第8話 この世界、“好き”を禁止した
街がざわついていた。
空に浮かぶ巨大モニター。
《感情異常災害 発生》
赤い警告表示が、都市全域に広がっていく。
通行人たちが足を止める。
「また熱狂災害?」
「うそでしょ……」
「中央は何してるの」
でも奇妙だった。
恐怖だけじゃない。
人々の顔に、
別の感情が混ざっている。
戸惑い。
高揚。
期待。
まるで、
心の奥で何かが目覚めそうな顔。
セレナは険しい表情で端末を操作していた。
「感情波の発生源を検索……」
空中UIに都市マップが浮かぶ。
赤い波紋。
どんどん広がっている。
そして。
発生源表示。
《Life Support Terminal 7号店》
全員。
「……」
俺、指差した。
「え、これうち?」
ベルク店長が真っ青になる。
「終わったぁぁぁぁぁ!!」
ルナも顔引きつってる。
「中央案件だ……」
俺だけ状況分かってない。
「いや待て。雑談しただけだぞ?」
セレナが低い声で言った。
「違います」
「え?」
「“推し”です」
その単語が出た瞬間。
店内モニターが再び点滅。
《未認可感情ワード》
《“推し”》
《拡散速度:危険域》
《模倣感情反応を確認》
《熱狂形成の可能性》
俺は頭を抱えた。
推し文化、
バイオハザード扱い。
その時だった。
店の外から声。
「いた!!」
「推し店員!!」
「本物だ!!」
ぞろぞろ人が入ってくる。
多い。
めちゃくちゃ多い。
学生。
会社員。
老人。
主婦っぽい人。
みんな妙にソワソワしている。
そして。
「……あの」
一人の女性が恐る恐る俺を見る。
「おすすめ、また聞いてもいいですか?」
周囲が息を呑む。
なんなんだこの空気。
すると別の男が言った。
「俺も会話してみたい」
「え、ずるい」
「並ぶ?」
「整理券いる?」
整理券文化まで発生し始めた。
ベルク店長は震えながら呟く。
「まずい……コミュニティ形成が始まってる……」
「コミュニティってまずいの!?」
「熱狂の始まりだからね!!」
終わってるこの世界。
その時だった。
店内の照明が突然暗くなる。
《中央感情管理局》
《緊急アクセス》
空間に巨大な女性のホログラムが現れた。
白い髪。
冷たい瞳。
セレナよりさらに上位存在感。
店内が静まり返る。
「中央執行官……」
ルナが青ざめる。
ホログラムの女は俺を見る。
「転生者、神崎玲司」
「……はい」
「あなたは現在、都市全域に“未制御感情波”を発生させています」
「いや、そんなラスボスみたいなことしてない」
「“推し”は危険です」
女は断言した。
「人類はかつて、“好き”によって崩壊しました」
好きで崩壊。
意味分からん。
だが執行官は本気だった。
空中に映像が映る。
過去映像。
ライブ会場みたいな場所。
熱狂する群衆。
叫び声。
涙。
歓声。
そして。
暴走。
破壊。
炎。
都市崩壊。
俺は息を呑む。
「これ……」
「旧時代です」
執行官は冷たく言う。
「人類は、“感情の熱量”を制御できませんでした」
映像が切り替わる。
SNS炎上。
宗教熱狂。
政治対立。
依存。
誹謗中傷。
現代社会の延長線みたいな光景。
「だから我々は、“好きすぎる感情”を制限した」
推し。
熱狂。
ファンダム。
全部、危険物扱い。
確かに。
分からなくはない。
好きは暴走する。
人を狂わせる。
でも。
だから全部消すのか?
俺は周囲を見る。
静かな人々。
合理的な社会。
効率化された感情。
確かに安全だ。
でも。
どこか、
生きてる感じが薄い。
俺は思わず言っていた。
「……それでも」
執行官の瞳が向く。
「人って、“好き”がないと前向けなくないか?」
店内が静まる。
誰も喋らない。
俺は続ける。
「推しでも、趣味でも、恋でも、夢でもさ」
「……」
「好きだから頑張れる時、あるだろ」
セレナの瞳が揺れる。
ルナも。
店内の客たちも。
みんな、
どこか思い出しかけてる顔をしていた。
その時だった。
ミアが小さく手を上げた。
「……わたし」
全員が見る。
ミアは不安そうに言った。
「れいじさんの店、好き」
静寂。
店内モニター。
《強感情ワードを確認》
《“好き”》
《感情共鳴開始》
その瞬間だった。
ぶわっ。
店内に、見えない何かが広がった。
暖かい。
優しい。
胸の奥が少し熱くなる感覚。
客たちがざわつく。
「なにこれ……」
「胸が変」
「苦しいのに、嫌じゃない」
セレナが目を見開いた。
「……共鳴現象」
執行官の顔が険しくなる。
《危険感情波、急上昇》
《都市全域へ拡散開始》
警報が鳴る。
赤い光。
でも。
誰も逃げなかった。
むしろ。
みんな初めて感じる何かに、
戸惑いながら立ち尽くしていた。
そしてその時。
一人の客が、小さく呟いた。
「……また来たい」
その言葉をきっかけに。
世界が、少しだけ動き始めた。




