第13話 この世界、“放課後”が存在しなかった
セレナが笑った。
ほんの少し。
口元が緩んだだけ。
でも。
店内全員が固まった。
「……笑った」
ルナが呟く。
ベルクは椅子から落ちた。
「感情管理官が!?!?」
当のセレナ本人も、
自分の顔に触れていた。
まるで。
初めて起きた現象みたいに。
「……これが、笑顔」
小さな声。
その瞬間。
店内モニター。
《感情管理官セレナ》
《幸福反応を検出》
《抑制しますか?》
セレナは少しだけ迷って。
静かに言った。
「……拒否」
まただ。
また“拒否”した。
この人、
少しずつ壊れてる。
いや。
戻ってきてるのかもしれない。
その時だった。
EVEの声が再び響く。
《追加解析》
《“青春”とは何ですか?》
店内全員。
「また始まった……」
完全にAI質問コーナーである。
だがEVEは本気だった。
《先程の映像内において》
《被験者たちは非合理的行動を多数確認》
《しかし幸福値が高い》
《理由を説明してください》
俺は少し考えた。
青春。
難しい。
でも。
言葉にするなら。
「……無駄できる時間、かな」
《無駄》
「帰ればいいのに帰らないとか」
「用事ないのに集まるとか」
「意味もなく笑うとか」
「そういうやつ」
ルナがぽかんとしている。
「意味ないのに集まるの?」
「集まる」
「なんのために?」
「なんとなく」
店内。
「……」
未来人、
“なんとなく”に弱すぎる。
その時、
女子高生の一人が小さく言った。
「……それ、ちょっと楽しそう」
店内モニター。
《新感情反応》
《“放課後欲求”を検出》
ベルクがまた頭抱えた。
「うわああああ!! 青春カテゴリまで復活し始めたぁぁ!!」
その時だった。
EVEが静かに告げる。
《確認》
《現在、人類社会に“放課後”概念は存在しません》
「は?」
ルナが説明する。
「この世界、学校終わったら即帰宅だから」
「え?」
「寄り道、非効率だから禁止」
俺は絶句した。
つまりこの世界。
放課後マッ○
コンビニ寄り道
公園で雑談
好きな人と帰る
部活後だらだら
全部ない。
青春イベント、
ほぼ絶滅。
そりゃ恋愛ソングも消える。
その時。
ミアが小さく言った。
「……放課後、やってみたい」
その一言。
店内が静かになる。
女子高生たちも。
サラリーマンも。
老夫婦も。
みんな、
少し羨ましそうな顔をしていた。
多分。
この世界の人たち。
ずっと“生きる効率”だけ考えてきた。
でも。
“人生の寄り道”を失ってた。
その時だった。
突然。
店の外から警報音。
《区域封鎖レベル上昇》
《感情汚染拡大中》
白いドローンが増えていく。
空には管理局の飛行艇。
完全に包囲。
ベルクが真っ青になる。
「まずい……本部が本気だ」
ルナが息を呑む。
「こんなの初めて見た……」
その時。
EVEが静かに言った。
《中央感情管理局より、当施設の完全封鎖要求を確認》
店内が凍る。
ミアが不安そうに俺を見る。
「……なくなっちゃうの?」
俺は拳を握った。
ふざけんな。
やっとみんな、
少し笑い始めたのに。
その時だった。
EVEが続ける。
《しかし》
全員がモニターを見る。
数秒の沈黙。
そして。
《現在、“放課後”を観測したいと判断しました》
「……え?」
セレナが目を見開く。
ルナも固まる。
ベルク。
「都市AIが……?」
EVEの瞳が静かに点滅する。
《質問》
《放課後とは、どこへ行けば始まるのですか?》
店内全員。
「……」
俺は吹き出した。
「なんだよそれ」
《データ不足です》
「……」
なんか。
このAI。
ちょっと可愛くなってきたな。




