あずさです(小説じゃないです)
突然、失礼します。
いつも、小説を読んで頂き
本当にありがとうございます。
こんな自分の人生を元にした小説を沢山の方に読んで頂けて嬉しいばかりです。
今日はさちちゃんではなく
あずさが担当します。
小説ではないです。
2013年4月2日(火)
この日に自分は初めて自殺未遂をしました。
当時、まだ14歳でした。
小説にも書いてある通り、
祖父と母と暮らしています。
普段、祖父はずっと家にいるのですが
丁度そのとき、心臓バイパス手術をするために入院していました。
誰にも見張られていない。
そういう気の緩みから、自分は思考停止寸前の脳でそういう選択をしてしまったのだと思います。
今でも正直、不思議に思っています。
血で薄いピンク色をした水がたっぷり入ったバケツから腕を出したこと。
理解されないとも思いますが
死にたかったわけではないんです。
今も死にたいわけではないんです。
ただ、生きるのに疲れてしまっていたんです。
生きている限り、心臓は動き続け、呼吸もし続けます。
止まることはありませんでした。
心を休める時間も、体を休める時間も与えられず
心身共にかなり悲鳴をあげていた状態でした。
その当時の自分は自分のその状態を理解していませんでした。
周りと同じように生活することが精一杯で
そのことにしか神経を使っていませんでした。
自傷行為をしていたのは明るい自分を演じる為でした。
誰かに弱音を吐くことが裏切られたことのある恐怖からできませんでした。
毎年、毎年、自殺してしまう方多くいます。
自分もその一人になっていたかもしれません。
他の人よりは自殺してしまった方たちの気持ちは理解しているつもりです。
自殺しようとしているとき、
その人はそれしか考えることができません。
全てがどうでもよくなってしまっています。
そこまで追い込んでしまったのは
本人でもあり、周りの人でもあります。
そのとき、
誰かが隣にいるだけで、話をきいてあげるだけで、
救われた命も必ずあったはずです。
だから、この小説を読んで頂いた方には
傷つける側ではなく、ただ傍観するのではなく、
声をかけてあげてほしいんです。
ただ隣にいてあげてほしいんです。
これから先、小説でも書かれるとは思いますが
自分は、
「どんな形でもいいから誰かに必要とされたい」
という気持ちから
大学の同級生と体だけの関係を持ちました。
そのあとも幾度となく、
優しさを貰うために、誰かの温もりを、安心を得るために体だけでも必要としてくれる人とそういう行為をしました。
もちろん、これが間違っていることも知っています。
そうやって、誤った方法で
一時の安心を得ても、優しさを貰っても
心についた傷は塞がりませんでした。
だから、もし周りの人にこういう人がいたら助けてあげてください。
安心できる場所を作ってあげてください。
最後に、
私とさちちゃんがこの小説を通して伝えたいことです。
自傷行為をしているだけで周囲の方々からは
かなり好奇な目で、冷めた目で見られます。
それが更にその人たちを追い込んでいます。
いじめ、虐待を受けている人にも
この日本という社会はかなり冷たいです。
「お前に原因があるんだろ」
その一言で片付けられます。
助けを求める為に必死に伸ばした手も
幾度となく振り払われます。
大人になれば一人で生きることはできます。
けれどそれが一人で生きることができない無力な子供なら、自分は誰にも受け入れてもらえないと絶望していきます。
そして、逃げる術を持たないまま更に踏みつけられていきます。
泣いても、喚いてもその環境は変わることはありません。
そして、感情を持たなければ楽だと気づき、
笑うことも泣くこともなくなります。
確かに
自分を幸せにできるのは自分だけです。
けれど、こういう人生を辿ってきてしまった人たちは
誰かの力がないと幸せを求めることさえ諦めてしまいます。
例えば、自分のことを好きだと言ってくれる人が一人でもいれば、いざというとき思い止まるかもしれません。
その人とずっと一緒にいたい
その思いから、前を向くかもしれません。
挫けるときはあっても、支える人がいれば必ず立ち上がります。
もし、精神的に病んでる人がいたら
「メンヘラ」
その一言で片付けるのではなく、
その人の話を聞いてあげてください。
その人をそうしたのは少なからず、
「メンヘラ」と言って、笑い続けてきた人たちにも責任があります。
一人でも多くの人が優しい心をもって、
見捨てることをしないで助けてあげられる人になって貰えればなと思います。




