【195.セ・イーント文明人】
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オレは、光の中にいた。
明るく暖かい光だ。
まぶしくはない。
この光は、以前に見たことがある。
どこでだったか……そうだ、〈パディントン〉の造船所の老いた棟梁が、死の直後に見ていた光だ。
どうして?
ああ、そうか、オレは〈ヘベルカ〉軍の指揮官に毒草で殺されて、死んだのか。
それでここにいるんだな。
だが、最後に物送りの術で、どこかに跳んだはず。
どこだっただろうか?
思い出せない。
目の前に、昇り階段があった。
そこにずっとあったのだろうか?
気付かなかった。
視線を上げて、階段の先を見た。
ずっと続いているようにも見えた。
その階段をひとりの人間が下りてくるのが見える。
まわりが明るいので、シルエットすらわからないが、人間だとはわかる。
どのくらいの時間がかかったのだろう?
すごくかかったようにも、ほんのちょっとだけだったようにも感じた。
「パオロ」とその人物に声かけられた。
目の前で立ち止まったその人物は、女性だった。
黒髪は長く、ライトブラウンの肌。
彼女を見て、オレは驚きもしなかった。
「やぁ、クリス」
彼女は、クリスティーヌ・ブロードリック、オレの恋人だった。
付き合っていたころは、髪はベリーショート。
それは軍人だったからというのと、パイロットだったからというのが、彼女が言っていた理由だ。
「髪は、その方が似合っているね」
「そう?」
クリスは、薄い生地のワンピース姿で、靴は履いていない。
「それに表情が柔和になってる」
「もうパイロットじゃないもの」
「なるほど」
オレたちは、腕を組んで歩いた。
階段は消えていた。
「天国に来られるとは思っていなかったな」
「詐欺師だから地獄行きだ、と思ってた?」
うなずく。
「残念だけど、パオロ。ここは天国じゃないわ」
「どこでもいいさ、君がいれば」
「うれしいわ、パオロ。でも私は道案内してるだけ」
「道案内? どこへ?」
彼女は、その問いには答えなかった。
オレも答えを求めずにいた。
彼女とこうしていられるのが、うれしかったから。
どのくらいの時間が経っただろうか。
というか、時間の概念が、この世界にあるのだろうか?
目の前にひとりの人物が見えてきた。
イスに座り、こちらを向いていた。
全体的に白い。
乳白色といった感じだ。
その髪は、人間のそれではなく、むしろ羊の毛のように見える。
目は、長い髪に隠されている。
その顔もなかば隠されているが、鼻面が長い。
犬か何かのようだ。
疲れた老人のようにも見える。
人間と同じく、2本の脚に2本の腕。
乳白色のチュニックとズボンを着ている。
ふたりで、その人物の目の前に立った。
「紹介するわ」とクリス。「アダンよ」
「はじめまして」と声をかけた。
「はじめまして、パオロ・モーガンさん。アダンです」
その声は、低く響くが、心地のいい響きだ。
彼は立ち上がった。
背が高い。
オレよりも頭ふたつ分はある。
彼は両手を身体の前で組んだ。
それから歩きはじめる。
オレたちふたりも、一緒に歩きはじめた。
「あなたはどちらのかたなのですか?」
彼はどう見ても、ソラ人でもないし、オレの知っている異星人でもない。
「セ・イーント文明人です。ご存知ですかな?」
「セ・イーント文明人」記憶の中をチェックする。「初めて聞きますが」
「太古に栄えた文明です」
「今は?」
「この世界にいます」
「この世界とは?」
「あなたは、天国だと思っているようですが、違います」
「ですが、私は死んだのでしょう?」
「まだ死んではおりませんよ。魂がさまよっているような状態です」
「さまよっている?」
「あなたの身体は、毒に犯され、生と死の境に立っています。そのため、肉体と魂の結合がゆるまり、ここへ来ているのです」
〈サキテラス教〉の教祖だった自分が、信者たちに信じ込ませた言葉に似ていて、苦笑した。
魂の救済と称して、彼らを集団自殺に追い込んだのだ。
オレの言葉をみんな信じた。
唯一信じていなかったのは、このオレだけだ。
そんなオレに、彼は同じような言葉を使っていた。
「やはり地獄に行くんでしょうね」
「地獄などありません。そういう意味では天国も」
「では、ここはどこなのです?」
「霊魂世界、といえばいいのかな」
「霊魂世界……つまり、あなたも魂の状態で?」
「そうです。身体はすでに生命活動を停止しています」
「それは死んでいるということですよね」
「いいえ。生命活動を停止しているだけで、活動の再開は可能なのです」
「肉体は滅んではいない、と?」
「はい。それでも戻るつもりはありませんが」
「この状態に満足しているわけですか」
「そのとおりです。我々はあらゆる知識をこの世界で得られるのです。それが我々の望んだことでしたから」
「“知識は宝”、ですか」
「そうです。〈スベルト王国〉とはレベルが違いますがね」彼が小さく笑った。
〈スベルト王国〉……そうだ、陛下はどうなったのだろう?
それを察したのか、クリスが言った。「陛下は御無事よ」
「〈ヘベルカ〉軍は?」
「〈スベルト〉軍と戦っているわ」
「対応できたのか」オレはホッと胸をなでおろした。
「パオロ」とアダン。「あなたは戻らねばならない」
「このまま、死んではいけないのかな?」
アダンがこちらを見た。
「あなたが死ぬ時期は今ではありません。今死んだら、あなたは物質世界をさまよい続けることになるでしょう。そこで、あなたは何も手出しできずに悔しい思いをし続け、やがて諦めて、ただ漂うだけの存在になるのです」
オレは苦笑した。
「それは嫌だな」
「あなたは戻るべきだ。それを望む人々もいる」
「私が生きるのを望む? 知識を必要とする人たちはいるだろうが、すでに知識は――」
「あの声が聞こえないのですか?」
「声?」
誰もが口を閉ざした。
息をする音すら聞こえない。
音のない世界だ。
ふつうなら耳が痛くなるのだろうが、ここは違うらしい。
意識を集中していく。
するとノイズが聞こえてきた。
いや、ノイズじゃない。
多くの声が、ひとつになって聞こえているのだ。
もっと意識を集中して、ひとつの声に絞り込む。
(……パオロ! 戻ってきて! 死なないで!)
陛下の声だ。
彼女の念まで伝わってくる。
まるでオレを親のように思っている。
ありがたいことだ。
別の声に意識を集中した。
(……戻りなさい!)
おや、アーガイル・フォックスの長老じゃないか。
(……先生! 死なないで!)
こちらはマリーンだ。
オレを好きになった若い娘。
その気持ちはとてもうれしい。
(……パオロ! 生きてください!)
驚いた。
アルじゃないか。
(……パオロ! 逝ってはダメよ!)
ゾフィーもだ。
ふたりともロボットなのに。
「ロボットでも魂を持つ者はいます」とアダン。「それを自覚しているわけではありませんが」
「なるほど」
ほかに集中を移す。
(……先生! 先生! 死なないで!)
テオだ。
なんだろう?
人間にしては違和感がある。
まるでアルやゾフィーのように感じる。
彼もロボットなのだろうか?
そうではないだろう、彼は念話できるし、風邪を引いたりもするのだから。
思わず、自分の中で笑ってしまった。
そんなことはない、と。
そのとき、身体が引っ張られた。
「なんだ?」
ふたりから離れて、後ろへと引っ張られていく。
ふたりを見ると、笑顔で手を振っていた。
遠くなるアダンの声が、はっきりと耳に聞こえた。
「あなたには、まだまだやらねばならないことがあります。それがあなたの務めなのですよ」
引っ張られる方向を見た。
乳白色の世界に黒い穴が開き、その先が見えた。
調査船の医療ドックのまわりに、陛下をはじめとした人々がいる。
それを天井から見ていた。
大師父3人の姿もある。
大師父たちは念じていた。
テレパシーの念にも似ているが、物送りの術にも似ている。
だが、目的が違っていた。
彼らの声が聞こえた。
(捕まえた)(戻るのです)(死んではいけません)
力強く引っ張られていく。
その場の全員の力だとわかる。
オレは、自分の身体に衝突した。
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