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落とされ人  作者: カーブミラー


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179/262

【179.〈アーガイル〉・1】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 北大陸の〈スベルト王国〉の領土は、確実に広がっていた。

 提携している周辺国も含めれば、かなりの広さだ。

 地図は、〈スベルト〉色に染められたが、それでもところどころに穴が開いている。

 そこは〈スベルト〉への併合を拒絶している国々だった。

 提携すらも拒絶している。

 そのひとつに〈アーガイル〉がある。

 〈アーガイル〉は、平和な国だ。

 戦争に発展することもない。

 自国の防衛は、国民がしっかりと行なっている。

 そんな〈アーガイル〉の国民のひとりが、目の前に座っていた。

 テーブルの上には、見慣れない動物2頭も。


 オレは、テムジン大師父から念を受け取った。

 〈マニ教国〉に来ていただけませんか、と。

 寝るまでの時間を寝室で過ごしていたので、着替えてから跳んだ。

 テムジン大師父に迎えられ、別の部屋へと移動する。

 そこには先客があり、先の女性と2頭の動物が待っていた。

 その女性の服装は、ふんわりとした白い布地――天然素材のようだが、知らない素材だ――でできたワンピース。

 くすんだ赤毛は三つ編みにされて、胸の前に垂らされている。

 肌は白く、瞳は薄茶色。

 身長は、160cmといったところか。

 細身ではあるが、女性特有のカーブを描いている。

 若い。

 30には届かないだろう。

 全身をフサフサとした毛で覆われている動物は同じ種類なのだろうが、一方はブラウン、もう一方はライトグレーだ。

 見ればわかるが、ブラウンの方が若く、ライトグレーの方が年老いている。

 頭は小さく、大きな瞳、少し前に突き出した口、長い首、長い尻尾。

 この惑星の動物の特徴だ。

 ちょっと違うのは、その動物には、6本の脚があった。

 その動物の生きた姿を、この目で見るのは初めてだ。

「“アーガイル・フォックス”、ですか」

「そう呼んでいるんですか?」と女性。

「〈スベルト王国〉では。辺境地の君主の奥方が襟巻きに使っていました」

 女性は嫌悪に顔をゆがめた。

 鼻息も荒くなる。

 そんな彼女の腕を、若い方の動物が前足で、軽くたたく。

 まるで諭しているかのようだ。

 彼女は大きくため息をついてから、オレを見た。

 その目には、もう嫌悪の色はない。

「失礼しました。私は、ヨーコ・フランネル。〈アーガイル〉の人間です」

「なるほど。もしかして、自分たちの財産を取られて、お怒りに?」

 彼女が怪訝な表情になった。

「財産?」

 その声は、“どうやったらそんな考えになるのかわからない”といった感じだ。

「ああ、私の勘違いですな。申し訳ない。それでテムジン大師父」と女性大師父に向く。「どのようなお話なのですか? この女性に関わることで?」

 テムジン大師父がうなずいた。

「まずは、お座りください。経緯をお話しましょう」

 おたがい、イスに腰を下ろした。

 2頭は、テーブルの上でおとなしくしている。

 その瞳はダークグリーンだが、まるでこちらのすべてを見透かしているような感じを受ける。

 だが、年老いた方は、優しさを感じる。

 それだけ長く生きてきたのだろう。

「モーガンさんもご存知のとおり、私たちはあちこちの国に視察員を送り込んでいます」

 オレはうなずいた。

 〈スベルト王国〉には、スエツグ・マツダという青年が送り込まれてきている。

「先日、〈アーガイル〉に視察を送り出しました。視察員とは定期的に連絡を行なうのですが」そのことも知っているので、うなずく。「最初の連絡で、彼が〈アーガイル〉の人間に捕らえられたことがわかりました」

「最初の連絡で? それは送り込まれたとほとんど同時と」

「そうです。〈アーガイル〉では、国民ひとりひとりが兵士となり、国を守っているのだそうです」

「ええ。平和な国とは聞いていますが、誰も入ったことがないので、詳細はわからないという話です」

 テムジン大師父がうなずく。

「視察に送り出した彼からの話で、事情がわかりました。彼らはこちらの動物を守っているのです」と2頭を手で指し示す。

「もしかして、絶滅危惧種?」

「ある意味では、そうかもしれません」と答えたのは、ヨーコだった。

「というと?」と彼女をうながす。

「私たちが平和なのは、彼らのおかげなんです。でも彼らを獲る密猟者がいて、その数を減らしているのです」

「密猟者……なるほど。さきほど、あなたが嫌悪感を見せたのは、そのためですか」

「はい。密猟者は、彼らの毛皮をはいで、売っているんです」

「襟巻きになっていたのは、そういう毛皮だったのか」

「間違いないでしょう。彼らの毛皮は、私たちでさえもうっとりするほどですから」

 自分の傍らに座っている動物の背中をなでる。

 動物はその感覚に目を細めている。

 そうしてなでられると、彼ら自身も気持ちがいいのかもしれない。

「あなたがたは、その動物をどうしているのですか? “守っている”ということは、毛皮をはぐわけでもないのでしょう? 食料なのですか?」

 ヨーコは、激しく首を振った。

「食料だなんて! ……そりゃ、初期のころの人々は、何も知らずに狩りをして食べていたそうですけど。今ではそんなことをする人は誰もいません」

「さきほど、“平和なのは、彼らのおかげ”と言っていましたね」

 彼女がうなずく。

「話を進めるために、手を出していただけませんか?」

「手?」

 オレは、自分の両手を胸の前に持ってきて、見下ろした。

「その手を長老の前に」

「長老?」

「彼のことです。大丈夫、あなたを傷付けることはありませんから」

 “長老”と呼ばれた動物を見た。

 彼もこちらを見ている。

 優しいまなざしだ。

 彼にそっと右手を近づけた。

 彼は右手を見ながら、ゆっくりと前足の右足を、オレの手に近づけてくる。

 おたがいの手が触れた。

 彼がオレを見た。

(初めまして)

 その念に驚いて、オレは手を引っ込めてしまいそうになった。

 その衝動を自制する。

 その念は、まるで人間のそれのようだ。

 レフティーの念とは違い、厚みがあるというか……

 驚いていると、横から女性の声。

「彼らは人に触れることで、話ができます」とテムジン大師父。「仲間同士では、触れることもなく、話ができるのだそうです」

「接触型テレパシーか」

 テレパシーにも、その人物の能力によって、違いがある。

 接触型とは、通常のテレパシーとは違い、相手と肌を触れ合わせることで、念を送り合う限定されたテレパシーだ。

(初めて触れる人間は、みな驚く)とその長老はニコヤカな笑みの念を送ってきた。

 オレはしばらく何も考えられなかった。

 もう1頭が近づいてきて、前足を私の右手に触れた。

 その前足は、長老よりも温かい。

(初めまして)若い念が聞こえた。

 そこでようやく我に返った。

 心を落ち着けた。

(初めまして、おふたりとも)と返す。

(我々は、助けを必要としています)と、硬い念を送ってくる若者。(仲間が狩られていくのをなんとかしたいのです)

(わかります)

「密猟者を」とヨーコ。「ひとりひとり見つけるのは容易ではありません」

「今のところはどうしているのです?」

「彼らが狩られると、“絆の糸”が切れます。それで彼らにはわかります。そのときに近くに人がいれば、なんとか」

「なるほど。それでほかの対策が欲しい、と?」

「はい。こちらの視察のかたを国境付近で見つけたので、密猟者だと思い、それで捕まえたのです。話を聞くと、テレパシーのことなんかをご存知だったので、テムジン大師父に連絡を取ってもらったのです。テムジン大師父は、あなたならなんらかの方法を考えてくださるのではないか、と」

「それで私を」

「はい。何かいい案はありませんでしょうか?」

(頼みます)と若者。

 その若者の念に驚いて、若者に目を向けた。

(我々の言葉がわかるのかね?)

(ヨーコとは“絆の糸”がつながっているので、そこからわかるのです)

(“絆の糸”は仲間内だけでは?)

(人間ともつながることがあるのです。まるで最初から結びついていたかのように)

(なるほど)

 精神感応か。

 特定の人物だけと精神がつながる、それが精神感応だ。

 小説の中ではよく使われるが、オレの知る限り、実際にあるとはどこにも報告はない。

 まぁ、双子のあいだではあるようだが。

 テレパシーがあるのだから、あっても不思議ではない。

 それはともかく、密猟者から彼らを守るにはどうしたらいいだろう?

「どうやって、狩られるのですか? 銃で?」

「いえ」とヨーコ。「吹き矢です、先端に毒をつけた」

「ふむ」

「銃や弓矢だと毛皮に穴を開けてしまうからだとか」

「ああ、それだけ価値が下がってしまう、というわけか」

 うなずくヨーコ。

「長老たちの種族は〈アーガイル〉以外にもいるのですか?」

「〈アーガイル〉内だけです。彼らの生息範囲を我々は国と定めました。彼らを守るために」

「そういうことか。彼らの食料は国内にあるだけ?」

「はい。彼ら自身が、固有のキノコを栽培し、固有の昆虫を養殖しています」

 オレは驚いた。

「彼ら自身で?」

「はい。ですからどこかへ連れ出すには、その環境も移すことになります。住んでいるのは木の上の巣で、その木も彼らと共生関係にあるようです」

「なるほど」

 そうなると移動させることは難しいな。

「あなたがたの武器は?」

「サバイバルナイフと弓矢です。小さいころから訓練を受けてきました」

「国民全員が?」

「ほぼ。彼らを守るには、我々が強くなければなりませんから」

「ふむ……ちなみに」とヨーコを見る。「あなたが〈アーガイル〉の代表者なのですか?」

 彼女はイスの上で身をよじった。

 居心地の悪さをなんとかしたがっているかのように。

「国王とか大統領とかいう人間ではありません。もともとそんな人間はいないのです」

「いない? 誰も意見をまとめようとしないのですか?」

「いえ、えっとぉ」彼女が考え込む。どういう風に説明するべきか、と悩んでいるのだ。「私たちは、彼らとつながっています。まぁ、つながらない人も多いんですけどね。そのつながりで意見を交換したりするんです。たいていはそれで片付くんです」

「つまり、彼らのネットワークを利用して、物事を決定している、と?」

「まぁ、そんな感じです」

「それであなたの立場は?」

「こちらの視察のかたを捕らえたのは、私の村の者なんです。私の村には彼らとつながった人間が4人いるのですが、私以外はまだまだ子どもか年寄りなんです」

「ああ、なるほど。村の代表といったところなんですね」

「ええ、まぁ」

「ほかの村の意見も当然聞かれたわけですか」

「はい。その上でこうしてご相談させてもらっているんです」

「なるほど。一番いいのは、〈アーガイル〉を隔離してしまうことですね」

「隔離?」

「まわりに柵を張りめぐらせて、侵入者の出入りができないようにするんです」

「ある程度はやっているんですが、あまり効果が」

「ない?」

「ええ。密猟者もいろいろと考えてるようで」

「ふむ……ところで」

「はい」

「〈スベルト王国〉に援助を求めることは考えてみましたか?」

「援助、ですか? いいえ。どこにどうやって話を持っていけばいいのか、わかりませんので。それに彼らのことをどう説明すれば?」

「ああ、そうでしたね」

 彼らのテレパシー能力を説明したところで、一笑にふされてしまうのがオチだろう。

 たとえ、彼らと接触させたとしても、難しいところだな。

「少し考えさせてください」

「はい、お願いします」

((お願いします))とアーガイル・フォックス2頭も念を送ってきた。

 その念にオレは(わかりました)と答えた。


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