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落とされ人  作者: カーブミラー


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183/255

【183.〈アーガイル〉・5】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 陛下の部屋に隣接する庭園に、庭師の手で低木が植えられた。

 綿菓子のなる樹だ。

 もちろん、本物の綿菓子ではない。

 〈アーガイル〉の村で見かけた樹だ。

 ヨーコたちが着ていた服は、この綿菓子から作られていることをあとから聞いた。

 綿菓子の中は、空洞になっていて、アーガイル・フォックスの巣になる。

 この低木は、その若木だ。

 アーガイル・フォックスが入れるとしても、3頭がやっとだろう。

 ゾフィーがドローンで調査したところ、やはり庭園の土壌は、この樹には合わなかった。

 だが、ナノマシンが撒かれ、この樹が必要とする栄養素を土壌から作り出してくれている。

 ゾフィーの説明によれば、まわりの草木には影響しない、ということだ。

 アーガイル・フォックスが城に来てから、すでにひと月が過ぎていた。

 そのあいだ、〈マニ教〉教徒による物送りで、食料が何度も運ばれている。

 低木の中で、キノコと昆虫がうまく育ってくれれば、そうした物送りも必要がなくなるのだが。

 陛下のアーガイル・フォックスは、陛下によって、“サリー”と名付けられた。

 サリーは、女の子だ。

 陛下が公務でそばにいないあいだは、低木が移植されるまで、サリーはひとりで部屋にいた。

 サリーはじっとしていなかった。

 親離れしたとはいえ、まだ子どもだ。

 陛下の部屋には、彼女の知らないものが多い。

 いや、すべてがそうだろう。

 だから興味を持って、それらを見たり触ったりするのも当たり前だった。

 部屋に戻るといろいろと荒らされている、と陛下はため息混じりに話してくれた。

 そんなサリーも、低木を植えると、すぐに綿菓子の中へと潜り込み、うれしげに綿菓子を整えはじめた。

 ヨーコからも養殖用の入れ物が送られて、サリーはそれも運び入れる。

「そう言えば、鳴かないのですね」

 〈アーガイル〉の村でも、どの個体も鳴き声ひとつ上げなかった。

「大昔に先祖が鳴くのをやめたのだそうだ。鳴くと捕食獣に食べられてしまうから、と」

「サリーが?」

「子どもたちに長老が聞かせるのだそうだ。いろんな話を。それが教訓になったりしているらしい」

「なるほど」

 一緒に昼食をいただく。

 サリーも自分の席に着いた。

「庭師が作ったイスなのだ」と陛下。

 その席の前には、皿に盛られたキノコと昆虫、それにカラの皿。

 サリーは、それらを丁寧に食べる。

「あの前足は」と陛下。「人間の手のような構造はしていない」

「ほぉ?」

「普段はしまわれていてな。必要なときに伸びだしてくるのだ。どうやら血液が集まって膨張しているらしい。まるで風船みたいにな」

「なるほど。中足と後ろ足は?」

「そちらはしっかりとしている。骨があって、筋肉がある。指先には鋭いツメがあって、それで木登りをする。初めて抱きつかれたとき、気付かなかったのだが、服に穴が開いていた。薄着だったらケガをしていただろう」

「それは困りますな」

「うん。サリーも今後は気をつける、と言っていた。私も気をつければいいだけだ」

「そうして下さい。陛下がそれでケガをなされたら、評議会の面々がいぶかしむはずですからね。そうなれば――」

 陛下が話を引き取る。「そうなれば、サリーのことがバレてしまう。私は罰せられてしまう、というわけだ」

「そのとおりです」

 サリーは、お行儀よく、中足で昆虫の殻をむいて、前足で口に入れている。

 その昆虫は、退化しているのか、足がほとんどない。

 羽もないが、黒く硬い甲羅で覆われている。

 その腹側の甲羅を、サリーは中足のツメを引っ掛けて、むいているのだ。

 むかれた昆虫の背中側を皿のようにして、前足の指で、押し出すように食べている。

 サリーは、おいしそうにして、目を細める。

 咀嚼(そしゃく)はほとんどしていない。

 それだけ柔らかいのだろう。

 殻をカラの皿に載せる。

 アーガイル・フォックスの目は、単眼のように見えるが、じつは複眼だ。

 これは、渡り竜と同じである。

 だが、その表情は、だいぶ異なる。

 というか、渡り竜の顔に表情はほとんどない。

 その動作が示すだけだ。

 それに比べて、アーガイル・フォックスは、表情豊かだ。

 ボディーランゲージも駆使する。

 それが伝わるといいのだが。

「昆虫の殻は、どうしているのですか?」

「樹の根元に置く。捨てようとしたら、サリーに怒られた。樹の栄養になるんだそうだ」

「おやおや、そういうことでしたか」

「これまでの殻も貯めておいた。結構な量だ」

「でしょうな」

 サリーがキノコを手に取る。

 キノコは、柄が太く、傘が小さい。

 “マッシュルーム”というキノコに似ている。

 それを中足で割き、3本くらいにして、前足で1本ずつ口に入れる。

 口をモゴモゴさせ、かみ砕いて、飲み込む。

 昆虫は、ほぼ飲み込んでいたことを考えると、それなりにしっかりしたキノコなのかもしれない。

 昆虫もキノコも、綿菓子の樹の樹液で成長するのだという。

「あれらは」と陛下。「人間でも食べられるそうだ。ヨーコからの手紙に書かれていた。初期の人間が落とされたとき、最初は彼らを狩っていた。彼らを狩るのをやめたのは、彼らがあれらを提供しはじめたかららしい」

「ほぉ」

「それと同時に“絆の糸”がつながりはじめたのだろう。人間は、彼らを狩るのをやめ、ほかの動植物を食べるようになった。それからは、おたがいを友人とみなすようになったわけだ。彼らのネットを使えば、獲物の居場所もわかるしな。人間の交流も中央集権にする必要もない。国を維持するのは、みんなの役目だからな」

「なるほど。〈アーガイル〉が平和なのは、そのためなのですね」

「うむ。だが、あの国でできたからといって、ほかの国に適用はできまい。アーガイル・フォックスを増やそうにもあの樹が育たなければ、彼らは生きてはいけないのだからな」

「そうですね。その点は残念です」

「まったくだ」

 自分のいた巣から離れたことで、サリーがほかのアーガイル・フォックスと“絆の糸”が切れてしまうのではないかと心配したが、どうやらその心配はないようだ。

「ここに戻っても」と陛下。「糸はつながっているそうだ。ただ本当に遠くに感じるらしい」

「なるほど。陛下とは?」

「サリーを残して、城のあちこちに行ってみたが、変化はなかった。心配なのは、城から離れての行動の場合だ。国境にも出掛けねばならんし、国内でも〈スベルト〉は広くなったからな」

「はい。ですが、すぐにというわけでもありますまい。そのあいだにサリーも落ち着くでしょう」

「そうだな」


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