第1話 RAINY WALK
6月3週目
日曜日
その日寿々と史は、1ヵ月ぶりのデートに出掛けていた。
デートと言っても目的は9月号から新たに始まる連載、ライター朝霧の真骨頂〖現代妖怪百鬼夜行〗という現代の怪異・妖怪・伝説に纏わる不思議話をまとめた記事の祈願、それとご挨拶を兼ねたお参りでもある。
場所は千代田区にある神田明神。
寿々と史は二人してここへ参拝に訪れていた。
手を合わせ熱心に祈る寿々を横目に、史はあっさりと数秒で終わらせると隣でまだ念仏の様に祈っている寿々に少しばかり引いていた。
「・・・・」
そしてようやく拝み終わると、丁寧に深々と一礼をした。
「随分と熱心に祈っていましたけれど、寿々さんって意外と信心深いですよね」
本殿から離れながら史が何となしにそう言うと、
「当たり前だろ?俺は今日、朝霧さんや編集部の分も代表して参拝しに来てるんだ。とにかく無事にこの連載を進められるよう十二分に祈らずにはいられないだろ!」
とややキレ気味に返された。
「そんな・・まさか本気で信じているんですか?平将門の呪いを・・・」
実はこの連載の初回記事は朝霧がどうしても前々から書きたかった話という意向に沿って企画されていた。
その一つのネタが〖現代にも続く平将門の呪い〗についてなのだ。
「史?俺達こそ【呪い】に関して一番疑っちゃダメな存在だろ」
寿々はそう言って隣で歩く史を見上げ真剣な目で答えた。
「・・・それはそうですけれど。とは言え将門公の呪いはあまりにも起こった出来事との因果関係がみえませんし、どれも伝承程度の話ばかりですよ?一応は俺も記事にさせてもらいますと報告程度には拝みましたが、そこまでは、ねぇ?」
と全く信じていない様子だ。
しかし寿々は将門公云々はともかく、自分の身の周りで起こる怪奇現象がどんどん酷くなっている事をとにかく心配していた。
『何もない事こそ本当の幸せ』、と考えている寿々にしてみれば、どんな神にだってとにかく平穏無事を祈らずにはいられないのだった。
ここ神田明神はその平将門を一柱として祀っている神社でもある。
寿々はそれを踏まえて今日、担当の史にも朝霧にも編集部にも何事もなく無事に記事が出せるよう祈願しに来たのだ。
「大体ライターの朝霧さんが参拝に来ないだなんて・・・信じられないな!」
寿々はどうやらその事について一番苛ついているようであった。
「仕方ないですよ。朝霧さんもほら、日頃から呪いや心霊に遭遇しやすいよう神社参拝やお祓い・祈祷を極力避けるタイプのオカルトライターなので」
史がオカルト業界ではさも当たり前の事のように話すその考え方だが、最近は心霊系動画配信者やオカルト系インフルエンサーなどにも一気に浸透している逆願掛け的な風潮が業界全体に広がりつつあるようなのだ。
「まったく・・俺には共感できないな!」
寿々は自分がその真逆の因果を持つ存在な為、彼らの事が本気で羨ましくもあり、何なら自分の因果を皆に分け与えてやりたいとすら考えていた。
史は隣でその姿を見ながら、
『あ~・・これ、いつもの腹が減って無意識に怒ってるやつだな。そう言えば寿々さん今朝は起きるの遅れてほとんど朝飯食ってなかったな』
寿々と一緒に過ごすようになって8ヵ月。
今では史は寿々の生態については手に取るように理解できるまでになっていた。
「寿々さん、確かこれから神保町の古書店街まで歩いて行く予定でしたが、その前にどこかで軽く飯食ってからにしませんか?」
と、寿々の気を逆なでしないよう、やんわりと気を遣いながら聞いてみたのだが、
「えぇ、だってまだ11時だぞ?予定では神保町の方で昼飯食べるって話だったし。いいよこのまま歩いて行こう?」
二人は話しつつ神田明神の境内から出ると、寿々は地図アプリを確認しながらそう言った。
史は少しだけ考えてみたが、別に寿々が機嫌の悪いままでも大丈夫ならそれでもいいか、と思い、
「わかりました。じゃあこのまま歩いていきましょう」
と笑顔で返した。
今日はたまたま午前中は曇りで特に雨も降らなかったが、天気予報では午後あたりから雨になるとも言っていた。
寿々も史も古本屋巡りを楽しみにしてはいたが、雨が降ってきたら適当に帰ろうと話しており、二人は少しばかり天気を気にしながらも目的地を目指して聖橋を南下した。
「・・・・大丈夫ですか?やっぱりそこら辺で一旦休憩しませんか?」
ちょっとだけ先を歩いていた史が心配になって振り返ると、寿々が想像以上にへたばっている様子で必死になって歩いている。
「だ・・大丈夫・だって。もう明大通りだろ?あともう少しだから・・」
そう言いながらもいつも以上にフラフラになっているのを見て、史はスマホを取り出すと即座に近場の店を検索しだした。
「カレー、ラーメン、パスタ、オムライス。どれがいいですか?」
「え?」
そう言われ、寿々はようやく自分が相当ダメそうに見えているのだと気が付いたようだ。
そして自分の空腹にも気が付き、寿々は史が何もかも分かっていて自分に合わせていてくれていた事に少しだけ顔を赤くさせながら、
「ごめん・・・じゃあ、オムライスがいいかな」
と素直に答えると、
「よかった、そう言うかなと思って。俺もちょうどオムライスが食べたかったんですよ」
とにっこりと笑って返してくれた。
その笑顔があまりにも眩しすぎて、
『うぅ、ヤバい!何だよその返答とその笑顔・・!格好良いし可愛いとか・・ズルいし好きすぎて胸が痛い!』
などと色んな感情がごちゃ混ぜになりながら、キュンキュンと胸が締め付けられるのは恋のせいか、はたまたただの空腹の動悸なのか・・・。
曇り空とはいえ、6月の気温はそれなりにあり、寿々は更に顔を真っ赤にさせながら史の隣を必死に歩いた。
数百メートル進んだところで二人はチェーン店のオムライス屋に入り、セルフレジで食券を買って注文をすると、一番奥のカウンター席へと腰を下した。
「・・・はぁ、俺本当に体力なさすぎ」
水を飲みほした寿々はそう言って少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「先月の高尾山の時も結構バテていましたもんね、まぁこれからはこうやって頻繁に外に出て歩くようにした方がいいかもしれないですよ?」
と隣で水を飲みながらも、体力お化けの史は余裕のある涼し気な顔で答える。
「いいよなぁ・・史は運動神経もいいし、体力だって元からあるタイプだろうし」
「元からあったって動かなかったら意味ないですよ。得手不得手あるでしょうけど、普段から意識的に歩いていれば最低限の体力はつきますって。それと・・・」
そう言いかけたところで二人の前に注文したオムライスがカウンター越しに出て来た。
「はーい、トマトオムライス・ライス少な目とカツカレーオムライスです!」
元気で愛想のいい店員が二人の前に料理を出すと、史は出されたトマトオムライスを寿々の前に差し出した。
「それと?」
寿々は先ほどの話の続きを史に促す。
「これです」
史はそう言って自分のカツカレーオムライスの上に乗ったカツを一切れ持ち上げた。
「肉ってことか?」
「たんぱく質です。植物性だと小食偏食の寿々さんではほとんど摂取出来てないんだと思います。肉でも魚でもとりあえずは加工品でもいいので、動物性たんぱく質もちゃんと普段から食べられるようになってください」
そう言いながらその持ち上げたカツを頬張った。
その美味そうに食べる姿を見て寿々は、
「最近は時々食べてるだろ?ほら、鮭フレークとか・・」
「いやいや、とかじゃなくまだだけでしょ。俺も無理矢理にでも食べて欲しいとは思っていなので、料理に入れたりしませんが、それでもハムやすり身の加工品だけでも美味しく食べてくれたらもう少しだけ料理し易いのにな、って思ってますよ」
「ハム・・すり身・・」
寿々はそう言いながら少しだけ考えるようにして目の前のオムライスを一口口に入れた。
「うん、美味しい!」
「寿々さん、卵は本当に好きですよね」
「ああ、だから卵や乳製品で動物性たんぱく質は最低限摂ってるつもりだったけど。・・・そうだな。じゃあ次はハムとかベーコンとかを食べられるよう頑張るか」
「ふふ」
「!・・・なんだよ疑ってるのか?」
「いいえ、逆ですって。ほら寿々さんって、言ったからにはやらないわけにはいかない!ってタイプでしょ?だから、食べられるようになるのを期待してるんですよ。そうすれば俺ももっと色んな料理にも挑戦できるので」
「あ・・」
「あ?」
「いやほら、先週俺もちゃんと料理するって言ったばかりだろ?だから今日の夕飯は俺が作るよ」
寿々が急にそんな事を言うものだから史は驚いて一瞬スプーンが止まり、目をぱちくりとさせた。
「マジですか?」
「大マジだって」
「何作るんですか?」
「それは~・・・ちょっと考える」
20分程度で昼食を終えた二人は再び神保町を目指して歩き出そうと店を出た。
「うわ、思ってた以上に天気悪くなりそうだな」
寿々が空を見上げると、南西の空がいつも以上に真っ暗な状態で雨というよりもうすぐ雷雨になりそうな雰囲気すらあった。
「どうします?古本屋」
史にそう聞かれ寿々は少しだけ悩んだが、せっかくここまで来て全く店を回れないのもなんだか勿体ない気がして、
「う~ん・・・あと歩いて5分程度だし、降っても雨宿りも兼ねてこのまま店でゆっくりとすればいいんじゃないかな?」
空腹が満たされたからなのか、すっかり機嫌が直った寿々は笑顔でそう答えると、
「わかりました。じゃあ急いで行きましょう!」
と史も楽しそうに返し、二人は少しだけ足早に歩き始めた。
古書店街につくと少しだけ雨がパラついてきたところで、二人はお目当ての歴史と民俗学の古書専門店の軒下に飛び込んだ。
店内からは天候もあってか独特の古書の匂いが漂ってきている。
寿々は外を見て、
「結局降ってきちゃったなぁ。俺いつも通り折り畳み傘一本しか持ってないけど」
と聞くと、
「俺は何もですね、極力傘を持ちたくないタイプなので。まあもしダメならその傘借りて近くのコンビニで買ってきますよ。先ずはせっかく来たんですから一通り回りますか」
「だな!」
寿々もそれに同意し、寿々と史は店内に入ると天井までびっしりと並ぶ本棚をゆっくりと眺め、気になる本を手に取っては暫くはお互いに自分の世界に浸るように古書を楽しみ始めた。
寿々は特に歴史と考古学の書物ばかり手に取っては中を確かめ、気になった本を数冊持って更に外国史の棚へと移動する。
史は主に民俗学の棚を念入りに調べているようだったが、少しすると何かを見つけた途端に目を輝かせた。
手に取ったのは小松和彦著『いざなぎ流の研究』という比較的装丁も綺麗な書籍だ。
以前にも図書館で見かけ読み返してはいたが、実際に購入できる機会も無かったので即座にそれを選んだのだった。
「いいのあったか?」
ふと隣に戻ってきた寿々に声を掛けられ、史は本を見せた。
「中学生の頃、世田谷の図書館で借りて何度も読んだ本ですが、なかなかこういうのってもう売ってないんですよね。最近新しいのも出たようですが、そういうのとは別にこういうのは手元に持っておきたいものです」
「わかる、そういう本あるよな。俺も数冊読みたかった本見つけたよ。なあ、あともちょっとだけ見てもいいか?」
「はい。俺もまだ探したいのがあるので」
静かな書店で二人は寄り添うように小声で囁き合うと、再び本棚へと視線を戻した。
気がつけば40分ほど、あっという間に時間が過ぎていた。
二人は各々好きな古書を数冊購入すると、店を出て再び軒下で足を止めた。
「結構本格的に降って来ちゃったなぁ・・・。どうする史?他にも行きたい店とかある?」
「そうですね、あるっちゃあるんですが。まぁでも今日じゃなくてもいいかな」
年々梅雨時期の雨が少なかったり、かと思えばゲリラ豪雨のようになったり。
最近の気候は本当に極端な様子をみせている。
今年の6月も降水量が昨年度より少なく、今日は久しぶりの恵みの雨とも言える日になった。
史はその雨を見て、ふと昨年度の10月に起きた大雨を思い出していた。
「・・・寿々さんは去年の10月末、都心で一部床下浸水するほどの大雨が降ったのを覚えていますか?」
そんな事を何となしに聞いてみた。
「去年の10月?・・・・そうだったっけ?」
寿々は通りを行く色とりどりの傘を眺めながら不思議そうに首を傾げた。
「ニュースでもこの千代田区や文京区辺りの上空に真っ黒なすり鉢状の大きな雨雲が発生して、騒いでいたんですよ。渋谷も結構な雨量だったので、アガルタ編集部はほら地下にあるので浸水した場合を考えて、俺は床に置かれた段ボール類を上に上げる作業を一人でやらされたものです」
寿々はその様子を思い浮かべながら、丸や松下からの指示に苛つきながら力仕事をさせられている史を想像してくすりと笑ってしまった。
「あ~そうだよな、大雨になったらそうか、そういう事もあるんだよな」
「・・・それで。その翌日に松下さんが団地で骨折をして。俺はようやく寿々さんを会社で見かけることが出来て・・・あとは寿々さんもよく知っていますよね」
「ああ・・・」
史は店の軒下から空を眺めながら落ちてくる雨粒一粒一粒に色がついているのを確認した。
「・・寿々さんは水はこの世界の記録媒体だって都市伝説は知ってますか?」
「ん?記録媒体?」
寿々は史の話が急に都市伝説に飛んだ事が気になって顔をしかめた。
「・・・俺にはそれが何となく分かるんです。データの内容までは分からないんですが、雨を見ればその一粒一粒が色んな色に発光しているんです。川も海もそうです。視ようとしなければ普通の状態なんですが、透視するとそう視えるんです。そして俺の透視の力はこの世界と別の世界とを繋ぐある種重要なデータを色や形で捉えているんじゃないかって」
「・・それが水だって事なのか?」
「科学的な話じゃないですけどね、そんな気がするんです。・・・・だからあの日、10月に降った黒い雨雲から落ちた雨は、何か大きな意味があるんじゃないかと俺はずっと思っているんですよ」
史の話を聞いて寿々は何だかとても不思議な感覚になっていた。
元より寿々には史が話す10月下旬の大雨の記憶が正直言うとないのだが、それでももしその雨が何某かのきっかけとなって史と再び引き合わせる要因になった。そう言うのならば、寿々は何となくその雨に感謝しなくてはいけないな。と思っていた。
『まぁ、松下さんの骨折を喜ぶのは絶対に違うけどな』
そんな事を考えていると、少しだけ雨の勢いが弱まったような気がした。
「さて、どうしますか?駅まで遠くないですしこのまま家に帰りましょうか?」
史ももう一度雨を確認すると、今なら走って行けそうと思いそう質問した。
すると寿々は何やら微妙な表情をして少しだけ顔を逸らした。
「?どうしました?」
史が不思議そうに寿々を見下ろすと、何だか寿々はいつもとは違った様子で。妙に気まずそうな表情をしている。
「あぁ・・いや、こんなに早い時間に用事が済むとは思っていなかったから・・さ」
「はい?」
「・・・いや、やっぱりまっすぐ帰ろうか!」
と何か言いたい事を取り止めて寿々は顔を真っ赤にさせ史を見上げた。
「駄目です。ちゃんと言って下さい。じゃないとここでキスしますよ」
史のこういう発言は冗談なのか本気なのか分からない。
まぁ大概が冗談ではないのだが・・・。
「それは絶対に困る!・・・じゃ、じゃあ言うけど。・・その、せっかく時間もあるし、どこかで休んでいかないかな・・・と」
「!!」
その発言をお茶でもして行こうなどと捉えるほど史は馬鹿な男ではなかった。
いや、むしろ寿々の顔を見れば正直何を言いたいのかは言う前から何となく分かっていた。
しかし急にそんな誘いを受けるとは思ってもいなかったので、気分的には3mは飛び跳ねてやりたいくらいだったが、その逸る気持ちを抑えながらも、史はすぐさまスマホで近場で行けそうなホテルを検索しだした。が、
『・・・近場だと何もないな!くそ!こんな時に限って神保町にいるなんて!』
史は急いでスマホをしまうと、寿々が手に持っていた折り畳み傘をすっと取り即座に広げた。
「あ!」
「とりあえず一旦新宿に出ましょう!善は急げです!」
「善?ってうわ・・!」
寿々が何か言おうと続けようとしたが、史は小さな折り畳み傘を寿々にかざすと自分はほとんど傘など被らないまま寿々の腰を引き寄せ、急かすように走り出した。
「・・史!人が見てるだろ!」
走る二人の足元で水溜まりの水が大きく輝くように跳ねた。
「大丈夫ですよ、誰も見てませんから」
そう思っているのは史だけのような気もしたが、確かにこうやって男二人が一つの傘で引っ付いて走っていても雨のおかげなのか誰もそれに驚くような様子は見られなかった。
史の視界は今まさにすべての水が七色に光輝いているように視えていたし、寿々の背中にも帯を引くように七色の羽が雨と溶け込みその度に宝石にような美しさで輝いていた。
普段史が寿々の天使の羽を透視の力で視れる時は、寿々が深く幸せを感じている時だけだ。
だからこそその様子を見て史もいつも以上に嬉しそうに微笑んだ。
ほどなくして神保町駅に着いたものの、史は傘も適当に畳みカバーに押し込むとそのまま寿々の手を引き階段を急いで降りようとした。
「ちょ・・!史?ちょっとだけ落ち着こうな?」
階段を下りながら、やや・・いや普段から比べればだいぶ落ち着きのない様子で史は首を横に振り、
「無理ですね」
と大真面目に否定をする。
しかしこのままずっと電車の中も手を繋いだままなのかと思うと、寿々は流石に恥かしさで耐えられそうになかった。
「お、俺も同じだけど、やっぱり一旦落ち着こう、な?」
そう言うと寿々は一度だけ史の手を強く握り返した。
それでも史は不服そうな顔をして手を離そうとはしなかったが、ちょうどその時寿々のスマホに着信が入った。
「あ、・・ごめんちょっと出るわ」
寿々はちょっとだけその着信に救われたような気がすると、気を取り戻して通話ボタンを押した。
「もしもし、三枝です」
「お久しぶりです三枝さん。東海林朱李です」
「え!朱李さん?」
その名前を聞いた途端隣にいる史の顔が一気に曇り、眉間に皺を寄せた。
「お休みのところすみません。実は依頼の写真の検証を今日、東京ドーム隣のゲームセンターで行っているのですが。もし都内にいるのならば、今から現場に来ていただく事ってできませんか?」
「東京ドーム・・」
朱李からの突然の呼び出しに寿々の表情は固まってしまった。
何と言ったって、自分から恋人の史を誘っておいてその直後にやっぱり無しで、だなんてあまりにも酷すぎてそんな事を言えるわけがない。
しかし、
「実は先に酒井さんにも連絡したんですが、どうやら酒井さん今週は都内にいらっしゃらないみたいで・・・」
朱李からそう言われて寿々もようやく思い出した。
最近は心霊写真検証コーナーも、打ち合わせ以外のラボとの取り次ぎを教育担当をしている酒井に任せっきりになっていた。
ゆくゆくは酒井にこのコーナーを任せて自分はバックアップだけの存在になれればいいなと考えてもいたが、実は酒井は今週一週間印刷所の研修で埼玉の方へ行くことになっており、元々実家がそちらの方らしく、昨日から都内にいないという事を本人から直接聞いていたのだった。
「あ~・・そっか酒井さん今週は研修でこっちにいないんでしたねぇ・・・」
そう言いながら寿々は恐る恐る史を見上げた。
「・・・・・」
それはそれは当然のように瞳を鈍い金色に光らせ・・率直に言って激怒している。
『どうしよう・・・こんなのあまりにもタイミングが悪すぎるだろ・・』
場所的にもここから東京ドームの水道橋駅までは都営三田線で一駅。
普通に考えれば断るのもおかしい距離だ。
しかしここはやはり先に約束した史の方を優先するべきだと考え、
「えっと・・申し訳ないのですが・・・」
と小声になりながらそう言おうとしたところで、
「え?坂口?・・・坂口!!」
と通話先から突然朱李が慌てる声が聴こえてきたかと思うと、
「三枝さん!すみません、急いで来て欲しいので何とかお願いします!!」
「え?どうしたんですか?朱李さん!?もしもし?」
そう言うとそのまま通話は途切れてしまった。
「・・・・・史。あの・・本当に悪いんだけど」
申し訳なさそうに見上げたが、
「駄目ですよ。キャンセルは無しです絶対に!」
こういう時の史は本当に聞き分けが悪い。
それは寿々も良く分かっているし、何よりも今回はタイミングが悪いとしても自分が悪い。
「わかった。キャンセルはしないけど、2時間ばかり時間が欲しい。何なら先に家に帰っていても・・」
「それも絶対に駄目です。って言うか嫌です!先に一人で帰るなんて以ての外です!」
怒って当然と言えばそうなのだが、寿々もこれには困ってしまった。
『まいったなぁ・・本当にどうすれば・・』
寿々が本気で悩んでいるのを見て史はきっぱりとこう言った。
「いいですか?1時間です。1時間以内にその問題を解決しますよ。勿論俺も一緒に行きます」




