【110.採寸】
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事務室で仕事をしていると、室長がドアから顔を覗かせた。
「パオロ、ひと段落したらお願い」
「わかりました」
開いていた本にしおりをはさみ、仕事を中断した。
室長のもとに行くと、彼女は笑みを浮かべていた。
「なんでしょう?」
「このあとの予定は?」
「特にこれといって。通常の仕事だけですし」
「プライベートは?」
「そちらも特には。なんです?」
「あなたには、これから裁縫部に行ってもらいます」
「裁縫部?」
服を作っている部署だ。
なんでまた?
「服を新調してもらうのよ。特別なものだから」
「特別? 説明は」と彼女の笑みを見て悟った。「してもらえないんですね」
「ええ」
仕方なく、裁縫部へと出向き、採寸してもらう。
それだけで、仕事に戻った。
3日後。
ふたたび、裁縫部へ向かった。
仮縫いだそうだ。
その服は、白く、礼装軍服のように硬い感じがあるが、襟はない。
ワイシャツも白で、滑らかで肌触りがいい。
「素材はなんだね?」
「スベルト・シルクですわ」
「“スベルト・シルク”? はて、初めて耳にする」
「スベルトの昆虫から得られたシルクです」
クリスと初めて会ったあの島で、彼女が言っていたのを思い出した。
「ああ、それなら聞いたことがあります。そうか、これが」
仮縫いを終え、すぐに仕事に戻った。
さらに3日後。
今度は、床屋に行かされた。
床屋には、ひと月に一度、行くようにしていた。
前回からまだ半月ちょっとしか、経っていない。
床屋はすでに指示を受けているらしく、ニヤニヤしながら丁寧な仕事を心掛けている。
いつもよりも丁寧だ。
「どうして、にやけてるのかね?」
「そりゃ……おっと、本人には言ってはならん、と言われてまして」と苦笑い。
「誰に?」
「さるおかたから、とだけ言っておきましょう」
「みんなが内緒にしているんで、気味が悪いんだがね」
「でも旦那、決して悪いことにはなりませんよ」
「そうだといいが」
床屋の丁寧な仕事のおかげで、いつもよりもさっぱりとした。
2日後。
この日は、事前に、一般謁見がスケジュールに組み込まれていなかった。
特別な謁見がある、とだけしか聞いていない。
オレは、その謁見室に立っていた。
あの礼服を着て。
わけがわからず、室長とともに。
室長に訊いても、何も答えてもらえない。
謁見室には、いつもどおりにテレビカメラが設置されている。
床屋が「悪いことにはなりませんよ」と言っていたのを思い出したが、これだけでも充分に悪いことだ。
居心地の悪さに軽い汗をかいてきた。
何もわからないで立っているのは、不快だ。
目の前の玉座には、まだ誰も座っていない。
しばらく待たされた挙句に入ってきたのは、評議会の面々だった。
彼らが、左右に分かれ、そこに立つ。
彼らも正装していた。
その表情を見て、余計に気味が悪くなった。
笑みを浮かべているのだ。
意味がわからない。
そこへ女王陛下が入ってきた。
みなで頭を垂れる。
玉座に座る陛下。
「頭を上げよ」
陛下のその声で、みなが頭を上げる。
陛下の顔を見ると、いつもの気さくな顔ではなく、一国の女王としての顔になっている。
「本日の」と評議会議長。「特別謁見をはじめさせていただきます、陛下」
「頼む」
「パオロ・モーガン、陛下の前へ」
「はい」
わけがわからないままに、前に進み出た。
陛下の玉座前の数段しかない階段手前まで。
「パオロ・モーガン」と議長。
「はい」
「そなたは、惑星〈スータン〉に落とされ、〈スベルト王国〉に来て以来、その知識を〈スベルト王国〉の国民に授けてきてくれた。それにより、国民の生活を向上させることができた。また、〈エルゼンタール〉においては、誰よりも早く女王陛下の御命を先王の刃から御守りし、〈エルゼンタール〉を〈スベルト王国〉に併合するきっかけも作ってくれた。それだけではなく、南大陸の〈ラクロア王国〉との交渉にも一役買ってくれた。これから両国はさまざまな交易を行なうことになるであろう」
そこで議長は言葉を切った。
オレの言葉を待っているのだろうか?
だが、何を言えば?
ありがたいことに議長が続けた。
「その功績をかんがみ、そなたに陛下からの贈り物をたまわることになった。心して受け取られよ」
「はは」とは答えたが、そのためだけにこんな謁見の場を設けなくてもいいのに、と心の中で思った。それは正直な感想だ。
「陛下、お願いいたします」と議長。
「うむ」
陛下が立ち上がる。
階段を降り、オレの目の前に立つ。
そのあいだにオレは片ヒザを折り、頭を垂れていた。
「パオロ・モーガン」
「はい、陛下」
「そなたの功績をたたえて、サーの称号を与える」
えっ? サーの称号?
近くに一対の脚が近づいてきた。
議長の脚だ。
それから陛下の方から、何かが垂れ下がり降りてきた。
黒い正方形が数珠つながりになったネックレス?
それが、オレの首にかけられた。
重い。
よく見ると、その正方形ひとつひとつには、琥珀色の石がひとつずつついている。
「これからも」と陛下。「国民のために働いてくれ」
「もちろんでございます」
陛下が階段を登って、玉座に座った。
「モーガン卿、立たれよ」と議長。
その言葉に従って、立ち上がる。
「今後は、その爵位に恥じぬよう、気を引き締められよ」
「はは」と会釈程度に頭を垂れた。
「陛下、これにて、特別謁見を終わります」
「ご苦労であった」
陛下は立ち上がり、玉座の後ろにまわって、出ていかれた。
そのあとから評議員のメンバーがついていく。
謁見の間から彼らがいなくなり、我々も出入り口から出た。
「爵位の授与、おめでとう、モーガン卿」と室長。
「やめてください。最初から知ってましたね?」
「ええ。評議会からね。妥当だと思うわ。あなたはそれだけのことをしてきたんですもの」
オレの首にかかったネックレスが、さらに重みを増したように感じる。
その重みでため息が漏れる。
「パオロ」と肩を叩く室長。「これからもよろしくね」
王室文化院の事務室に戻ると、拍手喝采が出迎えてくれた。
そこにいた全員の顔は、喜びに満ちている。
“おめでとう”の声を聞き、肩を叩かれる。
彼らのために、とりあえず喜んでおこう。
爵位は、邪魔にはならなかった。
だが、城下に降りると、人々から「モーガン卿」と呼ばれるのには、辟易した。
市場では、値切るつもりはないのに、値段を下げてくれたり、おまけをつけてくれたりしてくれる。
それ自体は、ありがたいのだが……
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