【128.クリス】
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気温が上がり、穏やかな陽射しが降り注ぐようになってきた。
それもすぐに通り過ぎてしまうだろう。
いつものように仕事に集中していた。
グーッと音がした。
マリーンがお腹を押さえていた。
「すみません、先生」
「あはは。もうすぐお昼だ。君の腹時計は正確で結構。こっちもひと段落――」言葉を続けられなくなった。
弱々しいクリスの声が聞こえたからだ。
悪寒も走る。
なんだ?
「クリス?」と見回してみたが、作業部屋にいるはずがない。
ドア外に出てみたが、彼女の姿はない。
「どうされたんですか?」とマリーンが不思議そうな顔をしている。
「クリスの声が聞こえたんだ」
「ですが、ここには」
「いないね。空耳かな」
オレは、クリスに意識を集中してみた。
だが、どんなに集中してみても、彼女に触れることができない。
「まさか、な」
オレは、クリスに電話した。
呼び出し音はしているが、つながらない。
映話を申請しても、だ。
そこで軍に映話申請してみた。
「現在、ブロードリック中尉は任務の最中です」と受付嬢は答えた。
任務中であれば、受付嬢に詳細はわかるまい。
映話を切り、クリスのパイロット仲間であるケビンに、意識を集中した。
ケビンは、オレが人を騙してきたことを見抜いた男だった。
そんな彼からは、とんでもなく心配しているようすが受け取れた。
目を閉じているので、まわりのようすはわからない。
それでも彼がパイロット待機室で座っているのが窺えた。
心配しているのは、クリスの安否だ。
無事でいてくれ、と願っている。
(ケビン、クリスがどうかしたのか?)と念を送る。
彼のマブタが開かれた。
彼は頭を振った。
(どうかしてる。あいつの声が聞こえたなんて。オレは、中尉のことを思っていたはずなのに)
(どうでもいい! 君は何を心配しているんだ? クリスに何があった?)
(なんてこった。なんであいつの声が)
(テレパシーで話をしているからだ!)
(テレパシー? 本当に?)
(ああ。彼女にも秘密にしていたがね。それでクリスは?)
(新型機の試験飛行中に消息を断った。目標の地点には、艦船が配置されているんだが、そこまで行かずに――)
(艦船? 海か!)
(そうだ。無事に脱出してくれているといいんだが。パイロットスーツの上には、ジャケットを着込んでいるから、浮いていられるはずなんだ)
(それで助けは?)
(絶望視されてる。消息不明になったエリアに艦船が到着するのに二日かかるんだ。そこから捜索だからもっとかかる)
(私なら助け出せる。だが、今、彼女は意識がないらしい。場所が特定できない)
彼が地図をイメージした。
おおよそのポイントを示してくれている。
(地図じゃダメだ。そこに跳んでいけない)
(そうは言われてもなぁ)困っている。
(そうだ! 彼女が身につけていたものはあるか? 飛ぶときには必ず身につけるもので、彼女と特定できるものは)
それさえあれば、遠見の術が使えるかもしれない。
彼は、しばらく頭の中で彼女を思い浮かべ、物品を探す。
それから跳ねるように思いついた。
(ヘルメットだ!)
それがイメージされた。
(どこに彼女らしさがあるんだ? 君たちのと――)
(中尉のヘルメットには、バラがプリントされているんだ。真っ赤なバラが)
そのイメージが見えた。
耳の覆いの部分には、確かに真っ赤なバラが描かれていた。
(わかった)
オレは、そのヘルメットとクリスのイメージを重ね、遠見の術を使ってみた。
見えた。
暗い夜と暗い海。
波が荒い。
海はしけていた。
彼女のヘルメットは、彼女の頭を抱え込んでいる。
クリスの意識は、やはりない。
(見つけた。これから跳ぶ)
(中尉を助けてくれ)
(言われなくてもそうする!)
彼からクリスに意識を集中し、物送りの師父に術をお願いした。
突然、オレは、海の中にいた。
波が覆いかぶさってくる。
海の水が冷たい。
だが、体温が急速に奪われるほどではない。
泳ぎながらまわりを見回す。
すぐに見つかった。
「クリス!」と大声で叫ぶ。
それから彼女のところに泳いでいき、彼女に抱きつくと、すぐさま師父に物送りを頼んだ。
アルの船の中に送られた。
思わずバランスを崩して、背中から倒れた。
背中を丸めて、受身を取る。
「アル!」
その叫び声で、アルが走ってきて、姿を見せた。
「医療ドックの用意を!」
「パオロ、その人――」
「いいから」
オレは立ち上がり、彼を押しのけて、医療ドックに向かった。
走りながら、なぜこんなにクリスの身体は軽いのだろう、と思った。
それに抱いている感触が変だ。
まるで中が空洞になっているようだ。
医療ドックの前に、そっと彼女を横たえた。
そこでわかった。
彼女の下半身がなかった。
パイロットスーツは、何かに切り裂かれたようにギザギザになっている。
とにかく、彼女の身体からヘルメットやスーツを外していく。
裸になったクリスの身体は、乳房の下からなくなっていた。
心臓も大動脈と大静脈に欠片が残っているだけだ。
死んでいるのはわかったが、まだ生き返る、と強く信じていた。
医療ドックのフタを開き、彼女をその中に収める。
「パオロ」アルがそばに来て、つらそうな声で呼びかける。
「早くするんだ!」
「無理です」
「まだいける!」
アルは、オレを説得できないと知ると、医療ドックのフタを閉じて、パネルを操作した。
診断が開始され、身体の状態が示されていく。
パネルに映る人型のイラストに、次々と赤いエリアが増えていく。
最後に[完全な死亡と判断。生き返ることはありません]とメッセージが表示された。
「そんな……どうにかできるだろう?」とオレは信じられずにアルを見た。
首を振るアル。
「残念ですが。細胞を増殖させたとしても、それはもう生きた屍でしかありません」
「そんな」
「パオロ、あなたは魂の存在を信じていますか?」
オレは、アルを見つめ、口を開いた。
出てくる言葉は、つながってくれない。
「な、なぜ、今、ここで――」
「彼女の魂は、すでにこの身体から離れてしまったのです。それを戻すことはできません。そんな技術はどこにもないのです。残念ですが」
彼のつらそうな表情が、彼女がもう戻ってこないのだ、と語っていた。
それでもオレは、なんとかしたい、と願った。
だが、これ以上、オレには何もできないということもわかっていた。
オレは身体の力をなくし、その場にへたり込んだ。
「彼女の身体をきれいにしておきますね」
オレは彼に「頼む」と答えたような気がしたが、気のせいかもしれない。
クリスとの思い出が走馬灯のようによみがえる。
そんなのは、自分が死ぬときのことだ、と思っていた。
彼女の笑顔や泣き顔が思い出てくる。
怒った顔も困った顔も。
「誰かにお知らせは?」
「おたがいに〈落とされ人〉だ。家族はもう死んだ、と思っているはずだ」
家族のことは、聞いていた。
両親と妹。
彼女は、軍法会議にかけられ、家族に会うことなく、この惑星に落とされた。
家族には、軍から死亡通知が届いたはずよ、と彼女は言っていた。
そこで思い出した。
「そうだ。ケビンたちに知らせないと」
「無線通信するなら」
「テレパシーで話すよ。彼女のようすも伝えなくちゃな」
力なく立ち上がり、医療ドックの中のクリスを見た。
身体の修復はされていない。
それでもアルは彼女のぬれた肌をタオルでぬぐい、短い髪を乾かし、死に化粧を施していた。
「化粧まで。ありがとう、アル」
「いいえ。私には、こんなことしかできませんから」
「充分だよ」
ケビンとトラビスに念を送った。
ふたりは、一緒にいた。
オレからの念を待っていたようだ。
そこでクリスが死んでいたことを話し、今の彼女のようすを見せた。
ふたりとも力をなくし、うなだれ、死者を思った。
(パオロ)とトラビス。
(なんだね?)
(中尉の身体を見つけてくれて……ありがとう。本人もあなたが見つけてくれたことを喜んでいると思う)
(うん)
(中尉の身体)とケビン。(こちらに渡してもらえるかな?)
(そうだね。葬儀はしなくちゃならんしな)
(上にも報告しなくちゃならないから)
(信じてくれるかな?)
(信じるしかないでしょう。それから謝っておきます、パオロ)
(ん? なんのことだね?)
(以前にあなたのことを“人を騙すのを平気な人間だ”と言ったことです)
(ああ、そのことか。実際、私は、詐欺師だった)
(……そうでしたか)
(だが、クリスには誠実であろうと思って、すべてを話し、付き合ってきたよ)
悲しいが、喜びが感じられた。
(中尉もうれしかったでしょう。あなたのことを話題にすると、はた目から見ていて、ふつうの女の子のようでしたから)
(可愛い女性だったな、確かに)
(それで)とトラビス。彼も悲しみに包まれている。(中尉の身体はいつ?)
(すぐに連れていくよ。そこでいいかな?)
(はい。お待ちしてます)
オレは、彼女を抱き上げた。
「アル、彼女を送ってくるよ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。しばらくは、仕事にもならんだろうが」
「何か手伝えることがあったら」
「うん、ありがとう。じゃ」
師父に頼んで、送ってもらう。
ケビンとトラビスのいるパイロット待機室に。
ふたりがハッとして、立ち上がった。
「このまま、抱いててもいいかな?」とさみしく笑いかけた。
ふたりは何も言わずにうなずいた。
「ありがとう」
それからふたりは、上官を連れてきて、そのようすを見せた。
もちろん、状況も説明している。
オレも説明していたと思う。
でもクリスを抱いている感覚以外は、何も感じていなかった。
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