第2話 異世界のコンビニ、感情が売ってない
異世界に転生して二時間。
俺は路地裏で膝を抱えていた。
「……勝てる要素が一個もねぇ」
完全敗北。
日本文明、開幕即死。
トイレは負け。
物流も負け。
決済も負け。
翻訳も負け。
俺が「未来」だと思っていたものは、この世界では全部“懐かしい技術”扱いだった。
Wi-Fiなんて博物館送り。
もうダメだ。
異世界転生ものなら普通、
「知識チートで無双!」
なのに、
俺の場合、
「知識が全部型落ち!」
である。
あまりにも悲しい。
「……帰りたい」
その時だった。
《空腹状態を検知しました》
突然、脳内に声が響いた。
「うわっ!?」
《最寄りの栄養供給施設を案内します》
目の前に矢印が出る。
ARナビみたいな半透明UI。
俺は半分泣きながら矢印についていった。
たどり着いた先は、ガラス張りの建物だった。
いや、待て。
異世界にガラス自動ドアあるのか?
しかも開いた。
音もなく。
店内に入った瞬間、俺は思わず叫んだ。
「コンビニじゃん!!!!」
棚。
商品。
飲み物。
弁当っぽいもの。
レジっぽい場所。
完全にコンビニ。
ただし、全部未来。
天井を小型の光球が飛び回っている。
商品が減ると自動補充。
客が近づくと商品の説明が空中表示。
飲み物コーナーには、
《本日の感情安定おすすめ》
とか書いてある。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
俺は恐る恐る店内を歩く。
すると棚に並ぶ商品が、自動で変化した。
俺向けになっている。
《転生者向け・胃に優しいセット》
《異世界初心者おすすめ》
《文明ショック軽減ハーブ》
全部俺仕様。
「個人情報どうなってんだこの世界」
その時、横から声。
「初めて見る顔だね」
振り向く。
銀髪の少女だった。
年齢は十七、八くらい。
制服っぽい服。
片目に透明なモノクルみたいなものを付けている。
店員らしい。
「転生者?」
「……分かるのか?」
「その反応する人、大体そう」
少女は慣れた様子で棚から瓶を取った。
「はい。文明酔い止め」
「文明酔い?」
「転生者って最初みんな吐くから」
「観光客みたいに言うな」
少女はクスッと笑った。
「で、どこから来たの?」
「日本」
「ニホン……?」
知らないらしい。
ちょっと安心した。
俺は胸を張る。
「かなりすごい国だぞ。飯うまいし、治安いいし、接客丁寧だし」
「へぇ」
少女は適当に返事しながらレジを操作している。
「あとコンビニがすごい」
「ふーん」
「二十四時間開いてるんだぞ」
「ここも開いてるけど」
「……」
ダメだ。
全然マウント取れない。
俺は悔しくなって聞いた。
「逆に、この世界って何がそんなすごいんだよ」
少女は少し考えた。
「別に普通じゃない?」
「いや普通じゃないだろ。転移門あるし、脳内通信あるし」
「それは昔からあるし」
「昔から!?」
江戸時代くらいのテンションで言うな。
少女は棚を整理しながら続けた。
「でも最近は停滞してるって言われてるよ」
「停滞?」
「うん。便利すぎて、新しいもの作る人減った」
俺は眉をひそめた。
「そんなことあるのか?」
「だって大体AI……じゃなくて精霊知性がやってくれるし」
「精霊知性」
「生活管理、物流、行政、翻訳、教育、診断、全部」
「全部?」
「全部」
日本で言えば、
国家規模AIが社会インフラになってる感じか。
少女は続ける。
「みんな困らないからね」
「……」
「困らないと、挑戦しなくなる」
その言葉は妙に重かった。
俺はふと、日本のことを思い出した。
便利だった。
でも、
満員電車
仕事ストレス
将来不安
SNS疲れ
みんな疲れていた。
便利なのに。
豊かなのに。
幸せとは限らなかった。
「……似てるな」
「ん?」
「いや、なんでもない」
その時だった。
店内に警報みたいな音が鳴る。
《感情異常値を検知》
赤い表示。
突然、店の奥にいた男が叫び始めた。
「ふざけんな!!」
男は商品棚を蹴飛ばした。
周囲の客が一斉に距離を取る。
だが誰も止めない。
いや、違う。
止め方が分からない顔だった。
店員の少女も困惑している。
「また情緒暴走……」
「何だよそれ」
「精神制御魔法の依存症」
男は叫び続ける。
「なんで俺だけ昇進できねぇんだよ!!」
棚の商品が散乱した。
周囲の人々はただ見ている。
精霊知性の音声だけが響く。
《危険度測定中》
《対応ユニット算出中》
遅い。
考えてるだけだ。
俺は反射的に動いていた。
「おっさん!!」
男が振り向く。
「なんだよ!!」
「とりあえず座れ!!」
「は!?」
「水飲め!!」
近くのボトルを投げる。
男は思わず受け取った。
「……え?」
「いいから深呼吸しろ!」
俺は日本で見たことがあった。
酔っ払い。
クレーマー。
職場で壊れた人。
別に特別じゃない。
人間は時々壊れる。
だから誰かが、まず声をかける。
男は荒い呼吸のまま、水を飲んだ。
少しだけ落ち着く。
周囲がざわつく。
「直接接触した……」
「危険なのに?」
「精神感染するかもしれないのに」
感染?
なんだそれ。
少女が呆然と俺を見ていた。
「あなた……怖くないの?」
「怖いけど」
俺は肩をすくめた。
「こういう時、放置する方が後味悪いだろ」
沈黙。
店内が静まり返る。
そして男は小さく呟いた。
「……ありがとう」
その瞬間だった。
店内の空気が変わった。
周囲の客たちが、初めて男を“人”として見た顔になる。
精霊知性の声が響く。
《予測不能行動を確認》
《非効率的》
《しかし情緒安定率が向上しています》
俺は眉をひそめた。
「なんだそれ」
少女は、小さく笑った。
「この世界、便利だけどさ」
彼女は散らばった商品を拾いながら言った。
「人間の扱いだけ、ちょっと下手なんだよね」
俺は床に落ちたパンを拾った。
転生初日。
文明では完全敗北。
でも。
もしかしたら。
この世界で足りないものは、未来技術じゃないのかもしれない。
そんな気が、少しだけした。




