第8話 ジャッジメント
~『悪霊退散』のスキル説明~
アタックオブジェクト・・・・・昼間の内に数珠で悪霊を物理的に退散させられる。ただし間違った場合その者は死ぬ
ディフェンスオブジェクト・・・・御札で悪霊を祓い、ランダムに転移させられる事ができる。プレイヤー以外にも有効
ヒント・・・・・進行不明になった場合に有効
アシスタントデコイ・・・・・使用不可
パワーアップ・・・・・人間だった場合にのみ3回に1回夜のフェーズで悪霊を返り討ちにできる
マジックアップ・・・・・祠にて占いの内容が詳細になる
スピードアップ・・・・・悪霊だった場合夜になる前に人間を襲えるチャンスが増える
メンタルアップ・・・・・騙し合いのプレッシャーに強くなる
インテリジェンスアップ・・・・・プレイヤーの騙し合いセンスが格段に上がる
寿々はスキルの説明を見て更に悩んだ。
「アシスタントデコイは使えないのか・・・。確かに身代わりがあったらゲームにならないか。っていうかこれ、選択を間違ったら絶対に全滅ってわけでもないんだな。リスクが大きいから使えないけどアタックがあれば先に勝てる可能性もあるし、パワーアップを装備しておけば返り討ちに出来るかもしれないのか」
そう言うと、隣で同じく筐体画面を真剣に見ていた朱李もこのゲームの仕様について色々と悩むように考えながら口を開いた。
「・・寿々さん。決して最初から疑っているわけじゃないですが、いくつかのスキル交換はある意味周りを騙す事にも使えてしまいますね。例えば悪霊に憑りつかれいるのに逆のスキルを購入する事であえて自分はそうではないという信憑性を上げる、とか」
「なるほど。このゲームがあくまでも知能戦をベースにしているのならばそういう事も考えながら変換をしないとなんだな・・・」
二人が悩んでいると後ろから覗き込んでいた有明も声をかけた。
「それにまずはどれくらいの点数を消費させるか・・・にもよります。実際問題ここで点数を使えばオールエスケープの10万点には届かない可能性が一気に高くなります。でも確かにスキルを何も変換せずに進むのも考えものです」
その言葉に寿々と朱李もその通りだと言わんばかりに顔を見合わせた。
するとそれをベッドの上で聞いていた犬の日向吾こと史が急に「ウォン!」と寿々を呼ぶように吠えた。
「どうした日向吾?・・・っていうか史か」
寿々はそう言いながら、ベッドに座り日向吾の頭に手を当てた。
『寿々さん聞こえますか?』
するとその瞬間、確かに史の声が聴こえてきた。
「え!?史?お前喋れたのか??」
寿々の言葉に目の前の朱李と有明は何を言っているのか、と顔を見合わせる。
『そうみたいです。日向吾だった時の事を思い出してみたら、何となくですが寿々さんと俺って会話はなくてもかなり意思疎通は出来ていたと思うんですよね。それでその感覚に意識を集中されば言葉も通じるんじゃないかと。でも俺の声は寿々さんにしか聴こえてないと思いますが』
「え?そうなのか?俺にだけ聴こえているのか・・」
『それでこうやって日向吾を疑似体験してみて分かったのですが、俺の透視能力は元々日向吾の能力だったようです。それでこのまま喋らずに聞いて欲しいのですが、今有明さんと朱李さんを透視してみました。正直二人共『悪霊憑き』の可能性が高いです。明確ではないですが、二人共黒いモヤが視えます。これは恐らく何某かの後ろめたさがモヤになっているからだと思います』
寿々はそう言われ、思わず二人の方をちらりと見てしまった。
『寿々さんが今回悪霊憑きでないのはよく分かります。それから俺も違う事を信じてもらいたいですが・・・そこはやはりゲームなので、どう捉えられても仕方ないです』
そう言った日向吾の頭を寿々はゆっくりと撫でながら、
「大丈夫。信じるよ」
と声を掛けると、史も嬉しいのかその手に顔を摺り寄せた。
『・・それから点数とスキルですが、俺に一つ考えがあります。今はまだそれについては話せませんが、とりあえず最初から5万を目指さなくてもいいので、今は最低限のスキルを購入して準備万端にしてください。俺の予測では5千くらいは使っても大丈夫だと確信しています』
「5千?そんなに消費しても大丈夫なのか?」
『勿論最終的には4万くらいは欲しいですが。先ずはその為の投資だと思って大丈夫です』
「どういう事だ?」
『今までのゲームを見ても一人あたりの獲得点数の最大値は5万点なのだと思いますが、別に消費した分を巻き返せないわけではなかったんだと思うんですよ。つまりこのゲームの一回の取得点数がいくつかはまだ不明ですが、単純にゲームオーバーにならなければ、何回でもチャレンジして5万点を目指せるというわけです』
寿々はそう聞いて確かにそうなのかもしれないと思った。
とりあえずは今日1日、スキルを万全にした上で夜になるまでの進行を見て次を決めればいいだけなのだ。
「わかった。じゃあとりあえず半分の2千点程度で1回目は様子をみてみる」
そう言うと寿々は再び立ち上がり筐体へと近づいた。
その横で朱李と有明が何を話したのか気になる様子で寿々を待っていた。
「史の話だと点数を消費しても、魂さえゼロにならなければ最終的には5万点まではこのゲームを続けることは可能じゃないか、って事らしいです。確かにそうかもしれないと思うのでとりあえずは2千程消費してスキルに変換してみようかと思います」
寿々が言うと両脇にいた二人も納得したように頷いた。
再び寿々は筐体を覗き込む。
『・・・朱李さん、若しくは有明さんのどちらかが悪霊憑きであっても、今はまだ二人の事を信じて行動していたい。だからこそ最初はメンタルかインテリジェンスを上げないとな・・』
そう言って寿々はカーソルを下まで下し、少しだけ悩みながら〝メンタルアップ〟を選択した。
「とりあえず俺は既に相当のプレッシャーで、精神的に結構な消耗がある状態だ。だからこそ最初はメンタルアップをさせようと思う。それと進行もスムーズにさせたいので残りの300でヒントもプラスさせてみたいと思う。どうかな?」
その言葉に誰も否定はしなかった。
しかしながら朱李と有明の表情はやはり変わらず険しく見える。
寿々はもう一度全員を見てから選択したスキルを変換させた。
すると早速変換したヒントが、どこからともなく短冊のような札となってヒラヒラと落ちて来た。
有明は足元に落ちたそれを拾い上げ、寿々へと渡す。
「ありがとうございます。・・・何々?まずは裏山の祠へ行くべし。祠の占いによって悪霊憑きの存在を暴くのだ・・・か」
寿々は母の真紀に全員で裏山に行くことを告げると、真紀は心配そうな様子でまだ暑いから止めた方がいいのでは?と言ったが、それでもせっかく皆が来てるから外に行って来ると元気に答えると、真紀も仕方なく全員に虫よけスプレーをさせ、有明と朱李の分の帽子と飲み物も用意してくれた。
寿々は家のすぐ裏にある砂利道を通りながら、
「うわぁ懐かしっ!ここの道通って山の上にある展望台までが日向吾の散歩コースだったんだよなぁ!」
と嬉しそうに話すと、隣を歩いていた日向吾も寿々に頭を擦り付けるようにして「クゥ~~」と甘えた。
その様子を少し後ろを歩いて眺めていた朱李が独り言のように、
「・・・一見とても和やかに見えるけれど、あれ、中身秦さんなんだよなぁ・・。いや、今は犬設定だから本能的にああいう感じなのか?・・それでも半分は気色悪さと腹立たしさが拭えない!」
とボヤいた。
するとその少し後ろを歩いていた有明がぼそりと声を掛けてきた。
「朱李さんはそんなに三枝さんの事が好きなんですか?」
「は?」
まさか有明にはっきりとバレているとは思っていなかったので、朱李は急にそんな事を聞かれて顔を真っ赤にさせてしまった。
「分かりやすいですよね。・・でも三枝さんを好きになるのは分かります。私も三枝さんが好きなので」
とサラリと告白する。
朱李は有明の突然の発言に声が裏返ってしまった。
「はいぃ?」
「ああ、でも私の好きは、史君や朱李さんのとはちょっと違うと思います。何と言うか三枝さんは、無条件で特定の人を惹かれさせる妙なエネルギーがあると思うんです。しかもこの人が困っていたら絶対に助けないといけない、という使命感のようなものと、この人を失うときっと大変な事が起きるという恐怖が混ざっているというか、そんな感じがするんです」
有明の好きは朱李が感じている寿々への片思いとは違う感情のようだったが、それでもその言葉の意味は朱李も何となく理解する事が出来た。
「つまり三枝さん自身が何か目的があって、自分に力を貸してくれそうな人物を惹きつけているって言うのか?」
「・・どうでしょう。目的については本人も気づいていないのかもしれません」
「気づいていないって、そんな事あるのか?じゃあ無意識に誰彼構わず魅了しているとでも?」
「う~ん。それもちょっと違うかもしれないです。誰彼構わずではありません。彼・・若しくは彼自身も自覚できない何かが意図的に能力を持つ存在を集めさせている。私はそんな気がしてならないのです」
有明の言う事はいよいよ意味不明になってきたが、朱李も突っ込まずにはいられなかった。
「そんなわけないだろ?だってその証拠に僕にはそんなオカルト的な力なんか全くないんだから」
「そうでしょうか?朱李さんにはちゃんとありますよ?」
「はは、あるわけないだろ?何を言っているんだ?」
「・・・・・でも私の声。今ちゃんと聴こえていますよね?」
有明はあいかわらずフードを深く被り、手先まで袖に隠したまま歪な表情のお面を向け、不気味にそう囁いた。
「実は私、この世界に来てからずっと皆さんに言葉ではなくテレパシ―で話し掛けているんです。そしてこの言葉を聴き取れるのは何かしらの能力を持ったものだけに限られています。だから今こうやって会話が出来ている朱李さんには確実に能力が秘めているという事になるんです」
「はぁ?何を言ってるんだ?・・テレパシーだって?・・・」
朱李はあまりに突飛な発言すぎて、思わず顔がひきつった。
同時に目の前にいるこの人物が本当にあの警察官の有明なのかよく分からなくなってきて背筋に冷たい汗が伝った。
「有明さーん!朱李さーん!こっちでーす!」
100m程先を進んでいた寿々が手を振って二人を呼ぶ姿が見えた。
「今行きます!」
そう言いながら先に行ってしまった有明を、朱李は何だか急に未知の生物でも見るような目で見つめながら、
『どういう事だ・・有明が《テレパシー》で話をしているだと?冗談じゃないのか?寿々さんも秦さんも霊が視えたり透視ができたり、皆様子がおかしいとは思っていたけれど、僕も何かの能力があるだって?・・・そんな事信じられるわけがないだろう』
朱李は額に滲む汗が、暑さからなのかそれとも畏怖によるものなのか。
とにかく借りたタオルでグイっと拭うと、険しい表情のまま3人の方へと足を進めた。
「これが占いができる祠・・ですか」
有明は目の前のこじんまりとした小さい石の祠を屈みながら覗き込んだ。
「ええ、恐らくこれのことだと思います。裏山の祠と言えばこれくらいしか記憶にないので」
寿々もそう言いながら、有明の隣に小さい体を丸くさせるようにちょこんと座り覗き込む。
「ふむ・・・特に中に祀っている物があるわけでもなさそうですね・・・これをどうすれば占いが始まるのか」
有明が不思議そうに首を傾げると、寿々と有明の間を分け入って日向吾がグイっと鼻を突っ込んで来た。
「うわ!ちょっと何するんだよ日向吾?」
寿々がよろけながら反論すると、日向吾は唐突に低い声で「ウォン!!」と力強く吠えた。
すると途端に目の前の祠が紫色に輝き始め、中から水晶のような丸い球体がふわりと出現した。
「!?・・・なにこれ?これで占いが出来るのか?」
寿々がそう言うと、日向吾が寿々の脚に頭を摺り寄せ、
『寿々さん、この水晶のような物に触れてください』
と史が話し掛けてきた。
「え?・・わかった」
寿々は言われるままに何も疑う事なく素直にその球体に手を伸ばした。
触れた瞬間球体は再び強く紫色に発光し、少しずつ光が透明に変化してゆくと中に歪んだ映像が浮かび上がってきた。
「何でしょう・・・占い師が使う水晶のようにも見えますが・・・」
有明が興味津々に覗き込むと少し後ろにいた朱李も様子を伺うように近づき中を覗き込んだ。
水晶はまるでブラウン管テレビのように砂嵐のようなノイズが音も無く映し出されている。
「なんだろう?砂嵐?」
寿々も謎解きをするように顎に手をあてながら真剣にその映像を見つめる。
次に場面が切り替わり見えてきたのは、モノクロの世界と砂のような地面だった。
それは誰かの視点なのか、砂の上をただ歩き、そして視点が少し前方の方へと向き始めた瞬間再び画面が切り替わった。
「え?・・今のは何だ?・・・どこかで見たような・・」
寿々が独り言のように呟いたがすぐに全員が次の映像へと注視した。
映し出されたのはどこかの研究施設のような場所だ。
画質はずっと悪いままだが、所々に白衣を着た人物が見て取れた。
そして全員がその映像を見て黙り込んだ。
「!?」
寿々は無意識にある一人の人物に視線を移そうとしてしまったが、とりあえず今は黙ったまま水晶の映像へと留めた。
最後に見えてきたのは顕微鏡を覗く一人の人物。
そしてその顕微鏡の中に見えたのは、まるで油膜のように七色に光る何かの映像だった。
全部でほんの20秒くらいだっただろうか。
そこで映像はフェイドアウトし、同時に水晶のような物質は液体に変化するとそのまま蒸発するように消えていってしまった。
「・・・・・これが『悪霊』に憑かれた人物のヒントだと?」
最初に言葉を発したのは朱李だった。
「これじゃ何が何だか意味が全く分からないじゃないか!」
と憤慨している。
しかしその様子を見て隣にいた有明が少しだけ真剣に、しかしながら傷つけないよう配慮しながら話し始めた。
「・・・でも。ヒントは明確でした。白衣を着た人物達。そして研究施設と顕微鏡・・・」
そう言って朱李の方を不気味なお面のまま見つめている。
「は?そ、それはあまりにも短絡的すぎるだろう!確かにうちのオカルトラボの職員は皆白衣を着ている。だが、さっきの映像に出てきた人物にも施設にも全く見覚えがないし、うちの会社でもない!それだけは誓ってもいい!」
朱李も有明が暗に『悪霊憑き』は朱李ではないか?という言い方をしたものだがら、ムキになって反論した。
「まぁまぁ朱李さんも有明さんも、今はまだそこまで本気で犯人当てのような事はしなくてもいいと思いますよ。俺も険悪なままこのゲームを進めるのは本当に心苦しいですし・・・」
寿々はこんなところでも長年染み付いた事なかれ主義が出てしまい、そんな態度に朱李は返って傷ついているようにも見えた。
しかし有明は更に、
「でも、このゲームは我々の『命』そのものが賭けられているんですよ?そんな言い方すると三枝さんまで怪しく見えてしまいます・・」
と今度は寿々にまで疑いの目を向けてきた。
「そんな・・。確かにゲーム上俺も疑われて当然ですけど。でも俺は絶対に『悪霊憑き』ではありません!・・信じてもらえなくても・・それは仕方ないですが」
有明に疑われ、思わず寿々は本気で悔しそうにぎゅっと握る右手に力が籠った。
「ウォン!!」
険悪な気配を打ち消すように日向吾が大きな声で一吠えした。
するとまるで今そこにあった邪念すべてを日向吾が浄化してくれたように、全員がはっと我に返った。
「・・ごめんなさい朱李さんも有明さんも。なんか俺、必要以上にナーバスになりすぎてました!確かに朱李さんの言う通りです。白衣を着ていただけじゃ実際それが誰の事なのかだなんてわかりませんよ。俺も小さい頃はずっと病院通いばっかでしたし、白衣の人達とはしょっちゅう接していました。今の映像だけで誰かだなんてわかるわけがありません!・・さ、もうこんな時間ですし、家に戻りましょう」
寿々はそう言って背の高い杉林の上空を見上げ、すっかり空が夕焼け空になっている事を皆に伝えた。
その寿々の隣で日向吾の姿をした史だけが、じっと一人の人物を見つめ続けていた。
3人と一匹はその後お互いに疑心暗鬼になった状態を解消できないまま、ほとんど会話もすることなく寿々の自宅に戻って来た。
「ただいま~」
元気のない声で言いながら、寿々は引き戸の玄関をカラカラとゆっくりと開けた。
「おかえり寿々。今日皆泊まってゆくって話だったでしょ?お夕飯はカレーライスにしようと思うけどどうかしら?」
寿々の母真紀はいつもの事のように日向吾の足ふき用のタオルを持って玄関までやって来た。
「え?・・・ああそうか。そうだったね。・・うん、いいと思う」
元気なく答える寿々に反して、隣で真紀に足を拭いてもらっていた日向吾は真紀の言葉に反応するように急に興奮しだした。
「ほら、日向吾?大人しくしないと足がちゃんと拭けないでしょ?何?日向吾もカレーが食べたいの?」
真紀が楽しそうにそんな事を聞くものだから、日向吾は更に興奮して「ウォン!ウォン!」と2回吠えた。
どうやら日向吾、というか史も真紀のカレーライスが食べたいように見える。
寿々の後から入ってきた朱李はその様子を察し、
「すみません、お世話になります」
と丁寧に真紀にぺこりと頭を下げた。
「あら、いいのよ?うちは寿々と私と日向吾だけだから、お友達が来てくれるなんて大歓迎なの。ささ、上がって?スイカも冷やしてあるから夕飯まで寿々の部屋で待っててね」
真紀に足を拭いてもらった日向吾は急いで家に上がると、自分の水飲み場に駆け出しそのままガフガフと勢いよく水を飲んでいる。
その光景を懐かしむように見ながら寿々も少しだけ元気を取り戻してきた。
再び部屋に戻ってきた寿々、有明、朱李、史。
全員が元の位置に腰をかけ、とりあえず中間報告として現時点で誰が『悪霊憑き』の可能性があると思っているか、ひとまず話し合う事にした。
「・・・はぁ。本当にこんなゲームになるだなんて思ってもいなかったよ。実際こうやって全員のゲームを進行を見て思ったのは、とにかくこの『ポリビアス』というゲームは、プレイヤーの心理にダメージを与えることが目的となっているようにしか感じない」
寿々は心底疲れたように項垂れた。
「それは確かにその通りだと思います。それに、私が率直に感じたのは、このゲーム、やはり我々の中の誰かを狙って仕掛けられている。そんな気がしてならないのです」
有明も同じく疲れた様子で寿々に答える。
「誰かって?だって今回の事件の発端はゲームセンターの心霊写真だぞ?そこから誰かが仕掛けていたって事なのか?」
確かに朱李の言う通りだ。
このポリビアスというゲームに誘われた原因はアガルタ編集部に投稿された心霊写真が発端になっている。
もし有明が言う、最初から誰かを狙っていたというのならば、心霊写真の投稿からすでに始まっていたという事になる。
そんな事が一体どんな相手から仕掛けられたというのだろうか?
有明は腕を組んで考えるようにしながら話し掛けた。
「さっき朱李さんにも話したので、三枝さんと史くんにもちゃんとお伝えしておきたいのですが・・」
そう言って寿々へと不気味なお面をゆっくりと向けた。
「実は私はこの三枝さんのゲームの世界に飛ばされてからずっと、皆さんには《テレパシー》を使って話しかけています。と言いますか、子供の頃の私はこの《テレパシー》というものが会話だったからです」
有明の言葉を聞いて寿々も史も当然驚いた顔を見せたが、寿々は何となくその意味を最初から理解してはいた。
「・・・やっぱりそうだったんですね。電柱の影に隠れて、頑なにこのゲームに参加するのを拒んでいたので、何かしら俺達に明かせない理由があるのだとは思っていました」
寿々がそう答えると有明は、
「・・はい、その通りです。そこでずっと考えていたのですが、このポリビアスはやはり我々への挑戦状、そんな気がしていました。何故ならばこうやって全員に精神的プレッシャーをかける事によって何かしらの弱みを探っているようにしか思えなかったからです。恐らくここにくるまでに全員の素性や精神データ、あるいは記憶なども探られている、そう思って間違いないかと思います。ただ向こうの誤算だったのは私の能力が《テレパシー》で、私の会話は恐らく漏れていないと思うのです。確か史君も三枝さんにだけは会話ができるみたいですし、そこも漏れていないと思います。これはある意味こちら側の唯一の優位点かもしれません」
「でも、僕や三枝さんの会話から有明の能力はバレてしまっているだろう?」
朱李が少しだけ険しい顔をで聞くと、
「そこは問題ありません。能力が何かだなんて分かったところで何の意味もありませんから。問題はこの状態を逆手にとってこちらがこのゲームの裏にいるマスターに思惑通りにさせないように裏をかく、という事です」
話の内容から、寿々と朱李は有明の言葉に返答はせずただ頷き合った。
「ただ、今はまだゲームの進行中なので、とりあえずはこのまま一度はこの『悪霊退散』をルール通りに進めてみましょう」
有明の言葉に寿々は了承すると、一瞬だけ息を整え全員の目をゆっくりと見渡した。
『・・・この回で、悪霊に憑りつかれている可能性があるのは・・・』
「じゃあまずはプレイヤーの俺から言うよ。・・ゲームとはいえ誰かを疑う事が、こんなにも嫌な事だとは・・本当に心苦しいとしか言いようがないけれど・・・。今現在、俺は〝有明さん〟が『悪霊憑き』だと思っている」
寿々はそう言って有明の不気味なお面を真剣な顔で見つめた。
その寿々の隣では朱李がホッとしたような顔で寿々を見つめていた。
「・・・わかりました。一応その根拠だけ聞いておいてもいいですか?」
有明は特に怒ったりするわけでもなく淡々と質問を返してきた。
「根拠は、さっき祠で占いをした時。・・最初に朱李さんに疑いを向けるような会話をしたこと、です」
確かに寿々の言う通りだった。
それを聞いて有明は再び腕を組むと、ゆっくりと頷き、
「・・ありがとうございます。その意見は私としても参考にさせていただきます」
と少しだけ声色が落ちたようなトーンで答えた。
そしてそれに続いて、
「じゃあ、このついでに次は私の予想をお話ししますね。・・・・私は今の時点で『悪霊憑き』は・・三枝さんだと考えています」
「!!」
寿々は逆に自分を名指しされて思わずドキっとしてしまった。
しかし、これはこういうゲームなのだ。当然ショックはあるが、それでも自分が『悪霊憑き』でない事は自分が一番良く分かっている。その点から考えてもこういう展開になると、より一層有明への不信感が信憑性を帯びたように思えてきた。
「・・・では。その根拠は?」
寿々も驚きながらも一呼吸おいて冷静に質問を返す。
「理由は単純です。三枝さんは最初にスキルアップをメンタルだけしか消費しませんでした。つまりそれは最初からプレイヤーが『悪霊憑き』だとは誰も考えないだろうから、消費をメンタルアップにだけに留めておいた、私はそう感じました。それからこのメンバーの中で一番嘘が得意そうなのは三枝さんだと私は直感的にそう考えています」
確かに有明の考察は鋭い点をついている。
しかしながら実際は『悪霊憑き』は寿々ではない。この時点では寿々の方に分があるようにも思えた。
「なるほど。わかりました。・・・じゃあ次は朱李さん。朱李さんは誰だと思いますか?」
寿々が隣の朱李を見ると、朱李もこの重たい雰囲気を訝しむような表情ではあったが、
「・・・僕は。・・秦さんが『悪霊憑き』だと考えてます」
とそう言ってベッドの上で皆を見ていた日向吾へ視線を向けた。
急に名指しされた日向吾こと史は、睨みながら歯をむき出しにして低い唸り声を上げる。
「じゃあ、その根拠は?」
寿々は日向吾の首輪を押さえながらも朱李へと問いかけた。
「根拠は、この中で寿々さんとしか会話が出来ず、それでいて寿々さんを欺く事だけは容易に出来そうな立場にあるからです。実際秦さんが『悪霊憑き』だった場合、こんなにも優位な補正があるのはチートなのでは?と思うのですが、だからこそ『悪霊憑き』である可能性がある。僕はそう思っています」
寿々も正直その可能性がゼロだとは思ってはいない。
実際史からも自分も疑われても仕方ないとは言われている。だからこそ寿々は史を信じていたい補正が強くなっているのも否めなかった。
「予想を話してくれてありがとう朱李さん。・・・・じゃあ最後に史、だけど。史の会話は俺だけにしか分からないから俺が代弁する事になる。でも絶対に史の言葉を偽らないって事だけは信じてもらいたい」
寿々は朱李と有明に向かってそう言ったあと、史の頭に手をのせた。
「史?史はどう思っている?」
そう問いかけると、
『どうもこうもありませんね、朱李さんの俺を疑う根拠があまりにも馬鹿げていて呆れて愚痴しか出てきませんよ!』
と本気で憤慨している様子だ。
「まぁまぁ、今はそんな事を言っている場合じゃないんだから、とりあえずお前の意見を聞かせてくれよ・・」
寿々は史、いや日向吾の頭を撫で窘めながら仕方なさそうに聞くと、
『はぁ・・わかりました。俺は、寿々さんと同じ意見です。今は〝有明さん〟が『悪霊憑き』なのではと7割程確信しています。ただ、相変わらず朱李さんからも黒いモヤが見えているので、残念ながらその確率もゼロとは言い切れません。この後の様子を見て最終的な結論を出したいと思います』
寿々はその意見を聞いて、再び朱李と有明に視線を戻し、
「史は〝有明さん〟7割、〝朱李さん〟が3割だと言っています。・・・ってこういう言い方をすると一気に俺が怪しくなってしまうけれど。でもこれは本当に史の意見なので信じてください。お願いします」
寿々が二人に頭を下げると、ベッドの上の日向吾も力強く「ウォン!」と吠えた。
すると廊下の奥の方から、
「寿々~!カレーが出来たら手伝って欲しいの~!」
と真紀の穏やかな声が聴こえてきた。
寿々もその声に反応して立ち上がると襖を開け、
「わかった!今行く!」
と慌てた様子で返答をした。
襖を開けたおかげで廊下の奥からはカレーのいい匂いが流れてきた。
「はぁ・・・何だか物凄く精神的に疲れましたけど、せっかくだから夕飯を食べましょう?ゲームの中だから本当に食べられるかはわかりませんが、でも気持ちが少し楽になるかもしれません」
寿々はそう言って朱李と有明に笑顔で応えた。
朱李もゲームなのにまるで本物のようなカレーの匂いを嗅ぎ、何だか急にお腹が減ってきたような気がしてきてしまった。
「ところで・・有明は、その状態で食事はできるのか?」
振り返って有明に聞くと、
「う~~ん。できると言えばできるのですが・・・・ま、そこは私の正体にも触れる部分なので秘密にしておきます」
と何だか少しだけ楽しそうに返答する。
朱李はその意味が分からず再び訝しげな表情をした。
寿々の母、真紀が作ったカレーライスはやはり腹が膨らむ事はなかったが、しかしながらゲームだというのに本物と同じように食すことが出来た事を全員が感動していた。
ただ史だけは犬の姿故にそのカレーライスを食べる事が出来ず、食事中に寿々の皿にジリジリと歩み寄り羨望の眼差しで見ているのを気の毒に感じたが、同時にその大型犬の真剣な表情を全員が笑いを堪えるのに必死でもあった。
一方有明は誰もが見ていない一瞬の隙に、まるで一飲みしたかのように皿の上のカレーライスが消えており、寿々と朱李は驚いて言葉を失ったが、しかしそれを全く怪しんでいない真紀の前で話題にする事もできず、お面をつけ話す事も微動だにする事もなく座る有明はより一層不気味に見えたのは間違いなかった。
食事を終え、真紀と寿々がデザートのスイカを持ってくると、寿々は種を抜いて小さく切ったスイカを持って縁側のいつもの場所で窓外を向いて不貞腐れている日向吾に歩み寄り、隣に腰をかけた。
そして目の前にスイカを置くとゆっくりと頭を撫でながら小声で、
「史、実は結構カレー好きだろう?昼間も食べてたけど」
『・・・・そうですけど。でも俺も真紀さんのカレーが食べたかったです』
とさらに不貞腐れるように組んだ両腕の上に顎をのせ、そっぽ向いてしまった。
「じゃあ・・今日帰ったら、俺がカレー作るからさ。それで機嫌直してくれないか?」
寿々が提案すると、そっぽ向きながらも日向吾の尻尾だけは嬉しそうにパタパタと反応をさせ、
「・・・・」
無言のまま昔のように寿々の膝の上に顎をのせてきた。
寿々も日向吾の頭を子供の時に戻ったみたいにワシャワシャと撫でまわし、これがゲームの中だと分かっていても、この郷愁の想いに一時だけでも戻れた事を喜ばずにはいられなかった。
夜9時になり、いよいよ就寝の時間となる。
朱李だけは真紀が自分の部屋を空けてそちらに寝床を用意してくれたが、その前に『悪霊憑き』を全員で決め、外に追い出さなくてはならない。
全員で寿々の部屋に戻ると、寿々は真紀が別室に入って電気を消した事を確認し、自室の襖をそっと閉じた。
「・・・じゃあ。いよいよ、一日目の決断をしようと思う」
その言葉に全員が固唾を飲む。
「まずは・・俺が『悪霊憑き』だと思う人は?」
寿々の問いに、有明だけがスッと手を上げた。
「わかった。じゃあ3対1という事で俺は除外という事になる。次に有明さんがそうだと思う人は?」
そう言って全員を見たのち、寿々は一人手をゆっくりと上げた。
そして、更に朱李もそれに続く。
「?朱李さんはさっき史だと思ってたみたいだけど、有明さんに気が変わった理由は?」
寿々が朱李の気を害しないよう驚く素振りを見せないよう気をつけながら質問をする。
「・・・えっと、さっき寿々さんの意見を聞いて確かにそうなのかも。という気がしたのと、何よりもあの祠の占いの内容があまりにも不思議すぎた事を思い返し考えを変えました」
朱李の意見を聞いて誰もそれに続くような返答はしなかったが、寿々はその考えにもある程度同調していた。
「史君はさっき鬼は私だと思っていたみたいだけど、何も反応なかったね?もしかして史君も意見が変わった?」
有明はベッドの上に座る史に向けて話しかけ、その答えを聞くために寿々は日向吾の頭に触れた。
『・・・実は俺は最初からずっと〝朱李さん〟が『悪霊憑き』だと思っていました。さっき有明さんの方に比重を向けたのはあえてその後の反応を見たかったからです。ですが、自分が不利な立場になったとしても有明さんの態度や黒いモヤも特に変化はありませんでした。逆に朱李さんは疑いが掛かったりフォローされる度に黒いモヤに大きな変化がありました。あとはもう寿々さん次第にはなりますが、通常で考えれば俺は朱李さんが『悪霊憑き』だと考えます。しかしもし有明さんが誰よりもマインドコントロールが上手い可能性もあり、その場合はお手上げです』
寿々は史の見解を聞いてすぐ心が揺らいだ。
そう言われると確かに最終意見で朱李がこうやって自分の意見に付いて来たのも全て怪しく思えてくる。
結局『悪霊憑き』の疑いは有明と朱李が五分という感じにも思えて来た。
「・・史も意見が変わって、今は朱李さんが『悪霊憑き』だと思う、という事だ。根拠は朱李さんの反応が常に浮き沈みが激しくメンタルも行動も変動が顕著だった、からだそうだ」
寿々はあくまでも冷静にそれを伝えたが、やはりそれを聞いた朱李は史を睨みつけた。
「・・・・じゃあ、最終決断をするのはプレイヤーの三枝さんになりますがどうしますか?」
有明がまっすぐ寿々を見て問いかける。
寿々は正座した膝に両手をしっかりと握り締め、そして数秒考えた上で頭を上げた。
「俺が『悪霊憑き』として決めるのは・・・・・・・・」




