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落とされ人  作者: カーブミラー


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113/128

【113.チーズ】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 小さな声が聞こえた。

 王室文化院の事務室。

 その奥で仕事をしていた女性だった。

「オレも」と同意する男性の声。

「なんだね?」と訊いてみる。

「ああ、パオロ。すみません」

「別にかまわないよ。ただ何を言っていたのか、気になってね」

 ふたりが苦笑いする。

「変なことかね?」

「いいえ。先日、新しいワインができてきたので、“チーズが欲しいね”と言っていたんです」

「チーズ? そう言えば、落とされてから見たことがないな。どうしてだろう?」

「当然です。ないんですよ」

「ない? あんなものが?」

「作れないんです」

「だが、乳酸菌飲料は」

「あれは、人間の体内の菌を使っていますから。ところが、チーズなんかは」と首を振る女性。

「どんな動物のミルクを使っても、固まらないんだそうです」と男性。

「熱を加えてみたのかね?」

「詳しくは知りませんが」


 マリーンが調べてくれた。

 テオと違って、時間はかかったが。

 テオは、いまだに王室図書館での作業中だ。

「脂肪分はあるようなのですが、私たちとは性質が違うようで、それで固まらないようです。さまざまな人が試してきましたが」と首を振る。

「どんな方法が試されたのかな?」

「乳酸菌、酵素、酸、熱。どれも固まらず」

「ふむ」

 ミタニ師父と連絡を取ってみた。

 彼自身は、チーズを食したことがない。

 その食感もさまざまな人々から得てはいたが、種類が多く、共通点が少なく、作られたもののレベルはそれほどではなかった。


 そこで自分の書庫から検索し、ひとつの方法を見つけ出した。

 ちょっと眉唾物(まゆつばもの)ではあるが。

 まずは、土台を作成することにした。

 自分で作らず、業者に依頼。

 業者は、首をひねりながらも依頼を受けてくれた。

 出来上がったのは、約5mmの板に、四角錐が縦に10個、横に5個、合計50個が並んだものだ。

 四角錐ひとつは、一辺が23mm、高さ14・75mm。

 材質は、金属にした。

 アルミニウムだ。

 特に理由はなかった。

 文献には指定もされていない。

 それを10枚、作ってもらった。

 コンパスで、それを東西南北にきちんと向ける。

 そうして並べ、身近で得られる動物の乳を容器に入れて、その上に置く。

 ゴミが入らないように、上に薄い布をかぶせる。

 あとは、室温でそのまま放置するだけだ。

「この四角錐って、ピラミッドみたいですね」とマリーン。

「見たことがあるのかね?」

「絵画で。すごく大きかったんでしょう?」

「ああ。高さが147m以上もあったとされている。私も見たことはないが、壮大な建築物だっただろうね」

 ピラミッドは、〈地球〉のエジプトという土地にあったとされる建造物。

 だが、その〈地球〉自体、どの星系に属しているのか、今現在はわからなくなっていた。

 そのため、ピラミッド自体も見ることはできない。

 それを建築デザインに取り入れた建物があるだけなのだ。

「こんなのでどうするんです?」

「どうやら、これでチーズを作ったらしいんだ」

「これで? どういう理論から?」

「何やらピラミッドからエネルギーが放射されて、そのエネルギーが液体に作用するらしい。キルリアン撮影するとそのエネルギー放射が映るんだがね。そのキルリアン自体もどういう理論なのかわからないんだ。だから確認のしようがない」

「先生にしては、あやふやな情報をもとにしているんですね」

「そんなものさ。あとは、時間の経過を見ていくだけだ」


 すぐに変化があるとは思っていなかった。

 それでも2日はそのままにしておいた。


 3日目。

 布を取り上げてみる。

 容器の中の乳の表面が、どれもうっすらとピンク色に染まっていた。

 脂肪分なのだろうか?

 一瞬、カビの一種かも、とも思ったが。

 ふたたび、布をかぶせた。


 翌日からは、毎日、ようすをチェックした。

 ピンク色していた表面が少しずつその色を濃くしていく。

 一週間後には、厚みのあるローズピンクの層になっていた。


 全体が、ローズピンク一色になった。

 それらすべてを食品分析にまわした。

 さすがに“口にするのはどうかな?”と思ったからだ。

 分析が終わった担当者は、顔色を変えていた。

「モーガン卿、いったいどうやって、このチーズをお作りになられたのですか?」

「チーズになっていたのかね?」

「はい。と言いましても私たちが知るチーズとはまったく違いますが。成分は、動物の血液に酷似しています。乳脂肪分はありません。彼らの脂肪もとても少ない。塩分が凝縮しているのでそれなりの味になります。その点は製造過程で塩分を添加していけばいいでしょう。ですが、見事にチーズと言えると思います」

「食べられるんだね?」

「はい。毒素はありませんし、苦味もありません。旨味成分は人間に合うはずです」

 そこで分析で残ったひとつを容器から取り出して、口に放り込んだ。

 歯ごたえ、食感、旨味、塩味、それに甘味まである。

「ふむ、なるほど」

「いったいどうやって、お作りに?」と再度訊いてくる担当者。

「ちょっと企業秘密だな。しばらくは」

 担当者は落胆した。

「食べてもいいですか?」

「もちろん」

 彼も別の容器からチーズを取り出して、少しかじった。

「ああ、こういう味なんだ。うまいですね。燻製(くんせい)にしたらコクが出るかも」

「おお、いいね。あとで試してみよう」


 残ったチーズをテオとスエツグに食べてみてもらった。

「おお、おいしいですね」「本当に。これがチーズなんですか?」

「本物のチーズではないがね。だが、本物のチーズとはまた違った食材だな」

「そうですね」とテオ。「チーズと言っていいか、問題ですね。でも食材としては、おいしいですよ。これをどう調理するか、考えちゃいますがね」

「確かに」


 新たにチーズを作った。

 それを陛下に献上した。

「美味だな」

「はい。こちらがそのチーズを使いました料理になります」

 パスタやケーキに使ってみた。

 陛下だけでなく、評議会のメンバーにも食べてもらう。

「これは」「確かに美味だ」

 みなが絶賛する。

 陛下がオレを見た。

「これは売るのか?」

「売れますでしょうか?」

「売れる! おまえの名前も手伝ってな」

「私の名前、ですか? まさか」

 オレは苦笑した。

 そんなことにはなるまい、と。

「いやいや」と議長。「モーガン卿がお作りになったとすれば、それだけで売れます。ましてや、これだけの美味なのです。売れないはずがない」

 いやはや、困ったな。

「あまり大量には作れないのですよ、道具がなくて」

「道具? なんじゃ?」

「これです」とピラミッドボードをお見せする。

「変わったものだな。これをどう使うのだ?」

「その上に乳を載せておくだけです」

「何? たったそれだけか?」

「はい。あとは、時間を置きます。コップくらいの量で、2週間ほど」

「2週間か。かかるな。では、この道具をたくさん用意すれば、大量に作れるのではないか?」

「確かにそのとおりですが、売り物にするのなら、さまざまな試験をしてみませんと。食品衛生法に引っ掛かるやもしれませんので」

「では、試験をするといい。その結果を見て、販売するかどうかを決めよ」


 食品衛生法の試験に通ると、製造を人に委託して、一般に販売されることになった。

 モーガン印として、渡り竜のデザインを使って、パッケージが作られた。

 商品名は、“モーガン・チーズ”となった。

 販売は、小さくはじまった。

 ところが、連日、品切れとなるほどに売れた。

 そこで製造を倍増して、出荷していく。

 それでも追いつかない。

 だが、それ以上に増産はしないでおいた。

 一時的な売れ行きかもしれないからだ。


 王室に嘆願書が届く。

 “もっと増やして欲しい”と。

 なかなか手に入れられないことに、国民が不満を訴えたのだ。

 なので、増産することになり、会社自体が大きくなった。

 関連商品も売りはじめる。

 チーズの増産が追いつかなくなり、作業所をさらに大きくすることに。

 やがて、敵対していた国もチーズが欲しくて、次々と〈スベルト王国〉と提携・併合するようになっていった。


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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