第4話 ハイパーソニック・エフェクト
隣で聞いていた寿々はやはり何の事やらと首を傾げた。
「ハイパーソニック・エフェクト?」
「はい。ハイパーソニック・エフェクトは可聴域を超える超高周波が人体に与える影響について実験したデータです。この数式だけではそれとは分からないのですが、所々の計算式から波長域を詳細に計算しているような部分が見られます。確信はありませんが、私在学中にこれとほぼ同じデータ結果の論文を読んだ事があります」
酒井がそう言うと藍李と朱李もタブレットを受け取り再度見直してみた。
「なるほど・・・ハイパーソニック・エフェクトか・・・私もそれは気づかなかったな」
「あの・・」
すると隣で聞いていたライターの柴田が、頭の上にいくつものハテナマークを浮かべながら藍李に質問した。
「そのハイパーソニック・・・なんたらは、つまりどういう意味なんですか?せっかくだからもう少し詳しく聞かせてもらえると記事にもしやすいんですが・・」
「そうだな。多分これは酒井君の方が詳しいと思うが、一応私の知る限りで説明すれば。人間が耳で聞こえる音の波長域は基本20Hz~20kHzと言われている。この20kHzを超えると人間には聞こえない音になってくるんだが。しかし最近の実証データによれば、この20kHzを上回る超高周波を含む音が人体を活性化させる事に大きく影響を及ぼす結果が出ているんだ。これはまだ解明途中の分野ではあるけれど、既に我々に身近なところで活用されてもいるんだよ。最近よくハイレゾって言葉を聞くだろう?日常ではオーディオ関連で使われているけれど、可聴域+超高周波振動を受容することで人の脳はα波が上昇する事がすでに観測されているんだ。これがハイパーソニック・エフェクトと言われている」
柴田も寿々も藍李の話を興味津々に聞いていたが、寿々はふと疑問に思い聞き返した。
「・・でも超高周波ってどの高さも全部人体に良い影響をもたらすんですか?」
その質問には隣の酒井がキラリと眼鏡を光らすと、まるでアニメキャラのように左手でクイっと持ち上げた。
「三枝さん!良い質問です!」
「え!はい・・」
寿々は酒井のそのリアクションに困惑したが、酒井は気にせず話を進めた。
「実は、このハイパーソニック・エフェクト・・・当然全部の超高周波帯が人体に良い、というわけではありません!これは三枝さんも聴いた事があるとは思いますが、モスキート音ってありますよね?」
「ああ、あの蚊の飛ぶような音の」
「はい。あの音は丁度人間の可聴域のギリギリの周波帯なんです。15kHz~18kHz。この周波帯の音域は年齢によって可聴域が変わります。歳が上がるほど聞こえなくなりますが、それでもこのモスキート音、誰が聴いても心地よい音だと思う人はいないと思います。さらにこの可聴域をちょっと超えた22kHz。もうここは人間にはほぼ聞こえない領域にはなりますが、実は鼠は危険を察知した時にこの領域で警戒音を鳴らします。勿論動物にはこの周波数で聴こえているのかと思います。ただこういったデータから実は高周波帯でも16kHz~32kHzは逆の効果をもたらす可能性が高いとされ、ハイパーソニック・ネガティブエフェクトとも呼ばれているんです」
「じゃあその領域の周波帯をもし聴いたとすると、何か人体には良くない影響が?」
「そうですね・・・。それこそ三枝さんのこの資料に書かれていたように、敏感な人はめまい・頭痛・吐き気などの症状を感じる人もいるかもしれませんね」
寿々は酒井の話を聞いて、何となくあの時の感覚がそれに近しい現象だったのでは?とそう感じていた。
寿々も片目の男が振り返った瞬間、しっかりとモスキート音のような聴こえる音を聴いた確信はなかったが、それでもそのハイパーソニック・ネガティブエフェクトの影響で夢の中で体調が悪くなったとすれば何となく理解も出来そうな気がした。
今までの話を聞いていた朱李は、目を瞑り腕組みをしながら何かを考えていたようだが、そこまで聞いてやはり解せないと疑問を吐いた。
「ま・・・まだそれらはあくまでも仮定の領域を出ないけど。例え片目の男がそのハイパーソニック・ネガティブエフェクトを使えたとしてだ。だがどうやって人に転落死を引き起こせるって言うんだ?ただ不快な高周波を受容しただけで、高い所に行って飛び降りようだなんて思うものなのか?それから、どうやって狙った一人だけに、その音を聴かせる事ができるって言うのか」
朱李の疑問はもっともである。
今の話しているのはあくまでも全部夢の中の男の仕業、という仮定の話だ。
それがどうやって実際の人に対してまるで洗脳のような効果をもたらせるのか・・・。それに至っては今の所どう考えても答えは出なそうだった。
一同は沈黙した。
しかし寿々はこの場では話せないが、今まで自分が経験してきた怪奇現象の数々から、もし万が一あの裏政府、常天統合府がこの件とも関わっているとしたら・・・。若者への洗脳としての社会実験が秘密裏に行われていたとしても全くおかしい話ではない。
そう思っていた。
実際に10代後半から20代前半がメインターゲットになっている理由については不明だ。がしかし、あの組織が一般人の命を何とも思っていないという事だけは間違いないのだ。
昨日見たあの森、そして片目の男が次元の狭間を自由に経由できるような存在だったとしたら・・・常天は第二、第三のアイナを量産している最中なのかもしれない。
そして音や光などによる催眠効果を使ってこの若年層の転落死現象を巻き起こし、世間に少しずつだが不安、不審といった種を植え付けることで何かしらの洗脳を目的としている。
それは充分に考えられそうな事だった。
『アイナ・・知念さん・・・。二人の命、魂を思えば、もしあの組織がこの一件に関わっているとしたら絶対に許す事はできない。でもそれと同時にやっぱりまた周りの人達を巻き込んでしまったら、そう思うとそれ以上に不安と恐怖しかない・・』
沈黙から声を発したのは酒井だった。
「あの・・私がいたゼミの先輩に、今は院生になってますが、音を専門的に研究している人がいるので。もし問題なければ今回の件について少し助言をもらってみてもいいでしょうか?」
その質問に全員の視線はオカルトラボでもライターの柴田でもなく。クライアント元であるアガルタ編集者、寿々へと視線が向けられた。
「そうだね・・・。もしこの事象が今連続している若者の転落死と本当に関係しているのならば、俺は今の時点ですでに警察に通報したいくらいなんだ。だけど正直こんなオカルトを脱していない不確定な状況のままではそうもいかないからね。うん、とにかく今は朱李さんのタイムリミットが気になる」
朱李は寿々のその真剣な表情を見てハッとさせられた。
『・・三枝さんて童顔のせいか、もっと愛想笑いして適当に取り繕ってるだけの人なのかと思っていたけれど。そんなしっかりとした一面もあるんだな・・・』
「酒井さん。やっぱり俺、この後柴田さんと一緒に芝公園に行ってみるから、その間に編集部に戻ってその先輩にそれとなく聞いてみてもらってもいいかな?ただ一つ。この話が『令和のThis Man』現象と繋がっているかもしれない、という事だけは絶対に伏せておいて欲しい。それを踏まえた上で、年齢も含め特定の人物に音で催眠のような効果をもたらすことは可能なのか・・。その辺りを詳しく聞いてみて欲しいんだ」
「わかりました」
酒井は寿々のその言葉をしっかりと聞き入れると、真剣な目つきで大袈裟な敬礼をした。
午後3時半
寿々とライタ―の柴田。そして何故か朱李も一緒に芝公園の調査に来ることになった。
寿々は柴田とは何度も直接やり取りをしているし、人柄もある程度理解しているので問題ないのだが・・・。
駅から歩く道中も朱李は特に話かけてくる事もなく、ただ二人の後ろを長い脚が目立つストレートジーンズでスタスタと美しく歩いて付いてくるだけで、何を話せばいいのか寿々も正直困惑していた。
『朱李さん、見た目格好いいし、多分そう見られたい方なんだろうけれど。とは言え普通の女子高生だし、28の俺が気安く話しかけていいものか悩むな・・・』
朱李は高校生ながらもオカルトラボの職員でもあるので、ラボの周波測定器を持って公園へと来ていた。
勿論屋外でこれを使ったところで正確なデータが取れる確証もなかったが、それでも調べてみないよりかはマシということで研究者として同行してくれたのだ。
公園に着くと朱李は早速地図を取り出し、入口に入る前から測定器を動かしどんどん周囲の周波数を確認して記録してゆく。
ただこうやって測定したとしても写真が撮られた1月の夕方6時と今の5月とでは、明らかに状況が異なる為このデータさえ役に立つのかも分からないかった。
それでも、
「まあ、無いよりかはあった方がいいですよデータなんてものはいくらでも」
そう言って寿々と視線を合わせる事もなく、朱李は飄々とした様子でひたすら公園内の周波数を調べてはメモをした。
一方柴田も寿々と朱李から少しだけ離れぶらぶらと公園を回りながら、気になるような場所をスマホにどんどん撮り収めている。
寿々は二人のその行動を見て改めて『あれ?俺って今何をすればいいんだろう・・』とハッとしてしまった。
するとメモを取っていた朱李が話かけてきた。
「三枝さんって、・・・こういうオカルトとか好きなんですか?」
「え?」
朱李は視線をタブレットと計器に向けたまま、本当に何の意味もなく聞いてきた。そんな口調だった。
「実は俺、半年前までは全く違う編集部にいたから、実際のところアガルタに来てから初めてオカルトに触れたんだよね。だから最初は物凄く苦手だったし、特に心霊とかこういうの。・・・朱李さんはオカルトとか・・あ、ごめん、お姉さんと被るから勝手に名前で呼ばせてもらっちゃったけど」
そう言いながら笑いで返すと、朱李は一瞬だけチラッと寿々を見たが再びタブレットへと視線を戻し、
「いいですよ、朱李で。・・・僕がオカルト好きかって事ですよね?そんなわけないじゃないですか。オカルト好きだったらこんな事を熱心にやりませんよ」
そうさらりと言われ、寿々は何だか再びドキっとした・・というか何とも言えない圧を感じ若干萎縮してしまう。
「・・そ、そうだよねぇ・・」
朱李はその様子を気にする事はなく、
「・・じゃあ何で今は大丈夫になったんですか?今はそこまで苦手そうに見えないですけど」
と質問してきた。
「・・・そう、かな。苦手は苦手だよ。でもこの半年で本当に色んな事があり過ぎて・・。恐怖の感覚がバグっているのかもしれない」
そう思いながら寿々は朱李の横顔を見て、異動後に初めて取材をした幽霊団地の公園で史がメモを取っていた時の姿をふと思い出した。
『あの時|史にも似たような質問されたっけな。そう言えば最初はこんな風にそっけない態度だったな・・』
そう思うと本当に色んな事があった・・・と。寿々は俯きながら口元だけで笑った。
「・・・・・」
朱李はその寿々の横顔を見て何か言いたそうにしていたが、ちょうどその時周辺を見回していた柴田が戻ってきて二人に声を掛けた。
「三枝さん、どうも写真が撮られた場所は反対側の道路付近みたいなので、移動しましょう!」
「あ、わかりました」
そう言われると寿々は急いで顔を上げ柴田に応えた。
3人は少し歩き、写真が撮られたであろう場所へと辿り着いた。
その近くでは小さい子供用の遊び場があるらしく、何人もの親子連れが遊んでいる姿が見られた。
「どうです?ここで間違いないと思うんですが?」
柴田が写真と照らし合わせながら寿々に聞いてきた。
「・・ですね。ここですね。写真だと暗いけど東京タワーの角度からいって、そこの茂みがあの男が写っていた場所じゃないかと俺も思います」
二人の様子を見ながらも朱李はとにかく計器で周波数を計測しそれを書き留めている。
柴田は写真と同じような角度で何枚か写真を撮るとフォルダを確認した。
「・・・ま、こんな真昼間に撮っても何かが写るわけはないか~」
そう言いながら当然だと言わんばかりに頭を掻いた。
「それにしても、柴田さん的にはあの片目の男ってこの場所にいる地縛霊とかだと思いますか?」
寿々は実際にそこに霊がいるのだとしたらちゃんと視えるというのに、敢えて柴田にそう聞いてみた。
「どうでしょうね~。僕は心霊写真とかに写っている霊って、必ずその場所や人物に関連しているとは限らないと思っていますよ」
「それは何でですか?」
「これはあくまでも持論ですけれどね。僕は霊ってのは次元を超えた存在なのではないかって思っているんです。勿論生霊とかもあるので、ただ次元を超えているとは思わないんですが。それでも・・ほらこの片目の男。もし片目の男がこの世に存在している、もしくはしていたとしたら、こいつは次元を超えてこの場所に何かを伝えに現れたのではないか?ってね」
寿々は柴田の考えを聞いて思わず感心してしまった。
それは今まで自分が体験した事とかなり近しい感覚だったからだ。
自分も死の間際に過去の自分の元を訪れ、過去の祖母に自分の姿を視られている。
祖母は盲目だったがイタコの霊力で霊となった寿々を視る事ができたのだ。
もしかしたら心霊写真に写る霊のいくつかも、そのようにして過去もしくは未来に渡り、縁のあるその場所でたまたま写ってしまっている、なんて事もありえるのかもしれないな、と。
柴田のその話を聞いていた朱李は、思わず笑い出した。
「ふ、ははは」
寿々にはそれは皮肉めいた笑いに聞こえた。
「まあ、そうだよね。次元を超えるってのは確かに突拍子のない話だと僕もそう思うよ」
柴田もそれを否定する事なく、寧ろ自分の発言を少しだけ恥じるように笑った。
それは朱李がオカルトラボ、つまり超常現象を科学的に証明する、という超自然的現象とは全く真逆の理念で動いている研究者の一人である事をちゃんと理解しているからでもある。
しかし、寿々は何だかそれが少しだけ嫌な気持ちになった。
「・・・俺は柴田さんの言っている事、何となくわかりますよ。俺も霊を何度も視てきましたが、霊が次元を超えた存在って考える方が何て言うか理解し易いです。実際はただの錯覚なのかもしれないですけど」
本当はフォローなんてする必要なかったのだが、思わずそう言わざるを得ない。そんな衝動から寿々は柴田に応えてしまった。
「いやぁ、霊視できる三枝さんがそう言ってくれると何だか嬉しいですね~」
柴田は素直に喜んでくれたが、当然ながら朱李はその発言に面白く無さそうな顔をしていた。そればかりか寿々のその発言を聞いて思わずがっかりだよ、とでも言いたそうなくらい隣ではっきりとしたため息をついた。
「はぁぁ・・」
「あぁ、すみません。別に朱李さんの理念を否定したいわけじゃないんです」
「わかってますよ。別に僕の意見に同意してもらうのが正しいとは思っていませんから。それに僕はこうやってデータをとって、そこから見える真実しか信じない主義なので。だからこそこの心霊写真検証の企画が成り立っているんです」
朱李にそう言われて寿々もハッとさせられた。
全くその通りだ。
今はそれ以上の問題に直面しているが、根本的にこの相反する意見を上手い具合に舵取りして面白い記事にするのが編集者の役目だというのに。思わず片方の意見に肩入れしてしまえば企画の本質すら崩れてしまう。
衝動的にどうしても言いたかったとしても、さっきの発言はやはりマズかったなと反省をした。
その後柴田は時間になり、先に公園を去っていった。
予定としてはまた明日、改めて公園内で聞き込みをしてみるとのことだった。
一方寿々は、この後史が授業を終えてから直接公園へと向かうとのことだったので、それまで待つことにした。
勿論朱李も写真の状況に近しい時間帯を測定する為にそのまま寿々と公園で待機する事になった。
時刻は午後5時半になろうとしていた。
5月の日差しはまだまだ明るく、夕方という雰囲気ではなかったものの、この時間になると公園で遊んでいた親子達は本当にあっという間に姿を消していった。
そして柴田が去ってから30分くらいが過ぎようとしたその時、ようやく公園の前を通る道に見慣れた姿を発見し、寿々は何となく気まずさを感じていた朱李との時間からようやく解放され、思わず安堵してしまった。
「寿々さん、お待たせしました」
そう言って嬉しそうに駆け寄る銀髪のイケメンに、公園から出ようとしていた最後の親子グループが二度見して、嬉しそうな顔をしながら密やかにも色めき立った声を上げているのを寿々は見逃さなかった。
『誰にでも二度見されるの本当に凄いな・・これだけ一緒にいる俺ですらびっくりするよ・・』
そう言って寿々もにこやかに手を上げる。
「2日連続で呼び出しとか、本当にごめんな。でもどうしてもこのあとの時間帯の調査だけは今日中にしておきたかったからさ」
「大丈夫です。って言うより正直俺はデスクワークより外での仕事の方が性に合っているので」
そう言ってからすぐ近くに朱李もいる事に気づくと、どう声を掛けていいか少しだけ悩んだようだったが、普通に社交辞令として挨拶を交わした。
「ああ、朱李さんもおつかれさまです」
しかし何となくだが、そう言った史の目は笑っていないように見えた。
「・・はい。おつかれさまです秦さん」
「・・・・・・」
史にとってかつて苗字呼びはタブーでもあったが、今はそこまでカリカリとすることもなくなり、〖秦〗の呼び方に対しても特に何も言う事なくスルーした。
それと史からは特に年下の朱李に対して、明らかに関わりを持ちたく無さそうな雰囲気が出ているのが寿々にはありありと分かった。
『はぁ~・・予想通り気が合わなそうな二人だな・・。ビジュアルだけなら誰もが驚くほどの美男美女なのに。・・とにかくさっさとやる事終わらせて史と編集部に戻ろう』
寿々は現場の写真と片目の男の写真を史に見せながら、今日あった事を一通り簡潔に説明した。
「・・なるほど。可能性の一つとし超高周波を使っているかもしれない。という事なんですね」
「ああ、本当にまだ可能性の一つでしかないけれど」
「でもその・・・朱李さんが解析した限りでは、この写真データ内に難読化されたノイズとして、その数式が入り込んでいたって事なんですよね?だとしたら、その何ですか?ハイパーソニック・・・ネガティブエフェクトですか?それが何かのヒントになっているのは確かですよね。例えば片目の男をデータ化した事による暗号的な?」
史もその内容を聞いて興味深そうに答えた。
勿論、この問題がもしかしたら朱李と寿々の命に関わる問題だと認識はしている。
「暗号・・・何も弊害がなければそれも有意義だと思えるかもしれないけれど。今回は朱李さんの命にも関わるかもしれないんだぞ?まぁ、俺もだけど」
それを聞いて史はぐっと顔を引き締めた。
「分かってますよ。当然です。でも万が一タイムリミットまでに解明出来なかった場合はとりあえず柱に縛り付けて拘束しておく事にします」
「俺はいいけど、朱李さんもか?」
寿々が史と楽しそうに話ているのを、朱李は何となく白い目で見ながら二人の会話を聞いていたが。
「僕の事は心配無用だ。僕はそんな事1ミリも信じていないからな。大体音だけでどうやって人を転落死させられるって言うんだか」
と史の話を半ば嘲笑うように否定した。
「音だけでなく光や電磁波での催眠や身体への攻撃は今や珍しい話じゃない。超高周波に限らず20Hz以下の低周波の音でも人間は不快を感じると言われている。特に19Hzは幽霊を視やすい周波帯だなんて事も言われているくらいだ。そう言う意味でも人間の可聴域を外れた周波数を直接聴かせることで催眠的な幻覚作用を引き起こす事は不可能どころか十分考えられると思う」
史は当然科学分野の専門家というわけでないが、恐らく同年代の誰よりもオカルトに関しての知識が深い事は間違いない。
だからこそオカルト視点からの洞察力にかけては寿々は勿論、朱李よりも上手だ。
「では聞くが、そういう類の実証データはあるのか?例えばそれが原因で病気を発症したとか?」
朱李も負けじと言い返すが、
「低周波騒音に関する健康被害の実証データなんて検索すれば山ほど出て来るだろ?俺が実験しているわけじゃないから信憑性については保証しないが、気になるなら自分で調べてみればいい」
史は少しだけ呆れたようにさらりと言い返した。
朱李は史に言い返す事もできずあからさまに敵意の視線を向けた。
寿々は予想通り気の合わなそうな二人の会話を聞いてハラハラしていた。
『うわぁ・・案の定だよ。会話を逸らしてこれ以上拗れる前にさっさと解散させないと・・』
そう思って時間を確認すると、時刻はようやく午後6時になろうとしていた。
日も傾き、ようやく背後に聳え立つ東京タワーにもライトが点灯され始めた。
「とりあえず!そろそろ写真を撮った時刻になるから。俺達も改めて写真を撮って、朱李さんも計測をしたら今日は一旦引き上げましょう」
寿々はやや睨み合う二人に分け入るように、そう言うと早速スマホを取り出して暗くなった茂みに向けてカメラを翳そうとした、その時。
「!!」
寿々の視線はスマホの画面ではなく、茂みの中へと向けられていた。
史もその様子に気づくとすぐにその視線の先へ意識を集中させた。
「・・?」
するとそこには灰色の光が鈍く佇んている。
間違いない。寿々の目にはその霊がはっきりと視えているに違いなかった。
史は寿々に耳打ちをする。
「・・・もしかして片目の男ですか?」
寿々はその質問に険しい顔をしながらゆっくりと頷いた。
「ああ・・・。でもどうしよう、今は朱李さんもいるし話かけるのは・・」
すると朱李も二人の様子がおかしい事に気が付いたようで、不審そうな視線を二人に向けた。
「どうしたんですか?写真に何か写ったんですか?」
朱李は勿論、目の前に片目の男がいる事など全く視えていないし気づいてもいない。
寿々は内心焦っていた。何故ならば男の表情が明かに昨日の夢で見た様子と違うからだ。
だからこそ消えてしまう前にちゃんとその理由を聞きたかった。
「朱李さん・・・。信じてもらえないとは思いますが、今そこに片目の男が立っています」
「・・・・はい?」
当然朱李は寿々の言っている事を信じようとはしなかった。
そればかりか頭がおかしいのか?といった感じの反応だ。
念のため茂みに向けた計測器は、変化の一つも見て取れない。つまり信じられる要素は何もなかった。
しかし信じてもらう云々は寿々にとってはどうでも良かった。だから先に断りをいれた。
「信じてもらえなくてもいいです。ただ俺、どうしても片目の男と話がしたいので、終わるまでこちらに近づかないようお願いします」
そう言うと寿々は至極真剣な目つきで、朱李に対して釘を刺すように言い残し、ゆっくりと目の前の茂みへと近づいていった。




