表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/11

T-014


作業場の静寂に戻った。


先ほどは、青白く明滅するサーバーラックと机の上の理論に目を奪われすぎていた。

壁際に並ぶスチール棚。その頑なな沈黙を、今度は精査しなければならない。


--


最上段から順に、視線を走らせる。


一段目。指紋一つない二つの小箱。蓋を開けても、そこには乾燥した空気以外、何も残っていない。空虚が、展示品のように鎮座している。


二段目。背表紙に無機質な数字だけが刻まれた三冊のファイル。

タイトルも日付もなく、ただ個を剥ぎ取られた情報の集積。ページを捲れば、またあの著者名が網膜を刺す。

今は、その論理の奔流に耐えられる自信がなかった。

私は静かに、ファイルをもとの位置へ——一ミリの狂いもなく戻した。


三段目。整然と並ぶドライバー、ペンチ、結束バンド。金属の光沢は鈍く、だが確実に何かを構築するために酷使された痕跡がある。


四段目。完全な空白。


五段目。その奥に、不透明な布に包まれた重みが潜んでいた。


指先に伝わる、金属特有の拒絶的な冷たさ。布を解くと、七本の鍵が姿を現した。


大きさも、刻まれた溝の深さもバラバラだ。

中には、この近代的なビルには不釣り合いなほど古めかしい、真鍮製の鍵も混じっている。カードキーでも生体認証でもない、物理的な境界を司るための鉄の束。


「これ……全部、このビルの鍵か?」


私の呟きに、サーバーのファンが一定の低音で応える。試すべき対象は、すぐ目の前にあった。


--


一本ずつ、鍵穴との対話を試みる。


三本目が、吸い込まれるように鍵穴に馴染んだ。微かな金属音と共に、引き出しの拒絶が解かれる。

中には、数枚の図面と、一冊の小さなノートが収められていた。


それは、建築会社が作成したような無機質な設計図ではなかった。


既存の建物の構造をなぞりながらも、その上から独自の記号や境界線が執念深く書き込まれた、主による再定義の記録だ。

1F、2F、3F。各部屋の配置が、病的なまでに几帳面な筆致でトレースされている。


「……自分で、書き換えたのか」


ノートを捲る。

最初のページには数年前の日付。だが、読み進めるにつれ、文字は徐々に個性を失い、記号へと変質していく。

そして最後のページ。日付だけが記され、その下は深淵のような空白が広がっていた。


記録の途絶。それは、住人がここを去ったのか、あるいは書く必要がなくなったのか。


略語と数式が混じる記述は、私の既存の語彙では捉えきれない。

ただ、膨大な時間を費やし、誰かがここで人間ではない何かに手を伸ばしていたことだけが、肌を粟立たせた。


--


傍机の引き出しを思い出す。


鍵の束を、一本ずつ試していく。五本目が、乾いた音を立てて回った。

引き出しの奥、暗がりに横たわっていたのは、一本のUSBメモリだった。


**T-013**


白いラベルに記されたその文字の上から、黒い油性ペンで、殴り書きのような「×」印が引かれている。

激しい拒絶。あるいは、封印。


Erystelaの理論には欠番もあったはず……

これはその一つなのだろうか。


プラスチックの塊に過ぎない「それ」が、何か得体のしれない怪物のように感じた。

伸ばしかけた手を抑え込み、引き出しに改めて鍵をかけた。


手のひらで、残された鍵が不気味に鳴る。


七本の鍵。

1Fの応接室、物置、エレベーター。3Fへと続く重い扉。

それで四か所。残る鍵が、このビルのどこを、何を繋ぎ止めているのか。


まだ、踏み込んでいない「闇」が残っている。


一度、1Fへ戻るべきか。あるいは——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ