表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界、文明は進化してるのに感情だけが退化していた 〜失われた感情を再び呼び起こす〜  作者: スアップ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/19

第1話 日本すげええええええ....え!?

「やっぱ日本すげええええええ!」


俺、神崎玲司は某日本の空港のトイレで叫んでいた。


いや、正確には心の中で叫んでいた。

さすがに大人なので、個室の中で叫ぶほど終わってはいない。


温水洗浄便座。

自動開閉。

脱臭。

便座あったか。

謎の川のせせらぎ音。


この小さな個室に、日本文明の粋が詰まっている。


「これだよ、これ……!」


海外旅行帰りの俺にとって、日本のトイレはもはや神殿だった。

水圧、温度、角度。すべてが完璧。


神は七日で世界を作ったらしいが、日本人はそのあと数十年かけてトイレを完成させた。


俺は手を洗いながら、鏡に映る自分を見た。


二十九歳。

普通の会社員。

特技なし。

資格なし。

英語は中学二年で脱落。

海外旅行も今回が初めて。


それでも俺には、胸を張れるものがあった。


日本人であることだ。


「治安いい。飯うまい。電車時間通り。コンビニ最強。接客丁寧。アニメ世界一。トイレ神」


スマホを取り出し、SNSに投稿する。


『海外から帰ってきて思った。やっぱ日本すげええええええ。もう全部が完成されてる。異世界転生しても日本知識だけで無双できる自信ある』


投稿して三秒。


いいねが一つ付いた。


母だった。


「……まあ、初速は大事だからな」


俺はスーツケースを引いて、到着ロビーへ向かった。


その瞬間だった。


天井の照明が、妙に白く光った。


いや、違う。


光っているのは天井じゃない。


床だ。


足元に、見たこともない円形の紋様が浮かび上がっていた。


「え?」


青白い線が俺を囲む。

文字のような、回路のような、神社の注連縄をデジタル化したような模様。


周囲の人々は誰も気づいていない。


いや、時間が止まっている。


歩く人も。

泣く子どもも。

荷物を運ぶ空港スタッフも。

全部、写真みたいに固まっていた。


そして俺の目の前に、半透明の女が現れた。


白い髪。

金色の瞳。

神々しい雰囲気。


だが、手元にはタブレット。


女は淡々と言った。


「神崎玲司様ですね」


「はい?」


「転生対象に選ばれました」


「はい??」


「おめでとうございます」


「いや、めでたくない! 俺まだ死んでない!」


女はタブレットを操作した。


「三秒後に死亡予定です」


「え?」


視界の端で、空港の巨大モニターが落下してくるのが見えた。


でかい。

近い。

避けられない。


「ちょ、待っ――」


ぐしゃり。


……とはならなかった。


音も痛みもない。


気づけば俺は、真っ白な空間に立っていた。


目の前にはさっきの女。


「ようこそ、転生受付窓口へ」


「軽い! 死が軽い!」


「現在、異世界転生キャンペーン中です」


「キャンペーンで死なせるな!」


女はまったく表情を変えない。


「転生先では、あなたの知識と経験が役立つでしょう」


その言葉に、俺は少しだけ冷静になった。


知識と経験。


つまり、あれか。


ついに来たか。


俺の中に眠っていた“日本人としての常識”が、異世界で火を噴く時が。


「なるほどな」


俺は腕を組んだ。


「中世ヨーロッパ風の異世界に転生して、日本の知識で無双するやつだろ?」


「まあ、近いです」


「米作る? 醤油作る? 温泉街作る? それともまずは衛生改革か?」


「自由です」


「ふっ……」


俺は笑った。


来た。


完全に来た。


俺は日本でこそ普通だった。

だが、文明の遅れた異世界なら話は別だ。


トイレ。

コンビニ。

おもてなし。

改善。

時間厳守。


俺には、日本という最強チートがある。


「任せろ。俺が異世界に日本のすごさを教えてやる」


女は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、気の毒そうな目をした。


「では、良い第二の人生を」


足元が光る。


俺の体が浮く。


そして意識が、深い水の底へ落ちていった。


---


目を覚ますと、石畳の上だった。


「……ここが、異世界か」


空は青い。

雲は白い。

遠くには城。

通りにはローブ姿の人々。


馬車が走っている。

剣を持った男もいる。

耳の長い女もいる。


完全に異世界。


「よし」


俺は立ち上がった。


まずは情報収集だ。


こういう時は、宿屋。

ギルド。

市場。

通貨確認。


俺は近くにあった店に入った。


木の看板。

古そうな扉。

中にはカウンター。


店主らしきおばさんがこちらを見る。


「いらっしゃいませ。宿泊ですか?」


「はい。えっと、一泊いくらですか?」


「通常睡眠ですか? 夢内観光付きですか? それとも精神疲労の自動修復プラン?」


「……ん?」


おばさんが空中を指でなぞる。


すると、目の前に半透明の画面が出た。


宿泊プラン一覧。


俺は固まった。


「え、なにこれ」


「宿泊UIですが」


「UI?」


「古い表示形式の方がよろしいですか?」


次の瞬間、画面が俺の脳内に直接表示された。


文字が読める。

意味が分かる。

料金も分かる。

為替レートみたいなものまで自動換算されている。


俺は震えた。


「ま、待ってください。これ、魔法ですか?」


「はい。生活基盤魔法です」


「みんな使えるんですか?」


「赤ちゃんでも使えますよ」


赤ちゃんでも。


俺のスマホよりすごいものを。


赤ちゃんでも。


俺は慌てて言った。


「じゃ、じゃあ通信は? 遠くの人と話す時はどうするんですか?」


おばさんは不思議そうに首を傾げた。


「思念網に繋げばいいのでは?」


「しねんもう」


「はい。脳内通信です」


「Wi-Fiは?」


「ワイ……?」


勝った。


一瞬そう思った。


でもおばさんは少し考えたあと、手を叩いた。


「もしかして古代の無線粒子通信ですか? 博物館で見たことあります」


負けた。


Wi-Fi、博物館行き。


俺の文明、展示物。


俺はカウンターに手をついた。


「じゃ、じゃあ支払いは?」


「生体魔力認証で」


「現金は?」


「観光客向けの記念品ですね」


「クレカは?」


「骨董品ですか?」


俺の中の日本が、ぽきりと音を立てた。


いや、まだだ。


日本にはトイレがある。


トイレだけは負けない。


「あの、トイレ借りてもいいですか?」


「もちろんです」


案内された先は、白い扉だった。


中に入った瞬間、俺は言葉を失った。


便器がない。


代わりに、光る床と、ふわふわした椅子のようなもの。


壁にはこう書かれている。


《完全自動浄化空間》


座る。


用を足す。


一秒後。


すべてが消えた。


水も紙も使わない。

匂いもない。

音もない。

体も服もなぜか清潔。


さらに壁から優しい声。


《腸内環境を検査しました。昨日の揚げ物を控えてください》


「健康診断までしてくるなあああああ!」


俺はトイレで膝から崩れ落ちた。


ウォシュレットが。


日本の誇りが。


一秒で過去になった。


---


店を出た俺は、ふらふらと街を歩いた。


新幹線?

この世界には転移門があった。


キャッシュレス?

生体魔力認証だった。


AI翻訳?

感情まで翻訳していた。


コンビニ?

二十四時間どころか、時間停止倉庫で一万年品質保持だった。


俺は空を見上げた。


そこには、巨大なドラゴンが飛んでいた。


背中に荷物を積んでいる。


配達中らしい。


腹に文字が書いてあった。


《Dragon Prime》


「配送まで負けた……」


日本すげええええええ。


そう信じていた俺は、転生初日に知った。


この世界は。


もっとすげえええええええええええええええええええええええええええだった。


そしてその時、俺の目の前に小さな子どもが転んだ。


持っていたパンが泥に落ちる。


周りの大人たちは一瞬見るが、すぐに歩き去る。


誰も助けない。


俺は反射的に駆け寄った。


「大丈夫か?」


子どもは驚いた顔で俺を見た。


「どうして、助けるの?」


「どうしてって……転んでたから」


俺はハンカチで子どもの手を拭いた。


パン屋で新しいパンを買い、渡した。


「ほら。次は落とすなよ」


子どもは、初めて見るものを見るような目で俺を見た。


「ありがとう」


その声は小さかった。


でも、なぜか街のどんな魔法よりも強く響いた。


少し離れた場所で、宿屋のおばさんが俺を見ていた。


そして呟いた。


「珍しいね。この世界で、まだ“手で助ける人”がいるなんて」


俺は振り返った。


「え?」


おばさんは笑った。


「便利になりすぎるとね。人は、人に触れなくなるんだよ」


その瞬間、俺は初めて思った。


この世界は日本よりすごい。


圧倒的にすごい。


でも。


完璧ではない。


俺の第二の人生は、文明で負けるところから始まった。


だけど、まだ全部負けたわけじゃない。


日本すげえ。


異世界もっとすげえ。


なら俺は、その間にある“何か”を探してやる。


それが、この世界で俺が生きる理由になる気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ