【192.侵入者】
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どれほどの時間をそこで過ごしていただろうか。
村人たちがそれぞれの仕事に戻っていく。
陛下も腰を上げようとした。
完全に立ち上がる直前、陛下の動作が止まった。
陛下だけではない。
村人たちもだ。
「どうされましたか?」と訊く。
「侵入者だ」
オレは、ため息をつき、「密猟者ですか」と呟いた。
「どうやら違うようだ」
陛下の顔を見た。
眉間にシワを寄せている。
しっかりと立ち上がり、マブタを閉じる陛下。
「複数が入ってきている」
「複数? どのくらいなのです?」
「わからない。次々に侵入してきているそうだ」
「誰かが対処を?」
「ようすを見ている。……武器を持っている。小さな弓矢のようだ。だが、ピストルのようでもある」
ボーガンか。
「その弓は、いくつかつながっていますか?」
つながっていれば、連射ができる。
「そうは見えない」
「陛下、失礼いたします」
オレは感覚共感の術で、陛下が見ているものを見た。
一瞬、めまいがした。
多くの意識がそこにあるのだ。
アーガイル・フォックスのネットワークに入ったのだから、当然といえば当然だが。
陛下の意識に集中した。
イメージが見えてきた。
ようすを見ている人間の視線からだろう、樹の幹に隠れて、その侵入者を見ている。
ボーガンを構えた男たちが、足音を忍ばせて歩いていた。
15人ほどか。
ボーガンを見ると、その弓はおよそ30cm。
確かに弓はひとつだけだ。
その弓に収まっているのは、20cmほどの矢。
男たちの腰には、その矢を入れた矢筒がある。
ボーガンにつがえられた矢の先端は、石や金属ではなく、細い木を削って、鋭くしてある。
先端が変色している。
どうやら毒が塗ってあるらしい。
アーガイル・フォックスを射るには、充分な武器だ。
だが、これほどの人数で密漁をするとも考えられない。
男たちの表情は、慎重であり、決然としている。
しかもアーガイル・フォックスがいる綿菓子の樹を素通りしている。
(密猟者ではありませんね)と陛下に向かって念を送った。
(そのようだな。動きはまるで兵士のようだ)
男たちの動作を見た。ボーガンの構え方や足並みを揃えた統率された動きは、いかにも兵士のそれだ。
(なるほど。確かにそのようですな。だとしたらどこの軍か)
兵士たちの服装やバックパックは、落とされたときに支給されたもののように思える。
それなりにくたびれている気もするが、比較的新しいようだ。
(村のひとつに接近している)
(村人は?)
(となりの村へと避難した)
(その方がいいでしょうな。見つかったらどうなるか、わかりませんからね)
男たちがその村に入った。
視線が男たちを全方位から捉える。
アーガイル・フォックスたちからの視線が、まとまって見えるのだ。
どんな方位からでも見ることができる。
男たちは周囲を警戒しながら、家々を確かめている。
(明らかに密漁が目的ではありませんね)
(何が目的なのだろうか?)
もぬけの殻の村を、男たちは用心深くあとにした。
進む方角は、さきほどと同じだ。
(どうやら目的地があるようですな)
(うむ。だが、どこだ?)
(誰か彼らの位置と向かっている方角がわかる人に話を――)
(私が)という知らない人からの念にさえぎられた。(モーガン卿から提供された装置のスクリーンを見ています)
そのスクリーンのイメージが見えた。
男たちは、右から左に、つまり東から西へと移動している。
(あの位置で)と陛下。(東は確か、〈ヘベルカ〉という国だったはずだが)
オレの記憶の地図にも、確かにそうある。
(ですが、軍がある、という話もなかったはずですが)
(うむ。兵士を養成しているという情報もなかった)
その男たちの中心となっている人間を探す。
先頭に立つ男が、しゃがみこみ、手を上げて、ハンドサインを出す。
それを見て、ほかの男たちもしゃがみこんだ。
ハンドサインを出した男に、意識を集中した。
その視線は……いや、肌の感覚、聴覚や臭覚にも意識を集中している。
綿菓子の樹の方に意識が向き、そちらに視線を向けた。
アーガイル・フォックスたちが、綿菓子の中からこちらを見ていた。
(動物か。いまいましい視線だ。あとで食ってやる。前進)とハンドサインを出した。
姿勢を低くしたまま、立ち上がり、歩き出す。
後ろの男たちの気配を感じたまま、前方に意識を集中する。
男の意識の奥へと潜り込んだ。
この移動の目的を探り出すために。
作戦の一部が見えた。
彼の率いている部隊は、斥候だった。
後方に別の部隊がいる。
かなりの人数。
武器も大小さまざま。
だが、銃器はない。
ひとりの男が目の前に立つイメージが出てきた。
その男が彼に命令を発した。
(〈スベルト王国〉境界線まで、ようすを見てくるのだ)
どうやらこの男が、今回の作戦を指揮しているらしい。
この男に意識を集中した。
見えてきたのは、机の上の地図だ。
〈スベルト〉で作成された地図ではない。
独自に作ったものだろう。
植物繊維の紙ではなく、獣皮紙に描かれている。
〈アーガイル〉は、村がいくつか存在しているだけの土地として描かれている。
〈スベルト王国〉との国境もはっきりしていない。
それどころか、まわりの国々のことも、だ。
その指揮官の意識に潜る。
〈スベルト王国〉へと侵攻し、その豊かさを得る、それが彼の計画だ。
その背景を覗く。
彼の国は、疲弊していた。
国民は飢えていた。
得られる食料が少ないためだ。
その少ない食料を、自分たちで奪い合うことも、しばしば起きている。
国境を越えての略奪行為もしている。
その多くは、盗賊として、捕まえられ、処刑されていた。
オレは、自分の書庫にあるドローンから得られた〈ヘベルカ〉周辺の資源情報を確認した。
食料資源は豊富だ。
ただし、外見は食べられるものとはいえない。
また、それらを得るにしても、大変な労力が必要だったりもする。
でもそれさえわかっていれば、彼らの食糧事情は一変する。
オレは、陛下のところに戻った。
(陛下)
(何かわかったか?)
そこで報告する。
(つまり、足元が見えていないのだな)
(そういうことになります)
(それを知らせればいいだけだろう)
(彼らがそれを信じてくれるかどうか、ですね)
(ふむ)
斥候の姿がこの村に迫っていた。
「陛下、逃げませんと」
「だが、村人はどうする?」
「となりの村へ逃げてもらえばいいでしょう」
「なら私も同行する」
陛下の意志は、頑強だ。
ため息をついたオレは「すぐ戻ります」と言うと、跳んだ。
言ったとおり、すぐに戻り、陛下の腰に5cm四方の角が丸い箱を固定した。
「なんだ?」
「個人用バリアです。危険物を感知して、守ってくれます。つかみかかられたら意味がありませんが。少なくても彼らのボーガンからは守ってくれます」
「どうするつもりなのだ?」
「まずは、逃げましょう」
村人たちが、となり村へと走り出した。
何も持たずに、身ひとつで。
陛下のもとに、サリーが戻ってきた。
ほかのアーガイル・フォックスたちも、村人たちと逃げることにしたようだ。
陛下は、サリーをともなって、村人たちを追いかけていく。
オレはひとり、その場に残った。
そのことに、陛下は気付いていない。
オレは待った。
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