ベルリアンヌ嬢の謁見
セネット公爵令嬢襲撃未遂事件により、トラナキア皇国は再びひっくり返るほどの騒ぎとなった。公爵令嬢という貴族の中でも最高峰に近い存在が狙われたこと、アカデミーの外だったとはいえ護衛も衛兵もいた中で一瞬の隙をつかれたこと、何より犯人が辺境の修道院に送られたはずのラザフォード子爵令嬢だったこと。それらの事実に貴族たちは大きな衝撃を受けた。
ただでさえ先のアカデミーでの騒動で娘の監督責任を厳しく問われていたラザフォード家は、断絶が決まった。身分も領地も没収され監獄に送られた元ラザフォード子爵夫妻は揃って病に伏したそうだが、収監理由である娘を使って皇家や高位の貴族たちを脅かし国家転覆を企んだ疑いについては否定し続けているらしい。
一方、ベルリアンヌは父と共にまた城に呼ばれていた。他ならぬ己を襲ったあの鼠のことで。
「……私をその『転生者』だと主張し続けているのですか?」
「ええ。不可解な供述の上に、説明を求めても要領を得ないのです」
皇帝陛下に呼び出されたことになっているが、彼が座っているはずの金色の玉座は空でベルリアンヌと言葉を交わしているのは皇妃だった。陛下は息子の凋落以降すっかり参ってしまい、近頃は床から出られない日も多いという。アルバートの精神的な脆さは父譲りなのかもしれない。
「今のところ神話の中でのみ存在を確認されている転生が自分自身に起きたのだと固く信じているのか……。何か異教の影響を強く受けているようにも思えますな」
顎をさすりながら考え込んでいるセネット公爵。カルト教団や外国からの工作員の存在について思いを巡らせているのだろう。
「念のために申し上げますが、私にベルリアンヌとして生まれる前の記憶は一切ございません」
「そうでしょうね。アカデミー在学中にあの者が吹聴していた『悪女ベルリアンヌの所業』と同様、根拠のない虚言とみています」
先日までは義理の娘になる予定だったベルリアンヌをまあまあ可愛がってくれていた皇妃は、僅かに顔を顰めて答えた。痛くもない腹を探られる心配はないと分かったところで、ベルリアンヌは此度の本題について切り出した。
「ところで皇妃様。本日私をお呼びになられたのはあの者に会ってほしいからと推測したのですが」
「その通りです。察しが早くて助かります」
隣に立つ父が纏う空気が僅かに固くなる。皇妃も気づいたようで間発入れず言葉を継ぐ。
「セネット公爵、貴方の心配はもっともです。しかしあの者の供述は支離滅裂かつ荒唐無稽な上、ここ数日で急激に衰弱し始めいつまで尋問出来るか分からないような状態なのです。名指しで罵倒するほど執着しているベルリアンヌを前にすれば、違う情報を吐くかもしれません。もちろん厳重な警備体制を敷き、ベルリアンヌには指一本触れさせません。協力してもらえませんか」
ベルリアンヌは父親を安心させるべく、顔を向けてそっと微笑んだ。
「お父様、私なら大丈夫ですわ。護衛としてアドルフもいることですし。皇妃様、もし差し支えなければ父の同行もお許しいただきたいのですが、いけませんでしょうか」
「もちろん許可します。無理を言っているのはこちらですから」
セネット公爵は完全に安心したわけではなさそうだったが、それ以上異を唱えることはなかった。親子二人とアドルフを含め三人の護衛は謁見の間を辞し、騎士の案内のもと城の地下深くに造られた国賊級の罪人を尋問するための施設へと向かった。
罪人が外界へ逃げるのを防ぐため、道中は複雑に入り組んだ迷宮となっていた。最高級品のクッションを介しても、トロッコの振動がゴトゴト体に伝わる。ベルリアンヌは延々と続くのっぺりとした岩壁を眺めながら、お馬鹿なお嬢さんに何と言って差し上げようか思案した。




