【193.斥候部隊の隊長】
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今話は、少し短めです。
手に持っていたものを持ち上げた。
写真立てだ。
3回、小突く。
写真立てから黒い煙が湧き出てきて、オレの身体に絡んできた。
黒いスウェットスーツが、肌と服のあいだに出来上がる。
ナノマシンでできたスウェットスーツだ。
首の飾りボタンを4回小突く。
するとスウェットスーツは黒からグレーになった。
これでいい。
個人用バリアほどの護身能力はないが、あのボーガンくらいは貫通させずにすむはずだ。
当たった際の衝撃は、どうしようもないのだが。
それでもナイフは貫通しない。
切ろうとしても切れない。
これは、ナノレベルで構成されている金属繊維で、鎖のように編まれている。
切ろうとしたら、ナノ結合を解かねばならない。
どうしてもとなれば、そうした指令を出すか、薬品を使うかだろう。
枠がほとんどなくなった写真立てをポケットにしまった。
グニャリと曲がってしまうが、ポケットから出せばすぐにもとどおりになる。
写真はフィルムの上にプリントされているし、写真立て自身は元の形状を記憶している。
意識をさきほどのスクリーンに戻した。
斥候は、まっすぐにこちらへと向かっている。
(パオロ!)陛下の困惑した念が聞こえた。
(はい、陛下)
(何をしている? なぜ、逃げない?)
(説得を試みます)
(無茶だ!)
(ご心配なく。危うくなったら逃げ出します)
陛下は逡巡し、やがて応えた。
(わかった。無理はするなよ)
(はい、陛下)
意識を斥候部隊の先頭の男に集中した。
もうじきこの村に着く。
オレは、立ったまま、待つ。
男が村外れに到着した。
こちらからは見えない位置だ。
男は腰を落とし、部下たちにハンドサインを出す。
(止まれ)という念。
部下たちが止まり、腰を落とした。
男の目にオレが映っている。
オレは10時方向に向きを変えた。
男のいる方向だ。
男が少し動揺する。
(こちらのことがわかるのか?)
しばらくは、おたがいになんの行動も示さない。
(あいつ以外に気配がない。例の動物の視線も感じられない。さっきの村も村人は逃げたあとだった。どうやってこちらの動向を知った?)
疑問が男の頭の中を駆けめぐっている。
(だいたい、あいつはなんで逃げずにいるんだ?)
そこでオレは口を開いた。
「〈スベルト王国〉への侵攻をやめてください」
静けさの中で、オレの声はしっかりと届いた。
(なぜ我々の目的を知っている?)
「あなたがたの指揮官から計画を聞きました。私は、〈スベルト王国〉のパオロ・モーガンと申します」
(何? 〈スベルト王国〉? 指揮官から聞いただと?)
「出てきてもらえませんか? ウォーレン隊長」
(な、なぜオレの名前まで! 指揮官が話したというのか)
男の動揺が広がる。
だが、すぐに動揺は収まり、決心したようだ。
右手を上げて、部下に対してのハンドサインを出した。
(そのままでいろ)
男は、完全には立ち上がらず、ボーガンを構えたまま、影の中から姿を現した。
「動くなよ」
「わかりました」
「村人は?」
「となりの村へと逃げました」
「我々の動きを察知していたようだが?」
「ええ」
「どうやった?」
「ご存じなかったと思いますが、この土地は、すでに〈スベルト王国〉です」
「何?」
「しかも王室の保護区となっています」
「保護区?」
「はい。ここにはとある動物がおり、その動物を保護しているのです。あなたも途中の村で見ているはずです。この綿菓子の樹に住む動物を」
「ああ、あいつらのことか。絶滅危惧種か何かか?」
「そんなところです。密猟者がいましてね。警戒網を敷いているんです」
「警戒網か。だが、途中の村では、あいつらは逃げていなかった」
男は、頭を動かさずに、目で樹の上をチラッと見て、すぐに視線を戻す。
「ここのは、いないな」
「ええ。村人と一緒に逃げました。念のために」
「村人と一緒に? 追い払ったのか」
「いいえ。自主的に逃げたのです」
「それならば、密猟者からも逃げられるはずだが」
「警戒網を作る前は逃げられませんでした。警戒網は彼らにも警告を与えているのです」
「ほぉ。それを理解できると?」
「そうです。ちなみに密猟者は、ここを守っている人間によって、殺されます」
「殺す?」
「ええ。追い出してもまたやってくるのでね」
「へぇ」
おたがいに黙った。
なんの音もしない。
風すら吹いていない。
そうした沈黙に我慢できなくなったのか、男が言った。
「指揮官から聞いた、と言ったな」
「ええ」
「どこまで聞いている?」
「侵攻部隊の規模と位置、武器の種類と量、それから侵攻する理由」
その詳細も話した。
男の中で動揺が広がった。
(すべてじゃないか)
「あなたがたの住んでいる土地の食糧が少なく、増加する人口を支えられなくなり、飢餓が発生していますね。それにともない、事件も増加している。そこで安定した食糧を得るために〈スベルト王国〉に侵攻しようと考えた」
男はうなずきもせず、こちらをにらんでいるだけだ。
「わざわざ危険を冒す必要はないのですよ、ウォーレン隊長」
「どういう意味だ?」
「〈スベルト王国〉に侵攻しなくても、あなたがたの問題は解決できます」
彼の思考が止まった。
「食料が充分に得られればいいのでしょう? 安定的に」
彼がうなずいた。
「あなたがたの土地には、充分な食料があります」
(知りもしないくせに)
「あなたがたが、毒物だと思っているものや食べ物じゃないと思っているものが、じつは食べられるものなのですよ」
「そんなことが信じられるか」
「たとえば、こんなものです」
オレは彼にイメージを送った。
それは、毒々しい赤銅色をしている塊だ。
彼が大きく動揺した。
頭を上げ、ボーガンの狙いがずれた。
「なんだ! 何をした!」
「イメージを送っただけです。危険はありません。すぐに消えますよ。それよりも見覚えがあるでしょう?」
彼の動揺がかなり引いた。
もとの構えに戻る。
「ああ。だが、飢えに負けて、食べたものは死んだ。何人もな」
「それは調理法がまちがっていたからでしょう。確かに毒素がありますからね。ですが、油の中に通せば、熱と油によってその毒は無毒化し、また栄養価も高められます」
「ほぉ。ほかには?」
次のイメージを送る。
こぶし大の石だ。
それを見ても彼は動揺しなかった。
順応力が高いようだ。
「これが食べれるだと? よくある石だぞ」
「いいえ、そう見えるだけです。表面が硬いので石と間違えても仕方ありませんがね。ですが、これでも生物なのですよ」
「この石が?」
「ええ。柔らかい肉質と甘みのある水分が入っています。割るにはコツがいりますが、素晴らしく美味ですよ。まるで果物のようです」
その映像と味覚を送る。
彼のノドがゴクリと鳴った。
彼は次を求めてくる。
そうしていくつものイメージと味覚を送った。
それとともに解説をする。
最終的に、彼はボーガンを上に向け、背筋を伸ばした。
右手を後ろにまわす。
(散開しろ)
どうやら、ハンドサインを部下に出したようだ。
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