第9話 アウェイク
「俺が『悪霊憑き』として決めるのは・・・・・・・・。朱李さん・・です」
寿々がそう言ったところで一番驚いていたのは当然朱李だった。
「そ・・そんな」
単純に寿々に疑いを掛けられたというショックもあったが、更に寿々本人の意見よりも史の意見を尊重した事へのショックもあった。
「ごめん。本当に偏った意見でこの結果を出したわけではないんだ。これでも総合的な意見を見て今回は朱李さんがそうではないか、と思ったんだ。やっぱり疑いを掛けられた時の反応と、それが薄れた時の反応が顕著だった事が一番の理由・・」
寿々に言われ、朱李もすぐに反応を返す事は出来なかったが、悔しそうな、いや悲しそうな顔をしながらゆっくりと立ち上がった。
「・・なるほど。言われてみれば確かに僕はそう疑われても仕方ない反応ばかりしていたように思います。わかりました。では今日は僕がこのまま外に出て1回目の結末を見ましょう・・」
と言うと一人寿々の部屋を出て、音を立てないよう静まった玄関から外に出た。
寿々もその後に続き、玄関先で見送ると、
「本当にごめん朱李さん。こんなゲームに引き込んだ俺が全部悪い・・」
寿々が悔しそうな顔で言うと、
「構いません。とりあえずは先に進む事が大事ですからね。じゃあまた、明日・・・」
と朱李は自ら玄関の扉を閉めた。
夜10時、部屋の電気が消され寿々と日向吾姿の史はベッドに。
有明はベッドの下に敷いた布団に横になった。
「じゃあ電気を消しますよ」
そう言って寿々は蛍光灯からぶら下がった長い紐に緊張しながら手を掛けた。
「はい。無事明日を迎えられる事を祈ります」
有明もそう言い、電気が消され・・・・・・・そして何秒間が過ぎただろうか。
寿々は『早く・・早く・・・朝になれ!!』
と心の中で祈り続けていた、その時!
「!!!」
急に寿々の上にあのお面を付けた有明が仁王立ちの状態で見下ろしている事に気が付いた。
『ま、まさか!?』
横で眠っている史は全く気づいていない様子だ。
有明の背後からは黒いモヤが一気に噴き出し、部屋中を蜘蛛の巣のように覆い尽くした。
「・・本当にすみません三枝さん・・仕様上、悪霊モードはどうにもならないんです」
そう言った有明の袖から異常な長さの黒い腕が物凄い速さで寿々の首に伸びて来たかと思うと、全く逃げる隙もなくか細い首にぐるりと巻きつき、信じられない強さで締め上げてきた。
「・・・・あ・・ぐ・・ぐるし・・・・・・」
寿々は息も出来ないまま隣で眠る史に触れたかと思ったが、見ると日向吾の身体はすでに冷たくなっている。
悪霊憑きが有明だと気づくより先にプレイヤーでない史はすでに命を奪われていたのだった。
「・・・・・・・・・・っが・・は」
最後に喉の奥から漏れ出すように一言だけ出てきたが、寿々はそのまま意識を失ってしまった。
―――――――――――――・・・・・
【ミーーン、ミンミンミンミン、ミィーーーー・・・・】
暗転した後、再び蝉の声と共に全員が寿々の家の前へと戻されていた。
「!!!」
ハッとして寿々は驚きながら自分の身体、特に首回りを入念に調べる。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・・・・」
すでに新しいフェーズへと移っているので苦しいわけが無かったが、呼吸と心拍数を戻そうと必死に熱い夏の大気を胸いっぱいに吸い込んだ。
振り出しに戻された今、再び寿々。そして他3人の上にも昨日と全く同じ強い日差しが降り注いでている。
「・・・・」
寿々は先ほどの恐怖に青ざめたまま周りを見回した。
すると朱李も日向吾姿の史も、黙り込んだまま自分の首を気にするようにして同様に恐怖の表情をしている。
3人は同時にその先、敷地ギリギリのところで一人立っている有明へと視線を向けた。
「・・・・・・・」
有明はお面を被っているせいで相変わらずその表情を読み取る事は出来ない。
「有明・・・お前、許さないからな・・」
どうやら外に出された朱李も寿々と同じように最終的には『悪霊憑き』に殺されてしまったようだった。
そういう意味で例えゲームとは言え、寿々から疑われて家から追い出され、あげく本来ならば護衛する立場の人間から殺された朱李の方が寿々よりよっぽど酷い目にあったと言っていい。
「ウゥゥ~~~~!!!」
日向吾姿の史も朱李と同様に有明に向けて唸り声を上げた。
「・・・そうですよね。それは当然の事だと思います。『悪霊』モードは本当に何も抵抗出来ずに私の意思ではどうにもならず・・本当に・・すみませんでした」
有明は有明で仕様上どうすることもできず、お面を付けていても相当疲弊しているのが3人にもわかるほど落ち込んでいる。
寿々は次第にこの状況に腹を立てずにはいられなくなってきた。
「・・・今すぐこのゲームを終わらせる方法を考えなければ!」
そう言って一人怖い顔をしたまま先に家の中へと飛び込んで行ってしまった。
玄関を開け、苛ついた様子で家に上がると居間の方から真紀が顔をのぞかせた。
「あら寿々?どうしたの?お友達は??」
「皆来るから大丈夫!」
そう言ってドタドタと足を踏み鳴らして早々に自室へと飛び込んだ。
「冗談じゃない!!こんなゲーム続けてたまるかよ!皆を最悪な状況に追い込むだけじゃなくこのままじゃ点数を得る事も出来ずに永遠にここから脱出する事もできないじゃないか・・・!」
そう言いながら寿々は涙目で押し入れの隣にある扉を開け、ポリビアスの筐体へと向かった。
後ろから少し急いだ様子で日向吾、そして朱李と有明も部屋へと入ってきた。
寿々が設定画面を開くと、案の定獲得点数はゼロのままだ。
所有する総合点数は現在48200点。
誰一人脱出する事もできない。
更に魂も一つ減り、残り一つ。
次を続ける場合は絶対に魂の消費は必須だ。
しかし次も悪霊若しくは人として勝てなかった場合は獲得点数は再びゼロ。この繰り返しになる。
史は日向吾の姿で寿々の足元に頭を摺り寄せた。
『寿々さん大丈夫です。さっき話した考えについて聞いてください』
そう言われ、思わず泣きながらその場で日向吾の首にしがみ付いた。
日向吾は寿々の涙を拭うように頬をペロペロと舐めながら、
『いいですか?実は俺はこのゲームの報酬に坂口さんが入っている事が最初ずっと気になっていました。もし寿々さんがあともう一回このゲームをやって5千点でも構わないので合計が5万点超えた時点で坂口さんを先に交換しましょう。そうしたら、このゲームから強制離脱したいと思っています』
「・・・強制・・」
寿々がその言葉を言おうとしたところで日向吾は口を塞ぐように更に激しく顔を舐めまわし、
「ちょ!!日向吾!待てって!!落ち着けって!」
寿々も日向吾の姿をしているとはいえ、朱李と有明が見ている前だったので思わず制するように日向吾の口をガシっと両手で掴んだ。
『落ち着いて欲しいのはこっちです。いいですか?今の言葉は絶対に口外しないでください。このゲームを操作している人物がいるとすれば、寿々さんの発言は全て筒抜けになっています。それからこれはまだこのゲームの進行中は絶対に朱李さんと有明さんにも言ってはダメです。あと、このフェーズの進行は有明さんのテレパシーが全面的に必要になります。本当は俺と有明さんが会話できれば一番いいのですが、ひとまず今はこのままもう一回だけゲームを進めて、何とか点数を獲得しましょう』
口を塞がれた日向吾こと史は唸りながらフガフガと息を漏らし必死に寿々に訴えた。
寿々もその言葉を信じて日向吾の目をジッと見つめ、
「わかった・・」
と答えた。
寿々はすっかり日向吾の唾液だらけになった顔を袖で拭い、少しだけ恥かしさを隠しながら立ち上がった。
「有明さん朱李さん。すみませんでした。俺もだいぶ参ってしまっていて・・・。でももう大丈夫です。それで・・・二人も本当に辛い事かもしれませんが、あともう一回だけこのゲームに付き合ってもらってもいいでしょうか?」
そう言われた朱李はやはりすぐに承諾をしたくはなさそうだったが、有明の方が先に、
「わかりました。私もかなり精神的に参っていますが、それでも何か史君と策を話していたんですよね?でしたら私はその案に従いたいと思います」
と答えてくれた。
続けて朱李も、
「・・・僕ももうかなり精神がすり減っているけれど。それでもこれを超えないとどうにもならないというのならば、とりあえずもう一回やってみます」
とようやく寿々の方を見ながら話しをしてくれるまで戻ってくれていた。
寿々はそれを聞いて、
「ありがとうございます」
と二人に頭を下げた。
「それにしても一回目を終えて改めて思うのは・・・私と史君が直接会話できれば、もうちょっとこっちとしては優位に進められると思うんですけどね・・」
と有明が何かを察したかのようにそう呟くと、
「そう!そうなんですよ!!実はそれができればいいんですが」
と寿々は思わず大きな声が出てしまったが、有明はちょっとだけ驚きつつもすぐに何かを察知したようだった。
「?・・・なるほど史君も同じことを考えていたんですね?ちょっと皆さん一旦床に座ってもらっていいですか?」
有明の言葉通りに全員がその場に座り込む。
「いいですか?今私のテレパシーは全員に聞こえていますよね?私も3人に聴こえるように直接発しているので、間違いなければいいのですが。もし大丈夫でしたら声に出さずに瞬きを一回だけしてみてください」
有明のその申し出に従い、全員がゆっくりと瞬きをした。
「ありがとうございます。ちゃんと史君に私の言葉が通じていて安心しました。じゃあここからは私の方から一方的に話しかけますので、もしイエスならば瞬きを1回、ノーならば2回で答えてください」
そう言って有明はまず寿々の方向を向いた。
「最初に、三枝さんは史君に触れて、何かあれば直接聴けるようにしていてください」
寿々は言われた通りに日向吾の背中に手を置く。
「史君は、今回のフェーズで誰が『悪霊憑き』なのかもう分かっていますか?」
有明がそう言いながら日向吾を見ると、史はゆっくりと一回瞬きをした。
「イエスですね?じゃあそのまま。それは朱李さんですか?」
今度は2回瞬きをする。
「それは三枝さんですか?」
史は少しだけ間をあけて2回瞬きをした。
寿々と朱李は同時に有明を見る。
「わかりましたか?私はこれ以上はもう聞きません。でもこれで誰が『悪霊憑き』なのかはわかりましたね?しかもこれはルールに反してもいませんし、ゲームを操っているマスターにもバレていないと思います。ではこのまま昨日と同じようにゲームを進めましょう。念のため三枝さんは、魂1つとディフェンスオブジェクトを交換しておいてください。上手くいけばこのまま何回かはバレずに点数を獲得できるはずです」
有明の能力と機転によって、一気にこちら側にも形勢逆転のチャンスが訪れた。
その後寿々は有明に言われた通りに魂とディフェンスオブジェクトを交換させ、合計点数はこれで45700となった。
しかし今回はもう既に勝ち確といっても間違いはない。
その後3人と一匹はマスターにバレないよう素知らぬ様子で昨日と全く同じように、裏山へと出かけ、祠で占いをし、夕方になると再び家に戻って来て、昨晩と同じように真紀の作ったカレーを食べ、再び夜の9時を迎えた。
昨日と同じように、いや、多少の茶番はあったかと思うが、互いに誰が『悪霊憑き』かを投票させながらその対象を話し合いで決めたように見せ頷き合う。
「・・・・ごめんな史。夜一人で外に追い出すなんて本当に嫌な感じだよ」
そう言って寿々は玄関先で日向吾の頭を撫でながら寂しそうな顔をすると、
『俺は大丈夫ですって。問題はこの後なので』
と寿々の顔に頭を摺り寄せながら、
『じゃあまた明日・・・』
と言い自ら外へと出ていってしまった。
寿々は玄関の扉をゆっくりと閉め、鍵を掛けると部屋へと戻った。
「じゃあ僕は向こうの部屋なので。今回は成功する事を祈りながら眠りますね」
寿々が部屋へと戻るとすぐに朱李も別室へと出ていってしまった。
残ったのは寿々と有明の2人だ。
寿々はとにかくこのフェーズが成功する事を祈りつつベッドの上から電源を落とそうとしたところで既に横になっている有明が話しかけてきた。
「・・・三枝さん。何で今回は私が『悪霊憑き』だとは疑わなかったんですか?」
急にそんな事を言われて寿々は少しだけ戸惑ってしまったが、
「ええ・・・そうですね。確かに2回も続けて有明さんになる可能性は低いのかな、というのもあるのですが・・・」
「・・・史君の事を本当に信頼しているんですね」
とやや意味深な言い方をされ、寿々は思わず赤面してしまった。
「いや、そういうわけじゃ・・」
「ああ、いいですよ、あまり三枝さんが話すとマスターに聴かれてしまいますからね。これは私の独り言です・・・・・・」
有明は薄い肌掛け布団を首までしっかりと上げお面の頭だけを寿々へと向け、
「・・・・・・三枝さんは・・・人間ではないですよね?」
そう聞いてきた。
「・・・・・・」
寿々は当然心の中でそれはもうビックリしてはいたはいたのだが、何故かそれを『ああ、やっぱり有明さんにはバレていたのか・・』と妙に納得してしまった。
「今のはイエスって事ですかね・・・・。じゃあ私の事もちゃんと話さないとフェアではありませんね。・・・・実は、私も人間ではありません」
「・・・・・・」
「やっぱり驚かないんですね。もしかして私の事分かっていましたか?」
「・・・・・・」
寿々はこの『悪霊退散』ゲームが始まる直前、有明が必死に隠そうとしていた肌がまるで水のように透き通った液体のような見た目である事をすでに目視していた。
でもあまりにもそれを必死に隠そうとしているという事は何か意味があるのだろうと思い見て見ぬふりをしていたのだった。
自分も有明とは違うが、一度この世を去り文字通り舞い戻った不可思議な存在だ。
一応は『天使』という名称になっていはいるが、自分にはその力もなく、ただ中途半場なだけで本当にこの世に存在していいのか分からなくなる時もある。
だからこそ、有明が自分の事を必死になって隠そうとする心理も何となくだが理解できる。
有明は寿々から視線を天井へと向けた。
「・・・・実は私の故郷は月、なんです。つまり私はこの地球では所謂宇宙人という事になります。・・・三枝さんは私とは違うのはわかります。ですが最初にお会いした時に直感的に分かった事が一つだけありました。貴方は私と同じ魂の階層の存在だ、と」
「・・・・・・」
「・・だから前に、また一緒に行動する事になるかもしれない、と伝えたんです。魂の階層はただの格付けとかそういう俗なものではありません。同じ階層の者たちは必ず引かれ合い共に生きる運命にあるのです。・・・・今はまだこれ以上話す事はできないのでここまでにしておきます。でもいずれ私は三枝さんと共に行動をしなくては行けなくなる日が必ず来ると思います。その時はきっとお互いに見せかけの姿ではなく、真の姿でお会いする事になるでしょう。・・・いいですか?これは絶対に私と貴方だけの秘密ですよ」
そう言って有明は再びベッドの上の寿々の方へと頭を向けた。
「さ、電気を消してください。何事もなく今日が終わる事を祈りましょう」
有明に言われた通りに寿々はゆっくりと部屋の灯りを消した。
【カチ、カチ、・・カチ】
3回小さなスイッチ音が部屋に響き、蛍光灯が消され闇が訪れた。
【ミーーン、ミンミンミンミン、ミィーーーー・・・・】
「!!!」
何事もなく夜が明け、どうやら作戦は成功だったようだ。
寿々はすぐに振り返り、
「やりましたよ!!」
そう笑顔で喜んでみたが、そこにいたのは寿々一人だけだった。
「・・・・・・・・・え?」
寿々は慌てて周囲を見回す。
家の敷地は勿論、道路、そして家の庭。
しかしそこには誰の姿も見当たらない。
焦りが一気に頂点に達し、急いで家の中へと飛び込んだ。
「母さん!!」
居間の中を覗き込んでみたがそこに母真紀の姿も存在しなかった。
「・・・・そんな、まさか」
寿々は自室へと駆け込み、筐体があったはずの扉を勢い良く開け放った。
「!?・・・・嘘だろう・・・ポリビアスが・・ない!!」
そう言うと力なくその場にズルズルとへたり込んだ。
『どいう事だ・・有明さんのテレパシーはマスターには聞こえていないはずと言っていたのに、つまりこれは向こうに全部バレていたって事なのか??だから不正とみなされ・・』
寿々は畳に付いた両手の震えが止まらなかった。
【ミーーン、ミンミンミンミン、ミィーーーー・・・・】
外からはセミの声だけがけたたましく聞こえてくる。
「俺・・・・また死んでしまったのか・・」
午後5時
上空では雷鳴が響き渡り、雨がより一層激しくなってきていた。
「まったく・・・この超インドアなうちがまさか数年ぶりに現場に出るだなんて・・」
警視庁公安部第三課特務係、通称〝ニル〟
その中で呪詛を使って捜査をする警部中尾はカツカツとヒールを鳴らして大雨の中東京ドームに併設されたゲームセンターへとやって来ていた。
「はぁ~~・・ここが有明さんとの交信が途絶えたゲームセンターっすか?」
中尾の隣で身長190㎝以上はある図体のデカい茶髪でチャラい顔立ちの大男が眠たそうな目のまま問いかけた。
「鎌田・・お前シャキっとしろよ?ただでさえスーツ着てても警察官に見られないんだからな?」
「うぃ~っす」
鎌田は中尾に注意されたが全く動じる事なく変わらないペースでふざけた返事をする。
「はぁ・・・。いいか?有明がオカルトラボの職員に呼び出されて警視庁を出たのが3時ちょい過ぎだ。その後ここへ到着してうちの方へ《テレパシー》で交信が入ったのが午後4時頃。その後有明に預けてある人形を通して遠隔透視しながらこのゲームセンターでの出来事を確認していたが、その15分後くらいにこの店の倉庫へと移動して妙な筐体を見つけた直後から急に有明との交信が途絶えた」
その説明を聴きながら、鎌田は途中から何かが気になったのか目を瞑って辺りの匂いが嗅ぐような動作をし始める。
「・・・なるほど。どうも臭いますね・・」
そういいながら鎌田はぐるりと周囲を見渡し、臭いの発生源を探るように獣のように鼻先をあらゆる方向へと向けた。
するとある方向からゲームセンターへと気の流れが注ぎ込まれている事にすぐに気づいた。
「ははぁ~ん・・・中尾さんわかりましたよ。どうやらあの建物の屋上からずっとゲーセンを監視している奴が2人います」
「2人?ほぉう・・・わかった。じゃあうちはそっち行って、ちょぉーーっと面を拝んでくるからさ。鎌田はゲーセンの倉庫行って様子みててよ」
そう言うと中尾は早速スタスタと一人で歩いてその場から離れて行ってしまった。
「え??俺一人でこっちっすかぁ・・・?」
鎌田は面倒くさそうに話すと、
「有明はお前の相棒だろう?ちゃんと見つけ出せよ」
と振り返る事なく中尾はそのまま行ってしまった。
気づくと史と有明と朱李は元の姿に戻り、一番最初のグリッド状の白い空間へと戻されていた。
目の前にはあのポリビアスが置かれ、その脇には最初に見た双子のような黒スーツのホログラムの男達が脇に立っている。
「・・・寿々さんは!?」
史は庭に出て夜を一人で迎えるその瞬間にこの部屋へと移動させれ、一体何が起きたのか理解が追い付いていない状態だ。
それは有明と朱李も同じだ。
そして急いでポリビアスの画面を確認する。
そこにはの『悪霊退散』のゲームモードのままGAME OVERの文字が浮かび上がっていた。
「何で!!ルールはちゃんと守っていただろ!」
史は目を金色に光らせながら両脇のホログラムを睨みつけた。
すると左の黒服の男Aが口を開いた。
「お前たちはルール違反をした。お前たちはこちらに分からないように能力を使って会話をし、そして不正にゲームを進行しようとした。そういう奴らはBAN。つまり強制削除だ」
「ふざけるなよ!ルールなんてそっちが勝手に決めたものだろ!それに直接誰が『悪霊憑き』なのかは一切喋っていない。それなのに一方的に違反だとか言いがかりも大概にしろ!!」
筐体を強く握る史の手に力が入り、そのまま筐体の外板がミシミシと音を立てヒビが入る。
「史君落ち着いて!筐体を壊せば本当に三枝さんを救い出せなくなるかもしれない!」
有明が急いで駆け寄り史の右手を筐体から離れさせた。
「・・・・落ち着いてなんかいられないですよ。寿々さんがゲームオーバーにされたんですよ」
史は行き場のない怒りをどうすればいいのか分からず筐体から離された右手を更に強く握り締め、その力によって突き破られた皮膚から血が滲み出ていた。
「・・史君。保証はないけれど、三枝さんの魂はこの程度では消える事はないと思う。多分それは私よりも君の方が良く分かっているんじゃないか?」
有明にそう言われて史は少しだけハッとしたように我に返り、有明を見つめた。
「・・・何でその事を」
「ここでその事については詳しく話す時間はない。とにかく私も三枝さんと似たような存在なんだ。だから分かるんだよ。彼の魂はまだどこかに囚われているだけでちゃんと存在はしていると。だけどそれも時間の問題だ。今は何とかこの状況から脱出する方法と、並行して三枝さんを救い出す事を同時に進めなくてはならない。いいか、だからこそ冷静になって知恵と知識をフルに使って君は三枝さんを救う方法を考えて欲しい」
「・・・・・・」
史は有明の言葉に従い、気持ちを切り替えると寿々を探す事に集中した。
「よし・・。じゃあ朱李さんも」
そう言って今度は朱李の方を向き、
「朱李さんはここから出る為の策をどんな方法でもいいから考えて欲しい。勿論私も一緒に考える」
有明に言われて朱李も気を引き締め直すと、力強く頷いた。
「わかった・・・」
史は改めてもう一度筐体を透視してみた。
かつて寿々を記憶の彼方にあるアカーシャから連れ戻した時のように、この筐体のデータ奥に押し込まれ、別の空間へと引きずり込まれてしまったであろう寿々を探すように深く深く奥の奥まで透視する。
『・・・・寿々さん・・・どこに・・どこにいるんだ・・』
それは粒子、いや量子の更に奥の奥。まるで広大な宇宙の中に広がる星の中からたった一人の魂を探しあてるような途方もない事だった。
でも史には自信があった。
寿々の魂の形、色、そして光、匂い、手触り。全ての感覚を刺激するその存在の波動そのものを絶対に間違う事なく探し出せる自信があった。
やがて広大な宇宙の中に、細く細く七色にきらめく糸がゆらゆらと浮遊しているのを発見した。
『見つけた!』
それは間違いない寿々の魂へと続く細い糸だ。
史は糸を左手に絡めるように巻き取ると、そのままその先に行く手を阻む黒い壁がある事に気が付いた。
『これが寿々さんのいたゲームの世界との壁だな・・・』
史はそのまま右手に浄化の光を溜め込み、意識を集中させると一気に黒い壁へと打ち放った。
バリィンン!!!
寿々の頭上に見える空から急にガラスが割れるような音がして大きな穴が開いた。
「!?」
あまりに急な出来事で寿々は驚いて声も出せなかったが、その穴から一番聞きたかった声が聴こえてきて腰が抜けそうになった。
「寿々さん!!」
「史・・・」
史は壁から一気に飛び降り何とか着地すると、子供の姿のままの寿々が泣きながら両手を広げて飛びついてきた。
「・・・・お前、本当に凄いな。俺がどこにいてもちゃんと見つけられるんだな・・」
「当たり前でしょ。誰の為に俺が存在していると思っているんですか?」
腕の中で丸まるように縋りつく9歳の姿の寿々は本当に愛らしく、日向吾姿でなくてもこんなにも愛おしく感じてしまうものなのかと史自身も驚くほどだった。
「・・こんな最低なゲームの中でなければ、暫く二人だけでこの世界に住みたいくらいですが・・そういうわけにもいきません。早くしないと俺達はポリビアスのデータの中に閉じ込められたまま削除されてしまいます。急いで戻りますよ!」
「わかった!」
そう言うと史は自分の左手に絡めた寿々の魂の糸と遥か虚空に浮遊する自分の銀色の糸をきちんと結んだまま勢い良く裂けた空へと飛びあがった。
一方朱李と有明は筐体の画面を確認して何かヒントは無いかとにかく探れるだけ探ってみた。
「このゲームオーバーの表示からは何も切り替わる様子がないな・・」
朱李が言うと、
「そうですね。・・今史君が一生懸命三枝さんを探している最中なのでもし何か切り替わったとしても今はまだ下手に画面を切り替えたりはしない方がいいかもしれません」
有明は慎重な表情で答える。
「それにしても僕と有明が稼いだ点数は無駄だったという事になるのか・・。まあ元よりこのゲームを操作している奴に補正が掛かるのは当然と言えば当然か。最初からフェアでもなかったしな」
と朱李はムカつきながら呟いた。
しかし有明は、
「いいえ私は無駄ではなかったと思います。まだ挽回のチャンスはゼロじゃないと思います」
とこんな最悪な状況だというのに、一体何の根拠があってそんな発言ができるのか。朱李には全く理解ができなかった。
すると急に筐体横で意識を集中させていた史の左手が銀色に輝き始め、更にその光の中から徐々に七色の糸が紡がれるように人の形を形成しだすと、次の瞬間にはそこに元の姿の寿々が戻ってきていた。
「三枝さん!」
「寿々さん!!」
有明は思わず気が抜けそうになり、朱李は涙目で寿々の帰還を喜んだ。
史にしっかりと背中を抱えられ、抱きしめられていた寿々は、有明と朱李の顔を見てようやく安心したように顔がほころぶ。
「有明さん!朱李さん!!」
再会できた喜びで思わず誰もが気が緩みそうになったが、それを史が制した。
「喜ぶのはまだ早いです!朱李さん!急いで画面を確認してください」
そう言って筐体前にいた朱李にもう一度画面を確認させると、『悪霊退散』ゲームの画面が再びスタート画面へと戻され操作可能になっていた。
「さっきまで何もできなかったのに、動かせるぞ!」
「では急いでオプションを開いて下さい」
「わかった」
朱李は急いでカーソルを下へとおろし、オプション画面を開く。
「現在点数は幾つになってますか?」
史が焦るように聞くと、
「え!?75700になっている!?なんでだ?」
「説明はあとです。とりあえずその点数ですぐに報酬の坂口さんに変換させてください!」
その発言に朱李も有明も驚いていたが、とりあず時間がないと言われれば焦りもする。
朱李は言われた通りにその点数で急いで坂口を変換させた。
すると背後に急にラマ型のピニャータ、つまりギフトボックスのようなものがドスンという音と共に出現し倒れた。
史は少しだけ嫌な予感もしたが、急いでその箱に近寄りビリビリに割いて中を開けると、中から手足を縛られた状態で気絶している坂口が出て来た。
「坂口!!」
朱李も駆け寄って急いで声をかけるが、反応がない。
有明も坂口の手足に縛られた縄を解きながら声を掛ける。
「坂口さん!!起きて下さい!!」
そこでようやく「う~ん・・」と小さく唸り声をあげ、麻酔明けのように意識が曖昧だが少しだけ目を開いてくれた。
「良かった・・・」
史の隣で様子を見ていた寿々もホッとした表情になったが、ここで史が真剣な顔で全員に話し始めた。
「とりあえず全員でここに戻って更に坂口さんを取り戻せたので、これでようやく外に出る為の強行策に打ってでられます」
「!!?」
有明と朱李は更に驚いた様子で史に注目する。
「強行策だと?」
「今点数を変換できたのは実際奇跡に近い事でした。おそらく向こうも強制的にBANさせたせいで、ゲーム機能は一時停止状態になり、こちらもグリッチを使って無理矢理寿々さんを連れ戻したのでゲームが継続モードに戻ったのだと思います。それから俺の予想では各自のゲーム内ではなくあくまでもスタート前の現実世界に一番近いこの空間に全員で戻れれば外に出られるチャンスがある、とそう思っていました」
と史は全員を見ながら説明をする。
「それと俺は途中からこのゲームのマスターは一人ではなく、二人いるとそう感じていました。一人はこの世界を維持する為の結界を操作し、もう一人は本当のゲームと同じ仕組みでリアルタイムで監視しながらデータを書き換えたり操作している。そう感じたのです」
そう言いながら今度は筐体脇にいる2人の黒スーツを睨みつけた。
「今ゲームを操作している方は急いでこのゲームを削除しにかかっているでしょう。その削除が完了すればそのまま結界を閉じるはずです。そうなれば俺達はもう自力でここから出る事はできません。ですが、ゲームのデータが膨大すぎて削除には少し時間が掛かると思います。その前に何とかして結界の方を先に壊して外に強制脱出しようと思っています」
史は一体どこら辺でその事に気づいていたのか分からないが、とにかく今はその言葉を信じて実行するより他無かった。
「寿々さんと俺は結界を解く方法を探りますので、有明さんと朱李さんはポリビアスの筐体を開け、中を探って何とか削除妨害できないか試してみてください」
「妨害・・」
急にそんな事を言われても朱李は数学と科学の知識はあっても工学は専門外だ。
しかしそうは言ってもできるだけの事をしなくてはならない。
朱李は再度ポリビアスの筐体へと向き直ると、既にポリビアスの画面はシャットダウンしている状態だった。
「くそ・・・つまりこっちでは操作させないようにって事か・・・どこまでも馬鹿にしているな!」
そう言って本気で怒りに震えた朱李の右手から、突如青い閃光がパチパチっと発生すると、急にピンク色の頭髪がブワっと逆立った。
同時に全身に電流が流れるようにバチバチバチっと青い閃光が取り巻く。
「・・・なんだ・・これは」
それを見ていた有明はハッと気づき、
「もしかしたらそれが朱李さんの能力かもしれません。その電気を使ってポリビアスを無理矢理起動させてみましょう。いいですか?急に強い電流を流して回路をショートさせないよう気を付けてください」
「・・・何がなんだかもうわけが分からないが・・・やれる事は全部やってやる!!」
朱李はバチバチと身体を走る閃光をポリビアスの筐体を包み込むようにして電流を慎重に注ぎ込んだ。
『くそ、調整が難しいな・・・でも、こうやって手から流れる電流に意識を集中させていると不思議と内部の構造が見えてくるような気がする・・・』
慣れない力を操作しながらなんとか筐体内にある電源を見つけ、そこに向けて電流を注いだ。
すると古いブラウン管の画面が急に、ブン・・・という音と共に起動し始めたのだった。
「やった・・」
そう思ったのも束の間、再び電源がブツリと切れる。
どうやら精神的なコントロールが上手くいかないと電圧が安定しないようだ。
「次こそは・・・」
そう思い深く呼吸をすると再び電流を安定させる事だけに集中した。
隣では有明が朱李の集中力を削がないよう真剣にタイミングを伺う。
そしてようやく再びブラウン管が音を立てて画面が起動した。
「・・・よし。とりあえず起動させる事はできたが、この後は一体どうすれば・・・」
朱李が目を細め、半分電流へ集中し、半分は画面を見て思案していると、
「朱李さん、画面を私が確認しますので、朱李さんはそのまま筐体内部に意識を向け続けてもらっていいですか?」
と有明が提案してきた。
朱李もその方が間違いがないと思い素直に従う。
「わかった。・・でここからどうすればいいと思う?」
「そうですね・・・。目を瞑った状態でマザーボードを操作する事は可能ですか?」
「マザーボード・・・」
朱李は再び電流へと意識を集中させ、配線を巡るようにして内部を探ってみた。
するとようやくマザーボードの形状とその回路全てが脳内に変換され、まるで両目で見ているかのように脳内にポリビアスの画面が投影させ始めたのだった。
「凄い・・視える。この内部にあるデータそのものが頭の中に鮮明に視える・・・」
「いい感じですね。朱李さんの能力は電子を操作できる〝エレクトロキネシス〟。その力があれば恐らく念じるだけでこの機体そのものデータを書き換える事もできるはずです!」
「エレクトロキネシス・・・・。まさかオカルト嫌いなこの僕にそんな能力があったとは・・・でも・・この際だ。使えるものは何でも使ってやろうじゃないか・・!!」
そう言うと、朱李は脳内に浮かぶポリビアスのコードを自分なりのセンスで可能な限り複雑なデータへと書き換え始めたのだった。




