【113.チーズ】
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小さな声が聞こえた。
王室文化院の事務室。
その奥で仕事をしていた女性だった。
「オレも」と同意する男性の声。
「なんだね?」と訊いてみる。
「ああ、パオロ。すみません」
「別にかまわないよ。ただ何を言っていたのか、気になってね」
ふたりが苦笑いする。
「変なことかね?」
「いいえ。先日、新しいワインができてきたので、“チーズが欲しいね”と言っていたんです」
「チーズ? そう言えば、落とされてから見たことがないな。どうしてだろう?」
「当然です。ないんですよ」
「ない? あんなものが?」
「作れないんです」
「だが、乳酸菌飲料は」
「あれは、人間の体内の菌を使っていますから。ところが、チーズなんかは」と首を振る女性。
「どんな動物のミルクを使っても、固まらないんだそうです」と男性。
「熱を加えてみたのかね?」
「詳しくは知りませんが」
マリーンが調べてくれた。
テオと違って、時間はかかったが。
テオは、いまだに王室図書館での作業中だ。
「脂肪分はあるようなのですが、私たちとは性質が違うようで、それで固まらないようです。さまざまな人が試してきましたが」と首を振る。
「どんな方法が試されたのかな?」
「乳酸菌、酵素、酸、熱。どれも固まらず」
「ふむ」
ミタニ師父と連絡を取ってみた。
彼自身は、チーズを食したことがない。
その食感もさまざまな人々から得てはいたが、種類が多く、共通点が少なく、作られたもののレベルはそれほどではなかった。
そこで自分の書庫から検索し、ひとつの方法を見つけ出した。
ちょっと眉唾物ではあるが。
まずは、土台を作成することにした。
自分で作らず、業者に依頼。
業者は、首をひねりながらも依頼を受けてくれた。
出来上がったのは、約5mmの板に、四角錐が縦に10個、横に5個、合計50個が並んだものだ。
四角錐ひとつは、一辺が23mm、高さ14・75mm。
材質は、金属にした。
アルミニウムだ。
特に理由はなかった。
文献には指定もされていない。
それを10枚、作ってもらった。
コンパスで、それを東西南北にきちんと向ける。
そうして並べ、身近で得られる動物の乳を容器に入れて、その上に置く。
ゴミが入らないように、上に薄い布をかぶせる。
あとは、室温でそのまま放置するだけだ。
「この四角錐って、ピラミッドみたいですね」とマリーン。
「見たことがあるのかね?」
「絵画で。すごく大きかったんでしょう?」
「ああ。高さが147m以上もあったとされている。私も見たことはないが、壮大な建築物だっただろうね」
ピラミッドは、〈地球〉のエジプトという土地にあったとされる建造物。
だが、その〈地球〉自体、どの星系に属しているのか、今現在はわからなくなっていた。
そのため、ピラミッド自体も見ることはできない。
それを建築デザインに取り入れた建物があるだけなのだ。
「こんなのでどうするんです?」
「どうやら、これでチーズを作ったらしいんだ」
「これで? どういう理論から?」
「何やらピラミッドからエネルギーが放射されて、そのエネルギーが液体に作用するらしい。キルリアン撮影するとそのエネルギー放射が映るんだがね。そのキルリアン自体もどういう理論なのかわからないんだ。だから確認のしようがない」
「先生にしては、あやふやな情報をもとにしているんですね」
「そんなものさ。あとは、時間の経過を見ていくだけだ」
すぐに変化があるとは思っていなかった。
それでも2日はそのままにしておいた。
3日目。
布を取り上げてみる。
容器の中の乳の表面が、どれもうっすらとピンク色に染まっていた。
脂肪分なのだろうか?
一瞬、カビの一種かも、とも思ったが。
ふたたび、布をかぶせた。
翌日からは、毎日、ようすをチェックした。
ピンク色していた表面が少しずつその色を濃くしていく。
一週間後には、厚みのあるローズピンクの層になっていた。
全体が、ローズピンク一色になった。
それらすべてを食品分析にまわした。
さすがに“口にするのはどうかな?”と思ったからだ。
分析が終わった担当者は、顔色を変えていた。
「モーガン卿、いったいどうやって、このチーズをお作りになられたのですか?」
「チーズになっていたのかね?」
「はい。と言いましても私たちが知るチーズとはまったく違いますが。成分は、動物の血液に酷似しています。乳脂肪分はありません。彼らの脂肪もとても少ない。塩分が凝縮しているのでそれなりの味になります。その点は製造過程で塩分を添加していけばいいでしょう。ですが、見事にチーズと言えると思います」
「食べられるんだね?」
「はい。毒素はありませんし、苦味もありません。旨味成分は人間に合うはずです」
そこで分析で残ったひとつを容器から取り出して、口に放り込んだ。
歯ごたえ、食感、旨味、塩味、それに甘味まである。
「ふむ、なるほど」
「いったいどうやって、お作りに?」と再度訊いてくる担当者。
「ちょっと企業秘密だな。しばらくは」
担当者は落胆した。
「食べてもいいですか?」
「もちろん」
彼も別の容器からチーズを取り出して、少しかじった。
「ああ、こういう味なんだ。うまいですね。燻製にしたらコクが出るかも」
「おお、いいね。あとで試してみよう」
残ったチーズをテオとスエツグに食べてみてもらった。
「おお、おいしいですね」「本当に。これがチーズなんですか?」
「本物のチーズではないがね。だが、本物のチーズとはまた違った食材だな」
「そうですね」とテオ。「チーズと言っていいか、問題ですね。でも食材としては、おいしいですよ。これをどう調理するか、考えちゃいますがね」
「確かに」
新たにチーズを作った。
それを陛下に献上した。
「美味だな」
「はい。こちらがそのチーズを使いました料理になります」
パスタやケーキに使ってみた。
陛下だけでなく、評議会のメンバーにも食べてもらう。
「これは」「確かに美味だ」
みなが絶賛する。
陛下がオレを見た。
「これは売るのか?」
「売れますでしょうか?」
「売れる! おまえの名前も手伝ってな」
「私の名前、ですか? まさか」
オレは苦笑した。
そんなことにはなるまい、と。
「いやいや」と議長。「モーガン卿がお作りになったとすれば、それだけで売れます。ましてや、これだけの美味なのです。売れないはずがない」
いやはや、困ったな。
「あまり大量には作れないのですよ、道具がなくて」
「道具? なんじゃ?」
「これです」とピラミッドボードをお見せする。
「変わったものだな。これをどう使うのだ?」
「その上に乳を載せておくだけです」
「何? たったそれだけか?」
「はい。あとは、時間を置きます。コップくらいの量で、2週間ほど」
「2週間か。かかるな。では、この道具をたくさん用意すれば、大量に作れるのではないか?」
「確かにそのとおりですが、売り物にするのなら、さまざまな試験をしてみませんと。食品衛生法に引っ掛かるやもしれませんので」
「では、試験をするといい。その結果を見て、販売するかどうかを決めよ」
食品衛生法の試験に通ると、製造を人に委託して、一般に販売されることになった。
モーガン印として、渡り竜のデザインを使って、パッケージが作られた。
商品名は、“モーガン・チーズ”となった。
販売は、小さくはじまった。
ところが、連日、品切れとなるほどに売れた。
そこで製造を倍増して、出荷していく。
それでも追いつかない。
だが、それ以上に増産はしないでおいた。
一時的な売れ行きかもしれないからだ。
王室に嘆願書が届く。
“もっと増やして欲しい”と。
なかなか手に入れられないことに、国民が不満を訴えたのだ。
なので、増産することになり、会社自体が大きくなった。
関連商品も売りはじめる。
チーズの増産が追いつかなくなり、作業所をさらに大きくすることに。
やがて、敵対していた国もチーズが欲しくて、次々と〈スベルト王国〉と提携・併合するようになっていった。
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