【182.〈アーガイル〉・4】
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〈アーガイル〉は、〈スベルト王国〉に併合。
それからまもなく、アーガイル・フォックスの保護区に指定され、周辺各国へもその旨が伝えられた。
もちろん、毛皮の持ち出しもその取り引きも禁止され、“行なった者は厳罰に処す”と陛下からの御触れも出された。
陛下が〈アーガイル〉を訪れたのは、それからすぐだった。
個人的に訪れたいのだ、と言って。
そこで、オレとともに〈アーガイル〉へと跳んだ。
とあるものを持って。
出迎えてくれたのは、ヨーコ・フランネル。
オレに〈アーガイル〉の窮状を訴えてきた女性だ。
「いらっしゃいませ、陛下」
「お邪魔いたします、ヨーコ」
ヨーコは、オレたちふたりを〈アーガイル〉国内へと招き入れた。
そこは村のひとつだった。
ヨーコの村だ。
会談が行なわれた際の〈アーガイル〉側の代表者3人は、似たような村の人間で、ここにはいない。
村の中心には、人々が集まっていた。
村のまわりは、樹木で覆われているが、その樹木の枝には、まるで白い綿菓子がなっているように見える。
その綿菓子が、葉っぱなのか実なのかも判然としない。
あちこちから視線を感じる。
見ると綿菓子の中からアーガイル・フォックスの顔が、あちこちから覗いていた。
興味深そうにこちらを見ている。
ヨーコの案内で、人々の中へと入っていく。
ひとりの老人が、丸太の上に座っていた。
「私の祖父で、この村の長老です」とヨーコ。
「ようこそ、陛下。座ったままで申し訳ない」と長老は頭を下げた。
「おかまいなく。今日は、個人的に訪れただけですので」
陛下は、胸に抱えていた包みをゆっくりと開いた。
そこから出てきたものに、村の人々から静かなうめきに似た声が漏れる。
女性たちの多くが両手で口を覆っていた。
陛下の胸にあったのは、アーガイル・フォックスの毛皮だった。
以前に言っていた献上された襟巻きだろう。
陛下は、それを長老に手渡した。
「知らなかったこととはいえ、手にしてしまいました。お返しいたします」
長老は陛下から、その毛皮を受け取った。
「ありがとうございます。ですが、陛下のおかげで、彼らも安心できるようになったのです。あまり御気になさらずに。この毛皮はこちらで処分させていただきます」
「そうして下さい」
長老は、そばにいた女性に毛皮を渡した。
「本来ならば、ほかの毛皮も――」
言いかけた陛下が、急にピンッと弾かれたように背筋を伸ばした。
それからあたりを見回す。
視線は、まわりの人々ではなく、その向こうを見ていた。
陛下の視線を追うと、何かが飛んできていた。
オレはとっさに陛下の前に立った。
だが、陛下はすぐにオレの前にすべるように立った。
それだけではない。
陛下は、両腕を広げていた。
飛んでくるものを身体で受け取ろうとしているようだった。
「陛下!」
そう叫んだときには、それが陛下の胸の中に飛び込んでいた。
ほとんど同時に陛下はそれを抱いていた。
まるで生き別れになっていた友人を見つけて抱擁するかのように。
陛下の胸元を覗き込む。
そこには、ダークブラウンの毛並みのアーガイル・フォックスがいた。
小柄だ。
子どもだろうか?
「これはいったい?」
どういうことか、と思っていると、まわりの人々が喜びの声をあげはじめた。
余計に訳がわからなくなる。
「陛下とその子は」と長老。「“絆の糸”がつながったのです」
「えっ?」
「正しくは、“もともとつながっていた”と言うべきでしょうか。ですが、今まではおたがいにどこにいるのか、わからずにいた。それがこうして近くに来て、相手を見つけたのです。それを喜んでいるのですよ」
「ああ、そういうことか」
オレは、陛下の喜ぶ様をほほえましく眺めた。
だが、ふと気がかりなことを思いついてしまった。
長老に向きなおる。
「もしかして、離れられない?」
長老がその言葉に、意味がわからず、首を傾げた。
オレは続けた。
「陛下には公務があり、またアーガイル・フォックスを保護する立場でもあります。その毛皮の持ち出しや取り引きを禁止した本人が、アーガイル・フォックスを飼う訳にはいかない」
オレの説明が理解できたように、ああ、と長老が呟いた。
陛下がオレに振り向いた。
「禁止したのは毛皮だ」と悲しげな表情。
オレは首を振った。
「御分かりのはずです。それが通じない立場だということを」
陛下は、抱いているアーガイル・フォックスを見つめた。
そのアーガイル・フォックスも、陛下を不安そうに見つめている。
「それに」とオレは言葉を続けた。「アーガイル・フォックスは、特定のものしか食べません。養殖されている昆虫か、栽培しているキノコか。そうですね、長老」
長老がうなずく。「そのとおり」
「連れ帰るわけにはいかないのです」
「どうにか……できんのか? パオロ」
声が震えている。
アーガイル・フォックスは、陛下の両ホオに前足を当てている。
それまで気付かなかったが、その前足には4本の指が伸びていた。
柔らかそうな指だ。
ツメはない。
「どうにか……」と陛下。
その唇は動くが、ノドが詰まって、声にならなくなっている。
「ときどき会いに来ればいいではありませんか」
首を振る陛下。
「こうなったら、しばらくは無理です」とヨーコ。「おたがいを見つけてしまったのですから。私もそうでした」
ヨーコの傍らには、いつのまにか別のアーガイル・フォックスが来ていた。
ヨーコとつながりを持つ若いアーガイル・フォックスだ、とすぐにわかった。
見回すと、ほかの人々の近くにも何頭ものアーガイル・フォックスがいた。
新しい“絆の糸”を喜ぶために出てきたのだろう。
「だが……この、アーガイル・フォックスは子どもだろう?」とヨーコに訊いた。
「そうですね。でも親離れはしています。一緒に過ごさせるには問題はないかと」
「そんな……」
どうしたらいいだろうか?
陛下は涙を流していた。
陛下も、どうしたらいいのか、わからないのだ。
「ずっと接していなければならないのかな?」
「いいえ。“絆の糸”が細くならなければ、別々の部屋にいても大丈夫です。でも直接触れ合う必要はあります。日に何度か」
「パオロ、それなら大丈夫だ」と陛下がオレを見た。
そのホオにはまだ涙が流れていたが、希望の笑みを浮かべている。
抱かれたアーガイル・フォックスもオレを見て、似たような顔を見せている。
「食べ物は?」
その問いには、ヨーコが答える。
「収穫してから三日四日はもちます。あとは物送りしてもらえばいいのでは?」
「そんなことを繰り返す? 毎日ではないにしても〈マニ経〉教徒に負担を強いることになる。まぁ、城に連れていくとなれば、そうならざるを得ないが」
「お城に環境を作れませんか? ここの若木を移植して巣作りをすれば、キノコも昆虫も育てられますけど」
「ここの樹に土壌が合えばいいが……どちらにせよ、しばらくは食べ物を送ってもらわねばならんな」
ああ、いかん。
オレは、アーガイル・フォックスを城に連れ帰る算段をしている。
それを諦めさせる役目のはずなのに。
ため息をついた。
「仕方ありませんな。その代わり、陛下」
「なんだ?」
その顔には、もう涙は流れていなかったが、その筋が残されていた。
「そのアーガイル・フォックスには、窮屈な生活になりますよ」
陛下は抱いているアーガイル・フォックスに目を向け、すぐにオレを見た。
「一緒ならどこでも同じ、と言ってる」と笑みを見せる。
オレはまたため息をついた。
「そうでしょうとも」
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