【184.突然の訪問】
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オレは立ち止まった。
ちょうど寝室に入り、ドアを閉じたところだ。
ベッド横には、それまで誰もいなかったのに、ひとりの青年が立っていた。
それを見て、オレは動けなくなったのだ。
青年が頭を下げる。
オレはまばたきを何度かして、ようやく停止した思考が動きはじめた。
青年の頭は、剃髪されている。
剃髪したのは少し前なのだろう、青くなっている。
黄色い布を前で合わせ、くすんだ赤い帯で留めた服装。
〈マニ教〉教徒の師父の服装だ。
まだ新しい。
青年が顔を上げる。
ライトブラウンの肌と瞳。
少しやせているが、不健康そうには見えない。
青年が口を開いた。
「突然にお邪魔して申し訳ございません、モーガンさん」
「そうだね。先に連絡をくれれば、驚かずに済んだのだが?」
「はい。失念しておりました。お許しください」
「それで君は? 初めて会うと思うのだが?」
「アリステア・ステラテスと申します。先日、師父になったばかりです」
「師父にしては、ずいぶんと若いが?」
「はい。成人に達して、そのまま師父になるのは初めてだとか」
「ほぉ。それで私になんの用かね? 挨拶をしに来たわけではあるまい?」
「もちろんです。直接でなければ、私の能力を発揮できませんので」
「君の能力?」
「はい。この能力は、〈マニ教〉での教えではなく、私が生まれたときから持っている能力です。つけられた名は、“能動の術”」
「“ノウドウの術”? どういう術だね?」
「ほかの人間の能力を見極めて、発揮できるようにする力です」
「見極めて、発揮? そんなことが可能なのかね?」
「はい。もちろん、その人間の持っている能力の可能性次第ですが」
「それはわかる。能力を持っていない者が、突然、能力を持つことはありえないからね」
「しかし、潜在的に持っている可能性はあります」
「それを見極めることができる、と?」
「はい。そして、脳に働きかけて、顕在化するのです」
「私に対して、君の能力を使う、というのかね?」
「はい」
オレはしばらく考え込んだ。
オレに能力があるとして、それを必要とするだろうか?
必要な能力はあるし、物送りの術も依頼すれば済む。
まぁ、その物送りを依頼するのに、躊躇する場面もあるが。
「私にどんな能力が秘められている、と考えているのかね?」
彼は微動だにしない。
「秘められていたらありがたい、と思っています」
「ん?」
「キム師父が、あなたに対応するのは疲れる、と」
キム師父とは、物送りを担当している師父だ。
「ああ、やはり」
彼が笑みを浮かべる。
「定期的な物送りならば、キム師父も何も言わなかったと思います。ですが、モーガンさんの場合、突然の物送りも多く、キム師父は気が休まらない、と」
「その点は申し訳ないと思っていたんだが、躊躇している暇もなかったりするものだから」
「キム師父もわかっております。ですが、あなたに物送りの能力が秘められているのであれば――」
そういうことか!
「キム師父の手を煩わせることもなくなる」
うなずく彼。
「もちろん、定期的な物送りは、キム師父にお任せくださればいいかと。急ぎの場合にはモーガンさん自身で物送りをしていただければ、そう考えました」
「なるほど。わかった。物送りの能力があれば、うれしい。だが、物送りの術を教本どおりにやってみたが、できずに終わったんだ」
彼がクスクスと笑った。
「何がおかしいのかね?」
彼は笑いをかみ殺した。
「いや、失礼しました。物送りの能力は、たいていの場合、誰でも持っているものなのです」
「本当に?」
「はい。ただ、ほとんどの人間が信じきれないのです」
「信じきれない?」
「ええ。人間の脳には、それこそ無限の能力が備わっています。それを活用できるかどうかは、信じられるかどうか、が問題になります」
「以心伝心の術ならわかる。人間の脳に限りない力があるのも。だが、物送りは――」
「ほら、信じようとしていませんね」
彼が近づいてきた。
両腕を持ち上げ、投げられたボールを受け取ろうとするように、両手を広げた。
「何を?」
「私の能力は、直接触れなければなりません。あなたの頭を包み込んで、能力の有無を調べます。必要であれば、その能力を刺激して、発揮できるようにします。よろしいですか?」
「あ、ああ」
彼の手が伸びてきて、オレの頭を包み込んだ。
「緊張していますね。私が能力を使っても何も感じませんよ。ふつうにしていてください」
「そうは言われてもねぇ」
「まぁ、そうでしょうね」
彼はマブタを閉じ、眉間にシワを寄せた。
能力の有無を調べるといっても、彼にとっては大変なことなのかもしれない。
彼が言ったとおり、オレはこれといって、何も感じていなかった。
彼の眉間のシワが、浅くなる。
笑みを浮かべた。
「物送りの能力、ありますよ、モーガンさん」
「そうかね」
「ええ。イメージする力が強いですね。長年の努力の結果でしょう」
「イメージするのが必要な仕事だったからね。もう努力するというほどでもない」
「使っていれば、その能力は固定化されていくものです。そして、強化されていく。以心伝心の術も、そのイメージを使う能力だというのはおわかりでしょう?」
「ああ。物送りを依頼するにも、そのイメージが役立っているのは、わかっているんだ」
「そうです。イメージがなければ、どの能力も使えません。そのイメージは、映像だけに留まりません。音や声やニオイも、イメージにつながります。盲目の人が能力を使えるのはそのためです」
「なるほど。それでどうかね? 能力があってもどの程度のものなのかね?」
「キム師父から聞きませんでしたか? 能力に限界はない、と」
「“能力に使う力は意志の力だ”と聞いたことはある。だが、能力があってもその力がどの程度の力なのかは、人それぞれだろう?」
「それは使い慣れていない場合です。慣れてくると能力を信じることができるようになりますから、限界を感じずに使うことができます」
「つまり、練習が必要だということかね?」
「ええ。最初は、物を送ることからはじめるといいでしょう。充分に送れるようになったら自分を送るのです。送ることを覚えてしまえば……終わりました」
彼はそう言って、両手を下ろし、オレから離れた。
「本当に何も感じなかった。これでもう?」
「ええ」
彼は袖の中に右手を引っ込めたかと思うと、何かを取り出して見せた。
手のひらには、1cmほどの丸いボール状のものがあった。
「修行丸?」
修行丸とは、〈マニ教国〉で作られた保存食。
スエツグが持っていた。
「ええ。持っている必要はないのですが、たまに持ち歩いています」
彼が左手を出した。
手のひらには何もない。
「これを左手に物送りしてみてください。そのくらいならもうできます」
「本当に?」
「はい。術のやり方は、もうご存知ですね?」
オレはうなずいて、実践した。
イメージを描き、念ずる。
すると、右手にあった修行丸が、瞬時に左手へと移動した。
オレは驚いて「おお」と声をあげた。
「ねっ。簡単でしょう。あとは練習あるのみです」
「わかった。毎日、練習するとしよう。ありがたい。これでキム師父に安心してもらえるかな?」
「ええ。ただし、しばらくは疲れやすいと思います。それは無駄な力が入っているせいです。運動と同じです。わかりますよね?」
「なるほど。普段泳いでないのに、急に泳いで疲れて筋肉が痛くなるようなものだね」
「そうです。能力は使っていけば、その力加減を身体が覚えてくれます。そうなれば、もう自由に使いこなせることでしょう」
オレはうなずいて応えた。
「では、私はこれで。キム師父にも報告しておきます」
「うん。これからもよろしく、と言っておいてくれ」
「わかりました。失礼します」
彼は一礼したまま、姿を消した。
オレは部屋の中を見回して、いろんなものを物送りしてみた。
まるで新しいオモチャを与えられた子どものように。
うれしくてうれしくて。
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