【216.昔の話】
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夏の暑さが衰え、王室図書館への通勤も楽になってきた。
〈ラクロア王国〉からもたらされた文献は、多少の記述間違いがあり、修正が施されていく。
さすがに自分が関わってこなかった分野については、間違い探しなどできるはずもなかったが、それでも自分の知識として吸収した。
王室図書館のそばには、〈スベルト〉王室大学がある。
ときどき、キャンパス内を散策する。
多くの学生が、キャンパスを移動したり、あちこちで議論したりして楽しんでいる。
〈スベルト王国〉の王子・王女も、かよっている。
ここでは、学生の教育だけではなく、多くの研究も行なわれ、そこで得られた知識は、社会に還元されている。
キャンパス内のカフェで、冷えたグラスを傾けていると、声をかけられた。
「失礼。もしかして、モーガン卿でいらっしゃいますか?」
グラスをテーブルに置き、その声の主の顔を見上げた。
女性。
年齢は、30代前半だろうか。
透きとおるような白い肌、内巻きにウェーブするセミロングの黒髪、白目がきれいな黒い瞳。
細身で、胸のふくらみは大きくはない。
半袖ブラウスとスカートという定番服。
靴は、やはり濃紺ではあるが、スニーカータイプだ。
腰まわりが、多少大きいか。
「はい、そうですが」
「突然、お声掛けしてしまい、申し訳ありません。わたくし、こちらで助教授をしておりますジェニファー・ブリンと申します」
「助教授でしたか。まぁ、どうぞ」と空いているイスを勧めた。
「ありがとうございます」
彼女はまず、持っていたプレートをテーブルに置いた。
そのプレートには、コーヒー、ホットサラダ、ふたつのベーグルが乗っている。
助教授が、勧めたイスに腰を下ろす。
「これから昼食ですか? もう2時ですが」と訊いてみた。
「はい。集中して仕事をしていたもので」
「ああ、なるほど。お気になさらずにどうぞ」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
だが、彼女は、コーヒーに砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜただけだった。
それからオレに顔を向けた。
「最近、お見かけするようになりましたが、お仕事でこちらに?」
「ええ。王室図書館で、ちょっとした仕事を。今は、休憩中というわけです」
「そうでしたか」
コーヒーを、すすらずに飲む彼女。
それからカップから口を離し、「お声掛けいたしましたのは」とカップをテーブルに置く。「モーガン卿にお伺いしたいことがありまして」
「はて、なんでしょうか?」
「“パステル”という惑星は、ご存知で?」
〈パステル〉か。
「〈ブルーコーラル星系〉第3惑星ですね。以前、住んでおりました」
若いころのことだ。
オレを育てた女詐欺師は、すでに飛行機事故で死んでいた。
その女詐欺師の遺産を相続し、何人かの女を騙し、オレが個人レベルの詐欺に向いていないことを悟ったころだ。
オレは、その惑星を去り、別の星系へと移り住んだ。
それが、〈ブルーコーラル星系〉第3惑星〈パステル〉だった。
〈スータン〉のように動植物に恵まれた惑星ではなく、テラフォーミングされ、動植物が移植された、人工環境の世界。
それでも都市が発達したのは、重要な金属鉱床がいくつもあったからだ。
鉱床を掘るだけではなく、加工して、製品を作り出し、それを輸出。
そうした企業が、都市を形成していた。
オレは、そこで中小企業を狙った詐欺を働きだしたのだ。
みな、おもしろいように騙されてくれた。
“うまい話には裏がある”という言葉どおりなのに。
「なるほど」と女助教授はうなずいた。「では、“コモリ・コーポレーション”という名前に聞き覚えは?」
“コモリ・コーポレーション”?
企業詐欺の標的のひとつだ。
中小企業の中では、大きい方だった。
もちろん、騙されてくれた。
こちらは大金をせしめ、あちらは倒産した。
この女助教授は、もしかして、その関係者か?
だが、彼女の年齢からすれば、当時はまだ生まれていなかったはずだ。
彼女の表情からは、何も感じられない。
「どうです?」と訊いてきた。
どうやら、オレは怪訝な顔をしていたらしい。
そこで答えた。
「ええ、存じております」
女助教授の表情が変わった。
驚いているようだ。
「ご存知だと?」
「ええ」
彼女は首を振り、何かを口にしようとして、やめた。
それから言葉を選んで、次の言葉をその口から出した。
「関わったことがあるのですか?」
「ええ」とうなずく。
「どのような関係で?」
「取引を少々。残念ながら、それであの会社は倒産してしまいましたが」
彼女はまた、首を振った。
「驚きですわね。そこまでおっしゃられるとは」
「何がです? 事実を否定してもはじまりませんよ。あなたがお知りになりたいことはなんですか?」
彼女はオレを見つめた。
すべてを見透かそうとするかのように。
それから口を開いた。
「あなたは、その会社を騙しましたね? テリー・デンバーという名前を使って」
「そうとられても仕方ありませんね。あの会社のおかげで、私は儲けも出しましたし」
“テリー・デンバー”は、〈パステル〉で使っていた名前だ。
オレに本当の名前など、小さいときからなかった。
親の顔すら知らないのだ。
捨てられて、施設で育てられた。
その当時は、勝手に名前をつけられて呼ばれてはいたが、今ではそれも思い出せない。
思い出そうとも思わないが。
「お金を受け取っただけ、でしょう? それから逃げた」
「そのとおり。実際には、株も購入して、そちらでも利益を出しましたがね」
「それは、企業詐欺、ではありませんか?」
「そうおっしゃりたければ」
「なぜ、否定なされないのです? このことを公表したら――」
「ここでは“過去は過去”では? それに私が詐欺師であったことは、陛下にすべて御話しております」
彼女の目が大きく見開かれた。
それだけの驚きがあったのだろう。
「すべて? 陛下はそれでもあなたに爵位を?」
「陛下に告白したのは、爵位を得て、しばらくしてからのことですね」
「それなのに陛下は――」
「私の爵位を剥奪しようとは、なさらなかった」
「どうして?」
「さぁ。ですが、私は陛下に忠誠を誓いました。その言葉を御信じになられたがゆえに、でしょう」
「たったそれだけ? それだけで陛下は御信じに?」
「ええ」
「このことを公表したら――」
「私の名を知る人の多くが混乱し、私の爵位の返還を求め……やがて、陛下を糾弾することになるかもしれませんね。そうなさりたいですか?」
彼女は首を振った。「まさか」
「よかった。陛下の御迷惑になるようなことにはなりたくなかったのでね。ほかにご質問は?」
彼女は口を動かしはしたが、言葉にはならなかった。
オレは、グラスに残った液体をそのままにして、立ち上がった。
どうせ、氷が解けて、まずくなっているから。
「もしほかにもご質問があるようでしたら、いつでもどうぞ。もうしばらくは、こちらに休憩でまいりますので」
彼女はオレを引きとめようとはしなかった。
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