表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/11

T-006


そこは、物置だった。


応接室よりもさらに狭く、窓のない空間に特有の、湿り気を帯びた空気の重みがある。

スマホのライトを向けると、天井近くまで整然と積み上げられたスチールラックの脚が、鋭いハイライトを返してきた。

通路は一人分が通れる程度に狭められ、床には段ボール箱が隙間なく積まれている。


壁際に沿って奥へと進む。

箱の隙間から中身を窺う。予備のコピー用紙、未開封の乾電池のパック、絶縁テープにペンチの予備。

オフィスビルであればどこにでもあるような、無機質な事務用品のストックだ。

ここでも、2Fで見られたような「新品のまま時間が止まっている」ような不気味な維持が徹底されている。


だが、棚の最奥に差し掛かったとき、ライトの光が異質な質感を捉えた。

一段分だけ、棚の隙間に厚手の布が掛けられている。

淡いグレーの布地は、端が几帳面に折り込まれ、クリップで固定されていた。

まるで、そこにあるものを外気や光から、あるいは誰かの視線から厳重に守ろうとするかのような、執拗なまでの丁寧さで。


私は躊躇いながらも、その布の端を摘み、ゆっくりと捲り上げた。


---


「……なんだ、これ」


光の中に浮かび上がったのは、このビルの冷徹な論理とは最も対極にあるはずの光景だった。


フィギュアが並んでいた。

アニメか、あるいはゲームのキャラクターだろうか。

極彩色に彩られたプラスチックの造形物が、十数体、すべて同じ角度に顔を向けて整列している。

その隣には、柔らかな毛並みを保ったぬいぐるみが数体、身を寄せ合うように座らされていた。

下の段には、家庭用ゲームのパッケージが、背表紙のタイトル順に一ミリの狂いもなく並んでいる。


手に取ってみる。

指先に伝わるのは、硬質な樹脂の感触。埃一つ付着していない。

布による防塵の効果だけではないだろう。

だが、そこには愛でられているという体温は感じられなかった。

ただ、この物置という空間の奥底に、静止したまま固定されている。


「大事にしてるのか、それとも、隔離してるのか……」


持ち主にとって、これらはかつて大切だったものなのか。

あるいは、もはや必要ないが、完全に消去することもできずに隔離された、過去の残骸なのか。


---


別の棚に目を向ける。

こちらには布はかかっておらず、段ボール箱がいくつも口を開けていた。

中には、小説や漫画、画集が詰め込まれている。

読まれた形跡のあるものと、そうでないものが無造作に混在している。

それらは、先ほどのフィギュアのような特別な扱いは受けていない。

剥き出しのまま、事務用品と同じ備品としてそこに置かれていた。


物置全体を見回す。

カバーが掛けられているのは、フィギュアとゲームに関連するものだけだ。

本や消耗品には、その特権は与えられていない。

明確な選別。明確な境界線。


著者は、ここで何を選び取り、何を物置という名の隔離層へ追放したのか。

そしてなぜ、一部の玩具だけを、こうも熱烈に守り続けているのか。


「分けてるんだな……」


何かの基準がある。だが、その基準が何なのかは、今の私にはわからない。

暗闇の中でライトを動かすたびに、フィギュアの瞳が偽物の光を反射して、私をじっと見つめ返してくる。

その無機質な視線に耐えきれなくなり、私は布を元通りに被せた。

端を整え、一ミリの隙間もないことを確認する。

主がそうしていたように。


答えは出ない。

ただ、感情すらもが、整理整頓の対象として処理されている気がした。


私は物置の扉を閉め、背後で鍵をかけた。

1Fに残された探索箇所は、もうない。

手の中には、応接室で見つけたあの特殊なキーが握られている。


次に向かうべき場所は、決まっていた。

エレベーター。このビルの動かない箱の元へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ