【197.治療方針】
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「それで私の状態は?」とアルに訊く。
目覚めてから、もう一度眠ったあとだ。
「それが……しばらくはこのドックにいてもらわねばなりません」
「そんなに酷いのかね?」
「あの毒草の毒は、複雑な構造をしていましてね。微量でも体内に入ると、血中に入り込み、脳に達すると麻酔を打ったようになります」
「意識が朦朧としはじめたのは、そのせいか」
「おそらく。その後、毒の成分がいくつかの物質と結びつき、心肺に負担をかけ、最後には心臓が停止し、死にいたります」
「ふむ。それで?」
「あなたは、心臓停止の一歩手前で、ここに跳んできました。停止したのはその直後です。すぐ医療ドックに入れ、心肺蘇生を試みましたが、蘇生することができませんでした。毒が邪魔をしていたのです。とにかく毒素を除去することにしました。そのあいだに別ルートで脳に酸素とブドウ糖を供給しました。心肺蘇生に時間がかかったため、脳の一部が死滅しはじめていたからです」
嫌な展開だ。
「そうなると、後遺症が気になるが?」
「ええ。今のところ、運動野にそれが見られます」
「運動野か。行動が制限されてしまうな」
「ふつうなら」
「ん? ふつうなら?」
アルはうなずいた。
「ソラの医学でもSXEの医学でも、損傷した脳をもとどおりにすることはできません。細胞を培養して使うとしても、神経接続をうまく行なうには、長い期間の調整が必要になり、また、リハビリも長くなります」
「だろうね」
「そこで我々は、つまり、SXEのことですが、ナノマシンを注入することを検討しました」
「ナノマシンを?」
「ええ。死んでしまった脳細胞の代わりをさせるのです。微調整は医療ドックがしてくれます。ほかの医療技術に比べれば、かかる時間はそれほどではありません」
「それで以前と同じように動ける、と?」
「ほとんど。ただし、運動野以外の部分に損傷があった場合、影響が残る可能性はあります」
「たとえば?」
「記憶の一部が欠落しているかもしれません。記憶はさすがに修復は無理ですから。その一部の欠落のために、残った記憶の部分に影響が出ることも考えられます。記憶と記憶はつながっていますからね。Aを思い出すとBも思い起こす、といったことができなくなるでしょう」
「前頭葉についてはどうだろう?」
前頭葉とは、脳の前方に位置する部分で、運動や精神活動、読み書きに関する言語機能にも深く関係している。
また、この部分では、思考したり、創造したり、意思決定も行なわれている。
喜怒哀楽もこの部分だ。
この部分に欠落が生じていたら、オレのさまざまな精神活動に影響が出るだろう。
つまり、〈マニ教〉の教えで学んだ超能力も発揮できなくなるのだ。
「今のところ、欠落は見つかっていません。ただし、ほかの部分の欠落が影響を与える可能性はあります」
「なるほど」
そうでないことを祈るしかないか。
「それでどのくらいの期間を、ここで過ごさねばならないのかな?」
「あと3週間は見てください」
「あと? もしかして、私がここに跳んできて、かなりの時間が?」
「目覚めるまで、ほぼ1週間が経過していました」
「そんなに?」
「毒の麻酔効果が思った以上に続いていたんです。それから心臓にも肺にも負担がかかっていましたから、再建しました」
「再建? どういう意味だね?」
「そのままでは数年ももたない、と判断したんです。そこで新しい心臓と肺を育て、順次入れ替えました。一部の組織は新しい心臓に移植してあります」
「移植手術を?」
心臓の外科手術は、かなりの大手術になる。
いくらSXEの医術が素晴らしいとはいっても、難しいだろう。
だいたいそこまでの手術が、この医療ドックでできるはずがない。
「外科手術はしていません。すべてナノマシンで行ないました」
「つまり、この体内ですべてを行なった、というのかね?」
「はい」
それを想像しようとしてみた。
ふたつの心臓がとなりあっている姿だ。
せまい空間でふたつの心臓が身動きできずにいる。
「ふたつの心臓が入る余地があるとはおもえんが」
「さすがに同じ大きさのものは無理ですね」とアルは笑みを浮かべた。「心臓の一部を育て、順次切り替えていきました。古い心臓の部位はナノマシンによってすりつぶされ、血中に養分として放出されています」
なるほど、それなら想像できる。
だが、そんなことをこの体内で行なっていたなんて。
それを思って、苦笑いした。
「目覚めていたら、気持ち悪かっただろうな」
彼が大きく笑った。
「きっとそうでしょうね。絶対安静状態だったからこそ、できた処置だと思いますよ」
「そうだろうねぇ」
「体内の各部でいくつか損傷も見られました。加齢によるものです。そちらも修復しておきました」
「おやおや、それはありがたいな」
「心臓や肺だけが若返っても、ほかに負担が行くことになりますのでね」
「なるほど」
「報告は以上です。まだ疲れやすい状態ですから眠ってください」
反論はしなかった。
マブタを閉じると、すぐに眠れた。
アルが医療ドックに、睡眠剤の注入を指示したのだろう。
目が覚めるまで、夢は見なかった。
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