ベルリアンヌ嬢の憫笑
※一部侮蔑的な言葉を含みます。
未来ある皇太子や貴族令息たちを誑かし、国内有数の権力を持つ公爵家の人間を襲撃しようとした国賊、セイラ・ラザフォード。その所業が国内情勢に与えた影響の大きさは無視出来るものではなく、国は国家転覆を狙う外国の工作部隊や邪悪なカルト組織などの関与を疑い彼女への尋問を始めた。
だが、その試みは暗礁に乗り上げている。自白剤や拷問などあらゆる手段を用いているにもかかわらず、セイラはろくな情報を吐かないのだ。彼女が時に怒り狂い、時に泣き喚き、時に朦朧としながら供述するのは、皇太子アルバートら複数の貴公子と重婚した上で何の仕事もせず遊び呆けて過ごす自分に関する夢物語ばかり。さらに馬鹿げたことに、彼女はそんな破格の待遇を自分が受け取るべき当然の報酬と固く信じ、それを邪魔する者は世界から排除されて当然だと本気で考えているらしい。『あたしはピュアマリのヒロインとしてきゃらをこうりゃくしてるの! もぶのくせに邪魔しやがって!』――このような妄言を繰り返すセイラに、数多の罪人を屈服させてきた拷問官たちも万策尽きてしまったのだろう。
本人死亡のタイムリミットを前に、誇り高き皇家は藁をも掴む思いで自分に頼んだに違いない。皇妃の話をはじめ様々な情報を総合してベルリアンヌはそう考えた。そして、セイラから別の話を引き出すためにあえて彼女の支離滅裂な話に多少付き合ってやろうと決めたのだ。
「転生者だと自負しているということは、貴方には前世の記憶があるのかしら」
「当たり前だろ!」
「まあ興味深い。詳しく聞かせてちょうだいな。私にはそんな記憶がないから」
扇子をひらひらと動かしながらそう尋ねると、セイラは文字通り口角泡を飛ばしてまくし立てた。
「あたしは、ゲホッ、鈴木星麗! 現役JKで色んな男にモテっ、モテてたのに、いっぱいプレゼントとか、もらってたのに……がはっ! ゲッ……ゲホッ」
「最期はデズモンドのような男に刺されでもしたの?」
「あんなイケメンじゃない! 金持ってる男と、ホテルに行ったら、あいつがっ……あいつが急に出てきてっ、あたしのこと障害児とか、ビッチ殺すって、言って……クソッ! ブサイクのくせに! アイツの方が知的障害顔だろ!」
一部よく分からない言葉が混じっていたが、転生前から獣欲のままに不潔な生き方をしていたことは何となく分かった。これの言っていることが本当だとして、何故こんな者が転生の奇蹟に与れたのやら。ベルリアンヌは次の矢をつがえる。
「そして生まれ変わり、セイラ・ラザフォードとしてこの世に産み落とされたのね」
「は? バーカ違うし! ピュアマリの、スタートは学園に出発する日の、朝! そっからスタートする、ゴホゴホ、に、決まってるでしょ! バカ!」
「私には前世の記憶もピュアマリとやらの知識もないと申し上げたでしょう? 何故それらを知っている前提でお話しするのかしら。私が嘘を吐いていると疑っているのか、単に貴方が忘れっぽいのか。それとも、自分のような愚者が知っていることは世界中が知る常識だと思ってらっしゃる?」
なるべく嘲笑ではなく憫笑と見てもらえるように気を付けながら、ベルリアンヌは込み上げる笑いを表に出した。最後の一言がおかしかったのか背後の護衛たちの中からも忍び笑いが聞こえた。
「は? バカにしてんの? カス! クズ! 死ねよガ――」
残念ながらセイラは嘲笑と受け取ったらしい。なけなしの力を振り絞り椅子をガタガタ揺らし始めたが、バチっと音がした途端、白目をむいてぐったりした。逃走を防止するために一定以上椅子が動いた場合に発動する雷魔法を喰らったようだ。死にかけの女に撃つには少々威力が強すぎる気もするが。
セイラの意識が戻るのを待って、ベルリアンヌは興味のままに質問を続けた。セイラが元いた世界について、ピュアマリについて、ピュアマリの中の自分や周りの人々について。真偽はさておき、なかなか興味深い内容だった。
「――お目覚めかしら? ふふ、思った以上に貴方とのお話は楽しいわ」
二度目の電撃からの失神から戻ってきたセイラに、ベルリアンヌは微笑みかけた。向こうは髪をチリチリと燻ぶらせながら声もなく睨みつけてくる。頭髪がまばらなのは雷の折檻のせいもあるかもしれない。
「けれど、一言だけ言いたいことがあるわ。ピュアマリの物語に登場するベルリアンヌは浅慮が過ぎます。いくらお慕いするアルバート殿下が離れて不安になっても、立場を忘れて子供のような嫌がらせや陰口に興じていては公爵令嬢は務まらないのよ。お話の中だから成立する役柄を、同じ名前だからといって私に被せないで頂戴」
「……ぐ、げ、げほ、ゲホッ! おえ」
セイラの瞳はぼんやりと虚ろになってきていたが、ギラギラした妙な輝きは残っていた。いつか天文学の授業で習った凶兆と呼ばれる真っ赤な星を彷彿とさせる輝きだった。これ以上の続行は難しいと判断したらしい係員が現れ、こちらにお辞儀してくる。ベルリアンヌも頭を下げ返し、席を立とうとした。
「……んか」
「あら?」
ガラガラに掠れた老婆のような声が聞こえ、動きを止める。
「水神の、愛し子に、さえ、てっ、転生してれば……おまえ、なんか」
「水神の愛し子?」
どこかで聞いたようなことがある言葉だ。聞き返そうとしたが、セイラは力尽きたのか、がっくりと頭を前に垂らし気を失ってしまった。
「お父様、今の言葉は」
顔を向けるとセネット公爵は顎をさすっていた。
「うむ、確かに聞いた。水神の愛し子か……ふむ、留学していた頃に耳にした気がするな。皇家に報告し、我が家でも調査してみよう」
「ええ、お手伝いしますわ」
ざわざわと、おかしな胸騒ぎがした。胸に手を当てるが収まらない。トラナキア皇国を騒がせた事件はある程度落着したはずなのに、何故か落ち着かなかった。
セネット公爵親子からの報告を受け、皇家は水神の愛し子というのが何を指すのか調べ始めた。その裏でセイラ・ラザフォードが惨めに衰弱死していたが、もう誰も気にも留めなかった。




