【承】
寮に戻っていた生徒たちが教室に現れた。皆、訳が分からず怯えたままで、お互いひそひそと話をしている。
程なく担任のミランドがクラスに現れ、簡単にだが状況を説明をしてくれた。
学園の魔法医によると、グレインはどうやら心臓麻痺とのこと。おそらくだけど洞窟でゴブリンに襲われそうになり、その恐怖で必死に走って逃げる最中にショック死したのでは?という話だった。
しかし、幼い子どもじゃあるまいし、火魔法で逃げるくらいのゴブリンにそんなに怯えるのだろうか?確かにグレインはイケメンなだけでそんなに優秀では無かったけど、普通に火魔法や攻撃魔法も使えたはず。
「グレインは不運でした。悲しむべきことです。でもここに居る皆が無事で良かったと思っています。本日はもう授業はありませんので、寮に戻って休んでください。明日は通常どおりです。では明日またお会いしましょう。」
ミランドのその言葉に、私たちはクラスルームを出て寮に戻っていった。
考えにふけったまま、自分の部屋の扉を開けようとしたその時、あのゆるふわな声が聞こえた。
「ふふっ、サイトちゃん。私たち、ふたりっきりね。」
うわっ!考えこみすぎて、まだシャラが腕にくっついていたのをすっかり忘れてた!
「シャラ!あんたは自分の部屋に戻りなさい!」
「ええ〜?ダメなの?だってぇ私たち、誓いのキスもしたのにぃ。」
「あれは事故!勝手にあんたがしてきただけでしょ!あんたも洞窟で気が動転してたんでしょうし……じゃ、また明日!」
「ああん、サイトちゃん……」
私の腕に絡められたシャラの腕を無理やり振りほどき、彼女の目の前で扉をバタンと閉めた。
「はぁ……疲れた。」
ふと、部屋の片隅にある全身鏡に自分の姿が映るのが目に入った。
「え?誰?あ……嘘、これってまさか!?」
そこに居たのは、28歳会社員の私、小萩西都ではない。このゲームのジャケットに、主人公のシャラや攻略対象たちと描かれていた女の子の姿。
長いストレートの黒髪につり目で少しきつい顔立ちの美少女。妹いわく、全てのルートでことごとく主人公の邪魔をしてくる高飛車悪役令嬢だった。
「うぇ、……これって最悪。」
私は思わずその場にへたり込んだ。これ、シャラにがっつり関わるキャラじゃん。私、モブじゃなかったんだ。
*
汚れた制服を脱ぎ、部屋にある風呂で髪を洗い汗を流してから寮着に着替えた。これは寮内で行動する時のものだ。パジャマはまた違うものがある。さすが貴族の通う学園だ、用意されているのは全て高級な物ばかり。学園名がファンタジー学園なんて恥ずかしい名前でなければもっと良いのに。
寮内のカフェテリアで夕食を取ろうと部屋を出たら、廊下でばったりクラスメートのマリーンと会った。彼女は確か男爵令嬢だ。
「サイトさんもこれから夕食ですよね。ではご一緒しませんか。」
夕食のトレイを受け取りカフェテリアの中を見回した。どうやらシャラは来ていないようでほっとした。
マリーンは茶髪に同色の目がくりくりした可愛い子だ。しかしこのゲームは、男子も女子もとにかく作画が良い。
「グレインが突然あんなことになってしまうなんて。彼はお調子者だけど悪い人じゃなかったわ。自分で『頭は悪いが健康が取り柄』なんて自虐で言ってましたわね。明るくて、いつもクラスを盛り上げる人気者でしたのに。本当お可哀想なこと。」
「そうよね。私も、彼が心臓が弱いなんて聞いたこともなかったわ。」
私も普通に話している。どうやら、このゲームの人物関係や設定が一通り頭に入っているようだ。でも違和感でしかない。小萩西都と悪役令嬢の記憶が同居している。
とにかくゲームを進める攻略対象がひとりいなくなってしまったけど、とにかくシャラを誰かとくっつけておいて、このゲームから出ることを考えないと。でもどうすればいいのか、今はまだ全く分からない。
*
翌朝早めに教室に行った私は、授業の準備の為に既に来ていた担任のミランドと少し話をしてみることにした。この男もこの乙女ゲームの攻略対象だ。彼から何か情報を得られるかも知れない。
「ミランド先生。おはようございます。」
「ああ、サイトさん。おはようございます。よく眠れましたか?」
リムレス眼鏡のミランドは、細身でいかにもインテリなイケメンだ。眼鏡の似合うタイプは嫌いじゃない。
「いえ…グレインがあんなことになって、よく眠れませんでしたわ。お可哀想に。」
本当はグレインのことなどよく知らないが、令嬢ならこんな感じかとしおらしく言ってみることにした。
「ほう…?」
なんとなくミランドの雰囲気が変わった。彼は私の方に寄ってくると、私の顎をくいっと持ち上げるようにした。え?何してるのこの人?
「まさか君はグレインに好意を持っていたのですか?ああ…心外だな。私の気持ちはとっくに君に伝わっていると思っていたのに。いっそここで今、君を奪ってしまうしかないのかい?」
え?何!?何が起こってる!?
思わぬ事態に動揺しまくる私の顔に、ミランドの顔がどんどん近づいてくる。攻略対象がこんなセリフを吐いてくるってことは、これは乙女ゲームのイベントっぽい。でも何で私に!?
「何してるんですかぁ?」
その時、教室の扉の方から気の抜けたような声が聞こえた。ばっとそちらを見るとシャラが立っていた。彼女のピンクの大きな目が見開かれている。
彼女は駆け寄るように近づいて私の腕を取り、振り向きざまにミランドの目を覗き込んだ。
「……ひぃっ…!」
ミランドは小さく悲鳴を上げると、何故か教室から駆け出していってしまった。
「サイトちゃん、大丈夫だった?なんか先生変だったよねぇ。」
そう言いながら腕にすり寄るシャラに、ちょっと助かったと思ってしまった。しかし何でミランドは私に迫ったりしたんだ?本来ミランドが惚れるのはシャラだろうに。
授業が始まる時間になっても、ミランドは戻ってこなかった。ざわつく教室に別の教師が現れ、妙に焦りながら今日は代講となることを告げられた。
その夜、食堂で誰かが声を潜めて話していた。ミランドが消息不明らしいと。
*
数日後、部活の先輩である上級生のオリーグが、突然私にずっと好きだったと告白してきた。
「え……な、何で?」
「ちっ、好きで悪いかよ。お前が魅力的だから惚れたんだ。返事は明日で良いから聞かせてくれ。」
子爵令息の彼は何故か悪ぶった言葉づかいで頬を赤らめ、照れたように慌てて去っていった。いや、私に告られても困るんですけど。告るならシャラをお勧めます。
そう言おうと思っていたのに、オリーグは翌日部活に現れなかった。他の先輩から、彼は急に実家に帰ったらしいと聞かされた。
*
何故か学園内に連続する異常な出来事を聞きつけたラブリー王家が、剣士のケオと賢者のユーリンを派遣してきた。
しかし国の名前がラブリー王国とは、学園名より更に恥ずかしい。このゲーム、とにかく可愛らしければ良いとか思ってないか?
とにかく攻略対象が現れたので、今回はシャラを連れてご挨拶を理由に接触してみた。しかし何故かふたりともがシャラにではなく私に興味を示してきた。
おかしい、ヒロインはシャラであって私ではないはず。
でもよく考えてみればシャラは平民で、私は悪役とはいえ公爵令嬢。まず身分の高いほうに話をするのは当たり前か。
私は必死にシャラの良いところをふたりに吹き込もうとしたが、友を思う美徳だとますますふたりに傾倒される。
恋愛偏差値のほとんど無い私がひたすら作り笑顔で奮闘する横で、シャラは退屈そうにただ黙っていた。
「ねえ、シャラ。おふたりにご挨拶は?」
「だって、目上の人から許されない限り、こちらから話しかけてはいけないのよ?私だってそれくらいは無礼だと知ってるしぃ。」
じゃ、私に朝から晩までまとわりついているのは無礼じゃないんかと。
翌日、ケオとユーリンは学園から少し離れた森の中で死体となって発見されたらしい。ケオには賢者の魔法で攻撃された痕跡と、ユーリンはケオの持っていた剣に貫かれていたと。
またその近くの泉では、行方不明だったミランドが浮かんでいたのも発見されたという話だ。
ファンタジー学園内には恐怖の嵐が吹き荒れ、自主退学して去っていく者も出てきたのだ。




