ベルリアンヌ嬢の午後
ベルリアンヌ嬢の午後
「……ベルリアンヌ様、お呼びでしょうか」
薔薇咲き誇るセネット公爵邸の庭、抜けるように青い空の下。姿を現したアドルフに、ベルリアンヌはにっこりと笑った。
「お疲れ様アドルフ、今ちょうど勤務を終えたところでしょう? お茶はいかが」
「ありがたくいただきます。しかし……何故私が勤務中が否かを……」
「知っているのは当然よ。だって今月の護衛たちの勤務表は隊長と私で作成したんだから」
さあどうぞと椅子を勧めると、彼は巨体を折って礼をし素直に座る。流石辺境伯家の三男坊、無骨な見た目とは裏腹に綺麗でそつがない動作だ。
「ここでの生活はもう慣れたかしら」
「ええ、おかげさまで。……しかしまだ戸惑ってはいます。お屋敷や近辺の巡回から始まると思っていたのに、貴方の護衛に抜擢されるとは……」
「まあ、何がそんなに不思議なのかしら。立派な実績があるじゃないの」
ナイフを握って襲いかかってきたセイラからベルリアンヌを完璧に守った功績により、アドルフはベルリアンヌの護衛隊の一員となった。国の守護者として高い信頼を得ている辺境伯家出身とはいえ外部からやってきた者がいきなり一人娘の護衛を任されるなんて異例も異例なので、戸惑うのも無理はない。だが、皆の気がすっかり緩んでいたあの場で、唯一凶行を防ぐべく動き実際防いだのがアドルフなのだ。これほど護衛を頼みたくなる人材が他にいるだろうか。逆に他の護衛は大幅な減俸や降格の憂き目に遭ったが、いざという時に動けませんでしたなんて護衛にあるまじき失態を演じたのだから致し方なしというものである。
「貴方のおかげで私はこうして日々『自称ヒロイン』にまつわる情報を読み漁ることが出来ているのよ。感謝してもしきれないわ」
ティーカップ片手に微笑んでみせるベルリアンヌ。ここしばらく、慌ただしく面白い日々が続いている。公爵家や国の調査で様々なことが判明し始めたのだ。
まず、水神の愛し子と呼ばれる者の言い伝えがオアシスと交易の国アル・シャルナで確認された。おまけに、数年前その水神の愛し子を名乗る女が王宮に現れ騒動になったという。当時一部始終を目の当たりにした先王はこちらの事情を聞き、情報収集に全面的に協力すると約束してくれた。
アル・シャルナの先王との話がまとまったちょうどその頃、遠国のディタイト王国でもセイラと似たような悪女が事件を起こしていたことが判明した。その女も当時の王太子を籠絡し、王太子の婚約者を目の敵にして排除しようと目論み、化けの皮が剥がれた後も人を殺そうとしたという。そして、『あたしはヒロインだぞ!』というようなことを声を限りに喚いたという。
「アル・シャルナでの会談にはもちろんついてきてくれるわよね?」
「……もちろんです。公爵閣下からもよろしく頼むとお言葉をいただきました」
これはいくらなんでも偶然ではないだろうということで、三ヵ国でアル・シャルナに集まり情報交換と今後の対処について話し合うことになった。ディタイト王国からは元王太子の婚約者の妹である公爵令嬢ジルダ、トラナキア皇国からはベルリアンヌが向かうこととなっている。情報の整理から着ていくドレスの選定まで、準備で毎日てんてこまいだ。
「しばらくはこうゆっくりとお茶を飲む時間はないでしょうね。楽しむとしましょう。ほら貴方ベーコンのキッシュが好きと聞いたわ、どうぞ」
「……ありがとう、ございます」
トラナキアの白薔薇は作られたお話の通りにはならなかった。それよりは柔らかく、強かで、愛らしくなった。これからのことをあれこれ考えながらアドルフにキッシュをすすめる顔はとても楽しげで、まるで物語の主人公のようだった。




