【102.“クマモドキ”】
続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。
白銀が王都を覆いつくしている。
「今年は、降雪量が多いな」とオレより先に落とされた人たちが言っている。
外出が制限されてしまっている。
それでも王都の人々は、仕事も生活も変わりなくできていた。
王都の地下はつながっていて、それで行き来ができるのだ。
地上の店舗は、一時的に地下へと移動している。
王都から出るのは、ひと苦労だが。
〈エルゼンタール〉のようすは、酷いようだ。
雪に閉ざされてしまい、身動きも取れない。
まぁ、毎年のことなのだそうだが。
それでも今年は動物を狙った猟もできそうにないという。
「男たちは、不満のはけ口を求めてるよ」
老婆改め、ドクター・リビングストンは、そう言った。
フェイスでの映話だ。
「ケンカも増えてきている。力仕事でもあればいいんだがね」
「こちらでも考えてみます」
「すまないね、そっちも忙しいだろう?」
「それほどでも。カマドの方はどうですか?」
「悪くないね。具材が増えたおかげで、料理のレパートリーも増えたし。薪の減る量も例年ほどじゃないようだ」
「よかった。では、食材の備蓄に関しては、不足はないと考えても?」
「そうだね。それでも新鮮な肉があればとは思うんだ」
「なるほど」
もう少し話して、映話を終えた。
仮設住宅に住むサリオスの方はと、調べてみる。
仮設住宅では、何度も雪下ろしをしていた。
積もったままにしておけば、住宅はつぶれてしまうだろう。
地元の軍隊が出動しているようだ。
何かあったのだろうか?
こういうときに秘儀が使えればいいのに、と思った瞬間に気がついた。
使えばいいのだ。
オレは、意識をスコット・ベクスターに集中した。
スコットは、〈エルゼンタール〉の守備隊の隊長だ。
以前に調査旅行に行った際の護衛を務めてくれた。
感覚共感の術を使って、スコットから情報を引き出す。
感覚共感の術は、以心伝心の術の延長で、相手が感じていることを同じように感じる。
これは、比較的会得しやすい。
オレは、すでに身につけていた。
今、スコットは、白銀の世界を歩いていた。
短いスキー板を履いて。
胸に自動小銃を抱えている。
身体は寒さは感じているようだが、感覚を意識的に切り離しているようで、何も感じない。
ただ、無念と怒り、それに不安が混在して感じられる。
肩や背中が重い。
重装備のようだ。
耳には、背後からの小さな音。
どうやら部下と一緒に行軍しているらしい。
だが、何が起こったのかまではわからない。
注意しつつ、話しかける。
(スコット)
オレの声を聞いて、彼はハッと我に返り、あたりを見回す。
彼は、頭を振って、(こんなところに彼がいるはずがない)と頭の中で呟いた。
(そうだよ。こんなところにいるはずがない)
(そうだよな。オレは頭がおかしくなったんだな)
(あはは。そうかもな。ところで、どうして行軍してるんだっけ?)
(おいおい、忘れるなよ。いや、忘れたいな。忘れて、宿舎の風呂でボーッとしていたいよな)
(そうだな。それで?)
(なんでかって? いくつもの小洞窟が襲われてる。襲撃者を捕まえなきゃならん。それでこうやって行軍しているんだ。そうだろう?)
(そうだったな。被害者はどうだった?)
イメージが浮かんだ。
洞窟内が荒らされ、そこに住んでいた家族は殺されていた。
(酷いもんさ。あそこまで惨殺しなくてもいいのに)
彼からは無力感と嫌悪感が伝わってくる。
(そうだな。襲撃者の特徴は?)
(はっきりとはわかっていない。だが、人間じゃなさそうだ。鋭利な刃物で切りつけられているわけじゃなく、まるで太い丸太で殴られたかのようだった。獣だとしたら大型だ。そのくせ、人間を食うことはしていない。肉食じゃないってことだ。いや、干し肉や干し魚も食べてるから雑食か。果実も食われてたし)
(思い当たる獣は?)
彼は、首を振った。
(そんな獣がいるなんて、聞いたことがない)
(そうだな。知ってたらオレにもわかるもんな)
(そういうことだ。……ところで、おまえは本当にオレなのか?)
(たぶんな。それとも彼が語りかけているとか? そんなこと、信じられるか?)
彼が前方を警戒して見る。
(彼なら知ってるかもな、犯人を)
(そうかもな。さて、自分の仕事に集中するとしようや)
(そうだな)
オレは、彼から離れた。
さて、地元の軍隊が動いている理由がわかった。
だが、襲撃者の正体がわからない。
フェイスで、ドクター・リビングストンに電話する。
しばらく待った。
彼女が出た。
「どうかした?」
「すみません、ドクター。忙しいですか?」
「いいえ。ちょっと子どもを診ていただけよ。もう終わったわ。それで?」
「ご存知かどうか……そちらの獣で大型の雑食動物を知りませんか?」
「大型の雑食動物? また、妙なことを知りたがるわね」
「ええ、まぁ。それでどうでしょう?」
「ちょっと待って。男たちに訊いてみるわ」
フェイスが塞がれる音がガサガサとする。
しばらく待つ。
また、ガサガサと音がした。
「もしもし?」
「はい」
「“クマモドキ”というのがいるそうよ。大型だけど、この時期は冬眠しているらしいわ」
ふむ、それが出てきているのか。
「見たことのある人を出してもらえますか?」
「ええ。ピーター」
フェイスがピーターと呼ばれた男に手渡された。
「もしもし、ピーターといいます」
「パオロ・モーガンといいます。その“クマモドキ”の特徴を教えてください」
「特徴ですか。えっと」
オレは、ドクター・リビングストンに入り込んだ。
彼女の目は、電話しているピーターを見つめていた。
彼が説明している。
ドクターからピーターに移る。
ピーターは、自分の見た“クマモドキ”を思い浮かべていた。
遠めに見えたそれを彼は拡大していた。
“クマモドキ”は、確かに大型だった。
熊に似てはいる。
だが、頭が小さく、アゴがしっかりしている。
耳が大きい。
大きい身体は、茶色い毛皮に包まれている。
その四肢は太く、スコットが言っていたような丸太のような前肢だ。
後肢は短く、しっかりとしている。
その身体は、まるでゴリラのようだ。
立ち上がれば、2m近いかもしれない。
その姿を記憶にとどめ、オレはフェイスに意識を集中した。
自然に術が解ける。
「……という感じなのですが」
「その“クマモドキ”は、凶暴なのですか?」
「縄張りに入っても人間を見たら逃げていきます。人間を襲ったという話はありません」
「食べているのは?」
「見た限りでは、果実や木の実。川辺で魚を食べていた、という者もいます」
「なるほど」
スコットの話と合う。
「わかった。ありがとう」
「いえ。ドクターに代わります」
「もしもし?」とドクター。
「どうやら探している動物のようです」
「そう。その“クマモドキ”がどうかしたの?」
ここで本当のことを話すべきだろうか、と考える。
いや、やめておこう。
「そちらでそれらしい動物を見た人がいましてね。その人が連絡をくれたんです。初めて見たから、もしかしたら希少種ではないかと」
「ああ、なるほど」
「こちらでは誰も知らないというので、それでそちらに訊いてみたわけです」
「希少種だったら?」
「保護対象にするでしょうね。まだなんとも言えませんが」
「そう」
「では、これで。何かあったらいつでもどうぞ」
「ありがとう。またね」
電話を切る。
寝室から出ると、朝食とテオが待っていた。
「電話ですか? ずいぶんと長かったですが」
「ああ」
事務室の作業部屋にマリーンとともに入る。
「先に違うイメージを取り出すからね」
「違うイメージ?」と首を傾げる。
「動物だよ」
彼女が微笑む。
「楽しみです」
「可愛いわけじゃないがね」
さっそく“クマモドキ”のイメージを思い描いて、画面に出す。
それをコンピューターに記録した。
マリーンが「本当ですね、可愛い感じじゃないわ」とホオをふくらます。
「だろう。さて」
これをどうすればいいだろうか?
スコットにただ送ったのでは、術のことがバレてしまう。
そこでフェイスで電話した。
「どうしました? 先生」
かさついた声。
空気が乾燥しているのだろう。
「ふと、君のことを思い出したんだ。そういうときは、何かあるもんでね。それで電話を入れたんだ」
「すごいな。さっき先生のことを思い出してたんですよ」
「以心伝心だね」
「先生がご存知だといいんですが……この惑星の動物については詳しいですか?」
「一部だね。見たことはないが、話を聞いた程度のものもいる。動物を探しているのかね?」
「ええ」
そこで彼が特徴を話しはじめる。
それを適当に相槌を入れて聞く。
「それならたぶん、“クマモドキ”だろう」
「“クマモドキ”?」
「うん。鮮明ではないが、画像がある。送ろうか?」
「助かります」
コンピューターから彼のフェイスに送った。
「人間を襲ったことはないという話だった。だが、この時期は冬眠していて、姿を現すことはないそうだ」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
「いいさ。そっちに行くことがあったら、また頼むよ」
「了解です」
電話を切る。
「これでよし、と」
「相手が必要としていたのをわかってて、イメージを?」とマリーン。
イメージを取り出したあとで、そんな電話のやり取りをしていたのを見れば、そう勘繰ったとしても不思議はない。
「まぁね。さて、仕事仕事」
彼女は納得できなさそうではあったが、本来の仕事に集中しだした。
数日後。
スコットからの電話。
「おかげで助かりました」
「それで?」
「ええ。やはり、“クマモドキ”でした。じつは」とことの次第を話すスコット。「というわけでして」
「なるほど。“クマモドキ”は?」
「撃ち殺しました。強暴だったもので」
「どうしてか、わかるかね?」
「おそらくですが、冬眠に入る前に充分な食料を蓄えられなかったんだと思われます。周辺の人々が新しく知った食料を、めいいっぱい採ってしまったので」
そういうことか。
つまり、オレが地元民に教えたのは、“クマモドキ”の冬ごもりの食料だったわけだ。
「“クマモドキ”には、悪いことをしてしまったな」
「今後は、多少は残すように、周辺住民に勧告するつもりです」
「そうだね」
「では」
切れた。
“クマモドキ”か。
もしかしたらこうやって、動物たちが追いやられていくのかもしれないな、人間に。
読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)




