第11話 この世界、“恋愛ソング”が消えていた
《“好き”とは、何ですか?》
都市AI《EVE》の声は、
静かだった。
でも。
店内全員が息を止めていた。
まるで神様に質問されたみたいに。
俺は頭を掻いた。
「いや急に言われても……」
《回答を要求します》
「圧強いな!?」
EVEの巨大な瞳が、
まっすぐ俺を見ている。
その視線には、
敵意はなかった。
むしろ。
分からないものを知りたがる、
子どもみたいな感じ。
セレナが小声で言う。
「EVEが個人に直接質問するなんて……ありえない」
ルナも震えてる。
「都市管理AIだよ? この世界のインフラそのもの」
そんなやつに、
俺、今“好きとは?”って聞かれてる。
スケールがおかしい。
俺は少し考えた。
“好き”。
推し。
恋。
夢中。
憧れ。
簡単な言葉なのに、
意外と説明むずい。
「……たぶん」
俺はゆっくり口を開いた。
「無駄なのに、やりたくなること」
店内が静まる。
EVE。
《理解不能》
「だろうな」
俺は苦笑した。
「効率とか意味とか関係なくさ」
「会いたいとか」
「応援したいとか」
「また話したいとか」
「そういうの」
《合理性がありません》
「うん」
《非効率です》
「そうだな」
《では、なぜ人類はそれを求めるのですか?》
俺は少し黙った。
なんでだろう。
金にもならない。
意味もない。
でも。
人生って、
そういうもので動く時ある。
その時だった。
店内BGMが急に途切れる。
ノイズ。
ザーッ。
そして。
古い音楽が流れ始めた。
ギター。
ピアノ。
人の声。
『会いたくて』
その瞬間。
店内全員が固まった。
ルナが目を見開く。
「……歌?」
セレナも驚いている。
「まさか……」
俺は逆に驚いた。
「いや音楽くらいあるだろ?」
ベルクが震える声で言う。
「この世界、“恋愛ソング”禁止だから……」
「は????」
何禁止してんだ。
意味分からん。
EVEの声が響く。
《旧時代アーカイブへの異常接続を確認》
《原因解析中》
だが音楽は止まらない。
女性の歌声。
切なくて。
優しくて。
どこか苦しい。
店内の客たちが、
みんな呆然としていた。
初めて聴く感情みたいに。
女子高生の一人が胸を押さえる。
「なにこれ……」
老夫婦も黙っている。
ミアは、
小さく涙を流していた。
「悲しいのに……あったかい」
ルナが混乱した顔になる。
「こんな音楽、知らない……」
そりゃそうだ。
この世界。
熱狂を危険視して、
“好き”を削除してきた。
なら。
恋愛ソングなんて、
真っ先に消される。
だって恋愛って、
最も非合理だから。
会いたい。
寂しい。
独占したい。
失いたくない。
全部、
感情暴走の塊だ。
でも。
だからこそ。
人間は歌にしてきた。
その時。
EVEが再び俺に問いかける。
《この音楽は、なぜ存在したのですか》
俺は静かに答えた。
「好きだったからだろ」
《非合理です》
「そうだよ」
《苦痛を伴います》
「そうだな」
《では、なぜ人類は恋愛を捨てなかったのですか?》
その質問に。
俺は少し笑った。
「苦しいだけなら、とっくに滅んでるよ」
店内が静まる。
音楽だけが流れている。
『それでも会いたい』
古い歌詞。
でも。
不思議なくらい、
みんな聞き入っていた。
セレナが小さく呟く。
「……綺麗」
その瞬間。
彼女自身がハッとする。
まただ。
また感情が漏れた。
店内モニター。
《感情管理官セレナ》
《情緒揺らぎ増加》
《“憧れ”を検出》
セレナが青ざめる。
「なっ……」
ルナがニヤける。
「感情、増えてきたね」
「違う!」
耳赤い。
分かりやすい。
その時だった。
EVEの巨大な瞳が、
静かに点滅した。
《解析結果》
《“好き”は、非効率な長期執着感情》
「言い方」
《しかし》
都市中のモニターが一斉に光る。
《現在、都市幸福指数が上昇しています》
店内全員。
「……え?」
ベルクが震える。
「幸福指数……上がった?」
EVEは静かに続けた。
《感情制御社会形成以降、最大値を更新》
沈黙。
誰も喋れない。
だって。
この世界はずっと、
“感情を減らせば幸せになれる”
と思ってきたんだから。
でも今。
恋愛ソング一曲で、
幸福指数が上がった。
その事実が。
世界の常識を、
静かに壊し始めていた。




