第4話 この世界、“雑談”が存在しない
《未定義感情反応を検出》
天井の光球は、まだ困ったように点滅していた。
俺はパンを渡したまま固まっている少女を見た。
「……食べないのか?」
少女はハッとしたように頷く。
そして恐る恐る袋を開けた。
一口。
その瞬間だった。
ぽろっ。
少女の目から涙が落ちた。
「えっ!? なんで泣く!?」
俺が焦ると、少女はさらに混乱した顔になる。
「わ、わかんない……」
ルナが静かに呟く。
「多分、“誰かにもらう”の久しぶりなんじゃない?」
その言葉に、店内の空気が少しだけ重くなった。
未来文明。
超効率社会。
感情最適化。
でも孤児は普通にいるらしい。
なんなんだこの世界。
その時、ベルク店長が突然俺の肩を掴んだ。
「神崎くん」
「はい?」
「君、今日からここで働かないか?」
「は???」
十分後。
俺は制服を着ていた。
黒基調。
近未来コンビニ感ある。
胸には店名。
《Life Support Terminal 7号店》
コンビニの名前が終末SFすぎる。
「いや待て待て待て!」
俺は更衣室から飛び出した。
「なんで俺働く流れになってるんだ!?」
ベルクはニコニコしている。
「君、向いてるよ接客」
「いや俺転生したばっかなんだけど」
「住む場所ないだろ?」
「……」
あるわけなかった。
異世界一日目。
所持金ゼロ。
知識チート崩壊済み。
詰んでる。
ベルクは畳みかける。
「寮付き!」
「ぐっ」
「食事付き!」
「ぐぐっ」
「感情労働手当あり!」
「なんだそれ」
「今人気ないから高給なんだ」
嫌すぎる世界だ。
でも背に腹は代えられない。
「……ちなみに時給は?」
「時給じゃない。精神充足報酬制」
「帰る!!!」
ルナが吹き出した。
「冗談だよ。ちゃんとお金あるから」
「びっくりさせんな!」
結局。
俺は異世界初日にコンビニバイトになった。
人生、何があるか分からない。
「まずは簡単な業務からね」
ルナが端末を操作する。
空中にマニュアル表示。
《新人用接客プロトコル》
長い。
めちゃくちゃ長い。
「うわ、読むのだる……」
「安心して。脳内同期できる」
「え?」
ルナが俺の額に指を当てた。
瞬間。
マニュアル情報が頭に流れ込んでくる。
レジ操作。
商品位置。
接客ルール。
禁止事項。
全部、一瞬。
「うおおおおお!?」
「便利でしょ」
「いや怖ぇよ!」
この世界、本当に情報技術だけは頭おかしい。
俺が頭を押さえていると、ルナが真顔で言った。
「でも接客だけは覚えなくていいかも」
「なんで?」
「あなた、多分この世界の人より上手いから」
「……え?」
その時、自動ドアが開いた。
客だ。
サラリーマンっぽい男。
疲れた顔。
ルナが小声で言う。
「見てて」
男が商品を持ってレジへ来る。
すると天井の光球が男をスキャン。
《ストレス値78%》
《推奨対応:低刺激会話》
ルナが無表情で言う。
「お疲れ様です。本日の業務負荷を検知しました。栄養剤をおすすめします」
男。
「……」
ルナ。
「……」
男。
「……」
怖い。
接客というより、
病院のAI問診。
男は無言で会計し、去った。
俺は耐えきれず言った。
「もっと雑談とかしないのか?」
「ざつ……だん?」
ルナが首を傾げる。
「え、世間話だよ。天気とか」
「必要ある?」
「あるだろ!?」
ベルクが苦笑した。
「この世界、効率重視だからねぇ」
「でも会話くらい……」
「不要な会話は“情報ノイズ”って考える人多いよ」
俺は絶句した。
雑談がノイズ。
つまりこの世界。
コミュニケーションが、
全部“目的付き”なんだ。
効率的。
合理的。
でも。
どこか寂しい。
その時、また自動ドアが開く。
今度は老夫婦だった。
おばあさんが足を悪そうにしている。
旦那さんが支えていた。
二人とも商品を選ぶのに時間がかかっている。
すると天井の光球が点滅。
《購買効率低下を確認》
《サポートAIを起動します》
床から小型ロボみたいなものが出てきた。
《おすすめ商品を選択しました》
《最短導線へ案内します》
だが、おばあさんは困った顔。
「えっと……今日は孫が来るからねぇ」
ロボ。
《栄養効率を優先します》
「いや、そうじゃなくて……」
旦那さんも困っている。
俺は見ていられなくなった。
「何作る予定なんですか?」
老夫婦が驚いて俺を見る。
「え?」
「孫来るんでしょ? 好きなものとかあるんじゃないですか?」
おばあさんの顔が、少しだけ明るくなる。
「カレーが好きでねぇ」
「いいじゃん。じゃあこれとかどうです?」
俺は棚から商品を取る。
「この揚げ物、一緒に出したら絶対喜ぶ」
「ほんとかい?」
「子ども揚げ物好きだから」
ルナが横で呆然としていた。
俺は普通に続ける。
「あとデザート付けるとテンション上がりますよ」
おばあさんが笑った。
「じゃあ買っちゃおうかねぇ」
旦那さんも笑う。
「久しぶりに孫来るからなぁ」
その瞬間だった。
店内の空気が少し変わった。
なんというか。
温度が出た。
ただの買い物だった空間に、
“楽しみ”が生まれた感じ。
会計後。
老夫婦は何度も頭を下げた。
「ありがとうねぇ」
「孫、喜ぶよ」
二人が去ったあと。
店内は静まり返っていた。
ルナがぽつりと言う。
「……今の、何?」
「何って?」
「なんであんな会話したの?」
「いや、普通だろ」
「普通……」
ルナは理解できない顔をしている。
俺は逆に驚いた。
「お前ら、今まで何話してたんだ?」
ベルクが苦笑する。
「必要事項だけかな」
「……」
終わってる。
この世界。
技術ツリーは宇宙行ってるのに、
会話ツリーが絶滅してる。
その時だった。
店内の中央モニターが突然点灯する。
《店舗感情指数が上昇しています》
《要因解析中》
《原因:雑談》
店内全員。
「……」
俺は頭を抱えた。
「雑談、分析対象なのかよこの世界!!!!」




