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落とされ人  作者: カーブミラー


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195/234

【195.セ・イーント文明人】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 オレは、光の中にいた。

 明るく暖かい光だ。

 まぶしくはない。

 この光は、以前に見たことがある。

 どこでだったか……そうだ、〈パディントン〉の造船所の老いた棟梁が、死の直後に見ていた光だ。

 どうして?

 ああ、そうか、オレは〈ヘベルカ〉軍の指揮官に毒草で殺されて、死んだのか。

 それでここにいるんだな。

 だが、最後に物送りの術で、どこかに跳んだはず。

 どこだっただろうか?

 思い出せない。

 目の前に、昇り階段があった。

 そこにずっとあったのだろうか?

 気付かなかった。

 視線を上げて、階段の先を見た。

 ずっと続いているようにも見えた。

 その階段をひとりの人間が下りてくるのが見える。

 まわりが明るいので、シルエットすらわからないが、人間だとはわかる。

 どのくらいの時間がかかったのだろう?

 すごくかかったようにも、ほんのちょっとだけだったようにも感じた。

「パオロ」とその人物に声かけられた。

 目の前で立ち止まったその人物は、女性だった。

 黒髪は長く、ライトブラウンの肌。

 彼女を見て、オレは驚きもしなかった。

「やぁ、クリス」

 彼女は、クリスティーヌ・ブロードリック、オレの恋人だった。

 付き合っていたころは、髪はベリーショート。

 それは軍人だったからというのと、パイロットだったからというのが、彼女が言っていた理由だ。

「髪は、その方が似合っているね」

「そう?」

 クリスは、薄い生地のワンピース姿で、靴は履いていない。

「それに表情が柔和になってる」

「もうパイロットじゃないもの」

「なるほど」

 オレたちは、腕を組んで歩いた。

 階段は消えていた。

「天国に来られるとは思っていなかったな」

「詐欺師だから地獄行きだ、と思ってた?」

 うなずく。

「残念だけど、パオロ。ここは天国じゃないわ」

「どこでもいいさ、君がいれば」

「うれしいわ、パオロ。でも私は道案内してるだけ」

「道案内? どこへ?」

 彼女は、その問いには答えなかった。

 オレも答えを求めずにいた。

 彼女とこうしていられるのが、うれしかったから。


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 というか、時間の概念が、この世界にあるのだろうか?

 目の前にひとりの人物が見えてきた。

 イスに座り、こちらを向いていた。

 全体的に白い。

 乳白色といった感じだ。

 その髪は、人間のそれではなく、むしろ羊の毛のように見える。

 目は、長い髪に隠されている。

 その顔もなかば隠されているが、鼻面が長い。

 犬か何かのようだ。

 疲れた老人のようにも見える。

 人間と同じく、2本の脚に2本の腕。

 乳白色のチュニックとズボンを着ている。

 ふたりで、その人物の目の前に立った。

「紹介するわ」とクリス。「アダンよ」

「はじめまして」と声をかけた。

「はじめまして、パオロ・モーガンさん。アダンです」

 その声は、低く響くが、心地のいい響きだ。

 彼は立ち上がった。

 背が高い。

 オレよりも頭ふたつ分はある。

 彼は両手を身体の前で組んだ。

 それから歩きはじめる。

 オレたちふたりも、一緒に歩きはじめた。

「あなたはどちらのかたなのですか?」

 彼はどう見ても、ソラ人でもないし、オレの知っている異星人でもない。

「セ・イーント文明人です。ご存知ですかな?」

「セ・イーント文明人」記憶の中をチェックする。「初めて聞きますが」

「太古に栄えた文明です」

「今は?」

「この世界にいます」

「この世界とは?」

「あなたは、天国だと思っているようですが、違います」

「ですが、私は死んだのでしょう?」

「まだ死んではおりませんよ。魂がさまよっているような状態です」

「さまよっている?」

「あなたの身体は、毒に犯され、生と死の境に立っています。そのため、肉体と魂の結合がゆるまり、ここへ来ているのです」

 〈サキテラス教〉の教祖だった自分が、信者たちに信じ込ませた言葉に似ていて、苦笑した。

 魂の救済と称して、彼らを集団自殺に追い込んだのだ。

 オレの言葉をみんな信じた。

 唯一信じていなかったのは、このオレだけだ。

 そんなオレに、彼は同じような言葉を使っていた。

「やはり地獄に行くんでしょうね」

「地獄などありません。そういう意味では天国も」

「では、ここはどこなのです?」

「霊魂世界、といえばいいのかな」

「霊魂世界……つまり、あなたも魂の状態で?」

「そうです。身体はすでに生命活動を停止しています」

「それは死んでいるということですよね」

「いいえ。生命活動を停止しているだけで、活動の再開は可能なのです」

「肉体は滅んではいない、と?」

「はい。それでも戻るつもりはありませんが」

「この状態に満足しているわけですか」

「そのとおりです。我々はあらゆる知識をこの世界で得られるのです。それが我々の望んだことでしたから」

「“知識は宝”、ですか」

「そうです。〈スベルト王国〉とはレベルが違いますがね」彼が小さく笑った。

 〈スベルト王国〉……そうだ、陛下はどうなったのだろう?

 それを察したのか、クリスが言った。「陛下は御無事よ」

「〈ヘベルカ〉軍は?」

「〈スベルト〉軍と戦っているわ」

「対応できたのか」オレはホッと胸をなでおろした。

「パオロ」とアダン。「あなたは戻らねばならない」

「このまま、死んではいけないのかな?」

 アダンがこちらを見た。

「あなたが死ぬ時期は今ではありません。今死んだら、あなたは物質世界をさまよい続けることになるでしょう。そこで、あなたは何も手出しできずに悔しい思いをし続け、やがて諦めて、ただ漂うだけの存在になるのです」

 オレは苦笑した。

「それは嫌だな」

「あなたは戻るべきだ。それを望む人々もいる」

「私が生きるのを望む? 知識を必要とする人たちはいるだろうが、すでに知識は――」

「あの声が聞こえないのですか?」

「声?」

 誰もが口を閉ざした。

 息をする音すら聞こえない。

 音のない世界だ。

 ふつうなら耳が痛くなるのだろうが、ここは違うらしい。

 意識を集中していく。

 するとノイズが聞こえてきた。

 いや、ノイズじゃない。

 多くの声が、ひとつになって聞こえているのだ。

 もっと意識を集中して、ひとつの声に絞り込む。

(……パオロ! 戻ってきて! 死なないで!)

 陛下の声だ。

 彼女の念まで伝わってくる。

 まるでオレを親のように思っている。

 ありがたいことだ。

 別の声に意識を集中した。

(……戻りなさい!)

 おや、アーガイル・フォックスの長老じゃないか。

(……先生! 死なないで!)

 こちらはマリーンだ。

 オレを好きになった若い娘。

 その気持ちはとてもうれしい。

(……パオロ! 生きてください!)

 驚いた。

 アルじゃないか。

(……パオロ! 逝ってはダメよ!)

 ゾフィーもだ。

 ふたりともロボットなのに。

「ロボットでも魂を持つ者はいます」とアダン。「それを自覚しているわけではありませんが」

「なるほど」

 ほかに集中を移す。

(……先生! 先生! 死なないで!)

 テオだ。

 なんだろう?

 人間にしては違和感がある。

 まるでアルやゾフィーのように感じる。

 彼もロボットなのだろうか?

 そうではないだろう、彼は念話できるし、風邪を引いたりもするのだから。

 思わず、自分の中で笑ってしまった。

 そんなことはない、と。

 そのとき、身体が引っ張られた。

「なんだ?」

 ふたりから離れて、後ろへと引っ張られていく。

 ふたりを見ると、笑顔で手を振っていた。

 遠くなるアダンの声が、はっきりと耳に聞こえた。

「あなたには、まだまだやらねばならないことがあります。それがあなたの務めなのですよ」

 引っ張られる方向を見た。

 乳白色の世界に黒い穴が開き、その先が見えた。

 調査船の医療ドックのまわりに、陛下をはじめとした人々がいる。

 それを天井から見ていた。

 大師父3人の姿もある。

 大師父たちは念じていた。

 テレパシーの念にも似ているが、物送りの術にも似ている。

 だが、目的が違っていた。

 彼らの声が聞こえた。

(捕まえた)(戻るのです)(死んではいけません)

 力強く引っ張られていく。

 その場の全員の力だとわかる。

 オレは、自分の身体に衝突した。


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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