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落とされ人  作者: カーブミラー


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197/230

【197.治療方針】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

「それで私の状態は?」とアルに訊く。

 目覚めてから、もう一度眠ったあとだ。

「それが……しばらくはこのドックにいてもらわねばなりません」

「そんなに酷いのかね?」

「あの毒草の毒は、複雑な構造をしていましてね。微量でも体内に入ると、血中に入り込み、脳に達すると麻酔を打ったようになります」

「意識が朦朧(もうろう)としはじめたのは、そのせいか」

「おそらく。その後、毒の成分がいくつかの物質と結びつき、心肺に負担をかけ、最後には心臓が停止し、死にいたります」

「ふむ。それで?」

「あなたは、心臓停止の一歩手前で、ここに跳んできました。停止したのはその直後です。すぐ医療ドックに入れ、心肺蘇生を試みましたが、蘇生することができませんでした。毒が邪魔をしていたのです。とにかく毒素を除去することにしました。そのあいだに別ルートで脳に酸素とブドウ糖を供給しました。心肺蘇生に時間がかかったため、脳の一部が死滅しはじめていたからです」

 嫌な展開だ。

「そうなると、後遺症が気になるが?」

「ええ。今のところ、運動野にそれが見られます」

「運動野か。行動が制限されてしまうな」

「ふつうなら」

「ん? ふつうなら?」

 アルはうなずいた。

「ソラの医学でもSXEの医学でも、損傷した脳をもとどおりにすることはできません。細胞を培養して使うとしても、神経接続をうまく行なうには、長い期間の調整が必要になり、また、リハビリも長くなります」

「だろうね」

「そこで我々は、つまり、SXEのことですが、ナノマシンを注入することを検討しました」

「ナノマシンを?」

「ええ。死んでしまった脳細胞の代わりをさせるのです。微調整は医療ドックがしてくれます。ほかの医療技術に比べれば、かかる時間はそれほどではありません」

「それで以前と同じように動ける、と?」

「ほとんど。ただし、運動野以外の部分に損傷があった場合、影響が残る可能性はあります」

「たとえば?」

「記憶の一部が欠落しているかもしれません。記憶はさすがに修復は無理ですから。その一部の欠落のために、残った記憶の部分に影響が出ることも考えられます。記憶と記憶はつながっていますからね。Aを思い出すとBも思い起こす、といったことができなくなるでしょう」

「前頭葉についてはどうだろう?」

 前頭葉とは、脳の前方に位置する部分で、運動や精神活動、読み書きに関する言語機能にも深く関係している。

 また、この部分では、思考したり、創造したり、意思決定も行なわれている。

 喜怒哀楽もこの部分だ。

 この部分に欠落が生じていたら、オレのさまざまな精神活動に影響が出るだろう。

 つまり、〈マニ教〉の教えで学んだ超能力も発揮できなくなるのだ。

「今のところ、欠落は見つかっていません。ただし、ほかの部分の欠落が影響を与える可能性はあります」

「なるほど」

 そうでないことを祈るしかないか。

「それでどのくらいの期間を、ここで過ごさねばならないのかな?」

「あと3週間は見てください」

「あと? もしかして、私がここに跳んできて、かなりの時間が?」

「目覚めるまで、ほぼ1週間が経過していました」

「そんなに?」

「毒の麻酔効果が思った以上に続いていたんです。それから心臓にも肺にも負担がかかっていましたから、再建しました」

「再建? どういう意味だね?」

「そのままでは数年ももたない、と判断したんです。そこで新しい心臓と肺を育て、順次入れ替えました。一部の組織は新しい心臓に移植してあります」

「移植手術を?」

 心臓の外科手術は、かなりの大手術になる。

 いくらSXEの医術が素晴らしいとはいっても、難しいだろう。

 だいたいそこまでの手術が、この医療ドックでできるはずがない。

「外科手術はしていません。すべてナノマシンで行ないました」

「つまり、この体内ですべてを行なった、というのかね?」

「はい」

 それを想像しようとしてみた。

 ふたつの心臓がとなりあっている姿だ。

 せまい空間でふたつの心臓が身動きできずにいる。

「ふたつの心臓が入る余地があるとはおもえんが」

「さすがに同じ大きさのものは無理ですね」とアルは笑みを浮かべた。「心臓の一部を育て、順次切り替えていきました。古い心臓の部位はナノマシンによってすりつぶされ、血中に養分として放出されています」

 なるほど、それなら想像できる。

 だが、そんなことをこの体内で行なっていたなんて。

 それを思って、苦笑いした。

「目覚めていたら、気持ち悪かっただろうな」

 彼が大きく笑った。

「きっとそうでしょうね。絶対安静状態だったからこそ、できた処置だと思いますよ」

「そうだろうねぇ」

「体内の各部でいくつか損傷も見られました。加齢によるものです。そちらも修復しておきました」

「おやおや、それはありがたいな」

「心臓や肺だけが若返っても、ほかに負担が行くことになりますのでね」

「なるほど」

「報告は以上です。まだ疲れやすい状態ですから眠ってください」

 反論はしなかった。

 マブタを閉じると、すぐに眠れた。

 アルが医療ドックに、睡眠剤の注入を指示したのだろう。

 目が覚めるまで、夢は見なかった。


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