【小国群⑫】愛し子と異世界語対応表
愛し子との思いがけない邂逅。
そして大神官との面会及び食事が終わったその日の午後。
愛し子の言葉の対応表を作るという事になった。
「 ミハル様。 この男の手を、椅子のひじ掛けだと思ってお手をお乗せください 」
侍女セミルがそう言いながら、アミキスの手に美春の手をそっと置いた。
周りには大神官、書記官、専門官、語学研究者、神殿の侍従たち、そして愛し子とその侍女たち。
レンジェロは食後、数人を残して宿に帰るように命じたのだがーー
「 陛下を残して帰ることはできませぬ! 」
「 陛下のお世話をする者が必要であります! 」
と、全員が居残りを主張。
神殿の中で言い争うわけにもいかず、結局、全員がここにいる。
( 何が “ 陛下のお世話 ” だ。 愛し子しか見てねぇじゃねぇか! )
全員が愛し子をガン見。
完全に浮かれたお上りさん集団だ。
それに気づいた愛し子の侍女が、俺と側近の間にそっと衝立を立てた。
「 あ……、 そんな…… 」
「 見えぬ…… 」
衝立の向こう側から聞こえてくる哀れな声。知らん。
「 申し訳ありません 」
( ……この神殿に来てから、謝ってばかりだ。
臣下の失態で王が謝り通しって、おかしいだろ! )
「 ミハル様、ごきげんうるわしゅう 」
大神官が声をかけ、アミキスがその言葉を復唱するように促す。
※※ここから『』内の美春の言葉を、アミキスが通訳中※※
『 はい、こんにちは 』
愛し子がにっこりと笑う。
「 言語の対応表を作ろうと思いましてな。 今から申すものを、ミハル様のお国の言葉で教えてくだされ 」
侍女が各種図解の本を持ってきて、日用品の名前を尋ねていく。
書記官と別の侍女が、丁寧にそれを書き写す。
一通り終わると、今度は植物の図鑑が開かれた。
『 似てる花は有ると思うんですけど……
あまり花に詳しく無くて…… ごめんなさい 』
申し訳なさそうな顔をする愛し子に、侍女たちは慌てて首をふる。
「 似てると思う物が有れば、それを指さしてくだされば、それで十分です 」
「 そうです、ミハル様。 学者でもない限り、植物の名前なんて知らなくて当然でございます! 」
愛し子がほっとした様に頷いて、侍女がページをめくって行く
『 あ、薔薇だ! 』
「 カルネラは ” BARA ” と言う名前なのですね 」
『 こっちはスミレです 』
次々と愛し子の言葉を書き写していく。
別の図鑑に移った。
そこには “ 羽蛇 ” の絵が描かれていた。
胴体は短く丸みを帯び、食用にもなる蛇である。肉は味が良く、卵は小さいが食用になる。
暑さ寒さに強く、粗食にも耐え、冬場に数日間餌が無いと冬眠するので、寒い地方では冬の保存食にもなる。
皮は鞣され小物を作る原料になり、羽毛は洗浄され、布団の原料としても使われている。
神殿の裏でも飼われている、最も一般的な家畜だ。
だが、愛し子は困った顔をする。
『 あの、ごめんなさい。 この蛇? 翼が生えたツチノコ? 私の住んでいたところにはいません 』
( 羽蛇がいない地域……? この大陸ではないのか? )
ページが次々とめくられていく。
『 あ、カピバラだ 』
「 タマラバは ” KAPIBARA ” で 」
タマラバは、丸みを帯びた体と大きな顔をもった獣だ。
野生種は穴を掘り、地中や岩場の間に巣を作る。
体長1.3mくらいで温厚。
乳は加工してチーズなどの原料にもなる。
また卵は日持ちし、数が減ると生み足す習性があるので、主に卵や乳を取る目的で飼われる。
『 あれ? でもしっぽが多い……? てかカピバラってしっぽあったっけ? 』
「愛し子様のいた地域のタマラバは、しっぽが無い種類なのかもしれませんね」
『 しっぽが無い種類…… なのかな? 』
首をかしげながら次のページを開いた。
『 あ、鶏です! 』
「 コーレリスは ” NIWATORI ” ですね 」
コーレリスは、建物ほど大きなく知能も高い怪鳥だ。
力で服従させて主従契約をして使役する。
魔獣では無いが、魔獣と戦えるほどに強く、足にある爪はやすやすと鎧を貫いてしまう。
一度ボスと認識させれば従順になるが、群れになればドラゴンとすら戦う危険な生物で、まず服従させるのが難しい。
使役できれば勇者扱いである。
『 おじいちゃんが飼ってたの 』
笑顔で話す愛し子。
( コーレリスを使役していたのか……。 愛し子の祖父はかなりの武の者と言う事だな )
次々と動物の絵を見せていく。いくつかの動物はわかるが、首をかしげる物も多い。
『 あ、馬。 馬です! 』
魔馬の絵を指差し、ぱっと顔を明るくする。
魔馬は一般的な角馬と、魔獣化しかけた馬を交配したものだ。
魔獣ではないが角馬より体格が良く、病気にも強く賢い。
しかし、一般的な「馬」とは違い、角が無いのが特徴だ。
「 ふむ、魔馬は同様の形をしておるのか 」
大神官が頷く。
ページが進み、インモルテ・ドラゴンの絵が現れる。
四つ足で牙が生えており、視界に入れば襲ってくる。
見上げるほどの巨体で、城壁も軽々破壊する力を持つ。
これは魔境や樹海の奥に生息しており、危険すぎて誰も近寄れない。
何百年も前に、強力な加護を持つ魔術師の探索者一行が討伐に成功し、その功績で領地を与えられた、という有名な逸話がある。
『 あ、イノシシ 』
「 ……ふむ、ドラゴンはご存じか? 」
大神官が問うと、愛し子はうなずいて笑う。
『 イノシシね。おじいちゃんが狩猟免許持ってて、時々狩に行ってたの。 それでね、おばあちゃんが鍋料理にしたり、あと薄切りにして生姜焼きにしてくれたの。 美味しかったよ 』
「「「 …… 」」」
「 ……おじいさまは、これを……狩っておられたと? 」
つい聞いてしまった。
『 うん。 でもね、向かってくるから危ないんだって。 牙があるし 』
( 危険なのは当たり前だ! ドラゴンだぞ?! いや、ドラゴンを狩る者なら、コーレリスの使役もうなずけるが…… )
肉は旨いと伝承にも確かにある。
だが肉の為にドラゴンに挑む者などいない。
ページが進み、古代の巨大魔獣の絵が出る。
黒光りする顎で巨木をなぎ倒しながら進んだと言われる魔獣。
その昔、この大陸にも実在したとされ、写し絵の加護を持つ者の記録まで残る存在だ。
しかし、さすがにこれは無いだろう、と侍女がページをめくろうとしたそのとき――
『 あ、クワガタだ 』
愛し子が笑顔で言った。
「 ……これを、実際に見たことが……あるのですか? 」
また聞いてしまった。
『 夏に飛んでくるとね、おばあちゃんが捕まえてポイって投げるの。 挟まれると危ないよ、って私は言ったんだけど 』
「「「 …… 」」」
「 ……おばあさま、とは……、その、聖姫……エリエゼル様でございますか? 」
『 そうそう。 エリおばあちゃん。 家の裏が山でね、夜になるとクワガタが飛んできちゃうことがあったの。 私は怖くて近寄れなかったけど、おばあちゃんは見つけると “ ポイッ ” て山の方に投げてくれて…… 』
懐かしそうに微笑む愛し子。
( ……伝説の聖姫が……
巨大魔獣を捕まえて ” ポイッ ” ?!)
「 彼女は身体強化が得意でのぉ…… 」
懐かしそうにつぶやく大神官。
「 意地の悪い祭司の椅子の足を、素手でへし折って、座ったらひっくり返る様にしておったのぉ……
自分より大きい岩を運んできて、路の真ん中に置いて通れなくして、迂回路に魔馬の糞をいれた落とし穴を作ったり…… 」
( ……魔獣が飛び交う国なのか?
祖父はドラゴン狩り、祖母は巨大魔獣投げ……? )
聖姫が祭司を転倒させてたとか、馬糞の落とし穴とか、どうでもいい情報もあるが……
( 間違いない。 愛し子様はこの大陸じゃない。 別の場所から来られたんだ…… )
* * *
「 それでは、また明日 」
大神官との面会が終わった。
思いがけずアミキスの加護の能力が分かり、その検証を兼ねた愛し子様との対面も叶った。
四日後の月夜祭祀では、何らかの情報がもたらされる事だろう。
神殿を出た一行は、宿に向かって歩き出す。
アミキスは今日一度宿に戻り、手荷物を整えて明日から神殿へ泊まり込みになる。
その道すがら、レンジェロは得られた情報に思考を巡らせる。
(情報が多すぎる。一度整理しなければならん)
降臨後、愛し子が面会を断っていたのは、言葉の問題があったため。
あの様子を見れば納得だ。
そして、あの女性が “ 聖姫の孫 ” というのも間違いないだろう。
( 聖姫の孫ならつまり、ケルメナの総領姫、
そしておそらく、十代に一人しか生まれぬ強い巫女姫だろう。
そのうえ女神の寵愛を受ける “ 愛し子 ” ならば、覚醒していた穢れの腕を浄化できたのも頷ける )
レンジェロは、隣を歩くアミキスをちらりと見た。
アミキスは護衛として腕が立つ上に、文官としての仕事もこなす。
その為、最初から連れてくることは決まっていたが、正直言って加護は微妙だと思っていた。
( ずっと役に立たん加護だと思っていたが……。
まさか、“ 触れている限り、どんな言語でも理解し、意思を伝えられる ” とはな )
レンジェロは宿に戻ると、すぐに連絡盤を手に取り、短文を連打しはじめた。
愛し子および大神官との面会が叶わなかった理由。
愛し子の血筋。
シアロッサでの魔物と呪物の件。
アミキスの加護の詳細。
神殿へのアミキス貸与。
本日分かった細々とした情報。
四日後の月夜祭祀で、大神官から何らかの情報がもたらされる見込みであること。
また、おそらく最初からこちらの身分が露見していた可能性。
一度に送れる字数が少ないため、何度も送信を繰り返す。
ようやくすべてを送り終えた。
しばらくすると盤上の三角が点滅し次々と返答が浮かび上がってきた。
『 滞在延長を了解 』▼
『 面会拒否の詳細、了解 』▼
『 アミキスの加護の件了解 』▼
『 アミキスの神殿への貸し出しの件承知 』▼
『 神の布の件了解 』▼
『 月夜祭祀への参加了解 』▼
『 死綴の環の目視確認を求む 』▼
『 愛し子と其方の年回り、良いのではないか 』▼
『 口説け 』▼
( ……絶対に最後の二行は親父だ )
ため息をついて魔道具をしまい込むと、明日からの予定を告げるために、側近たちの部屋へ向かった。
部屋では、アミキスが鼻歌交じりに荷をまとめており、他の者たちが羨ましそうにそれを見ている。
( 嬉しそうだな、おい )
こちらに気づいたアミキスが振り向き、勢いよく言った。
「 陛下! このアミキス、必ずお役に立ってみせますぞ!
この、優・秀・な! 加護を使って! 」
「 ……そうか。 期待している 」
いままで ” 何の役にも立たない ” と言われ続けてきた己の加護が、愛し子の助けになったと分かった途端にこれでだ。
うぜぇ。
そして、アミキスはご機嫌な調子で続けた。
「 しかし、愛し子様の家は富豪かもしれませんな 」
「 なぜそう思う? 」
「愛し子様の手の爪が、先まで綺麗でした。
労働階級なら、手荒れで形が歪になるもの。
手荒れが治っても、爪の形が戻るのは相応の期間が必要です。
文官のようなペンダコもなく、武器を持つ者の手でもありませんでした。
力仕事をしてきた者の手でもありません。
所作や表情から貴族や王族などでは無いでしょう。
感情が表情に出過ぎています。
ですが、手仕事をせずに済む立場ではあったことでしょう 」
( ……やっぱり、よく見てる )
こいつは騒がしく、うるさい。 見た目も軽薄そうに見える。
だが、観察眼は鋭く、仕事も確実にこなすし腕も立つ。
レンジェロがアミキスを重用する理由はまさにそこにあった。
羽蛇
雑食。
卵の大きさはウズラの卵くらい。
1度に5~10個の卵を産む。
体の太さは1.5Lの炭酸飲料のペットボトルくらい。
餌が多い時期は頻繁に卵を産むが、寒くなり餌が無くなると卵を産まなくなり冬眠する。
タマラバ
卵を産んで、孵化したら乳を与えて育てる習性がある。
細いしっぽが何本か生えており、しっぽは、根元から勝手に切れる仕様。
巣作りの巣材になる。
異世界の「馬」
角が生えているのが一般的。
角がないのは魔馬。




