに置く。「モーガン卿にお伺いしたいことがありまして」

「はて、なんでしょうか?」

「“パステル”という惑星は、ご存知で?」

 〈パステル〉か。

「〈ブルーコーラル星系〉第3惑星ですね。以前、住んでおりました」

 若いころのことだ。

 オレを育てた女詐欺師は、すでに飛行機事故で死んでいた。

 その女詐欺師の遺産を相続し、何人かの女を騙し、オレが個人レベルの詐欺に向いていないことを悟ったころだ。

 オレは、その惑星を去り、別の星系へと移り住んだ。

 それが、〈ブルーコーラル星系〉第3惑星〈パステル〉だった。

 〈スータン〉のように動植物に恵まれた惑星ではなく、テラフォーミングされ、動植物が移植された、人工環境の世界。

 それでも都市が発達したのは、重要な金属鉱床がいくつもあったからだ。

 鉱床を掘るだけではなく、加工して、製品を作り出し、それを輸出。

 そうした企業が、都市を形成していた。

 オレは、そこで中小企業を狙った詐欺を働きだしたのだ。

 みな、おもしろいように騙されてくれた。

 “うまい話には裏がある”という言葉どおりなのに。

「なるほど」と女助教授はうなずいた。「では、“コモリ・コーポレーション”という名前に聞き覚えは?」

 “コモリ・コーポレーション”?

 企業詐欺の標的のひとつだ。

 中小企業の中では、大きい方だった。

 もちろん、騙されてくれた。

 こちらは大金をせしめ、あちらは倒産した。

 この女助教授は、もしかして、その関係者か?

 だが、彼女の年齢からすれば、当時はまだ生まれていなかったはずだ。

 彼女の表情からは、何も感じられない。

「どうです?」と訊いてきた。

 どうやら、オレは怪訝な顔をしていたらしい。

 そこで答えた。

「ええ、存じております」

 女助教授の表情が変わった。

 驚いているようだ。

「ご存知だと?」

「ええ」

 彼女は首を振り、何かを口にしようとして、やめた。

 それから言葉を選んで、次の言葉をその口から出した。

「関わったことがあるのですか?」

「ええ」とうなずく。

「どのような関係で?」

「取引を少々。残念ながら、それであの会社は倒産してしまいましたが」

 彼女はまた、首を振った。

「驚きですわね。そこまでおっしゃられるとは」

「何がです? 事実を否定してもはじまりませんよ。あなたがお知りになりたいことはなんですか?」

 彼女はオレを見つめた。

 すべてを見透かそうとするかのように。

 それから口を開いた。

「あなたは、その会社を騙しましたね? テリー・デンバーという名前を使って」

「そうとられても仕方ありませんね。あの会社のおかげで、私は儲けも出しましたし」

 “テリー・デンバー”は、〈パステル〉で使っていた名前だ。

 オレに本当の名前など、小さいときからなかった。

 親の顔すら知らないのだ。

 捨てられて、施設で育てられた。

 その当時は、勝手に名前をつけられて呼ばれてはいたが、今ではそれも思い出せない。

 思い出そうとも思わないが。

「お金を受け取っただけ、でしょう? それから逃げた」

「そのとおり。実際には、株も購入して、そちらでも利益を出しましたがね」

「それは、企業詐欺、ではありませんか?」

「そうおっしゃりたければ」

「なぜ、否定なされないのです? このことを公表したら――」

「ここでは“過去は過去”では? それに私が詐欺師であったことは、陛下にすべて御話しております」

 彼女の目が大きく見開かれた。

 それだけの驚きがあったのだろう。

「すべて? 陛下はそれでもあなたに爵位を?」

「陛下に告白したのは、爵位を得て、しばらくしてからのことですね」

「それなのに陛下は――」

「私の爵位を剥奪しようとは、なさらなかった」

「どうして?」

「さぁ。ですが、私は陛下に忠誠を誓いました。その言葉を御信じになられたがゆえに、でしょう」

「たったそれだけ? それだけで陛下は御信じに?」

「ええ」

「このことを公表したら――」

「私の名を知る人の多くが混乱し、私の爵位の返還を求め……やがて、陛下を糾弾することになるかもしれませんね。そうなさりたいですか?」

 彼女は首を振った。「まさか」

「よかった。陛下の御迷惑になるようなことにはなりたくなかったのでね。ほかにご質問は?」

 彼女は口を動かしはしたが、言葉にはならなかった。

 オレは、グラスに残った液体をそのままにして、立ち上がった。

 どうせ、氷が解けて、まずくなっているから。

「もしほかにもご質問があるようでしたら、いつでもどうぞ。もうしばらくは、こちらに休憩でまいりますので」

 彼女はオレを引きとめようとはしなかった。


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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