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ヒドインズ・ファイル  作者: 夕狩
『光の乙女』カティア・フルーテの場合

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15/24

番外編 光の乙女の末路に関する考察

「あがぁっ……!」


 また『対象』が例の発作に襲われている。だがもう打てる手はないので、最近では誰か一人が様子を見ておくだけになっていた。彼女が身をよじり、呻き、薬液が跳ねても誰も騒がない。注目しない。


 副所長兼この研究の主任である男性も苦悶の声にまったく取り合わず、これまでの調査や観察の記録を読み返していた。


 右腕全体と両脚の膝から下が失われ、左腕も末端から手首の近くまで黒く炭化した無残な状態。顔は焼けただれ鼻は潰れ、およそ人間のそれには見えない。その怪我のひどさから余命いくばくもないだろうと判断され、この研究室に収容されてすぐカティア・フルーテの体は隅々まで調べ上げられた。予想に反し彼女は今日まで二年近く生き延びているわけだが、数々の調査のおかげで驚くべき事実がいくつも判明した。


 まず、カティアの体から光の魔力が完全に失われていることが確認された。光の乙女が大量に有し様々な奇跡の原動力となった聖なる魔力は、神が乙女に託した光の中で最も分かりやすいものである。使い方こそ最悪だったものの、カティアも膨大な光の魔力を持っていたはずだ。しかしあの夜発した光で自分自身を焼いて以降、肉塊と化したカティアから光の魔力は検出されていない。


 代わりにほんの少量確認されたのが、その光の魔力とは共存出来ないような汚く濁った禍々しい魔力だった。稀代の悪人や狂信者、魔物の類が持つようなものである。魔力は性質にその人の性格や精神状態を反映するので、光の乙女の歴史を汚し人を傷つけた下衆がこの魔力を持っているのは自然ではある。だが何故こんな心と魔力の持ち主が光の乙女になったのか。神は何故、あんな女に光を預けたのか。研究者たちより教会関係者の方がこの難題に頭を抱えた。


 そこで提唱されたのが、『この女は本来の光の乙女カティアではない』という説だ。神はきちんと相応しい人間に光を授けたが、その魂が邪悪なものに取って代わられてしまったのではないか。入学当初の勤勉で慎ましやかな態度は猫を被っていたわけではなく、あれこそが真の光の乙女カティアの姿だったのではないか。そんな話が、今この国では大真面目に語られている。


 きっかけは事情聴取の際のリリアンの言葉だった。『あの方は入学当初、本当に慎み深く勉強熱心で可愛らしい方でした。それが高熱に倒れてからまるで別人のようになってしまわれて……』それを聞いた研究者たちは、高熱で頭をやられ人格が変わってしまった可能性を考えた。カティアが元いた教会や学園の関係者に聞き込みをしたところ、確かにある日の発熱を境に彼女は一変していた。言動はもちろん、ちょっとした癖や食べ物の好みなども違う。『キャラ』『ストーリー』『NPC』などとブツブツ呟くことも以前はなかったという。さらに、孤児院でカティアを見出した高僧が学園入学前のカティアには現在のような禍々しい魔力はなかったと証言した。何らかの理由で精神が変質したことにより魔力が穢れた、と考えれば筋が通る。


 何が原因で具体的に何が起きたのかははっきり分からないが、光の乙女の人格が変わってしまった可能性は高い。王立魔法研究所はそう結論付けた。教会は胸を撫でおろし、『神が光を与える人間を間違えるはずがない。光の乙女は悪魔に体を奪われ、追いやられた魂は天に還ったのだ』という話を国中に広めた。おかげで、神と光の乙女の威信に致命的な傷はつかないで済みそうだ。


 研究者たちのもう一つの関心事、彼女をこんな風にしたあの光の奔流の正体についてもこの仮説をもとに考えれば説明がつく。光の乙女がその身に宿して行使する光の力は神からもたらされた神聖なものだが、今回それを宿した肉体に不適格な精神が宿り邪悪な魔力を生み出し始めた。清らかな力が持ち主の邪悪な精神と魔力に反発し逃れようとした結果圧力が高まり、持ち主が人に危害まで加えたあの時ついに限界に達したのではないか。さながら熱しすぎた栗が破裂し皮が裂けて中身が飛び出すように。そして堕落しきった元主人の肉体を、邪悪として焼き払ったのではないか――。カティアが学園での授業で己の魔力をうまく御せずよく暴発させていた事実を根拠に、この説は今日まで有力視されている。


「うわ、『対象』が失禁しました」


「発作が落ち着いたら薬液を交換しよう。跳ねたらアレだからちょっと離れていいよ」


 まだまだ分からないことは色々ある。この発作もそうだ。光の魔力が一滴もないはずの肉体の内側から、神々しさすら感じる光が溢れるのはどういうわけなのか。傷が光ると何故『対象』は苦しむのか。それについてはまだ仮説すら立てられていない。教会は神が邪悪な魂を罰しているという見解を示しているが、それだけでは納得出来ないのが研究者だ。『対象』が死ぬまで、もしくは予算が打ち切られるまで、今後も研究は続いていく。


「――よし」


 副所長はレポートを置き、ふうっと息を吐いた。読み終えたレポートたちを全てまとめて封筒に入れ、しっかり封をする。宛先は遠国トラナキア。そこでもこちらと似たような事件が発生し、情報を共有することになったのだ。


「何か分かればいいがね」


 副所長はそう呟き、使者に手紙を渡すべく立ち上がった。カティアは部屋の奥で、まだ呻いていた。

これにて第一章終了です。応援ありがとうございました。

第二章も近いうちにスタートさせます。精いっぱい頑張りますので引き続きよろしくお願いいたします。

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