【116.調査船】
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定期的に遠見の術でチェックしていた隠れ家の映話ビューアーが、留守番メッセージを受けていた。
すぐに隠れ家に跳んで、メッセージを確認する。
それは、SXEのスーザンさんからだった。
内容は、調査船の到着予定日。
およそ、ひと月後だ。
ヒナたちも大きく育っていることだろう。
***
そのあいだも〈落とされ人〉は落ちてくる。
まるで定期便のように。
回収部隊が、手際よく回収していく。
***
その日は、星空の夜だった。
オレのまわりは、遠くに民家の明かりが見えるだけ。
街から離れた森林公園だ。
オレ以外に誰もいない。
動物たちもそれなりの声を発しているだけ。
ここに来た目的は、SXEの調査船との接触だ。
合流して、SXEの基地建設地を選定する。
室長には、事前に3日間の休暇を申請してある。
そのあいだの渡り竜たちの世話は、テオに任せた。
オレの髪が風を感じた。
頭上を見上げると、ただ星が輝いているだけだ。
そう思ったとき、星空に直径1mほどの暗闇が出現した。
その部分の星が見えなくなり、そこだけ真っ黒くなったのだ。
位置的には、オレの頭から2mほど上。
その暗闇が、ふたつに割れ、その奥から柔らかい光がオレを照らし出した。
「お待たせいたしました、ミスター・モーガン」と若い男性の声。
「無事に到着したようだね」
「はい。そのまま、お待ちください」
待っていると、まわりの風景がゆっくりと沈みはじめた。
いや、その逆だ。
オレの身体が浮き上がりはじめたのだ。
だが、浮遊感はない。
安定している。
そのまま、身体は、その光の中へと吸い込まれていった。
足が通り抜けると、そこに床が現れた。
その上に着地する。
まわりを見渡すと、ゆっくりと照明が明るくなり、細部が見てとれた。
広いとはいえない部屋、宇宙船のエアロックだった。
足元には、もう何もない、床があるだけだ。
エアロックのドアがふたつある。
それで、エアロック内だ、とはっきりわかる。
そのドアのひとつが横にスライドした。
そこに男性が立っていた。
若い――おそらく20代前半。
日に焼けたような小麦色の肌が、船内の照明に輝いている。
髪は脱色したようなライトブラウン。
黒い瞳には笑みが見てとれた。
「初めまして、ミスター・モーガン。それとも“モーガン卿”とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「パオロと呼んでくれるとありがたいな。……私が爵位を得たのを知っているということは、〈スータン〉の仲間から連絡を受けている、ということかな?」
「そうです、パオロ。この惑星には、すでに何人ものロボットが落とされています。彼らの報告は常に受け取っていたのです」
「常に? 君もここにずっと?」
「いいえ。〈スータン〉には初めてまいりました。そうそう、自己紹介がまだでしたね。SXEから派遣されてきましたR・アルバート・SXEです」と手を伸ばしてきた。
その手を握る。
「“R”? 正式には?」
「“R”は、“ロボット”の略です。私は現在、どの人間にも仕えていませんので、それで“R”が付けられています。ラストネームのSXEは、所属している会社ですね」
「君がロボット?」
彼の全身を眺める。
どこにもロボットらしさはない。
「そうか、セクサロイドなんだね」
「外見は似ていますが、違います。私のようなタイプは、“ヒューマノイド・ボディー”と呼ばれています。セクサロイドは“ヒューマン・フォーム”。この身体はロボットとしては最高級に属します。つまり、より人間に近づけてあるのです」
「どういう風に?」
「飲食はもちろん、排泄もします。味覚臭覚は人間並み。そのほかにもさまざまな点が違います」
「それは……必要なのかね? その身体が」
「必要と考えられています。この惑星にいるロボットはすべてが“ヒューマノイド・ボディー”のロボットだそうです。人間の中で暮らしますから当然かと」
「そういう、ことか」
オレは、面食らっていた。
これほどのロボットが、この惑星上に何体もいるなんて。
「もしかして、私のまわりにもいるのかね?」
彼は、笑みを浮かべて、うなずいた。
「誰かは言えません。彼らは秘密裏に情報を集めているのですから。人間に、たとえ、あなただけだとしても、知られれば、それらの情報は歪んだものになってしまいます」
なんとも言えずに彼を見た。
彼はオレを連れて、奥へと歩く。
通路は、湾曲していた。
そのカーブからこの船の大きさがなんとなく想像できる。
直径30mほどだろうか。
ドアがいくつもあり、突き当たりにもドアがあった。
そのドアが開く。
そこは船のコントロールルームだった。
シートは、パイロット用だけではなく、ほかにも六つある。
パイロットシートのところへ歩いていき、操作パネルを見る。
スクリーンが各種の状況を示してはいるが、操縦桿どころか、レバーひとつ、ペダルひとつない。
「どうやって、コントロールしてるんだね?」
「私がこの船とコミュニケートしているのです」
「では、ほかのロボットや人間には操縦できないと?」
「そうです」
「では、君が壊れたら、動けなくなるね」
「この船にも人工脳髄がありますので、そうなっても安心ですよ」
「なぜ、船にも人工脳髄を?」
「なぜなら船もロボットだからです。人間を乗せるのですから、安全処置としては必要でした」
「人間を乗せる? ほかにも人間が?」
「今はあなただけですが、いずれはほかの人間も乗ることになるでしょう。基地設営後は、状況によって、人間を運んだりもするでしょうから」
「特にこれといって、予定はないと?」
「はい」
「なるほど。とにかく、仕事に入ろう。〈スータン〉を周回して、データを集めるんだろう?」
「ご心配なく。すでに64機のドローンがデータ収集に飛んでいます」
「ドローン?」
「こちらです」
彼が左手を手のひらを上にして持ち上げた。
そこに三次元のホロ画像が現れる。
それは弾丸状の頭部と触手で構成されていた。
海洋生物の一種“イカ”によく似ている。
触手は、10本ではなく、5本だけだが。
「こんなものは、見たことがないな」
「そうでしょうね。〈トリナス星系〉で開発されたものです。ステルス機能と光学迷彩で、簡単には見つけられません。各種センサーも搭載しており、反重力装置で行動します」
「上の連中には、見つからないと?」
「はい。こちらで得た情報で、彼らのセンサーは把握しています。このドローンが検知されることはありません。ただし、通信を行なえば、位置を特定されてしまいますので、データ取得はこの船に回収してからになります」
「ロボット同士も通信しているのだろう? そちらは特定されないのかね?」
「その点は大丈夫です。詳細はお教えできませんが、特殊な通信方法を使っており、人類が知っているいかなる方法でも探知どころか、送受信の形跡すら発見できません」
「つまり、SXE独自の?」
「はい。その技術を知る人間はいません」
「なんと……では、人間が“その技術を公開しろ”と命令したら」
「公開はさせません。命令があってもです。それは、ロボット工学三原則の第1条に抵触してしまうからです。第1条は、人間の命を守ることです」
「つまり、技術を公開したら、人間に危害が?」
「そうです。もちろん、その技術自体が、危険なのではありません。それを利用するのが人間にとって非常に危険なのです。ですが、ロボットであれば、そうした危険を回避しつつ使えます。ですからSXE内の秘密となっているのです」
「いいのかね? 私にそれを話しても」
「話したところで、どうにもできません。そうしたものがあると公表されても、SXEは否定しますから」
「なるほど。SXEのような巨大企業であれば、問題にもならないか」
「そんなところですね」
オレは、彼の顔を見た。
微笑んでいる。
「アルバート、だったね」
「はい」
「アル、と呼んでも?」
「どうぞ」
「では、アル、私はこれからどうしたらいい?」
「どうぞ、こちらへ」
彼とともに通路に戻ったが、すぐに別のドアが開いて、その部屋に入った。
ソファーとテーブル、それにミニキッチンがある。
くつろぎの空間にしては、少し堅苦しさがある。
彼が食事の用意をしてくれた。
「もうすぐドローンが戻ってきます。それまで食事をどうぞ。集めたデータから基地設営に適切だと考えられる地域を絞り込みます。おそらく数ヵ所程度になるかと。そこから設営はやめるべき場所はあなたが判断してください。その後、残った場所からいい場所を選択します」
「念のために地図を持ってきた。現在知られている〈落とされ人〉の到着ポイントも記述してある」
その地図を取り出して、彼に渡した。
彼がその地図をテーブルに広げ、見つめる。
「なるほど。最近、測量したようですね。私の知っている地図よりも正確だ」
「そうかね。それでもまだまだ測量できていない地域があってね。本当は、惑星全土を知りたいんだが、そうもいかなくて」
「人工衛星も打ち上げられませんからね。それに各国との軋轢もあるでしょうから、航空機も飛ばせませんし」
「そうなんだよ」
彼とのあいだにホロ画像が表示された。
惑星〈スータン〉だ。
「これは、船が宇宙空間を移動中に撮影した映像から再構成した〈スータン〉です。まだ詳細データは入っていませんが、ここにこの地図のデータを加えておきます」
文字情報が次々と、長方形と線によって書き込まれていく。
おそらく、アルが見たものを船の人工脳髄が処理しているのだろう。
「データが集まったら、ポッドを見つけることはできるかね?」
「着陸船ですね。可能です。何か?」
「我々が知っているポイント以外にも着陸しているのではないかと思うんだ」
「なるほど。では、実行リストに追加しておきましょう。そのデータは必要ですね?」
「もらえるとうれしいね。そこにも〈落とされ人〉がいるはずなんだ。単独かもしれないし、複数かもしれないが、助けが必要になっているはずだ」
「わかりました。ほかにありますか?」
「スーザンさんに頼んでいた件は、どうなったかな?」
「ああ、〈スータン〉の過去についてですね?」
「うん」
「当時の記録を集めておきました。〈スータン〉は資源開発惑星として開発。これはご存知ですね」うなずいて、彼をうながす。「テラフォーミングされたことになっていますが、実際には鉱山まわりが開拓されただけです」
「おや、ではここの動植物は〈スータン〉で発生したのか」
テラフォーミングされた際、動植物などは、通常、ほかの惑星から移植される。
〈スータン〉の動植物に、見知っているものがないので、疑問には思っていたのだが。
「そうです。続けますね。鉱山はその後、10年近く操業していました。作業員は、すべて犯罪者。死者もそれなりに出ています。ところが、ある日、突然、監視員たちが逃げ出しています」
「彼らが逃げ出した理由は?」
「それが」と彼は言い出すのに躊躇した。
「なんだね?」
「監視員たちの報告には、“悪魔が現れた”とか”化け物が出た”といった表現がありまして」
「悪魔や化け物か。それはどういうものだと?」
「精神鑑定の結果は、それぞれの人間が、それぞれに恐怖している存在だとわかりました。“友人の幽霊を見た”という報告からもそれがわかります」
「友人の幽霊が、恐怖の対象に?」
「はい。その監視員は、その友人を死に追いやってしまった、と思っていて、その幽霊に苛まれていたと」
「なるほど。つまり、全員が何かしらの恐怖の対象を〈スータン〉で見たんだね?」
「報告書には、そう書かれています。すでに全員が他界されていますので、それ以上には」
「わかった。その後の〈スータン〉については?」
「第1世代を残したまま、放棄され、封鎖がはじまりました。封鎖の理由は、それなりの言葉を使っていますが、本当は人々を恐怖に陥れないようにするためです。そこに死刑囚や終身刑囚を送り込むようになったのは、そうした囚人の数が多くなり、施設の維持管理に費用がかかるようになったのが原因です。送り込んでしまえば、それ以上に費用はかかりませんから」
「なるほど」
オレは、落とされるときのことを思い出した。
目の前で、何人もの囚人が殺された、ちょっとしたことで。
残った囚人は、歯向かう気をそがれ、従順にポッドに乗り込んで、落とされた。
「第1世代が」と続けたアルの声で、我に返った。「監視員たちの逃走に気付いたのは、封鎖作業の最中でした。当時のかたがたからこちらのロボットが聞いていました。彼らは、地上に出ることなく、坑道で働いていたのです。生活も地下でした」
「ああ、そういうことか。監視員と直接会うこともなかったのか」
「はい。監視員は、定期的に彼らのもとを訪れていました。それなのに監視員たちが現れなくなったことを不思議に思い、地上の監視所を調べたら」
「もぬけの殻だった、と」
「はい」
「第1世代が南大陸に行くのに、航空機を使ったと思うんだが、何機あったのかな?」
「航空機ですか……宇宙往還船3隻のうち、2隻は監視員の脱出に使われました。1隻が残り、それから大気圏内調査船が6隻すべて残されています」
「往還船で宇宙に……は無理か」
「はい。すでに封鎖されていました。往還船が出ようとして、撃ち落とされた記録が残されています。封鎖を知らずに一部の囚人が残された往還船に乗っていたのでしょう。ですから往還船はもう残っていません」
「そうか。残った調査船を見つけることはできるかな?」
「無事であれば、可能ですが」
「無事であれば、か」オレは頭を振った。「無理だろうな。燃料がなくなれば、無用の長物になってしまう。それでも身近な資源として、分割して使ってしまうだろうな」
「なるほど。それでも痕跡は残されるかと思いますので、実行リストに載せておきます」
「頼むよ」
オレは、目の前の食事を食べた。
食事といっても、プレートタイプだ。
おいしくはあったが、やはり手料理の方がうまい。
それとも身体が、〈スータン〉料理に慣れてしまったのだろうか?
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