狂気の王女
ダルカニアとカシェリオスの国境にある緩衝地帯。
そこをダルカニアの王女軍が進んでいく。
総大将である王女より少し後ろで、今また兵士の一人が倒れた。
進んできた道のその後ろには、その前に倒れた兵士たちが点々と横たわっている。
「 ……あまり持ちませんわね 」
リゼルティナ王女が小さく呟いた。
杖を持たせて、一人あたり三回から五回ほどしか攻撃魔法を放てない。
しかも、もとより魔術師ではない者たちだ。
照準も甘く、無駄打ちが多い。
何度か攻撃をし、命を削りやがては倒れていく。
そして別の者に杖を持たせる。
だがそのたび、王女は再び力を使わねばならなかった。
ーー魅了の力で従順にしていても、 「 死 」 を悟る本能までは縛れない。
杖を握らせようとすれば、抵抗する者もいる。
そのたびに、王女は盃を口に運ぶ。
赤黒い液体を喉に流し込み、力を補う。
飲み干せばまた一人、傍らの者が崩れ落ちた。
しかし
「 別に良いわ 」
くすりと笑う。
「 ヴァンドル辺境伯領に入れば、人は幾らでもいるでしょう? 補充はいくらでも出来ますもの 」
笑いながら、王女は馬を進めた。
その背後で、また一人、また一人と兵が倒れていき砦の近くまで来た。
砦が見える距離に達したとき、王女は盃を傾けて最後の一滴を飲み干した。
次いで手を前に翳す。
ーーズドォォンッ!
杖を構えた兵と、王女自身による魔術の連撃が始まった。
* * *
魔術による衝撃波が砦全体を震わせる。
その中で、クレイアスは報告を受けていた。
「 ……王女が魔術を放っている? 」
「 はい。 杖も持たずに魔法を放っています。 そしてそのたびに、周囲の人間が倒れております 」
ノアリスが眉を寄せた。
「 遠見の者の報告では、王女軍が通った跡に人が点々と倒れていると。
どう見ても……、人を“消費”して魔法を放ってますね 」
ノアリスの声には確信があった。
ダルカニア王女が魔術を使えるという報告は、これまで一度もない。
使えるのならば、もっと早い段階で攻撃してきたはずだ。
ならば、何か仕掛けがあるはずである。
「 杖だけではないのか……? 」
クレイアスが低く呟く。
杖が呪物の可能性があるとわかった時点で、神殿へ報告を上げていた。
その対処についての連絡を待っていたのだが……
「 王女は何かを “ 飲みながら ” 近づいているとのことです 」
見張りの兵が答える。
「 飲む? 何をだ 」
「 わかりません。 不思議なことに、注いでいる様子もないのに…… 飲み続けているのです。 そして、そのたびに人が倒れると 」
クレイアスの胸に冷たいものが走った。
杖が魔道具か呪物であるのは間違いないだろう。
その旨の報告はすでに神殿へ上げていた。
それとは別の呪物を持っている可能性がある。
飲むたびに人が倒れる。
つまり……
「 人の、命を……、飲んでいるのか……? 」
側近の一人が呟く。
「 すぐに大神殿へ報告をせよ! 杖以外の呪物使用の可能性がある! 」
クレイアスが鋭く声を上げる。
杖に引き続き、謎の杯もまた呪物の可能性が高い。
すぐさま大神殿への報告を命じた。
呪物であれば、それは神殿の管轄である。
対処の方法を聞かねばならない。
不用意に触れれば、どのような危険が有るか分からないからだ。
大神殿からの連絡を待間にも、砦への攻撃は激しさを増していく。
そして
「ーーうわっ!」
結界術師の一人が崩れ落ちた。
「 結界が……破られます! 」
ーーキィィィンッ!
甲高い音が響き、結界が粉々に砕け散った。
すぐさま別の術師が結界を張りなおす。
しかし、結界が破られた瞬間、攻撃はぴたりと止み、代わりに、王女軍から二人の男性兵士がこちらへ歩み出てくる。
「 ヴァンドル辺境伯に告ぐ! 」
一人が声を張り上げた。
「わが王女陛下は穏やかな対話を望んでおられる。抵抗は無意味である。 女神の恩寵を得た王女陛下に逆らうことは、女神への背信と同じこと!
慈悲深き陛下は会話の用意をされている。 速やかに出てこられよ!
もしこの申し出を断るならば、女神の信を得し王女陛下の鉄槌が下るものと心得よ! 」
砦の責任者が応じた。
「 女神の御言葉を偽るは、最大の背信である! 一方的な攻撃を行い、女神の名を騙る浅ましき賊と話す理由などない! 」
砦内ではすでに総員が武装を整えていた。
クレイアスの声が響く。
「 各自、魔道具を惜しむな! 奴らは魔術以外の攻撃の手札を持たぬはず。 ならば、魔術さえ凌げば我らの勝ちだ! 」
通常の戦であれば、話し合いも有効だ。
だが、今の敵は命を吸い取る呪物を抱えている可能性が高い。
交渉の場に出れば、その瞬間に命を吸われるかもしれない。王女軍はいつでも再び魔術を放てる態勢。
砦側も防衛を解くわけにはいかない。
しかしこれ以上、魔術攻撃が続けば、砦が落とされる可能性もある。
ーー 総力戦か、交渉か ーー
ぎりぎりの緊張が、砦と王女軍の間に張りつめていた。
◇◇ アルセルド大神官 ◇◇
大神官と側近たち、そして秘典監が立ち会う中、ヴァンドル辺境伯領から届いた急報の内容が精査されていた。
静まり返った室内に、紙をめくる音と筆の走る音だけが響く。
「 ……先ほど届いた報告の件です 」
側近が口を開く。
「 “ 魔術を使うたびに人間が倒れる杖 ” が確認されたとの事です 」
大神官が眉を寄せる。
「 倒れる、とな? 」
「 はい。 倒れた者はそのまま動かなくなるとの報告です。 その特徴から、アレストリア神殿より紛失している 【 蠱核の杖 】 である可能性が高いかと 」
「 人の命を魔力に変える、忌まわしき呪物か…… 」
大神官の声が低く沈む。
秘典監グラーディンが静かに告げる。
「 その通りでございます。蠱核の杖は、攻撃魔術を数回放つごとに操者から命を吸い上げます。 倒れた者は、おそらく絶命しておりましょう 」
重い沈黙ののち、グラーディンはさらに続けた。
「 また、その後来た報告書内に 『 王女が何かを飲んでいるが、注いでいる様子がない 』 との記述がございました。
” 飲むたびに周囲の人間が倒れる ” とございます。
この特徴から、ダルカニア神殿に封印されている【命還の杯】の可能性が高うございます」
大神官の眼が細くなる。
「 命還の杯……。 確か、他者の命を “ 飲む ” ことで魔力と魅了の力を得るという…… 」
「 左様でございます。 杯を口にした者は、強力な魅了の力を得て周囲を従わせ、贄を操ります 」
「 ……どれほどの ” 命 ” を飲んだのだ 」
大神官の声が、いつの間にか低く静かな怒りを帯びていた。
「 報告からは分かりかねます。 記録によれば、一定以上の命を搾取した者は、自我を失い “ 魔の者 ” へと堕ちるとあります 」
大神官は深く息を吐いた。
「 その呪物が封印されていたダルカニアの神殿とは、未だ連絡が取れぬのだな? 」
「 はい。雪に閉ざされ、通信路も途絶えたままでございます。 現状、確認の手段はありません 」
側近の一人が答える。
続けてグラーディンが口を開いた。
「 命を飲むためには、贄の近くにいる必要がございます。
おそらく、王女はその力で兵を使い捨て、さらに魔力を補っているのでしょう。
また、ヴァンドル辺境伯閣下との会見を望むのも、閣下を支配下に置くため、あるいはその命を奪う──そう考えているものと思われます 」
「 ダルカニアの王女を辺境伯に近づけてはならぬ! 」
大神官は立ち上がり、祭服の裾を翻した。
「 すぐに辺境伯領へ連絡をーーいや、わしが直接通信室へ行く! 」
言い終えるが早いか、大神官は侍従たちを従えて、奥の通信の間へと駆け出す。
あわただしい足音と、重い扉が閉まる音が、静まり返った会議室に長く響いた。




