【転】
教師や国から派遣された者が死体で発見されたというこの事態を重く見たラブリー王国では対策が検討されたらしい。
国一番の魔導士と自負しているクリスタル王子は、従兄弟のカラントとともに、騎士のガリオルドを伴いファンタジー学園にやってきた。しばらくの間、転校生扱いで上級生のクラスに転入というかたちになると、全校集会で発表があった。
ほとんどの生徒は退学を検討していたが、協力の為にこのまま学園に残ると言い出した者が多かった。しかし今の時点でこの世界の実家である公爵家に戻っても、なんとなく気持ちが悪いだけだ。それに元の世界に戻るきっかけを見逃してしまうかもしれないと思って学園に残ることにした。
同じ授業を受けるクラスメートは7名まで減っていた。
*
王子たちが学園に来たことで、この乙女ゲームの攻略対象がこの短期間に全て現れたわけだ。これはシャラと攻略対象をくっつけるには好都合ではあるけれど、本来シャラの攻略対象である人ばかり消えていくのはおかしいと、さすがに私も思い始めていた。これでは王子たちにも何かが起きるのでは?これはゲームのシステムがバグってるのだろうか?
私は妹に聞いた裏モードのことを思い出していた。全ての設定が反転しているらしいというあれだ。都市伝説と妹が言っていたくらいだから、そのモードのことを知っている人はほとんど居ないということなんだろう。
それが本当なのかどうか、もう直接聞いてみるしかない。
*
今は通常なら授業の時間のはずなのに、何故か私たちの他に誰もいない教室で、いつものように傍らにいるシャラに話しかけてみた。
「ねえ、シャラ。あんたが無属性っていうのは本当?確か、闇属性以外の全ての属性を持っているから特別に入学できたんじゃなかった?」
そもそも属性はひとりにつき一つか、多くても三つまでだ。更に闇属性を持つ人は稀だという。
「なぁに?サイトちゃん、今頃そんなことを考えてたの?確かに私は無属性じゃないよ。でも、ちょっと違うんだな。」
そう言ってピンクの髪をふわっと揺らし、ふふっと無邪気な顔で笑みを浮かべるシャラは本当に愛らしい。このゲームのキャラデザは誰だったんだろう?元の世界に戻れたら調べてみようかな。でもどうやったら戻れる?
そう思ったらいきなり涙がボロボロと溢れた。多忙な仕事で疲れても、家でしんどくても泣いたことなんてないのに。
「ええっ、どうしたの?サイトちゃん…何か悲しいことでもあるの?」
「元の…元の世界に帰りたい……こんなゲームの中なんてもう嫌……もう家に帰らせてよぅ……」
そう言って泣き崩れる私。もう駄目だ。こんなこともう限界だ。
そもそも私は普通の会社員なのよ。たまの休日に、年の離れた引きこもりの妹の相手をしながら読書したり、コーヒー飲んだりするくらいで充分なの。何が乙女ゲームよ、何が悪役令嬢よ。しかも周りで人が死んでゆくなんてどういうことなのよ。
言葉も無く号泣し続ける私をシャラはふわりと抱きしめた。彼女の柔らかい髪が顔に触れて甘い香りがする。
「大丈夫…大丈夫だよ、サイトちゃん。シャラがずっと、ずーっと側にいるからね。私だけがサイトちゃんと、この夢のように輝く世界で幸せに生きるのよ。」
シャラのその言葉にゾッとして、思わず彼女を突き飛ばした。シャラの大きなピンクの瞳の中には、またあの暗い焔がチロチロと見えている。
妹の言っていた話の通り、この世界が元々のゲームの話と反転した裏モードだとしたら、シャラの属性も反転しているはず。
「闇…属性……だけ、なの?」
私は椅子から立ち上がり、震える足でじりじりとシャラから離れるように後ずさった。私に突き飛ばされた彼女は教室の床に座り込んだまま、無表情でじっとこちらを見ていた。そして何事も無かったかのように、ニコッと笑って言った。
「どうしたの?サイトちゃん。」
「ひぃっ…!」
私は彼女を置いて教室から逃げ出した。
彼女には攻略対象が必要なんじゃない、反転したことの世界じゃ、きっと逆に彼らなんて邪魔なんだ。だから彼らを消していった?でも…何で!?
「きゃっ!」
「おっと、大丈夫か。君。」
とにかくシャラから少しでも離れようと無我夢中で廊下を走っていた私は、角を曲がってきた誰かにぶつかり、がしっと受けとめられた。
「え…あっ、申し訳ございません。えっ、クリスタル王子!」
そこに居たのはクリスタル王子とカラント、そして騎士ガリオルドだった。
*
「今日一日は学園内の異変を調べる為に、全員家や寮に退去させたはずだったが、まだ残っていたんだね。」
「そうなんですね。それを知らずで申し訳ございません。」
そんな通知があったんだ。とにかくシャラと話してみなきゃと思って、聞いてなかったかもしれない。
「いや、君が無事で良かった。」
私はクリスタル王子が一時的に借り切って使用しているという職員専用会議室に案内された。彼はカラントとともに椅子に座り、私にも傍らにも座るよう促した。美丈夫な騎士は扉近くで控えている。
しかし、これが妹の推しのクリスタル王子か…名前もキラキラしているが、確かに現実感の無い超絶美形だ。ゲームのイケメンに興味のない私でも、金髪碧眼のいかにも王子様な顔で微笑まれるとちょっと惚れそうになる。いやいや、こんな状況で何を考えているんだ私。私はどちらかと言えば渋い中年のほうが好みで。でも……
「令嬢。一体この学園では何が起きているんだ。何か知っていることはないか?」
……はっ、駄目だ。一瞬王子の顔に見惚れてしまっていた。これがイケメンの顔力か。
「それは……」
彼らにここがゲームの中だと言っていいのだろうか?
でもこんな話、この世界に生きている彼らにはとても信じてもらえるとは思えない。でもいっそ、頭がおかしい女だと思われて、どこかに監禁でもされるほうがいいのかもしれない。そう思いながらもためらう私の態度にじれたのか、カラントが詰め寄ってきた。
「令嬢、何でもいいんだ。何か知ってることがあるなら教えてくれないか。死んだ賢者のユーリンは私の親友だったんだ。それが、彼がこの学園から変なメッセージを送ってきた後に急に連絡が途絶えた。」
「変なメッセージ?それは?」
カラントの真剣な様に、思わず聞き返してしまった。
「ああ…この学園から強大な闇の力を感じると。気になる人物に今夜ひとりで接触を試みるといったメッセージだ。何かとか、誰がだとか。そんな心あたりはあるか?」
カラントの言葉を引き継いで、クリスタル王子が話だした。
「それで我々はこの学園についていろいろ調べてみた。最近、急に家に戻っていたオリーグという青年は熱病で気の毒にも亡くなっていたが、ここに通う子女は皆優秀な貴族だけで身元は明るい。不審な人物はいないはずなのだが。」
「え、先輩が!?」
まさか、攻略対象のオリーグまで……え?今、なんて?
「この学園に居るのは貴族だけ?それは本当なんですか!?じゃあ……あのシャラは?平民のシャラは何故ここに?」
「シャラ…?それは一体何者だ?」
私の言葉にクリスタル王子が眉をひそめたその瞬間、激しく音を立て会議室の扉が吹き飛んだ!




