信じるとは裏切られても信じるから信じるなのです。
実は誰も信用できない状態に陥って、相当、苦悩しておりました。
ようやく脱出できたのです。たぶん。
こう見えて、私は現実主義者なので、魔法使いというのが隠れ蓑です。
ですが、開き直ることにしました。
魔法使い、現実的なところでは占星術師という生き方はあり得るなと。
そして、それをカウンセリングと結び付ければ、仕事になるなと。
この事情もいずれ書きます。
今回は、一切、誰も信用しない状態だったことの考察です。
人を信用できないというのは、自分が自立してないときにおこる。なぜなら、信用して裏切られたときに困るのは自立ができていないからに過ぎないからだ。
要するに依存してたところでその下駄が外されたら、ものすごく困窮するし、依存させられてしまうのも、自立が確保できていないからである。
自立とは経済もそうだが、心理的な側面も大きい。だから、迷いのあるときに、自分で解決することを繰り返して精神の自立を目指すのは、裏切りに非常に強い心理を産む。
「信じるとは裏切られても信じるから信じるなのです。」
私はいつかこんな啓示(思い付き)を受けたわけだし、おそらくは正しいはずだと思っていたから、逆に信じるのを控えていたが、ようやく一歩脱出できた気がする。
裏切られても困らないという徹底した足元の強さが、信じるを拡大する道へと繋がるのだ。あえて言えば、裏切られることを繰り返すことこそ、それでも自分自身だけは信じ続けることができれば、他人も信じることができるようになる。
まったく、単純な話である。
神を正しく理解すれば、この世界はシンプルになる。シンプルだが奥は深い。私は構造に本質を見ないからデジタルは排除しがちだが、機能だけだと確かに構造がどうなるかはさっぱりわからない。そこが、アナログのワクワク楽しいところ。
デジタル思考は意志実現したい人にはいいし、
アナログ思考は宇宙鑑賞したい人に向いている。
どちらも天命を生きる方法になるが、ようするにアカシックレコードに対して、よい方向に改ざんしようと思うか、そのままに経過させることに信頼を持つか、という違い。




