慈悲を名乗る狂気
ここはヴァンドル辺境伯領の国境の砦。
「また来たのか?」
見張りから宣告官の訪問を聞いたノアリスが、あきれた様な声を出す。
宣告官を追い返した翌日、再び宣告官が訪れてきた。
昨日は三人だったが、今日は二人だけである。
昨日と同じ、亜麻色の髪色の女性騎士が口を開く。
「 カシェリオス王国 ヴァンドル辺境伯閣下に告ぐ。
我らがダルカニア国の王女陛下は、隣国との平和と繁栄を望み、友好の証として 『 愛し子の開放 』 と 『 縁組』 を提案された。
それは決して略奪の願いにあらず。 互いの血と力を結び、両国がひとつとなるための慈悲に満ちた申し出であった。
だがカシェリオス王国およびヴァンドル辺境伯領は、陛下の恩寵を退け、侮り、応えぬままことも有ろうに侮蔑をもって対応した。 それは、愚かにも王女陛下の慈悲に背を向ける行為なり。
しかし、慈悲深き王女陛下は、再度の機会を与えると仰せである。
よって、ダルカニア国は最後の機会として、両国の顔合わせの場を求む。王女陛下自らが、ヴァンドル辺境伯と相まみえ、真なる対話の時を持たれんことを願う。
期日と場所は追って通達する。 されど、もしこの呼びかけにも応じぬならばーー、そのときこそ、陛下の沈黙が何を意味するかを知るであろう 」
聞いている全員があきれ顔である。
「 つまり、どうしても閣下と結婚したいと? 」
ひそひそと小声でつぶやきあっている。
「 いやぁ、こちらになんの利益もないですね。 これほど無駄な縁談も珍しい 」
「 奴らどういう神経してるんでしょうね? 」
「 普通に話をして、通じる気がしませんな 」
口々にその非常識さを語る。
みな呆れるばかりの言い分である。
クレイアスは
「 断ったはずだ。そもそもダルカニアが攻めてこねば済む話だ。
王女陛下とやらは、かなり妄想が激しいようだ。これ以上世迷い言を言い続ければ貴国の恥となろう。 お早く帰られよ。 今日中に引かねば、惹かざるを得ない状態になると心得よ 」
しかし、顔色を蒼白にした宣告官は動かない。
そして、後ろにいたもう一人の宣告官、ハニーブロンドの髪の騎士が苦しそうに、絞り出すような声で告げた。
「 ……一度、一度で良いのです。 どうか顔合わせを…… 」
その様子を不審に思ったノアリスが問いただす。
「 ……なぜ、顔を合わせることに拘る? まるで顔を合わせれば、それで思う通りになるとでも? 」
宣告をした騎士は下を向き、口を引き結び答えない。
再び、後ろの騎士が口を開いた。
「 一目、一目だけで良いのです。 それで王女陛下は納得いたします。どうか一目お会いして頂けないでしょうか 」
まるで、絞り出すかの様に苦し気に話す。
その必死な様子を見て、不信感が募る。
「 宣告官殿、その様子を見て、普通の面会だと思う方がおかしいでしょう?
魔道具を用いているか、何らかの罠だとしか思えません 」
ノアリスが告げると、後ろの女性騎士が口を開いた。
「 ……では、わたくしたちを捕らえて頂けませんか……? 」
「 ……アリア! 」
前にいる女性騎士が振り向き、とがめる。
「 いやぁ、宣告官に失礼を働いたとなれば、こちらが無作法といわれますのでね。 礼儀正しく話をしている宣告官を捕らえるなど、出来るはずがない 」
それでも後ろの騎士は続ける。
「 わたくしたちがここで暴れたとして、捕らえて頂けませんか。 必要なら、わたくしが暴れますので。 どうか二人とも、捕虜に…… 」
「 ……だめ!アリア! 」
顔色は蒼白。 尋常ではない。
目を細めてノアリスが言う。
「 分かってますか? そちらとこちらは敵同士です。 捕虜になりたがっているのだって、当然、何らかの意図があってのことでしょう。 そもそも攻めてきている側が、何を言っているのか、という話ですよ 」
口を引き結び、耐えるように下を向く宣告官。
「 うわぁぁぁぁ! 」
「 ……!アリア! 」
その時、後ろの女性騎士が儀礼剣でノアリスに切りかかった。
それを止めようとする前の女性騎士。 そもそも宣告官が持つ儀礼剣は刃を潰してある。
切ることは出来ない。
だが、宣告の場で抜刀したとなれば、捕らえざるを得ない。結果、二人の宣告官は捕らえられた。
* * *
「 ……異様ですね 」
ノアリスが呟いた。
切りかかってきた宣告官に、殺気はなかった。
ただ “ 切りかかった ” という事実を作りたかっただけに見える。
つまり……。
「 捕虜にしてほしい、ですか 」
自分で言っていた。
“ 自分が暴れるから、ふたりとも捕虜にしてほしい ” と。
そのためだけに儀礼剣を抜いたのだ。
真冬の侵攻。
王女の奇妙な言動。
宣告官の様子。
腑に落ちないことばかりだ。
「 誰も怪我をしていなかったので、切りかかった事実はなかったことにして二人を返す、と伝えたんです。 ……そうしたら切りかかった方は顔面蒼白になって、『 捕虜のままにしてくれ 』 と泣き出しまして。
もう一人はうつむいたまま、何も答えませんでした 」
ノアリスが肩をすくめる。
「 こちらに居たい理由として考えられるのは――こちらの情報を得たい、あるいは閣下の暗殺……それか、亡命でしょうか 」
敵前逃亡は、どの国でも最も恥ずべき行為。
すなわち、死罪に相当する。
……それでも逃げ出したい理由があるのか。
しかし理由が分からない。
クレイアスがため息交じりに口を開く。
「 どちらにしてもあの二人は、送り返すべきだろう 」
いつまでも捕らえたままにはしておけない。
理由を告げない相手の、捕虜にしてほしいという希望を聞き入れる道理もない。
結局、捕らえた捕虜二人は、数日のうちに送り返す方向で話が進んでいた。
その時だった。
ーーズドンッ。
地響きが、会議室の窓を震わせた。
「 魔術師です! 火の魔術の攻撃です! 」
「 結界を張れ! 」
光の結界と魔術結界は別物だ。
神殿の光の結界は魔獣や魔物を防ぐ。
魔法や魔術の攻撃を防ぐには、魔術結界が必要となる。
クレイアスが領主となってから、魔術による攻撃は一度も無かった。
しかし、戦に絶対はない。
その為、砦には、常に結界術師が常駐している。
結界術師が即座に結界を展開する。
ーードンッ。 ドォンッ。
結界に阻まれながらも、立て続けに地響きが鳴り響いている。
「 雪を溶かしながら行軍してきたとの報告です。
火の魔術師を連れています。 しかも攻撃の頻度が異常に高い……優秀な魔術師かもしれません! 」
報告する側近の声に、緊張が滲む。
魔術攻撃が絶え間なく続けば、兵を前に出すことはできない。
相手の魔力が尽きるのを待つしかない。
だが、いつまで待っても魔術攻撃は止まらなかった。
「 このままでは結界が破られます! 」
結界術師の一人が青ざめた。
二人の結界術師が交代で結界を維持しているが、すでに疲労は限界に近い。
攻撃が始まってから、すでに半日以上。
絶え間なく魔術が降り注いでいた。
「 ちょっと異常です。 頻度からしたら……何十人の魔術師を連れてきたんだ?! 」
焦るノアリスの声。
このままでは結界が持たない。
「 迂回路から回り込み、相手の側面から魔術師を潰そう 」
クレイアスが指示を出した。
遠距離攻撃を持つ魔術師を先に叩くのは、戦の基本だ。
別動隊の準備が進む中、見張りの一人が会議室に転がり込んできた。
「 閣下、報告します! ダルカニア軍が進軍を開始。
ーーですが、様子がおかしいです! 」
「 なんだ? はっきり言え 」
クレイアスが促す。
「 遠見によると、魔術師が次々と倒れています。
倒れた者から杖を回収し、別の者が魔術を放ち、また倒れる。
その繰り返しです。
倒れた者は放置され、ダルカニアは進軍を続けています。おそらく、先頭集団には王女がいる模様です 」
「 貴重な魔術師を捨て置いて進軍? ……総大将が前に出ているのか? 」
ノアリスが驚きの声を上げる。
やり方が滅茶苦茶だ。
総大将は後ろで指揮を執るものだ。
しかも魔術師が次々と倒れているーーいや。
「 ……杖か 」
クレイアスの目が細められる。
倒れた者から杖を回収し、次の者が魔術を放つ。
そしてまた倒れる。
杖は魔術師の魔力を補助する魔道具。
だがヴァンドルの結界師たちは倒れない。
ならばダルカニアの杖は、普通の魔道具ではない。
「 倒れている者は…… 生きているのか? 」
クレイアスが問う。
「 遠見の者によれば、生死は不明。 まったく動かず、反応もないとのことです 」
真冬の雪原に倒れたまま。
放置された者たちは、生きていてもやがて凍死するだろう。
王女の旗の下、人を、燃料のように使いながら進軍する者達。
その異様な光景に、ヴァンドル辺境伯の者たちは、底知れぬ不気味さを感じていた。
魔術師は貴重です。
あまりいません。
魔力はすべての人が持っており、修行すれば魔力の流れは分かるようになりますが、魔術として発現できる人は少ない状況です。




