【183.〈アーガイル〉・5】
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陛下の部屋に隣接する庭園に、庭師の手で低木が植えられた。
綿菓子のなる樹だ。
もちろん、本物の綿菓子ではない。
〈アーガイル〉の村で見かけた樹だ。
ヨーコたちが着ていた服は、この綿菓子から作られていることをあとから聞いた。
綿菓子の中は、空洞になっていて、アーガイル・フォックスの巣になる。
この低木は、その若木だ。
アーガイル・フォックスが入れるとしても、3頭がやっとだろう。
ゾフィーがドローンで調査したところ、やはり庭園の土壌は、この樹には合わなかった。
だが、ナノマシンが撒かれ、この樹が必要とする栄養素を土壌から作り出してくれている。
ゾフィーの説明によれば、まわりの草木には影響しない、ということだ。
アーガイル・フォックスが城に来てから、すでにひと月が過ぎていた。
そのあいだ、〈マニ教〉教徒による物送りで、食料が何度も運ばれている。
低木の中で、キノコと昆虫がうまく育ってくれれば、そうした物送りも必要がなくなるのだが。
陛下のアーガイル・フォックスは、陛下によって、“サリー”と名付けられた。
サリーは、女の子だ。
陛下が公務でそばにいないあいだは、低木が移植されるまで、サリーはひとりで部屋にいた。
サリーはじっとしていなかった。
親離れしたとはいえ、まだ子どもだ。
陛下の部屋には、彼女の知らないものが多い。
いや、すべてがそうだろう。
だから興味を持って、それらを見たり触ったりするのも当たり前だった。
部屋に戻るといろいろと荒らされている、と陛下はため息混じりに話してくれた。
そんなサリーも、低木を植えると、すぐに綿菓子の中へと潜り込み、うれしげに綿菓子を整えはじめた。
ヨーコからも養殖用の入れ物が送られて、サリーはそれも運び入れる。
「そう言えば、鳴かないのですね」
〈アーガイル〉の村でも、どの個体も鳴き声ひとつ上げなかった。
「大昔に先祖が鳴くのをやめたのだそうだ。鳴くと捕食獣に食べられてしまうから、と」
「サリーが?」
「子どもたちに長老が聞かせるのだそうだ。いろんな話を。それが教訓になったりしているらしい」
「なるほど」
一緒に昼食をいただく。
サリーも自分の席に着いた。
「庭師が作ったイスなのだ」と陛下。
その席の前には、皿に盛られたキノコと昆虫、それにカラの皿。
サリーは、それらを丁寧に食べる。
「あの前足は」と陛下。「人間の手のような構造はしていない」
「ほぉ?」
「普段はしまわれていてな。必要なときに伸びだしてくるのだ。どうやら血液が集まって膨張しているらしい。まるで風船みたいにな」
「なるほど。中足と後ろ足は?」
「そちらはしっかりとしている。骨があって、筋肉がある。指先には鋭いツメがあって、それで木登りをする。初めて抱きつかれたとき、気付かなかったのだが、服に穴が開いていた。薄着だったらケガをしていただろう」
「それは困りますな」
「うん。サリーも今後は気をつける、と言っていた。私も気をつければいいだけだ」
「そうして下さい。陛下がそれでケガをなされたら、評議会の面々がいぶかしむはずですからね。そうなれば――」
陛下が話を引き取る。「そうなれば、サリーのことがバレてしまう。私は罰せられてしまう、というわけだ」
「そのとおりです」
サリーは、お行儀よく、中足で昆虫の殻をむいて、前足で口に入れている。
その昆虫は、退化しているのか、足がほとんどない。
羽もないが、黒く硬い甲羅で覆われている。
その腹側の甲羅を、サリーは中足のツメを引っ掛けて、むいているのだ。
むかれた昆虫の背中側を皿のようにして、前足の指で、押し出すように食べている。
サリーは、おいしそうにして、目を細める。
咀嚼はほとんどしていない。
それだけ柔らかいのだろう。
殻をカラの皿に載せる。
アーガイル・フォックスの目は、単眼のように見えるが、じつは複眼だ。
これは、渡り竜と同じである。
だが、その表情は、だいぶ異なる。
というか、渡り竜の顔に表情はほとんどない。
その動作が示すだけだ。
それに比べて、アーガイル・フォックスは、表情豊かだ。
ボディーランゲージも駆使する。
それが伝わるといいのだが。
「昆虫の殻は、どうしているのですか?」
「樹の根元に置く。捨てようとしたら、サリーに怒られた。樹の栄養になるんだそうだ」
「おやおや、そういうことでしたか」
「これまでの殻も貯めておいた。結構な量だ」
「でしょうな」
サリーがキノコを手に取る。
キノコは、柄が太く、傘が小さい。
“マッシュルーム”というキノコに似ている。
それを中足で割き、3本くらいにして、前足で1本ずつ口に入れる。
口をモゴモゴさせ、かみ砕いて、飲み込む。
昆虫は、ほぼ飲み込んでいたことを考えると、それなりにしっかりしたキノコなのかもしれない。
昆虫もキノコも、綿菓子の樹の樹液で成長するのだという。
「あれらは」と陛下。「人間でも食べられるそうだ。ヨーコからの手紙に書かれていた。初期の人間が落とされたとき、最初は彼らを狩っていた。彼らを狩るのをやめたのは、彼らがあれらを提供しはじめたかららしい」
「ほぉ」
「それと同時に“絆の糸”がつながりはじめたのだろう。人間は、彼らを狩るのをやめ、ほかの動植物を食べるようになった。それからは、おたがいを友人とみなすようになったわけだ。彼らのネットを使えば、獲物の居場所もわかるしな。人間の交流も中央集権にする必要もない。国を維持するのは、みんなの役目だからな」
「なるほど。〈アーガイル〉が平和なのは、そのためなのですね」
「うむ。だが、あの国でできたからといって、ほかの国に適用はできまい。アーガイル・フォックスを増やそうにもあの樹が育たなければ、彼らは生きてはいけないのだからな」
「そうですね。その点は残念です」
「まったくだ」
自分のいた巣から離れたことで、サリーがほかのアーガイル・フォックスと“絆の糸”が切れてしまうのではないかと心配したが、どうやらその心配はないようだ。
「ここに戻っても」と陛下。「糸はつながっているそうだ。ただ本当に遠くに感じるらしい」
「なるほど。陛下とは?」
「サリーを残して、城のあちこちに行ってみたが、変化はなかった。心配なのは、城から離れての行動の場合だ。国境にも出掛けねばならんし、国内でも〈スベルト〉は広くなったからな」
「はい。ですが、すぐにというわけでもありますまい。そのあいだにサリーも落ち着くでしょう」
「そうだな」
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