【212.冷蔵庫】
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昼間の仕事は、実に暇だった。
医療ドックで若返ったおかげか、一ヵ所にいるのがつらい。
それに送られてきた〈ラクロア王国〉の文献はすべて、頭に入れてあるから、まわりからは眠っているようにしか見えていない。
オレのことを知っているテオが、まわりで働く人々に説明しているのが聞こえることもあった。
そうしたこともあって、ある程度の時間を脳内処理に費やしたあと、休憩しては、建物のまわりを歩きまわる。
歩きまわりながら、ライブラリーをどうしようか、と考えて。
いい考えには結びつかなかった。
***
マリーンからは、しばらく音沙汰がなかった。
ようすが知りたくて、メールする。
返信は夜に来たが、そっけない内容だった。
“お休みなさい”とだけ。
マリーンに意識を集中して、彼女のようすを見た。
彼女は眠っていた。
どうやら疲れているらしい。
おそらく今の仕事が忙しくて、疲れるのだろう。
身体はロボットでも、脳は人間。
覚えることややることが多くて、大変なのだ。
今までは、オレのそばでゆっくり仕事ができたが、それとは対象的なのかもしれない。
今の彼女には、慣れる時間が必要なのだろう。
***
休日。
〈スータン〉の外のオレの隠れ家を掃除する。
小惑星騒ぎの少し前から、チェックすることを忘れていた。
コンピューターのスクリーンは、投資の状況を表示している。
意外にも結果は好調で、口座はなかなかの金額を示していた。
履歴を確認する。
どうやら投資していた小さな会社が、ヒット商品を生み出したおかげらしい。
この口座は当初、マリーンのメンテナンス費用を賄うためのものだったが、SXEの申し出により、〈スータン〉への基地設営に協力する対価として、SXEがその費用を負担してくれることになった。
つまり、この口座に貯まった金額は、現在のところ、使用用途のない状態なのだ。
何かいい出資先がないか、探してみるか。
それとも何かを購入するか。
ミチカの部屋を訪れる。
ベッドから立ち上がっていた彼女の前に、姿を現した。
すでに念を送っておいたから、彼女の驚きはなかった。
いつものことだ。
「お帰りなさい、パオロ」
「ただいま」
「お腹は空いてませんか?」
「そういえば、昼食を食べるのを忘れてたな」
「なら作りますね」
「うん」
ミチカは、〈スータン〉の料理を知っていた。
食材は、冷蔵庫にある。
この冷蔵庫には、しばらくしてから驚いたものだ。
新鮮な食材が詰まっているのだが、以前に開けたときと、中身もその状態も変わらなかったのだ。
ミチカの説明によると、ステイシス・フィールドを応用したものなのだとか。
ステイシス・フィールド――停滞場フィールドとも呼ばれる。
簡単に説明すると、内部空間の時間を止めてしまうものだ。
本当に時間を止めるのではない。
物質の原子の活動を停止させるものなのだ。
この装置には外部の電源が必要となるが、それほどの電力ではないらしい。
こうした装置があるというのは、聞いたことがなかった。
SXEが保有する技術のひとつなのだそうだ。
冷蔵庫内の時間が止まっているのなら、食材の新鮮味が損なわれることはない。
作った料理すらも温度をそのままに保存できるのだ。
だが、ミチカは、キッチンでの調理をする。
「作り置きしておいてもいいのに」
オレがそう言うと、彼女は微笑みながら首を振った。
「パオロのそのときの体調を見てから、作った方がおいしいでしょうから。その分、時間はかかりますけど」
なるほど。
キッチンに立つ彼女の姿を見るのも悪くない、と思った。
ミリーもよく料理した。
彼女にはオレが教え込まねばならなかったが、それがまたよかった。
そういう意味では、ミチカはそつがなく、教え込むことはオレの好み程度しかなかった。
ミリーと比べてしまうのは、どうしようもない。
ミリーには、それだけの時間を注いできたのだから。
それゆえに愛も芽生えたのだろう。
ミチカもまた、愛する対象になるのだろうか?
それとも単なる性欲発散で終わるのか……。
まぁ、それがセクサロイドの仕事なのだが。
彼女の手料理は、盛り付けもよく、味もうまかった。
ミチカはオレの食べる姿を微笑みながら見る。
うれしいらしい。
彼女は飲食もできる身体だ。
それでも自分からは食べようとはしない。
ミリーは、そういう身体ではなかった。
それだけの違いがあるのだ。
ミチカをふつうに購入したら、かなりの額になるだろう。
その点では、アルに――SXEにも――感謝するしかない。
冷蔵庫には、石が入っていた。
じつはこの石、生物なのである。
名前は、“石サナギ”。
〈アーガイル〉に斥候部隊が進入してきたときに、隊長に説明した食材のひとつだ。
中には柔らかい肉質と甘みのある水分が入っている。
素晴らしく美味で、まるで果物のようなのだ。
この石のような殻は、食塩水で処理すると、柔らかくなる。
ふつうに割ろうとすると、かなりの硬さで、苦労してしまうのだが。
なぜ、こんな石のようになるのか?
この生物は、川辺に生息している。
成熟するとマユを作る――これが石のように見える。
一種の擬態だ。
そうして、川の水かさが増えると、このマユが水面に浮かび――中には気室があって浮かぶ――、下流へと流される。
海に到達すると、海水の塩分により、マユが柔らかくなり、中の生物が出てきて、生殖活動を行なう。
卵は、海草の森に生みつけられる。
卵から孵ると、生物は川を遡上していく。
成熟するまでは、川床を這って、エサを探して、生きていくのだ。
ほかにも変わった生物はいるが、彼らから見たら、人間の方が変わって見えるのだろうな。
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