【106.マリーン・2】
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「マリーン、マリーン」
呼び掛けが、マリーンを眠りから起こした。
「起きるんだ、マリーン」
オレの声に反応するマリーン。
「せん……せい?」
ゆっくりと上体を持ち上げ、マブタを眠そうに開く。
オレを見つけると微笑んだ。
「先生」
「夢の中まで押しかけて済まんな」
「夢の中?」
そこで初めて、自分が起きたのが、自分のベッドではないことに気付く。
まわりを見渡せば、知らない部屋。
オレの隠れ家だ。
すでに部屋を掃除して換気もしてある。
マリーンが寝たのをテムジン大師父が確認して、まずはオレを彼女の部屋に送り、それから彼女とともに隠れ家へと送ってもらった。
そこで彼女を起こしたのだ。
「ここは?」
「夢の中の部屋だよ。みすぼらしいが、我慢してくれ」
「はぁ」
オレは、SXEに映話申請をした。
受付嬢が挨拶してくれる。
オレの名前とID番号を伝え、それからマリーンに名前とID番号を伝えさせる。
マリーンは、オレの名前を聞いて、怪訝な顔をしている。
受付嬢が手元のパネルを操作して、確認を取る。
「マリーン・ブルックス様の確認が取れました。お話はすでに聞いております。心臓に痛みがあるとか」
マリーンがポカンとしながら、うなずく。
「専属の医師につなぎます。少々、お待ちください」
スクリーンから受付嬢が消えた。
受付デスクはそのままだ。
「先生?」
「心配はいらないよ。君を困らせるつもりはないから」
「本当に夢なんですか、これ?」
「そうだと思うよ。だって、映話するには〈スータン〉から出なくちゃならない。でも出られない。出られなくちゃ、映話もできない。ならこれは夢だ」
「そうか。そうですよね。夢の中でも先生と一緒なんてうれしい」
「私もだよ」
マリーンが、オレに抱きついてきた。
「夢の中なら、こんなことをしても許されますよね」
「そ、そうだね」
それから彼女は、オレを見上げ、瞳をうるませた。
次の瞬間、彼女が迫り、唇を奪われた。
少女の口付けだった。
少ししてから離れる。
オレの胸に顔を埋めた。
マリーンが、オレを好いている?
そんな……しかし、今の彼女の行動を説明できるのは、それしかない。
オレが心の中で右往左往していると、映話の映像が変わった。
白く透き通るような肌の女性。
肩より長めのセミロングのブロンド。
ほぼストレート。
卵型に近い顔の輪郭。
コバルトブルーの瞳。
筋の通った鼻。
血色のいい唇。
「初めまして。わたくし、SXEのロボティックス/ロボサイコロジーを担当しています、スーザンと申します」
自分の動揺が、顔に出ないようにする。
「ああ、初めまして。ダニエル・ボーダーとマリーン・ブルックスです」
「ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「どうやって、惑星〈スータン〉を出られたのですか? 惑星〈スータン〉は現在、封鎖されているはずですが」
「超能力を使いました」と笑ってみせる。
「なるほど」と彼女は納得した。
そのことに驚く。
「えっ? お信じになられると?」
「科学的には解明できておりませんが、実際に存在することは確認しておりますので」
「なるほど……それで」
「お話は伺っております。現在、マリーンさんから身体データを抜き出しています。もう少しお待ちを。ちなみにご関係は? 〈スータン〉でお知り合いに?」
「ええ。上司と部下の間柄となります」
「なるほど……データ取得が終了しました」と彼女は言ったが、特にこちらから目を離していなかった。「なるほど。興味深いデータですわね」
「何かわかりましたか?」
「はい。人間でいうところの“恋煩い”ですね」
「“恋煩い”?」
「ええ。ロボットの人工心肺部には人工脳髄が、ごく小さいものですが組み込まれております。それが人工心肺の動きをコントロールしているわけですが、“恋煩い”によって、コントロールが乱れ、それが痛みとなって感じられるのです」
マリーンが、恥ずかしそうにオレの胸に顔を埋めている。
「彼女が恋をしていると? それが人工心肺に影響を?」
「それは関係なさそうですわね」
「えっ?」
「マリーンさんが恋をしているとしても、データからは関係性は見られません。別の要因でコントロール不全を起こしているのです」
「どういうことです?」
「……ああ、なるほど。ボーダーさん、あなたは以前にセクサロイドをお持ちでしたね」
ミリーのことだ。
「ええ。それが?」
「マリーンさんとは偶然に?」
「ええ。〈スータン〉に私が先に落ちまして、彼女はあとから。なんです?」
「ご存知だったのかと思いまして。マリーンさんの身体は、あなたのセクサロイドを利用して造られています」
その言葉がなかなか理解できない。
どういうことだ?
胸の中のマリーンを見る。
彼女には意味がわからないのだろう、首を傾げている。
「こちらが、マリーンさん用に使われたセクサロイドです」
スーザンさんの左側に画像が出てきた。
息を呑んだ。
心臓が止まった。
それは、オレの愛したセクサロイド、ミリーの胸から上の画像だった。
「ミリー」と思わず呟いた。「そんな」
「とても大切にされていたのですね。ありがとうございます」スーザンさんが頭を下げた。「手放された理由は存じませんが、彼女はあなたを愛していました。毎日が幸せだったことでしょう」
「手放したあと、彼女は?」
思わず訊いていた。
「しばらくは、中古販売もされずに倉庫の中に。それからマリーンさんが事故にあい、緊急にマリーンさんの身体として使われることになったのです。体型がよく似ていたので。ボーダーさんがお問い合わせの時点では、もうそのように」
「ああ、そういうことか。では、ほかの男に使われずに」
「はい。そういう意味では、きれいなままでした」
オレは安堵のため息を漏らした。
「先生?」とオレを覗き込むマリーン。
「うん。そういうことだ。その身体は、私が愛したセクサロイドの身体だったんだ。私が彼女を思っていて、その思いがその身体の心臓部分のコントロールを乱したんだな。そうですよね?」
オレは、スーザンさんを見た。
彼女がうなずく。
それを確認してから、マリーンに顔を向けた。
「だから私が彼女を思わなければ、君の心臓がおかしくなることはないんだ。済まないね、君に負担を強いてしまって」
マリーンが首を振る。
「いいえ、先生。いつでもそのセクサロイドのことを思ってあげて。私は大丈夫ですから」
「しかし」
「いいんです。同じ人を好きになったんですから。どういうことか、わかります。そこまで相思相愛になれたのが、私、うらやましいんです」
オレは、その言葉に、思わず彼女を抱きしめた。
感謝とも感激とも説明できない気持ちで。
抱き心地は、確かにミリーそのもの。
オレの愛したセクサロイドのそれだった。
しばらくのあいだ、そうしていた。
それを邪魔された。
「ボーダーさん」
オレは、マリーンを抱きしめたまま、スーザンさんを見た。
「今のうちに言っておかねばなりませんが」
「なんでしょう?」
「彼女の身体は定期的なメンテナンスが必要です。それはおわかりでしょうか?」
スーザンさんの言っている意味はわかった。
「ええ。前々から、メンテナンスはどうするんだろう、と考えておりました」
「どんなロボットであれ、動作していれば、不具合が出てきます」
「マリーンにも不具合が?」
「今のところは」と首を振る。「ですが、定期的に調べて、メンテナンスを行なわなければなりません」
「はい」
「それに体表面は、時とともに劣化していきます。主に皮膚や髪、ツメなどです。それらの修復も必要です」
「はい」
「それから見た目の年齢もそのままになってしまいます。その方がいいのであればよろしいのですが。そうした環境にいらっしゃるのでしょうか?」
「いいえ。そうか、見た目年齢も心配しなければならないのか」
「はい」
「ふつうならどういう工程を経ることに?」
マリーンの成長は22歳で止まっていると考え、身体のあちこちを老化に見せかけるだけで済むという。
「それだけなら通常のメンテナンスに組み込むことができます」
「なるほど。それで全体的な費用は?」
それを計算して出してくれた。
通常のメンテナンス費用に多少の上乗せだけで済みそうだ。
「費用を捻出しましょう」
「おできになれますか?」
「必ず」
「では、これで。詳細な書類は、すぐにお送りいたしますわ」
「わかりました」
映話が終了した。
と同時に書類も届いた。
「先生?」と胸に抱いたマリーン。
「ん?」
「これ、夢ですよね?」
「ああ。夢だね。でもいい夢だ。違うかね?」
「いい夢です。これが本当ならもっといいのに」
「私のこと、好きかね?」
「はい」と笑顔でうなずくマリーン。
「なら夢が覚めるまでこうしていよう」
「うれしい」とマリーンはオレの胸に顔を埋めた。
テムジン大師父に念を送る。
するとマリーンはそのまま眠ってしまった。
彼女から離れ、書類に目を通す。
必要なサインを書き入れて、送り返した。
それから念を送り、マリーンの部屋に送られる。
彼女をベッドに横たえ、布団をかぶせた。
彼女の唇にキスをして、自分の寝室に送ってもらう。
その夜は、何も考えずに眠れた。
ただ、抱きしめたマリーン/ミリーの身体を思い出しながら。
翌日、事務室で、顔を合わせたマリーンは、朝の挨拶をしたあと、顔を真っ赤にして下を向いてしまう。
ゆうべの夢を思い出したのだろう。
ふたりで作業部屋に入る。
「どうか、したのかね?」
「いえ」
「顔が真っ赤だよ? 熱でもあるんじゃ――」
「ありません。大丈夫です」
「そうかね。体調が悪かったら言いなさい。急ぎの仕事をしているわけではないのだから」
「はい、先生。でも本当に大丈夫です」
追求して遊ぼうかとも思ったが、それ以上は彼女が可哀想だと思って、仕事に集中することにした。
ミリーのことは、もう思わずに済んだ、と言いたい。
不思議とそう思えるのだ。
彼女を愛し、彼女も愛してくれた。
ほかの男に抱かれずにいた。
その身体が近くで、別の人間の役に立っている。
それだけで喜ばしいし、安心できるのだ。
今後、マリーンのメンテナンスの面倒は、オレが見る。
そのためには、費用の捻出が必要だ。
詐欺で集めたクレジットの多くは、弁護士に預け、彼が運用して、使われている。
それでも残されたクレジットもまだまだある。
しかし、それをかき集めるだけでは足りない。
それなりのことをしなければならないだろう。
しばらくは、頭の隅に置いておこう。
次のメンテナンスまでには、まだ時間があるのだから。
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