【108.スチームマシン】
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春の市を訪れる。
広場に残っていた雪は、残らず処分されていた。
今日は、快晴。
空が青い。
おかげで、空気も暖かく、ときおり吹く風が心地いい。
食材を見てまわったあと、掘り出し物はないかとまわってみる。
春にまつわるものが多い。
そんな中、異質なものがそこにはあった。
蒸気を上げているボイラーと、それにホースでつながっている機械。
近づいて、店主に訊く。
「なんだね、これは?」
「スチームマシンだよ。こっちはミシン、あっちは芝刈り機だ」
「ほぉ。だが、どちらも電動のものがあったはずだが」
「そうだよ。だが、売っちゃいけないわけじゃない」
「それはそうだが」
「パワーがあるから厚手の縫い物には重宝する。芝もだ」
「なるほど」
「昔は、こいつらのボイラーも活躍してたんだがな。今じゃ、こんなものを動かすしかない」
「昔? いったい何を?」
「計算機だよ。コンピューターがまだできる前の話だ」
「計算機? 蒸気の力で?」
「そう。使い方は同じさ。ポチポチと押して、“答えは?”とキーを押す。スチームモーターがまわって、計算結果をはじき出す。さまざまな計算に使われたんだ。それでずいぶんと景気のいい時期もあった。今じゃ、コンピューターに席を譲って、このとおりさ」とミシンを指す。
「どんな計算ができたんだね?」
店主は、肩をすくめた。
「いろいろさ。学者先生が要求するすべて。場合によっては、装置からのデータから答えをはじき出したり、それをまた別の装置にデータとして渡したりしたよ」
「ほぉ。初めて聞きましたよ」
「そうかい。うちの会社に来れば、実物を見せてやれるよ」
「どちらへ行けば?」
店主は、パンフレットとともに名刺をくれた。
次の休みにその会社を訪れてみた。
外見は、工場だった。
大きくはない。
中に入ると、金属を削りだす音が響いている。
作業が続けられているのだ。
きっと大声を出しても聞こえないだろう。
そう考えて、工場内を見回した。
奥の方に金属製の階段があり、その上にツリーハウスのような事務室が見えた。
オレは階段を登り、ノックをして、ドアを開けた。
そこには、事務員らしき女性がひとりだけ。
笑顔で迎えてくれる。
ドアを閉めると、静けさに包まれた。
「いらっしゃいませ。御用件はなんでしょうか?」
「先日の市で、こちらの製品を見せていただいたのですが、以前は計算機を作っていらしたとかで、こちらに来れば、お見せいただけると」
「そうでしたか。どうぞ。そちらがそうです」
彼女は、今まで座っていたデスクを指し示した。
そこには、横倒しになった円柱といくつものボタンが並んだ操作盤が置かれていた。
円柱の後ろからは、ワイヤー入りのゴム管が伸びている。
「いまだに現役なんですよ。というか、意地でもコンピューターなんか入れない、って社長が」
「ああ。それで使い心地は?」
「コンピューターに比べてですか? 不便は感じたことはありません。計算するのが目的ですから」
「ですが、数値を入力しなければならないのですから」
「見てのとおり、機械式ですから慣れは必要だと思います。でも私は好きですよ。手触りなんかは職人の手によるものですから、温かみがあります」
数字が記されたキーが木で作られている。
使い込まれて、いい艶が出ている。
「使って見せてもらえますか?」
「喜んで」
微笑んでそう言うと、彼女は自分のイスに座り、その計算機のキーに右手を乗せた。
左手で数値が記載された紙をめくりながら、キーを見ずに打ち込んでいく。
その指の動きは滑らかだ。
ひと山の紙の数値を入れ終えるのに、ものの数分だ。
最後にひとつのキーを叩いて、計算結果を見ると、別の用紙にペンで記入した。
それからオレを見た。
「こんな感じです。計算結果は、ここでは手書きですが、プリンターで印字もできます」
「プリンターも蒸気で?」
「はい。そうでないと、売れませんから。ボイラーは、単独で使用することもありますが、多くは併用です。いろんな機械を動かせます。ですから場合によっては、いくつもの計算機を、ひとつのボイラーで動かしていた企業もあります」
「そんなに計算が必要だったのですか? その会社は」
「設計には、数値計算が不可欠です。計算結果を設計図に反映させて、設計を完成させるんですよ」
「なるほど、設計の分野でしたか」
「はい。特に航空機の設計で使われたのだと」
「航空機か。確かに多くの数値が必要ですな」
「シミュレーションなどは無理ですが」
「確かに」
「でもスクリーンを備えたものも開発されたんですよ」
「スクリーン? どうやって?」
「私はそのあたりは詳しくないんですけど、いくつもの数値を記録して、それでグラフを出したり、絵を描いたようです」
「絵まで?」
「はい。といいましても解像度は低かったんです。当時の写真を見ましたが、線がガタガタしてました」
「まぁ、仕方ないだろうね」
「でも結局、売れなかったそうです」
「どうして?」
「大きくなってしまって。ボイラーのパワー不足も手伝って、計算どころじゃなかったようですね」
「おやおや。利便を追求するあまり、大きくなって、パワーが不足するということか」
「そのようです」と苦笑い。
仕事場で、コンピューターを見て、スチーム計算機を思い出す。
計算するだけならスチームでもよかったのかもしれないが、便利を知っている身としては、こうした入出力が可能になっているものの方が、ありがたい。
それにコンピューターでなければ、イメージの取り出しもできなかっただろう。
「どうかしましたか?」
マリーンが怪訝な表情でオレを見つめている。
どうやら、いつのまにか、ほくそえんでいたようだ。
「ちょっと思い出し笑いをね。さぁ、仕事仕事」
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