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オカルティック・アンダーワールド:ベート  作者: アキラカ
7.犬神怪異譚

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37/42

第1話 骨

 6月末


 その日、(ふひと)は大学の4コマめの授業が休講だった為、午後4時前には指定された新宿三丁目にある喫茶店へと到着し、ライターの朝霧(あさぎり)が来るのを課題をしながら待っていた。


 その喫茶店は恐らく昭和の頃に出来たであろう古めかしい造りで、案内された席は地下一階の社交ダンスのフロアのような場所に、これまた年季の入ったソファとテーブルが備えられていた。

 史はそれまで編集者として一人でライターと共に外に出て取材をするなんてなかったものだから、珍しくその日は少しばかり緊張をしていた。

 勿論ライターの朝霧とは何度も会っているし、先日はいいとよ出版の近場の喫茶店で打ち合わせもしている。が、こういう具合に取材相手からの指定で待ち合わせをするのは初めてだったもので、どんな話が聞けるのか?という期待と、以前デザイナーとの打ち合わせで無駄口を叩いたせいで酷く怒られた苦い経験を繰り返さないように、反省の意も込め冷静に対応しようと気構えていたのだった。


 ともかく、約束の時間まではまだ1時間くらいはありそうだ。なのでそれまでに大学の課題を終わらせておこうと参考書や書き取ったノートを広げノートPCでまとめていたのだが・・・。

 史は広げたノートPCに小論文を半分打ち込んだところで、手を止めぼうっとしたままだ。何故ならば一人で仕事をしなければというプレッシャー以外にも今回の取材相手に対して個人的な懸念事項があったからだ。



 『・・・それにしても、初回には絶対に【犬神(いぬがみ)】の記事を入れたい、という朝霧さんの希望でこの取材が決まったけれど。本当に良かったのだろうか』


 史は今回の取材相手が【犬神】を使役している家系の人物である、という事に少なからず不安を覚えていた。


 『犬神・・。犬神と言えば四国か九州あたりだろうが、つまりは俺と同じ狐憑きとほぼ同じ力を持つ家系、って事になるかもしれない。地域が違うから影響はないと思うが、もし相手が本物の犬神使いだった場合、妙な力のぶつかり合いにならなければいいけれど』


 そう思いながら史はノートPCの横に置いたスマホにチラリと目をやった。

 取材前にやはり自分の不安を、恋人であり仕事の先輩でもある寿々(すず)へ包み隠さず話しておいた方がいいのでは、そう思いスマホに手を伸ばそうとしたが、その瞬間タイミング悪く朝霧からの着信が入った。


 「はい、(はだ)です」


 「あぁ~(ふひと)君!お疲れ様~」


 通話向こうから微かに駅改札口付近であろう音も混じって聴こえてくる。


 「今、三丁目に着いたからあと数分で到着すると思う。史君はもういるんだよね?」


 「はい、先に来てます。地下の角席にいますのでよろしくお願いします」


 「了解了解~、じゃああともうちょっとしたら行くので~」


 そう言うと朝霧は通話を切った。


 史は少しだけ悩んだが、やはり今回は特に寿々の手を煩わせずに仕事をやり切りたいという気持ちが強くあり、口元を歪ますとスマホを鞄にしまい、テーブルに広げた私物を急いで片付け始めた。


 


 約束の午後5時半、5分程前にその人物は現れた。


 「あ、どうも初めまして。朝霧(あさぎり)さんでお間違いないでしょうか?私ご連絡頂きました中山です」


 その男の年齢は50代くらいだろうか。仕事帰りらしくスーツ姿で、とても丁寧な対応で声を掛けてきた。


 「あ~初めまして、本日はお呼び立てしてすみません。ご協力に感謝します!」


 朝霧はそう言うと懐から名刺を差し出した。

 史も立ち上がると名刺を差し出す。

 

 「初めまして。いいとよ出版アガルタ編集部の(はだ)です」


 と合わせて挨拶をしつつ中山の顔を見ながら、極力柔和な顔を心がけた。

 しかし、中山は史の名刺を受け取ると、


 「編集部・・の方ですか。随分とお若い方でびっくりしました」

 

 中山はそう言いながら史の名刺に目を向ける。

 朝霧はその反応を特に気にする事もなく、

 

 「そうなんですよ。秦くんはまだ大学生なんですけれど、こう見えて編集者としては結構長いんですよ?それにオカルトに関しては僕以上に詳しい事も多くって、本当に頼りになるんです」


 そう言ってニカっと歯を出し笑顔を見せた。

 朝霧にとっては特に無理して史をフォローしたわけではなく、ただ本心を言っただけだったが、史にとっては立場上とても助かる一言であった。

 中山もそれを聞いて少しだけ納得した様子で、


 「そうなんですね。いや、これは失礼しました。改めまして中山(なかやま)達也(たつや)と言います。本日はどうぞよろしくお願いします」


 と言うと史に左手を伸ばした。

 史はその手を一瞬躊躇ったが、仕事上ここで握手を否定するなどできず素直に差し出した。



 三人は腰を掛けると早速朝霧からの取材が始まり、史は隣で朝霧とは別にレコーダーを置かせてもらい、二人の会話の記録に徹するよう務めた。



 「では、中山さん。今回僕の知り合いからの紹介では、その、中山さんの御実家がいわゆる【犬神】を使役している家系・・というお話を聞いていますが、そのあたりを少し詳しく教えて頂けませんか?」


 「・・・はい」


 中山は返事をするとテーブルの上の乗せていた手を膝の上で握り直し、急に肩に力が入る様子が見て分かった。


 「えっと・・その前に。事前にもお話しましたが、今回私の家の話をする代りに対処法・・と言いますか。犬神を祓えるよう手助けをして頂きたいと考えています。・・どうでしょう、可能でしょうか?」


 中山の表情は異常に強張り、その言葉からも真剣さが伝わる。


 「はい、最初からそのお話で伺っていますので、僕も可能な限り協力させて頂こうと思っています」


 朝霧は中山の言葉に真摯に向き合い、快諾する形で答えた。


 「・・・良かった」


 中山も本心から漏れるように安堵の言葉が口から出た。


 「では・・改めまして、


                    †

 

 私の実家は高知と徳島の県境の集落にあります。かつては個別の集落として存在していましたが、現在は周辺地域すべてが隣接する市に統合されています。実のところ私は18歳に家を飛び出して以来35年近く地元に帰ることはありませんでした。それが先月末長らく連絡を取っていなかった母が逝去しまして、致し方なく戻る事になったのです。


 35年。相当な年月が流れたはずでした。しかしいざ実家を訪れてみると、驚くほど35年前の風景と何一つ変わっていませんでした。

 私は本当に驚きました。まるであの頃にタイムスリップしたような錯覚を覚え、瞬時に鳥肌が立ちました。

 だだっ広く厳めしい佇まいの母屋、そして親族が住まう5棟の別宅。・・・・そして、忌々しいあの納屋・・・・。

 私はもうその光景を見るだけで眩暈がして吐き戻しそうになりました。


 そんな私が門の前で呆然としていると、母屋から姉が迎えに出てきました。


 「達也さん、おかえりなさい」


 3つ上の姉は35年経った今、もうすぐ還暦を迎えるというのに、まるで30代のような若々しさと美しさを保ったままの姿でした。

 私はその様子だけで震えあがりました。

 恐らくそれは我が家に憑く【()()】の力によるものだからです。


 私はとにかく平静を装い、ただひたすら表面上の対応だけ過ごし、母の葬儀が終われば即座に家から離れ、もう二度と関わらないつもりでした。



 姉には子供が二人おりました。

 私が家を出てすぐに婿を取ったことは母からの手紙で知っていましたが、その後の事は一切知りません。

 姪にあたる二人は、一人は社会人、もう一人はまだ高校生でしたが、この二人も驚くほど容姿が整っており、まるでかつての姉とそっくりな目をしているのです。


 私は・・母とこの姉がとにかく怖くて仕方ありませんでした。



 思い起こせばあれは私が小学5年生の時です。


 

 母は中山家の長女として産まれまして、父は隣の集落から婿として入りました。

 私には5つ上の兄、そして姉の5人家族でした。

 しかし、物心ついた時から父は敷地の離れにある別宅で一人で暮らし、その姿を見る事はありませんでした。

 当然奇妙には思っていましたが、家族の誰もが父の話をする事など一度もなかったので、私も自ずと父の事を話すのは気まずい事なのだと思ってしまっていました。

 当時周辺では結核の噂もたっていましたし、私は多分父も何かしらの病で離れて暮らさないといけないのだと勝手に思い込むようになっていたのです。


 母は本当に私達兄弟には嘘のように優しい母親でした。

 とにかく愛情一杯に育ててくれて、例え私が我がままを言おうとそれを叱責するような事は一度もありませんでした。

 兄も姉も本当に優しくて、幼い頃私は実に幸福と優越感だけを感じ生きていたのです。

 

 ですが、それはあくまでも家の中だけの事でした。

 一歩外に出ると、母は全くの無表情になり、通りを歩けば集落の誰もが頭を下げ挨拶をするのに、母はそれに返す事なくひたすら獣のような目つきで睨みつけるばかり。

 私は正直、この家の外での母がとても怖くて仕方ありませんでした。


 そんな感じでしたので、私は小学校では当然腫れ物のように扱われました。

 同級生の友達もまともに出来ませんでしたし、学校の教員などは私を顕著に特別扱いをし、6年間毎日居心地の悪さを拭う事をできませんでした。


 

 そしてあの日、私はこの家族の恐ろしさを目の当りにしたのです。


 いつものように一人で下校をしていると、帰り道の途中、聞いた事の無い悲鳴が耳に飛び込んできてそちらを見ました。

 するとそこにいたのは、一人の女子中学生が数人の同じ制服の女子にリンチをされているところでした。

 その女子学生はボロボロになりながらも必至に泣きながら謝り、一人の生徒に助けを求めていたのです。

 

 それが私の姉です。


 姉は黙ってその生徒を上から見下ろすだけで何も応えません。

 その目はあの母の目と全く同じ獣のような目でした。


 その後もその生徒は周りの女子生徒から殴る蹴るの暴行を受け続け、姉はそれを少し高い石段の上から、実に楽しそうに見下ろしていました。

 私はもうそれが恐ろして恐ろしくて、その場から逃げて家に駆けこみました。


 いい加減、私も気がおかしくなりかけていたのだと思います。


 母や姉の家の中での対応と、周囲に対する対応の違いに本当に付いていけませんでした。


 そして私はふと考えたのです。

 そうだ、父に助けてもらおう。と・・・・。


 私はその後夕刻前にこっそりと母屋を抜けだし、裏手からぐるっと回って父のいる別宅へと近づきました。


 別宅への道は親族が住む家が5棟続いていましたので、親族の目につかないようこっそりとそこへ行ったのです。


 到着して私はびっくりしました。

 母屋から見て別宅だと思っていたその建物は、とても別宅などという佇まいではありませんでした。

 そこはトタン張りだけの完全にただの納屋でした。

 私は自分の目を疑いました。

 まさか本当にこんな場所に父は長い間一人で暮らしているのだろうかと。


 そう思いながらも、私はそっと裏の引き戸を開け中へと入りました。

 中に入った途端、そこには異様な獣臭と便所のような悪臭が充満していました。


 裏手の土間には古びた箱や麻袋が詰まれおり、そこから中の様子を伺う事はできません。

 しかし西日が差した奥の一間から、何やら奇妙な声が聴こえてきたので、私は恐る恐るそちらへと近づきました。

 すりガラス越しに、部屋の中に誰かがいるのが分かりました。

 ゆっくりとその戸を開け、私は中に向かって声を掛けたのです。


 「・・・お父さん?」



 そこにいたのは確かに父だったと思います。

 その頃はすでに写真でしか記憶を辿れなくなっていましたが、顔は記憶の中にある父とそっくりでした。

 しかしその様子は父、というよりはただの痩せこけた動物でした。


 父は首に太い縄を括り付けられただけで、服も何も身に着けておらず、部屋の隅には糞尿が溜まり私は思わず吐き気を覚え鼻を手で覆いました。


 父は部屋の真ん中で四つん這いになり、私に気づくと低い唸り声をあげ睨んできたのです。


 またしても私は恐ろしさで一刻もこの場から逃げないと、と思い即座に踵を返したのですが、振り返ったそこにいたのは高校生の兄でした。


 兄は私を見下ろし、手には手垢が染み付いた木刀が握られてたのです。


 私はその形相にも驚き、また、行く手を阻まれ声も出せぬまま数歩後退しました。

 ですが、後ろには四つん這いになった父がすぐそこにいます。

 万事休すでした。


 兄は握った木刀を大きく振りかぶると、私は観念して頭を庇い(うずくま)りました。

 とその時、背後にいた父が声高に唸り声を上げると襲いかかって来るのがわかりました。

 兄はその獣になった父に向かってそのまま容赦なく木刀を振り下ろしたのです。


 「‼」


 私はショックのあまり腰を抜かしその場で動けなくなり、固まったまま兄が父を殴りつける様をただ頭に叩きつけられました。


 父は何度も何度も打ちつけられ、みるみる内に身体も顔も真紫に腫れあがり、その度にぎゃぁん!ぎゃぁん!という人間とは思えない悲鳴を上げていました。

 勿論、その時の兄の目も母と姉のあの目と全く同じ目をしていたのです。


 私は泣きながら身体を引き摺り、納屋の外へと這って逃げ出しました。


 そして暫く経ってようやく足が動かせるようになると、一目散に家の敷地から外へと飛び出しました。


 時刻はもう6時近くだった思います。

 日没まであとわずかでした。

 正直ここからの記憶は確かなものではありません。

 もしかしたら本当はただの夢だったのかもしれませんし、そうであって欲しいとずっと私自身が願っているだけかもしれません・・・・・。



 暗くなる中私は必至に駆け、気づけば家の裏山の麓まで来ていました。


 何故ここに来てしまったのか、全くわかりませんでしたが、恐らくその時点で私もこの忌々しい家の血に誘われていたのかもしれません。


 そこはかつては山を越える為の街道があり、数年前には離れた場所に国道が出来た為誰も通らなくなった辻道でした。


 またこの辻と裏山は我が中山家の敷地でもありました。

 目の前の草が生い茂る辻には祠が備えられていました。


 夕刻日没間際。辺りは薄っすらと暗く、ただでさえ不気味なその場所から、今しがた聞いたばかりのあの声が響き渡っていました。


 「ぐるるるぅうう、ぐるるるぅうう」


 何かに締め付けられるように喉から漏れる生き物の唸り声。

 その声は、先ほど逃げる前に父から発せられていた獣の声そのものでした。


 「ひぃっ‼」


 私はその場で再び腰を抜かしました。

 目の前の辻に、先ほどまで兄にボコボコに殴られていたはずの父が何故か肩から上だけを出した状態で埋められていたからです。


 私はすぐにこれをやったのが、兄や姉に違いないと気づき必死に逃げようと抜けた腰に力を込め、それこそ襲われた野犬のような怯え方で必死に助けを求めたのです。


 「達也さん?」


 そう呼びかけたのは、母でした。


 「お・・お母さん!」


 私は目の前の母が、いつもそうであるよにとても優しそうな笑顔で私を見つめている事に一瞬安堵してしまいそうになりました。

 でもどう考えてもこの状況でその反応が当たり前なわけがありません。

 だって、今目の前には父が生き埋めされているのです。

 この状態で平然とした態度でいられるなんて、とても正気でないのはすぐに分かりました。


 もう私はその場で観念していたと思います。

 逃げても無駄だと。

 きっと逆らったり抵抗したり、ましてや非難などすれば、私は父と同じ目に遭わされる。そう本能的に感じ取りました。


 「達也さん。あなたもそろそろ我が家がどんな家が知っておく必要がありますね。今から行う事。全部しっかりと見ておきなさい」


 母はそう言って少しだけ後ろを振り返りました。

 母の影にいたのは、大きな斧を持った姉でした。


 私はその姿を見て、何をするのかすぐに予想ができましたので、もう手足がブルブルと震え奥歯もガチガチと大きな音を立てるだけで、あとは何もする事ができないただの虫けらとなっていました。

 

 姉は斧を両手に握り締めたまま、辻に埋められた痩せこけた父に向かい、


 「腹が減っただろう?」


 とだけ言うと、制服のポケットから何やら袋に入った生肉のような塊を取り出し、父の鼻先でそれを嗅がせました。

 すると父は目の色を変え、更に充血させた白目を剥きだしにし、口から涎を垂れ流し、


 「ぐぉうっ、ぐおぉうっつ!」


 と歯をむき出しにしながら必死に首を伸ばし、その肉に噛みつこうと何度も何度も歯をガチン、ガチンと鳴らせ、同時に大きな唸り声を上げました。


 すると姉は立ち上がり、父の頭から少し離れた場所にその肉をひょいと放り投げると、肉の方向に伸びた父の首めがけて一気に斧を振り下ろしました。



 バキっ、という木を叩き割ったような音と同時にドスンという地響きが私の身体にも伝わってきました。


 父のはねられた首はその勢いのまま、目の前に落ちた肉塊へ勢いよく噛みついたのを覚えています。

 ですが、私の記憶はそこまででした。


 気づけば私は両手で目を覆い、震えていました。


 「達也さん、終わりましたよ」


 そういう母の声に身体を大きく震わせ、大声で叫び声を上げたと思います。


 「お・・お・・・おとう、さんがぁ・・・」


 震える声でそう言うと、

 「大丈夫ですよ。ちゃんと見てごらんなさい」


 母は先ほど斧で父の首を落とした姉の方を差しました。

 私は恐る恐るそちらを向くと、姉は肉塊に食らいついた頭を引きはがし、私に見せました。


 それは父の頭・・・ではなく、斑毛(まだらげ)のイタチのような小さな生き物の首だったのです。


 「あれが我が家を守る【犬神】の真の姿ですよ。あれのおかげで我が家はどんなことがあっても強い力で守られ衰えることない繁栄を賜っているのです。あなたが健康で誰からも不幸にされず、幸せにいきているのは全部【犬神】のおかげなのです」


 母はそう言うと、姉に向かって笑顔で頷き、その後は私を支えながら一緒に家路につきました。


 私はこの日の事を忘れる事ができません。

 ですが、同時に一生懸命忘れようとこの35年間努めてきました。



 その後父と母は離別し、父は私の知らぬ間に実家に帰ったと聞かされました。

 ですが、私が高校生になった頃、父の実家は大火事に遭い親族を含め全員が亡くなったと新聞で知りました。

 ただその中に、父の名前はありませんでした。

 父はいついなくなったのか。今となっては調べようもありません。

 また、兄もあれがあった翌年にバイク事故で亡くなりました。

 

 私は中学生になった頃から、とにかくあの家を出ることだけを考えていました。

 6年間、母と姉に気づかれないようにふるまいながら。

 必死になって勉強をし、そうして逃げるようにして東京へとやってきたのです。

 

                †


  

 今回私が母の葬式を口実にあの家に戻ったのには理由があります」



 中山はそう言うと、持っていた鞄の中から小さな箱を取り出しました。


 「・・・これは?」


 朝霧は触らないようにして中山に聞いた。


 「これが【犬神】の骨です」


 「犬神の骨⁉・・ってまさか、今の話に出て来たお姉さんが首を落とした?」


 朝霧は驚きながらも興味津々にその箱へと顔を近づけた。


 「触らない方がいいですよ」


 史は咄嗟にそう言ってしまった。


 「・・・・大丈夫ですか?(はだ)さん?」


 向かいに座る中山の眼鏡が反射して目の色を伺う事はできない。

 しかし今の言い方は、とても心配しているような口調には聞こえなかった。

 朝霧も中山にそう言われ、ふと隣の史を顔を見た。

 すると想像以上に顔が真っ青な状態だ。


 「え・・史くん、本当に大丈夫?なんか見た事ない程体調悪そうだけど」


 朝霧が目の前の犬神の骨を見た時以上に驚いた顔をしている。


 「・・・・中山さん。あなたは何故この骨を持って帰って来たのですか?」


 史は余裕の無い口調で中山の目を見て質問をした。


 「・・・・これが姉の犬神だからですよ。姪たちが同じような事をしているかはわかりません。

 ですが、今は姉が中山家の当主なのです。ですから姉の犬神を祓ってしまえば、あの家は自ずと没落してゆくはずなんです。・・・私はあの家を全て無かった事にしたいのです」


 そう本心から話す中山の目は、微かに呪力を帯び、まるで獣のような瞳へと豹変しているのを史は見逃さなかった。

 

 「ねぇ・・・秦さん。私にはわかりますよ?・・・アナタなら私のこの気持ちが良く分かって頂けることを」


 史は下手すると犬神の呪力に触発され、内なる狐の血が暴れ出しそうになるのをぐっと堪えた。


 『くそ・・・やっぱりやめておけば良かったか・・』

 

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