【186.旅立ち】
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翌朝、少し早めに起きた。
まだ日が昇っていない。
玄関ドアを開き、表に出る。
東の空は、すでに白々としてきていた。
もうすぐ夜明けだ。
空気が冷たい。
渡り竜たちは、羽をはばたかせて、準備運動をしていた。
(おはよう、パオロ)
(おはよう、レフティー。みんなの調子はどうかね?)
(元気よ。子どもたちはワクワクしてるわ)
(そうだろうね。君も帰れるのがうれしいんじゃないかね?)
(もちろん)
彼女から伝わってくる感情は、それを示していた。
一羽が飛び立った。
そのあとを次々に続いていく。
レフティーも飛び上がった。
力強い。
(じゃぁね)
(ああ、また来年)
彼女は(ええ)と念を返してきたが、どこかさびしげに感じた。
それでも群れの中へと入っていく。
上空で全員が編隊を組むと、北の方角を目指して、移動をはじめた。
オレはそれを見送った、見えなくなるまで。
部屋に入ると、コーヒーの香ばしい香り。
「無事に行きましたか?」とテオ。
「ああ」
「飲みますか?」
「いただくよ」
熱いコーヒーがマグカップに注がれ、手渡された。
テーブル席に座って、カップを両手で覆い、息を吹きかけ、冷ます。
ズズッとすすって「あちち」と小声で言って、息を吐き出す。
「ふうぅ」と声が漏れる。
「来年も来るといいですね、みんな」
「来るさ……」
オレはコーヒーをすする手を止めた。
「どうしたんです?」
「ん? ああ、いや……ちょっとレフティーのようすが変だった気がして」
「レフティーの? どこが?」
「また来年、と言ったんだが、彼女、どこかさびしげだった。気のせいかもしれんが」
「気のせいですよ。あるいは、先生と離れたくなかったんですって」
「そうだといいが」
「気になるなら訊いてみたらどうですか?」
「彼女に? いや、そこまでするほどではないだろう」
あとは、そのことをほとんど忘れていた。
渡り竜たちが飛び立ってから、3日が経った。
そのあいだもオレは物送りの術の練習をしていた。
自分自身を送ることもできるようになっていた。
最初は、自分の能力を信じきることができないせいで、跳ぶこともできなかった。
それでも“できるのだ”と自己暗示をかけながら、精神を集中させる。
跳びたい先のイメージを明確にして。
最初に跳べたときは、喜ぶよりも呆然としていた。
あたりを見回し、壁や物に触って、実物だと実感するまで。
その感覚が過ぎると、ようやく喜びが湧き上がってきた。
(跳べましたね)とステラテス師父の念。
どうやら、こちらをチェックしていたらしい。
(ああ。うれしいよ。自分の力で跳べて)
(そうでしょう。しかし、言葉だけで跳べるようになるとは素晴らしい)と笑みの念。
(“言葉だけで”とは、どういう意味かね?)
(私の能力は、その人間にどんな能力があるのかを見ることだけなのですよ、モーガンさん)
疑問符が頭の中を駆けめぐる。
それが伝わったのだろう、彼が続けた。
(“その人の能力を刺激して、発揮できるようにする”と言いましたが、あれはウソです)
(だが、現に私は――)
(能動の術などというものはありません。でもあなたに物送りの能力はありました。ご自分で信じきれていなかっただけです。あなたが信じられるように、私はそうウソをついたのです。最初に修行丸を移動させたのも私です。あなたは私の言葉を信じて、能力を信じた。練習も重ねた。すでに経験していたのですから、跳ぶ感覚を身体は覚えていたはずです。あとは自分の力で跳ぶだけ)
うわっ、騙されていたのか。
だが、そのおかげで、跳べるようになった。
つまり、能力は本当にあったのだ。
(初めて会った人間を信じてしまった。詐欺師失格だな)
(ですが、“ウソも方便”といいますから)彼の含み笑いが伝わってくる。
(確かに。もう少し練習するべきかね?)
(ええ。跳んだときの感覚を身体に覚えこませてください。そうすれば、苦労なく跳べるようになります)
(わかった。ありがとう)
(いいえ。それから練習のしすぎは――)
その言葉をさえぎって、続けた。(もう経験したよ。頭痛が酷かった)
彼の若い大笑いが伝わってくる。
(でしょうね。注意点はそれだけです。あとはあなた次第だ)
(ほどほどに練習を続けるよ)
(そうしてください。では、また)
念が切れた。
オレはそこから部屋に戻り、もうひと往復して、その日のジャンプをやめた。
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