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落とされ人  作者: カーブミラー


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182/257

【182.〈アーガイル〉・4】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 〈アーガイル〉は、〈スベルト王国〉に併合。

 それからまもなく、アーガイル・フォックスの保護区に指定され、周辺各国へもその旨が伝えられた。

 もちろん、毛皮の持ち出しもその取り引きも禁止され、“行なった者は厳罰に処す”と陛下からの御触れも出された。


 陛下が〈アーガイル〉を訪れたのは、それからすぐだった。

 個人的に訪れたいのだ、と言って。

 そこで、オレとともに〈アーガイル〉へと跳んだ。

 とあるものを持って。

 出迎えてくれたのは、ヨーコ・フランネル。

 オレに〈アーガイル〉の窮状を訴えてきた女性だ。

「いらっしゃいませ、陛下」

「お邪魔いたします、ヨーコ」

 ヨーコは、オレたちふたりを〈アーガイル〉国内へと招き入れた。

 そこは村のひとつだった。

 ヨーコの村だ。

 会談が行なわれた際の〈アーガイル〉側の代表者3人は、似たような村の人間で、ここにはいない。

 村の中心には、人々が集まっていた。

 村のまわりは、樹木で覆われているが、その樹木の枝には、まるで白い綿菓子がなっているように見える。

 その綿菓子が、葉っぱなのか実なのかも判然としない。

 あちこちから視線を感じる。

 見ると綿菓子の中からアーガイル・フォックスの顔が、あちこちから覗いていた。

 興味深そうにこちらを見ている。

 ヨーコの案内で、人々の中へと入っていく。

 ひとりの老人が、丸太の上に座っていた。

「私の祖父で、この村の長老です」とヨーコ。

「ようこそ、陛下。座ったままで申し訳ない」と長老は頭を下げた。

「おかまいなく。今日は、個人的に訪れただけですので」

 陛下は、胸に抱えていた包みをゆっくりと開いた。

 そこから出てきたものに、村の人々から静かなうめきに似た声が漏れる。

 女性たちの多くが両手で口を覆っていた。

 陛下の胸にあったのは、アーガイル・フォックスの毛皮だった。

 以前に言っていた献上された襟巻きだろう。

 陛下は、それを長老に手渡した。

「知らなかったこととはいえ、手にしてしまいました。お返しいたします」

 長老は陛下から、その毛皮を受け取った。

「ありがとうございます。ですが、陛下のおかげで、彼らも安心できるようになったのです。あまり御気になさらずに。この毛皮はこちらで処分させていただきます」

「そうして下さい」

 長老は、そばにいた女性に毛皮を渡した。

「本来ならば、ほかの毛皮も――」

 言いかけた陛下が、急にピンッと弾かれたように背筋を伸ばした。

 それからあたりを見回す。

 視線は、まわりの人々ではなく、その向こうを見ていた。

 陛下の視線を追うと、何かが飛んできていた。

 オレはとっさに陛下の前に立った。

 だが、陛下はすぐにオレの前にすべるように立った。

 それだけではない。

 陛下は、両腕を広げていた。

 飛んでくるものを身体で受け取ろうとしているようだった。

「陛下!」

 そう叫んだときには、それが陛下の胸の中に飛び込んでいた。

 ほとんど同時に陛下はそれを抱いていた。

 まるで生き別れになっていた友人を見つけて抱擁するかのように。

 陛下の胸元を覗き込む。

 そこには、ダークブラウンの毛並みのアーガイル・フォックスがいた。

 小柄だ。

 子どもだろうか?

「これはいったい?」

 どういうことか、と思っていると、まわりの人々が喜びの声をあげはじめた。

 余計に訳がわからなくなる。

「陛下とその子は」と長老。「“絆の糸”がつながったのです」

「えっ?」

「正しくは、“もともとつながっていた”と言うべきでしょうか。ですが、今まではおたがいにどこにいるのか、わからずにいた。それがこうして近くに来て、相手を見つけたのです。それを喜んでいるのですよ」

「ああ、そういうことか」

 オレは、陛下の喜ぶ様をほほえましく眺めた。

 だが、ふと気がかりなことを思いついてしまった。

 長老に向きなおる。

「もしかして、離れられない?」

 長老がその言葉に、意味がわからず、首を傾げた。

 オレは続けた。

「陛下には公務があり、またアーガイル・フォックスを保護する立場でもあります。その毛皮の持ち出しや取り引きを禁止した本人が、アーガイル・フォックスを飼う訳にはいかない」

 オレの説明が理解できたように、ああ、と長老が呟いた。

 陛下がオレに振り向いた。

「禁止したのは毛皮だ」と悲しげな表情。

 オレは首を振った。

「御分かりのはずです。それが通じない立場だということを」

 陛下は、抱いているアーガイル・フォックスを見つめた。

 そのアーガイル・フォックスも、陛下を不安そうに見つめている。

「それに」とオレは言葉を続けた。「アーガイル・フォックスは、特定のものしか食べません。養殖されている昆虫か、栽培しているキノコか。そうですね、長老」

 長老がうなずく。「そのとおり」

「連れ帰るわけにはいかないのです」

「どうにか……できんのか? パオロ」

 声が震えている。

 アーガイル・フォックスは、陛下の両ホオに前足を当てている。

 それまで気付かなかったが、その前足には4本の指が伸びていた。

 柔らかそうな指だ。

 ツメはない。

「どうにか……」と陛下。

 その唇は動くが、ノドが詰まって、声にならなくなっている。

「ときどき会いに来ればいいではありませんか」

 首を振る陛下。

「こうなったら、しばらくは無理です」とヨーコ。「おたがいを見つけてしまったのですから。私もそうでした」

 ヨーコの傍らには、いつのまにか別のアーガイル・フォックスが来ていた。

 ヨーコとつながりを持つ若いアーガイル・フォックスだ、とすぐにわかった。

 見回すと、ほかの人々の近くにも何頭ものアーガイル・フォックスがいた。

 新しい“絆の糸”を喜ぶために出てきたのだろう。

「だが……この、アーガイル・フォックスは子どもだろう?」とヨーコに訊いた。

「そうですね。でも親離れはしています。一緒に過ごさせるには問題はないかと」

「そんな……」

 どうしたらいいだろうか?

 陛下は涙を流していた。

 陛下も、どうしたらいいのか、わからないのだ。

「ずっと接していなければならないのかな?」

「いいえ。“絆の糸”が細くならなければ、別々の部屋にいても大丈夫です。でも直接触れ合う必要はあります。日に何度か」

「パオロ、それなら大丈夫だ」と陛下がオレを見た。

 そのホオにはまだ涙が流れていたが、希望の笑みを浮かべている。

 抱かれたアーガイル・フォックスもオレを見て、似たような顔を見せている。

「食べ物は?」

 その問いには、ヨーコが答える。

「収穫してから三日四日はもちます。あとは物送りしてもらえばいいのでは?」

「そんなことを繰り返す? 毎日ではないにしても〈マニ経〉教徒に負担を強いることになる。まぁ、城に連れていくとなれば、そうならざるを得ないが」

「お城に環境を作れませんか? ここの若木を移植して巣作りをすれば、キノコも昆虫も育てられますけど」

「ここの樹に土壌が合えばいいが……どちらにせよ、しばらくは食べ物を送ってもらわねばならんな」

 ああ、いかん。

 オレは、アーガイル・フォックスを城に連れ帰る算段をしている。

 それを諦めさせる役目のはずなのに。

 ため息をついた。

「仕方ありませんな。その代わり、陛下」

「なんだ?」

 その顔には、もう涙は流れていなかったが、その筋が残されていた。

「そのアーガイル・フォックスには、窮屈な生活になりますよ」

 陛下は抱いているアーガイル・フォックスに目を向け、すぐにオレを見た。

「一緒ならどこでも同じ、と言ってる」と笑みを見せる。

 オレはまたため息をついた。

「そうでしょうとも」


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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