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落とされ人  作者: カーブミラー


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106/125

【106.マリーン・2】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

「マリーン、マリーン」

 呼び掛けが、マリーンを眠りから起こした。

「起きるんだ、マリーン」

 オレの声に反応するマリーン。

「せん……せい?」

 ゆっくりと上体を持ち上げ、マブタを眠そうに開く。

 オレを見つけると微笑んだ。

「先生」

「夢の中まで押しかけて済まんな」

「夢の中?」

 そこで初めて、自分が起きたのが、自分のベッドではないことに気付く。

 まわりを見渡せば、知らない部屋。

 オレの隠れ家だ。

 すでに部屋を掃除して換気もしてある。

 マリーンが寝たのをテムジン大師父が確認して、まずはオレを彼女の部屋に送り、それから彼女とともに隠れ家へと送ってもらった。

 そこで彼女を起こしたのだ。

「ここは?」

「夢の中の部屋だよ。みすぼらしいが、我慢してくれ」

「はぁ」

 オレは、SXEに映話申請をした。

 受付嬢が挨拶してくれる。

 オレの名前とID番号を伝え、それからマリーンに名前とID番号を伝えさせる。

 マリーンは、オレの名前を聞いて、怪訝な顔をしている。

 受付嬢が手元のパネルを操作して、確認を取る。

「マリーン・ブルックス様の確認が取れました。お話はすでに聞いております。心臓に痛みがあるとか」

 マリーンがポカンとしながら、うなずく。

「専属の医師につなぎます。少々、お待ちください」

 スクリーンから受付嬢が消えた。

 受付デスクはそのままだ。

「先生?」

「心配はいらないよ。君を困らせるつもりはないから」

「本当に夢なんですか、これ?」

「そうだと思うよ。だって、映話するには〈スータン〉から出なくちゃならない。でも出られない。出られなくちゃ、映話もできない。ならこれは夢だ」

「そうか。そうですよね。夢の中でも先生と一緒なんてうれしい」

「私もだよ」

 マリーンが、オレに抱きついてきた。

「夢の中なら、こんなことをしても許されますよね」

「そ、そうだね」

 それから彼女は、オレを見上げ、瞳をうるませた。

 次の瞬間、彼女が迫り、唇を奪われた。

 少女の口付けだった。

 少ししてから離れる。

 オレの胸に顔を埋めた。

 マリーンが、オレを好いている?

 そんな……しかし、今の彼女の行動を説明できるのは、それしかない。

 オレが心の中で右往左往していると、映話の映像が変わった。

 白く透き通るような肌の女性。

 肩より長めのセミロングのブロンド。

 ほぼストレート。

 卵型に近い顔の輪郭。

 コバルトブルーの瞳。

 筋の通った鼻。

 血色のいい唇。

「初めまして。わたくし、SXEのロボティックス/ロボサイコロジーを担当しています、スーザンと申します」

 自分の動揺が、顔に出ないようにする。

「ああ、初めまして。ダニエル・ボーダーとマリーン・ブルックスです」

「ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「どうやって、惑星〈スータン〉を出られたのですか? 惑星〈スータン〉は現在、封鎖されているはずですが」

「超能力を使いました」と笑ってみせる。

「なるほど」と彼女は納得した。

 そのことに驚く。

「えっ? お信じになられると?」

「科学的には解明できておりませんが、実際に存在することは確認しておりますので」

「なるほど……それで」

「お話は伺っております。現在、マリーンさんから身体データを抜き出しています。もう少しお待ちを。ちなみにご関係は? 〈スータン〉でお知り合いに?」

「ええ。上司と部下の間柄となります」

「なるほど……データ取得が終了しました」と彼女は言ったが、特にこちらから目を離していなかった。「なるほど。興味深いデータですわね」

「何かわかりましたか?」

「はい。人間でいうところの“恋煩い(こいわずらい)”ですね」

「“恋煩い(こいわずらい)”?」

「ええ。ロボットの人工心肺部には人工脳髄が、ごく小さいものですが組み込まれております。それが人工心肺の動きをコントロールしているわけですが、“恋煩い”によって、コントロールが乱れ、それが痛みとなって感じられるのです」

 マリーンが、恥ずかしそうにオレの胸に顔を埋めている。

「彼女が恋をしていると? それが人工心肺に影響を?」

「それは関係なさそうですわね」

「えっ?」

「マリーンさんが恋をしているとしても、データからは関係性は見られません。別の要因でコントロール不全を起こしているのです」

「どういうことです?」

「……ああ、なるほど。ボーダーさん、あなたは以前にセクサロイドをお持ちでしたね」

 ミリーのことだ。

「ええ。それが?」

「マリーンさんとは偶然に?」

「ええ。〈スータン〉に私が先に落ちまして、彼女はあとから。なんです?」

「ご存知だったのかと思いまして。マリーンさんの身体は、あなたのセクサロイドを利用して造られています」

 その言葉がなかなか理解できない。

 どういうことだ?

 胸の中のマリーンを見る。

 彼女には意味がわからないのだろう、首を傾げている。

「こちらが、マリーンさん用に使われたセクサロイドです」

 スーザンさんの左側に画像が出てきた。

 息を呑んだ。

 心臓が止まった。

 それは、オレの愛したセクサロイド、ミリーの胸から上の画像だった。

「ミリー」と思わず呟いた。「そんな」

「とても大切にされていたのですね。ありがとうございます」スーザンさんが頭を下げた。「手放された理由は存じませんが、彼女はあなたを愛していました。毎日が幸せだったことでしょう」

「手放したあと、彼女は?」

 思わず訊いていた。

「しばらくは、中古販売もされずに倉庫の中に。それからマリーンさんが事故にあい、緊急にマリーンさんの身体として使われることになったのです。体型がよく似ていたので。ボーダーさんがお問い合わせの時点では、もうそのように」

「ああ、そういうことか。では、ほかの男に使われずに」

「はい。そういう意味では、きれいなままでした」

 オレは安堵のため息を漏らした。

「先生?」とオレを覗き込むマリーン。

「うん。そういうことだ。その身体は、私が愛したセクサロイドの身体だったんだ。私が彼女を思っていて、その思いがその身体の心臓部分のコントロールを乱したんだな。そうですよね?」

 オレは、スーザンさんを見た。

 彼女がうなずく。

 それを確認してから、マリーンに顔を向けた。

「だから私が彼女を思わなければ、君の心臓がおかしくなることはないんだ。済まないね、君に負担を強いてしまって」

 マリーンが首を振る。

「いいえ、先生。いつでもそのセクサロイドのことを思ってあげて。私は大丈夫ですから」

「しかし」

「いいんです。同じ人を好きになったんですから。どういうことか、わかります。そこまで相思相愛になれたのが、私、うらやましいんです」

 オレは、その言葉に、思わず彼女を抱きしめた。

 感謝とも感激とも説明できない気持ちで。

 抱き心地は、確かにミリーそのもの。

 オレの愛したセクサロイドのそれだった。


 しばらくのあいだ、そうしていた。

 それを邪魔された。

「ボーダーさん」

 オレは、マリーンを抱きしめたまま、スーザンさんを見た。

「今のうちに言っておかねばなりませんが」

「なんでしょう?」

「彼女の身体は定期的なメンテナンスが必要です。それはおわかりでしょうか?」

 スーザンさんの言っている意味はわかった。

「ええ。前々から、メンテナンスはどうするんだろう、と考えておりました」

「どんなロボットであれ、動作していれば、不具合が出てきます」

「マリーンにも不具合が?」

「今のところは」と首を振る。「ですが、定期的に調べて、メンテナンスを行なわなければなりません」

「はい」

「それに体表面は、時とともに劣化していきます。主に皮膚や髪、ツメなどです。それらの修復も必要です」

「はい」

「それから見た目の年齢もそのままになってしまいます。その方がいいのであればよろしいのですが。そうした環境にいらっしゃるのでしょうか?」

「いいえ。そうか、見た目年齢も心配しなければならないのか」

「はい」

「ふつうならどういう工程を経ることに?」

 マリーンの成長は22歳で止まっていると考え、身体のあちこちを老化に見せかけるだけで済むという。

「それだけなら通常のメンテナンスに組み込むことができます」

「なるほど。それで全体的な費用は?」

 それを計算して出してくれた。

 通常のメンテナンス費用に多少の上乗せだけで済みそうだ。

「費用を捻出しましょう」

「おできになれますか?」

「必ず」

「では、これで。詳細な書類は、すぐにお送りいたしますわ」

「わかりました」

 映話が終了した。

 と同時に書類も届いた。

「先生?」と胸に抱いたマリーン。

「ん?」

「これ、夢ですよね?」

「ああ。夢だね。でもいい夢だ。違うかね?」

「いい夢です。これが本当ならもっといいのに」

「私のこと、好きかね?」

「はい」と笑顔でうなずくマリーン。

「なら夢が覚めるまでこうしていよう」

「うれしい」とマリーンはオレの胸に顔を埋めた。

 テムジン大師父に念を送る。

 するとマリーンはそのまま眠ってしまった。

 彼女から離れ、書類に目を通す。

 必要なサインを書き入れて、送り返した。

 それから念を送り、マリーンの部屋に送られる。

 彼女をベッドに横たえ、布団をかぶせた。

 彼女の唇にキスをして、自分の寝室に送ってもらう。

 その夜は、何も考えずに眠れた。

 ただ、抱きしめたマリーン/ミリーの身体を思い出しながら。


 翌日、事務室で、顔を合わせたマリーンは、朝の挨拶をしたあと、顔を真っ赤にして下を向いてしまう。

 ゆうべの夢を思い出したのだろう。

 ふたりで作業部屋に入る。

「どうか、したのかね?」

「いえ」

「顔が真っ赤だよ? 熱でもあるんじゃ――」

「ありません。大丈夫です」

「そうかね。体調が悪かったら言いなさい。急ぎの仕事をしているわけではないのだから」

「はい、先生。でも本当に大丈夫です」

 追求して遊ぼうかとも思ったが、それ以上は彼女が可哀想だと思って、仕事に集中することにした。

 ミリーのことは、もう思わずに済んだ、と言いたい。

 不思議とそう思えるのだ。

 彼女を愛し、彼女も愛してくれた。

 ほかの男に抱かれずにいた。

 その身体が近くで、別の人間の役に立っている。

 それだけで喜ばしいし、安心できるのだ。

 今後、マリーンのメンテナンスの面倒は、オレが見る。

 そのためには、費用の捻出が必要だ。

 詐欺で集めたクレジットの多くは、弁護士に預け、彼が運用して、使われている。

 それでも残されたクレジットもまだまだある。

 しかし、それをかき集めるだけでは足りない。

 それなりのことをしなければならないだろう。

 しばらくは、頭の隅に置いておこう。

 次のメンテナンスまでには、まだ時間があるのだから。


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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