第3話 異世界の“ありがとう”は、有料だった
異世界転生、一日目。
俺はコンビニのバックヤードでカップみたいな謎スープを飲んでいた。
味は完全に豚骨ラーメンだった。
なのに原材料表示には、
《龍骨エキス》
《深海魔藻》
《記憶塩》
とか書いてある。
怖い。
でもうまい。
「で、なんで俺が休憩室にいるんだ?」
「店長が呼んだから」
銀髪の店員少女は、タブレットみたいな半透明画面を操作しながら言った。
名前はルナ。
この店のアルバイトらしい。
文明レベルSSSなのに、
バイトという概念はあるんだな。
「あなた、今日すごい目立ってるよ」
「え?」
ルナは空中画面を指で弾く。
するとSNSみたいな画面が表示された。
タイトル。
《転生者、暴走客に物理対応》
コメント欄。
『感情制御なしで近づくとか正気?』
『昭和タイプ人類?』
『接触型コミュニケーション、まだ実在したんだ』
『逆に新しい』
俺は頭を抱えた。
「炎上してんのか?」
「いや、バズってる」
「どっち!?」
ルナは笑う。
「この世界、珍しいもの好きだから」
その時、奥の扉が開いた。
出てきたのは、小太りの男。
スーツっぽい服。
丸眼鏡。
腹だけちょっと出てる。
「君が転生者くんか!」
「え?」
「いやぁ〜実に素晴らしい!」
男は俺の手を両手で握った。
近い。
距離感が昭和。
「わ、ちょ、誰」
「私はこの店舗の管理責任者、ベルクだ!」
店長らしい。
ベルクは興奮した顔で言った。
「君のおかげで売上が急増した!」
「は?」
「例の暴走客対応動画が拡散されてね! “人情接客が見られる店”として話題になっている!」
意味が分からない。
人情接客。
そんな昭和の定食屋みたいな概念が、最先端文明でバズるのか。
ベルクは続ける。
「最近は“感情最適化AI”による接客が主流でね」
「感情最適化AI?」
「客の気分を分析して、最適な対応をするシステムだ」
「便利じゃん」
「便利すぎるんだよ」
ベルクは真顔になった。
「誰も“本気”で接客しなくなった」
「……」
「笑顔も、気遣いも、全部AI推奨値通り」
それは、
接客なのか?
いや、効率はいいんだろう。
クレームも減る。
売上データも改善する。
でも。
なんか違う。
ベルクは俺を見る。
「君、“マニュアル外”の行動をしただろ?」
「まあ……」
「そこが良かった!」
店長は机を叩いた。
「今の時代、予測不能な優しさは希少価値なんだ!」
なんだそのパワーワード。
予測不能な優しさ。
俺が困惑していると、ルナが小さく呟く。
「昔は普通だったらしいけどね」
「昔?」
「AIが社会管理を始める前」
ルナは少し遠くを見る。
「今はみんな、“最適解”ばっか選ぶから」
その時だった。
店内放送が流れる。
《本日の感謝ポイント付与イベントを開始します》
「感謝ポイント?」
俺が聞くと、ベルクが説明する。
「他人に感謝するとポイントが貯まる制度だ」
「え?」
「“ありがとう”一回につき0.2ポイント」
「ありがとう有料!?」
「正確には報酬型だね」
終わってる。
完全に終わってる。
ルナが苦笑した。
「だから最近、“本気のありがとう”減ったんだよ」
「そりゃそうだろ……」
感謝すら報酬設計に組み込まれたら、
それはもう感情じゃない。
行動データだ。
俺はため息をついた。
「この世界、便利だけど面倒くせぇな……」
その時。
店の入口が開いた。
入ってきたのは、小さな女の子だった。
昨日、パンを渡した子。
ボロボロの服。
不安そうな顔。
ルナが眉をひそめる。
「あの子また来た」
「知ってるのか?」
「孤児街の子。いつも商品見て帰るだけ」
少女はパンコーナーの前で立ち止まった。
でも買わない。
ただ見てる。
俺は昨日のことを思い出した。
転んでいたあの子だ。
ベルクが小声で言う。
「店内滞在のみは迷惑判定される可能性が……」
「迷惑判定?」
「AI管理だからね」
すると天井の光球が少女をスキャンする。
《購買確率3%》
《長時間滞在を確認》
《非効率顧客認定まで残り120秒》
俺は耳を疑った。
非効率顧客?
子どもに?
少女は慣れているのか、静かに店を出ようとする。
その顔が。
なんか。
あまりにも慣れすぎていて。
俺は気づいたら動いていた。
「待て」
少女が振り返る。
俺は棚からパンを取った。
「これ、食うか?」
少女は目を見開いた。
「……お金、ない」
「いいよ」
「でも、感謝ポイント払えない」
「いらねぇよそんなもん」
店内が静まり返る。
光球が赤く点滅。
《規定外贈与行為を確認》
知らん。
俺はパンを渡した。
少女は震える手で受け取る。
「……どうして?」
またその質問だ。
どうして助けるの?
どうして渡すの?
この世界の人間は、
そんなことすら分からなくなってる。
俺は頭を掻いた。
「腹減ってる時って、しんどいだろ」
少女は黙ったままパンを見つめた。
そして。
小さな声で言った。
「……ありがとう」
ポイント通知は鳴らなかった。
代わりに。
ルナが、少しだけ驚いた顔をした。
ベルクも。
周囲の客も。
みんな、
初めて何かを見る顔だった。
《未定義感情反応を検出》
天井の光球が、困ったみたいに明滅する。
俺はその光景を見ながら思った。
この世界はすごい。
本当にすごい。
でも。
人間だけ、アップデート失敗してないか?




