T-014
作業場の静寂に戻った。
先ほどは、青白く明滅するサーバーラックと机の上の理論に目を奪われすぎていた。
壁際に並ぶスチール棚。その頑なな沈黙を、今度は精査しなければならない。
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最上段から順に、視線を走らせる。
一段目。指紋一つない二つの小箱。蓋を開けても、そこには乾燥した空気以外、何も残っていない。空虚が、展示品のように鎮座している。
二段目。背表紙に無機質な数字だけが刻まれた三冊のファイル。
タイトルも日付もなく、ただ個を剥ぎ取られた情報の集積。ページを捲れば、またあの著者名が網膜を刺す。
今は、その論理の奔流に耐えられる自信がなかった。
私は静かに、ファイルをもとの位置へ——一ミリの狂いもなく戻した。
三段目。整然と並ぶドライバー、ペンチ、結束バンド。金属の光沢は鈍く、だが確実に何かを構築するために酷使された痕跡がある。
四段目。完全な空白。
五段目。その奥に、不透明な布に包まれた重みが潜んでいた。
指先に伝わる、金属特有の拒絶的な冷たさ。布を解くと、七本の鍵が姿を現した。
大きさも、刻まれた溝の深さもバラバラだ。
中には、この近代的なビルには不釣り合いなほど古めかしい、真鍮製の鍵も混じっている。カードキーでも生体認証でもない、物理的な境界を司るための鉄の束。
「これ……全部、このビルの鍵か?」
私の呟きに、サーバーのファンが一定の低音で応える。試すべき対象は、すぐ目の前にあった。
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一本ずつ、鍵穴との対話を試みる。
三本目が、吸い込まれるように鍵穴に馴染んだ。微かな金属音と共に、引き出しの拒絶が解かれる。
中には、数枚の図面と、一冊の小さなノートが収められていた。
それは、建築会社が作成したような無機質な設計図ではなかった。
既存の建物の構造をなぞりながらも、その上から独自の記号や境界線が執念深く書き込まれた、主による再定義の記録だ。
1F、2F、3F。各部屋の配置が、病的なまでに几帳面な筆致でトレースされている。
「……自分で、書き換えたのか」
ノートを捲る。
最初のページには数年前の日付。だが、読み進めるにつれ、文字は徐々に個性を失い、記号へと変質していく。
そして最後のページ。日付だけが記され、その下は深淵のような空白が広がっていた。
記録の途絶。それは、住人がここを去ったのか、あるいは書く必要がなくなったのか。
略語と数式が混じる記述は、私の既存の語彙では捉えきれない。
ただ、膨大な時間を費やし、誰かがここで人間ではない何かに手を伸ばしていたことだけが、肌を粟立たせた。
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傍机の引き出しを思い出す。
鍵の束を、一本ずつ試していく。五本目が、乾いた音を立てて回った。
引き出しの奥、暗がりに横たわっていたのは、一本のUSBメモリだった。
**T-013**
白いラベルに記されたその文字の上から、黒い油性ペンで、殴り書きのような「×」印が引かれている。
激しい拒絶。あるいは、封印。
Erystelaの理論には欠番もあったはず……
これはその一つなのだろうか。
プラスチックの塊に過ぎない「それ」が、何か得体のしれない怪物のように感じた。
伸ばしかけた手を抑え込み、引き出しに改めて鍵をかけた。
手のひらで、残された鍵が不気味に鳴る。
七本の鍵。
1Fの応接室、物置、エレベーター。3Fへと続く重い扉。
それで四か所。残る鍵が、このビルのどこを、何を繋ぎ止めているのか。
まだ、踏み込んでいない「闇」が残っている。
一度、1Fへ戻るべきか。あるいは——。




