第9話 この世界、“また来たい”が存在しなかった
「……また来たい」
その一言。
たったそれだけだった。
でも。
その瞬間、
店内の空気が変わった。
ざわっ。
周囲の客たちが、一斉にその男を見る。
まるで。
“存在しない言葉”を聞いたみたいに。
店内モニター。
《未登録感情行動を確認》
《継続的来訪欲求》
《解析不能》
ベルク店長が頭を抱えた。
「うわあああああ!! “リピート感情”が発生したぁぁぁ!!」
「なんでそんな絶望顔なんだよ!?」
普通、店としては嬉しいだろ。
だがベルクは半泣きだった。
「この世界、“また来たい”って概念ほぼ消えたんだよ!!」
「は?」
ルナが静かに説明する。
「必要な時に、必要な場所へ行く」
「それが今の常識」
「……」
「効率重視だから、“なんとなく行く場所”が減ったの」
俺は言葉を失った。
なるほど。
この世界。
コンビニですら、
“目的達成施設”なんだ。
だから。
“会いたい店員がいる”
“居心地がいい”
“なんか好き”
みたいな理由で通う文化がない。
つまり。
常連文化が死んでる。
それ、
かなり寂しくないか?
その時。
また一人、客が呟く。
「……俺も、また来たいかも」
《感情共鳴拡大》
《危険度上昇》
警報音。
赤いランプ。
だが客たちは、
もう気にしていなかった。
みんな、
戸惑っていた。
胸の奥の違和感に。
初めての感情に。
「なんだこれ……」
「落ち着かない」
「でも帰りたくない」
ルナが小さく呟く。
「居場所感覚……?」
セレナが反応する。
「禁止感情カテゴリです」
「禁止されてるの!?」
「依存形成の危険があるため」
なんでも禁止だなこの世界。
だがその時だった。
店の外。
ざわざわ。
さらに人が増えていた。
「ここらしい」
「感情揺れる店」
「“推し”発生源」
完全に聖地化してる。
俺は頭を抱えた。
「俺ただ接客してるだけなんだけど」
ベルクが震える声で言う。
「それが異常なんだよ……」
その時。
店内にいたサラリーマン風の男が、
突然ぽつりと言った。
「俺、毎日ここ来てもいいかな」
静まり返る。
その男自身も、
自分の言葉に驚いていた。
「……あれ?」
ルナが目を見開く。
「習慣化欲求……」
ベルクが崩れ落ちる。
「うわあああ!! “日常”が発生してるぅぅぅ!!」
いやそんな叫ぶこと?
でも。
この世界にとっては、
かなり異常なんだろう。
最適化社会。
効率社会。
そこでは、
寄り道
常連
なんとなく
また来る
みたいな“無駄”が削除されてきた。
でも。
人間って、
本来そういう無駄でできてないか?
その時だった。
中央執行官のホログラムが、
冷たい声で言った。
「これ以上の拡散は危険です」
空中に赤い文字。
《感情隔離プロトコル準備》
「え?」
セレナが顔を変える。
「まさか……」
ルナも青ざめた。
ベルクが絶望顔になる。
「店ごと封鎖される……!」
「はぁ!?」
執行官は続ける。
「“好き”“推し”“また来たい”は、熱狂形成の初期症状です」
「症状扱い!?」
「放置すればコミュニティが形成されます」
「それの何が悪い!」
執行官の目が冷たくなる。
「コミュニティは、分断の始まりだからです」
その言葉に、
俺は少しだけ黙った。
確かに。
好きは繋がりを作る。
でも同時に。
内と外も作る。
推し争い。
対立。
依存。
暴走。
現代でも、
散々あった。
だからこの世界は、
全部切り捨てた。
でも。
それで本当に、
人間は幸せだったのか?
その時。
ミアが、
ぎゅっと俺の服を掴んだ。
「……なくなるの?」
「え?」
「この場所」
小さな声。
不安そうな目。
その顔を見た瞬間。
俺の中で、
何かがカチッと鳴った。
異世界チート?
未来技術?
そんなの知らん。
でも。
この世界には今。
“居場所”が足りない。
俺は執行官を見上げた。
「なあ」
「……」
「そんなに感情が怖いならさ」
俺は店内を見る。
笑い始めた客たち。
会話してる人。
ちょっと居心地悪そうなのに、
帰らない空気。
「ちゃんと扱う方法、考えた方が良くないか?」
執行官の瞳が細くなる。
「感情は制御不能です」
「じゃあ聞くけど」
俺は一歩前に出た。
「お前、この世界好きか?」
沈黙。
完全な沈黙。
店内全員が執行官を見る。
セレナも息を止めていた。
そして。
ほんの数秒後。
執行官は静かに答えた。
「……分かりません」
その瞬間だった。
《中央執行官》
《感情揺らぎを確認》
《“迷い”を検出》
都市中のモニターが、一斉に赤く染まった。




