リテラシーの基本はFACTではなく、TRUCEです。
しばらく運命を考察するかもしれません。
人が一見平等でないように見える不条理は、
天命や運命、そして個人の課題と世界の動静の相互作用が明白でないこと、
さらには個人が運命や天命に対して、どれほどの自覚を持つかという、
精神性の要素とも関連してくるように思えます。
時代や世界の流れには基本的には抗えないとしても、
精神性を高めることで、その中でも意義深く人生を遂行することはできる。
精神性は、植物段階、動物段階、人間段階、霊的段階という言い方もあります。
それぞれ、アセンダント、月、太陽、海王星という自我の発達段階に対応します。
そういう世界観です。
占星術というか、占星学というか、私はもともとこの宇宙の計画について探究してきた人間であるから、その方法論の一つとして、運命を探究する学問としての占星学にはそこそこ興味はあった。
そもそも運命とは何であるか。科学者に言わせるときっとラプラスの悪魔的な発想しか出てこないだろう。初期値とその展開である。散逸系の概念や相対論、量子力学によって、不可知主義に加え、観測点がブレ、展開に確率性を帯び、統計的な予言しかできなくなったことで、科学は古典力学世界観よりは価値を減退したはずではある。
完全に余談だが、原子力の制御などは物理的な力学では手に負えないことは、東日本大震災の時に思い知ったはずである。物理学では100%の危機管理はできないのである。そして量子力学の特性を考えるに、観測は必ず関わってくるのであり、つまり制御の構造にはそれを観測する人-結果を報告する人の精神の力学も考慮に入れなくてはならない。ヒューマンエラーもシステムの一部構造として設計しなければ、リスクマネジメントは行えないのである。それは設計者のエラーをも内包するのであるから、現代科学の水準では不可能だと言える。なぜそれが平気で運用されるのかと言えば、経済はその視点をコストパフォーマンスという概念で解消するからである。単価を計算される人間の命の値段がどんな真実に基づいているかは誰も知らない。保険金の視点ならばTRUCEではなくFACTに過ぎない。これは人類が現時点で直面する課題の最大のものであると私は分析する。数値化、客観化の誤謬と限界に気がつかねば神の挑戦に人類は破れるだろう。
さて、運命とは何か? カバラ系占星学では生れ落ちたときの天体の配置がその人間の魂の構造を決定するとする。魂には運命という名の成長戦略があり、それを天体配置が支援するのである。天体は常にその配置を変えるので、生まれの魂の構造に対して、現在の天体の配置も影響を与える。さらには関わる人間や組織などあらゆるものに魂的な天体の影響を仮定する。
運命とは成長戦略であり、現実で起きる事件はその成長を選択する機会そのものであると考える。我々は選択の機会を常に与えられているが、その選択について一定の戦略を持つことで、自分の世界観を示す。私などは、常に魂という発想をしていることからわかる通り、人生の選択は成長と軌を一にする。
私は人生において事件そのものの結果や進展よりは、その選択が自分をどう成長させたのか、あるいはどんな気づきを促されたのかに興味がある。恋愛一つとっても、うまくいくかいかないかよりは、それによってどんな成長があったかという視点で判断する。
人生が素晴らしいと思うのは、魂の成長と物事に対する洞察と影響力、さらには感受性の問題は密接に連関し、魂の成長戦略を辿ることは、何よりも実質的な感動へつながるという点である。人生を物質的な自動反応としてではなく、選択による成長として見ることが、己の責任感を強化し、世界に対する理解を深め、それによってさらに選択の意味を理解し、先を洞察する目が養われるのである。
そもそも人生が選択の連続だという発想が、自由意志の問題であるが、これについて科学や分析哲学は不毛な論争を続ける。自由意志が物理的な問題であるわけがないのだから、選択を統計的に機械的に行うか、選択を意志や責任の理解の下で行うかという違いがあるだけである。自由意志というのはあるとかないとかではなく、選択の時にただ湧出する幻想なのである。
運命などと言うものはない、というのもまた洞察であるが、運命は自由意志によってその展開をいくらでも変更することができる。そもそも運命という観点、魂の視点に目覚めることができるかどうかすら、選択に関わっているのである。
人生で起きる危機というのは非常に重要な起点である。危機に限定されず、ターニングポイントというのは常に存在しているが、危機というのは圧倒的に押し寄せる選択なのであるから、これをうまく対処するかどうか、うまくその危機を利用して魂の気づきや成長という視点で選択できるかどうかは、人間としての意義や意味に大きく関わる。
人間は統計データで意志を決めてはいけない。自らの使命に応じた、より深い学びが得られる進路をとるべきである。自らの課題を放置したまま、楽な方向で生活を誘導していれば、いつかは破綻する。統計が語るのはせいぜいFACTの近似であり、TRUCEからは程遠い。嘘や隠蔽を原理的に受け付けない機構はTRUCEにあるし、これは知識ではなく理解なので、一つの項目で広く深く応用が利く。
運命には抗う必要はない。いや、むしろ抗ってはいけない。どうやって運命と対話して、効果的な選択をとることができるかという視点こそが重要なのである。出生の運命と進行する天体、関わる他者の持つ魂との相互関係こそが、この宇宙劇場の意味なのである。
こんな世界観を占星学は持つ。ゆえにこの世界観とは深層心理学も連動する。ユングなどはこの魂を知っていたがゆえに、古今東西の思想を統一的に心理学へまとめてしまった。彼が神秘を語るときに欠かせない人物であるのは、すなわち魂の論理を理解していて、それを天才的に総合して表現したことに尽きる。(広さ深さともに哲学者と比較しても一流である。)
しょせん、人間は己の世界観を生き抜くしかない存在である。私はこの世界観を自覚しているし、この世界観の点検と更新にこそ、人生の探求の価値を感じる。だから不条理すぎる波乱万丈な人生も、これが私の生きる道、と納得してはいる。
今回も危機に際して、魂の探求の道具の一つとしての占星学の利用価値を知った。私の直面する問題を占星術は見抜いてしまった。むろん、今でも解釈には幅がある部分も多いが、第7ハウスのしし座の月は私にとっては罠の道で、第9ハウスのさそり座の太陽こそ天命の道だと悟ったのである。(そして第3ハウスの牡羊座の土星と、第8ハウスのてんびん座の天王星に対抗すべきだろう。)
ゆえにこれを使って生きてみよう。さらにはこの世界観をさらに深く探究するためにも、積極的に他者にも使わせてもらおう。自分という人間だけでなく、もっと多くの存在についての運命や世界について、探求を深めてみよう。
私は表現の方法を持たない、そういう訓練を継続的に果たせないという弱点や課題を持って生まれているから、いったい何に情熱を傾ければいいのかわからない間は、どうにもならなかったのだ。
私はこうは言っても自分の内面的価値は十分に認めているから、表現力と周囲の環境が自分のペースへ追いついてくれば、勝ち目はある。自分を下げるつもりはないが、表現は考える。
必ずしも占星術はベストな解ではないだろう。これだけ学ぶ人も増えている状態で、伝統や正統派の哲学まで掘り下げて使わないと、哲学なき科学技術と同じ愚を犯すに違いない。科学哲学も営みとしては必要なのに理解されていない。同じことが魔法や深層心理学などにも大衆化されるときには危険を伴う。
私も使えるならば正しさにはこだわらないとは言う。だが、正しいから使えるのだ。使ってフィードバックを自分で判断せずに使い続けたり、テクニックだけに終始したら、なんのための魂の技術かということになる。
人類はほんとうに生活の視点を早く超えるべきだ。逆に、私はもっと生活のための視点を持ち込んで生きるべきである。このクロスオーバーという妥協点が、占星術の学びに集約される可能性はある。
探究する過程で味わう単純な事象の幸福も存分に感じよう。つまり、真実を求める生き方によって事実を楽しむ。この宇宙で一番、人生を楽しんだ人間として、悔いなく死んでいこうと思う。天命を生きる過程を理解とともに歩み、カルマを清算しつつ、結果としての人生も楽しむのである。
生活に役に立つ富や名声や権力などに幻惑される程度の無欲に沈むことなく、どうせ欲張るのであればここまで欲張るべきである。
新章突入。
いろんな世界観から物事を分析するのは楽しいのですが、
世界を物質と考えて、単に事実を操作する情報で生きるというのは、
本当に知性ある人間にとっては非常に退屈で、真実味もなく浅薄です。
トルーマン大統領が日本人を飼いならすために、
「スポーツ、スクリーン、セックス(3S)を与えておけばいい」、
と言明したのは有名ですが、
これはアセンダント(身体)レベルに日本人の精神をとどめるのは、
非常に有効だったと思われます。
となると、話は簡単です。
我々は月(心)を使って生きる段階にのし上がり、
さらに太陽(天命=意志)に沿った生き方を手に入れ、
海王星(死)を満足に迎えられるか?
実際、人生なんて過程をすっ飛ばせば、それだけなのですよね。
太陽を知らずに終わる人が圧倒的に多いですが、
それは端的に知る勇気がないとも言えるのでしょう。
(人生で危機が正しく認識されなかったのは不幸でした。)
占星術も魔術の一種です。
ですが魂の向上ために天体の法則に通じて、
その意志を読むというのであれば、魔法なのです。
魔法の概念をすっ飛ばしたまま、魔術として占術を用いることは、
私は自らに戒めたいと思っています。
(ただ、表現者としてニーズには答えると思います。
魔法的視点は必ず伝えますが。)




