【105.マリーン・1】
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スエツグからの記憶の取り出しが終わった。
「これからどうしたらいいと思いますか?」
スエツグは、困った顔をしている。
取り出しが終わったあとのことを考えていなかったのだ。
「まだまだ仕事はある。取り出したイメージをOCRにかけるが、どうしても間違いが発生する。それを君が見て、訂正していくんだ」
「なるほど」
もちろん、そんなことは、そんなに時間がかかるわけではない。
だが、そのあいだに次のことを考えてもおける。
彼には、日記をつけさせていた。
〈マニ教国〉への報告は毎日しているが、まわりには“日記を提出することになっている”という話にしていたのだ。
「君が知ったこと、感じたことが素直につづられていればそれでいい」
オレにそう言われても困惑顔だ。
「三日坊主でもいい。それをくりかえせば、立派な日記になる」
「気付いたときに書けばいい、と?」
「そういうことだね。だが、できるだけ、毎日、書くようにするんだ。それが日常になれば、考える必要はない。自然と筆が進むはずだよ」
「わかりました」
実際、彼は、毎日をつづっていた。
それは、〈マニ教国〉での生活で培ったものなのだろう。
〈マニ教国〉からは、これといった連絡はない。
オレ自身は、秘儀を使って、あちこちを覗いてはいたが。
ある日、ふと思いたって、ひとりの女性を探してみた。
顔を思い出し、見つけようと念を伸ばす。
だが、念は届かない。
声が聞こえた。
「先生」苦しそうな声。
中断して、その声に意識を集中した。
その声の主は、マリーン。
胸を押さえて、うずくまっている。
仕事の最中の休憩時間。
「どうしたね?」
「胸が……苦しくなって」
「診察室に行こう」
「いいえ。そこまででは……ただ、切なさに胸をつぶされているようで」
「切なさ? どういうことだね?」
「わかりません。こんなに苦しいだなんて」
「どちらにせよ、医師に診てもらおう」
彼女を連れて、診察室へ。
医師に診てもらう。
彼女の身体のことは、医師も知っていた。
「ですが、さすがに機械の身体は、私にもわかりかねます」
「ああ、そうだった。では、誰に?」
「SXEの人間は〈スベルト〉にはいませんし」と困っている。
「ふむ」
「私はもう大丈夫です、先生」
マリーンの顔色は、よくなっている。
医師も手が出せないのでは仕方あるまい。
仕事部屋に戻る。
ふたたび、念を伸ばした。
「先生」とマリーンの声。
ふたたび、中断して、彼女を見る。
胸を押さえている。
「また?」
「はい」
「身体のどこかが故障しているのかな?」
「だとしたら調べようがありませんね」
「そうなるな」
そこで秘儀を思い出した。
透視の術を。
だが、簡単な術ではない。
それからミリ波透視装置を思い出した。
そう、渡り竜レフティーや彼女の卵を透かし見た装置だ。
自室から持ってきて、マリーンを寝かせて、その胸を見る。
人間のような心臓が見える。
しっかりと脈打っている。
「素人目には異常は見られないが、やはり技術者でないとわからんな」
「こんなこと、初めてです」
「そう」
こうなったらSXEの人間を連れてくるしかない。
その夜、オレは、テムジン大師父と念で話す。
(それは……おっしゃることはわかりますが)と困惑している。
(何か問題でも?)
(物送りの術で、惑星の外に送り出したことはないのです)
(何ひとつ?)
(はい)
(では、やってみましょう)
(ですが、見たこともない場所を指定することは)
(私の知っている場所に、物を送れば確かめられます)
そこでまず〈マニ教国〉に跳んだ。
術者に場所のイメージを念で見せ、念をこめたものを送り出した。
念がこもっていれば、その周囲もわかる。
送った場所は、オレが弁護を依頼してきた弁護士の事務所。
テムジン大師父が送った物の周囲をイメージで見せてくれる。
窓の外が白みだしている。
早朝のようだ。
弁護士が自分の机で突っ伏していた。
どうやら徹夜で、次の弁護の調べ物をしていたらしい。
テーブルの上にある新聞が目に留まる。
それを送った物とともに送ってもらう。
目の前に現れた。
「これで実験は成功しましたな」
「はい。術者も問題ないようです」
術者は、雑作もない、といった顔。
「よろしい。問題は、どうやって、マリーンをSXEに診せるかだな」
よくよく考えた末に、ひとつの部屋を指示して、まずは自分が跳ぶことにした。
そこならSXEとの連絡が取れる。
部屋に着くと、出ていった当時と変わらない。
ただ、ホコリがうっすらと積もっていた。
その部屋は、オレの隠れ家のひとつだった。
各種インフラは、まだ通じていた。
そこからSXEに映話申請する。
受付が出てきたので、自分の名前とID番号を言う。
ID番号を使う日が、また来るとは思わなかった。
受付が確認する。
「ダニエル・ボーダー様、確認が取れました。今回はどのような?」
“ダニエル・ボーダー”は、当時使っていた偽名だ。
「そちらのサービスに人間の脳髄を、ロボットの身体に組み込んだことがおありですね」受付が否定しようと口を開きかけたのをさえぎる。「いや、否定なされても結構ですが、すでに私の知人がそうした身体でいることを、確かめております。透視装置で胸部も見ました」
受付は、困惑顔だ。
「それで、わたくしどもにどうしろと?」
「その知人が苦しんでおりましてね。心臓が痛むと」
「心臓が、痛む? 少々、お待ちを」
受付は、手元のパネルを操作する。
それから首を振った。
「そのかたが、おっしゃるような身体であるなら、そのようなことが起こるとは考えられませんが」
「ですが、実際に彼女は苦痛を訴えています」
「そのかたのお名前を」
「マリーン・ブルックス。確か、22歳だったかと」
受付がまた操作をする。
「そのかた、通話に出していただくわけには?」
「ここにいません。面通しが必要、ですね。わかりました。後日、彼女と一緒に映話するとしましょう。それでよろしいですか?」
「はい」
映話を終了した。
テムジン大師父に、帰還要請の念を送る。
彼女のもとに戻った。
「どうでしたか?」
「なんとか。まずは、マリーンを実際に確認してもらわないとなりません。彼女を連れて、ふたたび、向こうに飛びます。問題は、彼女にどうやって術をかけるかだが」
ふたりで考える。
テムジン大師父が顔を上げた。
「夢の中だ、と思わせては?」
「うん、よさそうだ。とすれば、彼女が眠ってからか」
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