【178.〈パディントン〉】
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街から雪が姿を消したころ、アルから念が届いた。
(パオロ、もうすぐ到着します)
(わかった)
アルからのイメージは、漁師町へと続く入り江の手前。
こちらはまだ雪が残っている。
オレは外出着に着替えて、レディー・ホワイトの船長室に送ってもらった。
アルが待っていた。
ふたりで甲板に上がる。
冷たい風がホオをなでる。
「まだ寒いな」
「ええ。ドローンからの映像で、すべての船が係留されているのがわかっています」
「冬のあいだは漁ができないからな。町の方は?」
「春先なので人の往来はあります。忙しくしているようです」
「そうかね。驚くだろうね、この船を見たら」
彼は笑みを浮かべてうなずいた。
「驚きましたよ」
そう言ったのは、町長でもある漁労長だった。
今も人垣を作っているそのひとり。
町中の人が、レディー・ホワイトの姿をひと目見ようと集まっていたのだ。
その中には造船所の弟子たちの姿もあった。
船からは、貨物が降ろされている。
「町の名前は、決まりましたか? 漁労長」とオレが問う。
「えっ? ああ、〈パディントン〉としました。あの棟梁の名前です。あなたがたとのつながりにもなりましたし、彼自身の貢献もありましたので」
「そうですか。棟梁も喜んでいることでしょう」
「はい。新たな棟梁は、彼の孫となりました。まだまだ若くて、兄弟子たちにはからかわれているようですが」
「なるほど」
「外洋船の船長である2代目は、彼が棟梁を務めることになったことに驚いていましたが、心配はしていないようです。安心して外洋に出れる、と笑っていました」
「設計料は、こちらでよろしいですか?」とアル。
彼が示しているのは、30台の通信機。
「これは」と絶句している新しい棟梁とその弟子たち。
「通信機です。ここの船と漁労事務所とに、充分に行きわたると思います」
「ならば、漁労長に」
「あなたがたへの報酬です」
「そうは言われても……我々は前の棟梁の設計をもとにしただけで、たいしたことは」と年長の兄弟子。
ほかの面々も戸惑っている。
オレがあいだに入る。
「あなたがたのおかげで充分な設計ができたのです。そして、出来上がった。とある国とここが早期に併合できた。その見返りとしては、安いものですよ。それに今後のためにも通信機は必要です。この町と船との交信だけではなく、大国との交信も可能になるのです。そうすれば、船の受注もありえます。それにそれらの国の貨幣をもらっても、ここでは役に立たないでしょ?」
苦笑いする面々。
「この通信機を漁労長に買い取ってもらうといいでしょう。今後の造船所にはさまざまなものが必要でしょうから」
棟梁たちは、戸惑いながらも通信機を受け取った。
「いったいどんな魔法を使ったんです?」と棟梁。
造船所の面々とともに、レディー・ホワイトに乗り込んでいる。
設計図どおりの出来ばえに目を丸くしていた。
「材料が揃っていても、早くて半年はかかるのに」と兄弟子。
アルもオレもニヤつくばかりで、その問いには答えない。
「外板に塗られているのは?」と弟子のひとり。
「特殊な塗料です」とアルが答える。「生物の付着を抑えるとともに、水の抵抗を少なくしてくれます」
「貝類の付着は仕方ないと思っていたのに」「いつもかき取るしかなかった」「ああ」
「塗料の作り方はのちほど、お教えします」
アルに念を送る。
(いいのかね?)
(材料はこの土地にあるものですし、難しいものでもありません。彼らが気付けば、すぐに作れたはずです)
(なるほど)
船の隅々を見てまわる。
彼らは、唖然として口を開いているか、加工技術に驚嘆しているか、ただただうなずいているか、だ。
“クリッパー”という船を見るのが初めてなのだ。
今まで作ってきたのは、外洋を走れるとはいえ、漁船。
その構造は、まったく違うのだろう。
「オレたちが、こんな船を作れると思うか?」と棟梁に訊く兄弟子。
若い棟梁は、首を振る。
「わかりません。知識だけはありますが、それだけではダメでしょう。棟梁の経験はあっても、みんながそれを分かち合わなければなりません」
「そうだな」
「大丈夫ですよ」と弟子のひとりの女性。明るい笑顔で「最初からはダメでも、経験を積んでいけばいいだけですよ。棟梁も言ってたじゃないですか、“小さなことから積み上げろ”って」
面々がうなずいた。
「そうだな。まずは、小型船を造ろう。棟梁、具体的な船の設計図を探してくれ」
「わかりました」
この兄弟子が、実質、造船所の長ということになっているらしい。
棟梁も異存はないようだ。
「その〈スベルト王国〉という国が、ここを併合したいと?」
相手は漁労長だ。
「ええ。造船技術が必要ですので。併合と言いましても特別なことは何もありません。おそらく外洋貨物船がこちらとの通商を開始します。とは言いましてもその貨物船もこちらで造ってもらわねばなりませんが」
「それは造船所次第になるかと」
「わかっています」
「それまでは?」
「通信機で必要な情報をやり取りすることになるでしょう。発電機器もコンピューターもありますから、ネットワークにつながります」
「はぁ」
そう、ここには発電設備が一切なかった。
通信機だけを持ってきても、それだけではただの箱でしかない。
ここにある船はすべて帆船。
エンジンすら開発されていない。
ここで暮らすには、それで充分なのだ。
だが、通信機やコンピューターを使うには電気が必要だ。
そこで発電機器を必要なだけ用意した。
とはいっても、大げさなものではない。
小型の風力発電機や水力発電機、それにソーラーパネル。
これらから得られる電気を蓄えるバッテリー。
それから持ち運び可能な照明装置も一緒だ。
ここには照明すらもなかった。
せいぜい、焚き火の明かりくらい。
「すでにあなたがたから、いただいた資料で充分だと思っていたのですが」と漁労長。
「そうですね。ですが、外部の情報を得ることは有益です。特に子どもたちの教育を考えれば」
「ああ、確かにその点は考えなかったわけではありませんね」
それが彼を後押しした。
翌日には通信機で、〈スベルト〉と交信して、具体的な話をしていた。
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