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落とされ人  作者: カーブミラー


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110/129

【110.採寸】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 事務室で仕事をしていると、室長がドアから顔を覗かせた。

「パオロ、ひと段落したらお願い」

「わかりました」

 開いていた本にしおりをはさみ、仕事を中断した。

 室長のもとに行くと、彼女は笑みを浮かべていた。

「なんでしょう?」

「このあとの予定は?」

「特にこれといって。通常の仕事だけですし」

「プライベートは?」

「そちらも特には。なんです?」

「あなたには、これから裁縫部に行ってもらいます」

「裁縫部?」

 服を作っている部署だ。

 なんでまた?

「服を新調してもらうのよ。特別なものだから」

「特別? 説明は」と彼女の笑みを見て悟った。「してもらえないんですね」

「ええ」

 仕方なく、裁縫部へと出向き、採寸してもらう。

 それだけで、仕事に戻った。


 3日後。

 ふたたび、裁縫部へ向かった。

 仮縫いだそうだ。

 その服は、白く、礼装軍服のように硬い感じがあるが、襟はない。

 ワイシャツも白で、滑らかで肌触りがいい。

「素材はなんだね?」

「スベルト・シルクですわ」

「“スベルト・シルク”? はて、初めて耳にする」

「スベルトの昆虫から得られたシルクです」

 クリスと初めて会ったあの島で、彼女が言っていたのを思い出した。

「ああ、それなら聞いたことがあります。そうか、これが」

 仮縫いを終え、すぐに仕事に戻った。


 さらに3日後。

 今度は、床屋に行かされた。

 床屋には、ひと月に一度、行くようにしていた。

 前回からまだ半月ちょっとしか、経っていない。

 床屋はすでに指示を受けているらしく、ニヤニヤしながら丁寧な仕事を心掛けている。

 いつもよりも丁寧だ。

「どうして、にやけてるのかね?」

「そりゃ……おっと、本人には言ってはならん、と言われてまして」と苦笑い。

「誰に?」

「さるおかたから、とだけ言っておきましょう」

「みんなが内緒にしているんで、気味が悪いんだがね」

「でも旦那、決して悪いことにはなりませんよ」

「そうだといいが」

 床屋の丁寧な仕事のおかげで、いつもよりもさっぱりとした。


 2日後。

 この日は、事前に、一般謁見がスケジュールに組み込まれていなかった。

 特別な謁見がある、とだけしか聞いていない。

 オレは、その謁見室に立っていた。

 あの礼服を着て。

 わけがわからず、室長とともに。

 室長に訊いても、何も答えてもらえない。

 謁見室には、いつもどおりにテレビカメラが設置されている。

 床屋が「悪いことにはなりませんよ」と言っていたのを思い出したが、これだけでも充分に悪いことだ。

 居心地の悪さに軽い汗をかいてきた。

 何もわからないで立っているのは、不快だ。

 目の前の玉座には、まだ誰も座っていない。

 しばらく待たされた挙句に入ってきたのは、評議会の面々だった。

 彼らが、左右に分かれ、そこに立つ。

 彼らも正装していた。

 その表情を見て、余計に気味が悪くなった。

 笑みを浮かべているのだ。

 意味がわからない。

 そこへ女王陛下が入ってきた。

 みなで頭を垂れる。

 玉座に座る陛下。

「頭を上げよ」

 陛下のその声で、みなが頭を上げる。

 陛下の顔を見ると、いつもの気さくな顔ではなく、一国の女王としての顔になっている。

「本日の」と評議会議長。「特別謁見をはじめさせていただきます、陛下」

「頼む」

「パオロ・モーガン、陛下の前へ」

「はい」

 わけがわからないままに、前に進み出た。

 陛下の玉座前の数段しかない階段手前まで。

「パオロ・モーガン」と議長。

「はい」

「そなたは、惑星〈スータン〉に落とされ、〈スベルト王国〉に来て以来、その知識を〈スベルト王国〉の国民に授けてきてくれた。それにより、国民の生活を向上させることができた。また、〈エルゼンタール〉においては、誰よりも早く女王陛下の御命を先王の刃から御守りし、〈エルゼンタール〉を〈スベルト王国〉に併合するきっかけも作ってくれた。それだけではなく、南大陸の〈ラクロア王国〉との交渉にも一役買ってくれた。これから両国はさまざまな交易を行なうことになるであろう」

 そこで議長は言葉を切った。

 オレの言葉を待っているのだろうか?

 だが、何を言えば?

 ありがたいことに議長が続けた。

「その功績をかんがみ、そなたに陛下からの贈り物をたまわることになった。心して受け取られよ」

「はは」とは答えたが、そのためだけにこんな謁見の場を設けなくてもいいのに、と心の中で思った。それは正直な感想だ。

「陛下、お願いいたします」と議長。

「うむ」

 陛下が立ち上がる。

 階段を降り、オレの目の前に立つ。

 そのあいだにオレは片ヒザを折り、頭を垂れていた。

「パオロ・モーガン」

「はい、陛下」

「そなたの功績をたたえて、サーの称号を与える」

 えっ? サーの称号?

 近くに一対の脚が近づいてきた。

 議長の脚だ。

 それから陛下の方から、何かが垂れ下がり降りてきた。

 黒い正方形が数珠(じゅず)つながりになったネックレス?

 それが、オレの首にかけられた。

 重い。

 よく見ると、その正方形ひとつひとつには、琥珀色の石がひとつずつついている。

「これからも」と陛下。「国民のために働いてくれ」

「もちろんでございます」

 陛下が階段を登って、玉座に座った。

「モーガン卿、立たれよ」と議長。

 その言葉に従って、立ち上がる。

「今後は、その爵位に恥じぬよう、気を引き締められよ」

「はは」と会釈程度に頭を垂れた。

「陛下、これにて、特別謁見を終わります」

「ご苦労であった」

 陛下は立ち上がり、玉座の後ろにまわって、出ていかれた。

 そのあとから評議員のメンバーがついていく。

 謁見の間から彼らがいなくなり、我々も出入り口から出た。

「爵位の授与、おめでとう、モーガン卿」と室長。

「やめてください。最初から知ってましたね?」

「ええ。評議会からね。妥当だと思うわ。あなたはそれだけのことをしてきたんですもの」

 オレの首にかかったネックレスが、さらに重みを増したように感じる。

 その重みでため息が漏れる。

「パオロ」と肩を叩く室長。「これからもよろしくね」


 王室文化院の事務室に戻ると、拍手喝采が出迎えてくれた。

 そこにいた全員の顔は、喜びに満ちている。

 “おめでとう”の声を聞き、肩を叩かれる。

 彼らのために、とりあえず喜んでおこう。


 爵位は、邪魔にはならなかった。

 だが、城下に降りると、人々から「モーガン卿」と呼ばれるのには、辟易(へきえき)した。

 市場では、値切るつもりはないのに、値段を下げてくれたり、おまけをつけてくれたりしてくれる。

 それ自体は、ありがたいのだが……


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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