【小国群⑩】うるさい加護と聖姫の孫
◇◇ レンジェロ ◇◇
愛し子ミハルと、小国群一行は、思いがけぬ形で邂逅することになった。
パレードで遠目に見た “ 愛し子 ” が、今まさに目の前にいる。
本来なら、感激でどうにかなってもおかしくない場面だが、
自分たちの仲間がその愛し子を転ばせてしまった、という最悪の状況。
絶体絶命の状況に、一行全員の顔色は蒼白だった。
しかし、運命は思わぬ方向に転んだ。
偶然にもアミキスの加護が、愛し子の役に立つことが分かったのだ。
それによりアミキスは命拾いをしたのである。
現在、この場には大急ぎで呼び寄せられた解析の専門官と、多言語が分かる神官、そして執務が終わり、駆け付けた大神官アルセルドがいる。
大神官が到着するまでの間に、専門官と神官の間で簡易的な検証はすでに終えており、
その間にアミキスの手当ては済まされ、癒し手による治療も施されていた。
治療中は、愛し子が心配そうにアミキス見つめていて、その視線を受けるアミキスに、仲間たちは微妙に苛立つ
ーーしかし口には出さない。
「 それでは、アミキスとやら。 改めて検証を始めるとしようかの 」
大神官の穏やかながら威厳ある声に、アミキスが静かにうなずく。
専門官が前に進み出て、説明を始めた。
その隣には書記官が控えている。
「 まず、アミキス殿の加護について、これまでに判明した内容を整理いたします。
他者に触れている状態で発した言葉が、その相手の “ 心 ” に直接響くーーというものです。
また衣服や薄絹を間に挟んでいても加護の効果がありました。
厚手のコートなど、分厚い生地の布を挟むと働かなくなることも確認いたしました。
多言語を理解する者にも確認したところ、その者が心の中で別の言語を思い浮かべた際には、
” それぞれの言葉で声が頭に響いた ” とのこと。
つまり、この加護は相手の使う言語が何であれ、意味を直接伝える性質を持つと考えられます。
その上、触れている状態ならばアミキス殿が知らぬ言語であっても、相手の言葉をアミキス殿は理解出来るという事も、判明いたしました 」
「 おお……! 」
「 そんな効果が! 」
専門官の説明に、小国群の面々がどよめく。
レンジェロは心の中で呟いた。
( うるさいだけの加護だと思っていたのに……、まさかこんな形で役に立つとはな。
しかもこのドジのおかげで愛し子様に会えるとは……。運というのは分からんものだ )
アミキスの周りには、同じ言語を使う人間しかいなかった。
その為、違う言語でもわかるという特性に全く気が付かなかったのだ。
専門官が改めてアミキスに声をかける。
「 アミキス殿。
これより、我々と愛し子様の間で言葉の伝達実験を行います。
こちらの言葉をそのまま愛し子様へ、愛し子様のお言葉をそのままこちらへお伝えください。
意訳や余計な言葉を加えぬよう、厳守をお願いします 」
「 承知しました 」
アミキスは神妙にうなずいた。
侍女セミルが美春のもとへ近づき、やさしく声をかける。
「 さあ、ミハル様。 この男の手を、テーブルの一部だと思ってお手をお乗せくださいませ 」
セミルが言いながら、美春の手をそっとアミキスの手に重ねる。
大神官が口を開いた。
「 ミハル様、転ばれたと聞きましたが、痛むところなどはございませんか? 」
アミキスがその言葉を復唱するように伝える。
ミハル様は頷きながら、何事かを話した。
「 『 大丈夫です。痛いところはありません 』……と仰っています 」
「 “ 仰っています ” の部分は不要です。 愛し子様の言葉のみをお伝えください 」
専門官の冷静な指摘に、アミキスは無言でうなずいた。
※※ここからの美春の言葉はアミキス通訳※※
『 あの、いいですか? 』
レンジェロは、愛し子ミハルに話しかけられ、少し驚いたように姿勢を正す。
「 はい。 何でしょう 」
『 昨日、窓枠で下のほうで潰されてた人たち、大丈夫ですか? ちょっと気になっちゃって 』
「 問題ありません。 例え潰されても、彼らは本望でしょう 」
レンジェロは満面の笑みで答えた。
『 うわぁ…… そうなんですね……。
あ、あと、一昨年亡くなった私のおばあちゃんも黒目黒髪だったんです。
でも周りにそういう人がいないから、地域とか民族の違いかなって思って 』
「 ……お祖母様が一昨年お亡くなりに。
お祖母様はきっと、女神の御手にて導かれ、神の御元でほほ笑んでおられることでしょう 」
レンジェロが愛し子の言葉に応えていると、
「 一昨年…… そうか、そうか…… 」
それを聞いたアルセルドが小さく呟く。 その瞳がわずかに潤んでいた。
( アルセルド師が……、泣いてる……?! )
動揺を隠せぬレンジェロが慌てて言葉を継ぐ。
「 我が国には “ ケルメナ ” という国の巫女の血を引く者が多くおります。
その血が濃いほど黒髪黒目となる傾向がございますが、必ずしもそうとは限りません 」
『 そうなんですね……。 あの、アルセルドさん。 おばあちゃんって、ケルメナの人なんですか? 』
「 確かに、その血を引いておりますな 」
大神官アルセルドが穏やかに答えた。
『 そうなんですね……。おばあちゃんの家族って、この国にいたりしますか? 』
「 親御様やご兄弟はおりませぬが、従兄ならばおります 」
『 遠いところに住んでるんですか? 』
「 いいえ、目の前におりますよ。 ミハル様のおばあさまの従兄が、私です 」
アルセルドが静かに微笑む。
『 アルセルドさん、おばあちゃんの従兄なんですか!? 』
「 ええ。彼女と私は、共に神殿で育った仲でしてな 」
柔らかく語るその声に、場の空気が静まり返った。
レンジェロは、あまりの情報量に息をのむ。
( まて……まてまて! ケルメナの血を引いていて、アルセルド大神官の従妹? 神殿で共に育った?
ということは……、聖姫じゃないか! つまり、愛し子は聖姫の孫娘……!?
しかも聖姫が一昨年亡くなっただと……!? )
大神官は会話を断つこともできたはずだ。
しかしそうしない。
つまり、あえて我らにも聞かせているのだ。
「 ミハル様。他のご家族様はご健在ですかの? 」
大神官が聞く。
『 私が十三歳の時に両親が事故で亡くなってしまって。
それからおばあちゃんと暮らしていました。私は一人っ子だったので、あちらに家族はいません』
大神官は目を潤ませ、愛し子の手を取り、優しく語りかけた。
「 それは辛い思いをされましたな……。
よう一人で頑張ってこられた。
これからは、わしを自分の祖父と思ってくだされ。
爺がなんでも叶えて差し上げよう 」
『 はい、アルセルドさん! ありがとうございます! おばあちゃんの昔の話とか、たくさん教えてください! 』
愛し子が嬉しそうに微笑む。
穏やかに話が続き、やがて昼食の時間に差し掛かった。
「 ふむ。 そろそろ昼食の時間かの。
ミハル様、しばしお食事の休憩をいたしましょう。
休憩の後、またこの者を使って話を続けるのはいかがですかな? 」
『 はい、喜んで! 』
愛し子が笑顔でうなずく。
そして思い出したように言った。
『 あ、そうだ。ミューラ、セミル。
私が言葉を分からないから、いつも大変な思いをさせてごめんね。
いつかちゃんと覚えるから! 』
「 ミハル様……! お仕えできることこそが、わたくしたちの幸せでございます……! 」
侍女たちは感極まり、目を潤ませていた。
愛し子が侍女に導かれて部屋を退出すると、場の空気がふっと変わった。
「 さて、思いがけずミハル様の御意思を知ることが叶いましたな。
これも慈悲深き女神の導きによるものであろう 」
大神官が穏やかに言葉を続ける。
「 本日はセルヴィア小国連合の使者どのと、ゆっくり話をするために、この後は他の予定は入れておらぬ。
昼食でも取りながら語らうとしよう。
さて、使者殿方。
そなたらの御一行の中で、どなたと話をすればよろしいかな? 」
大神官の視線が、まっすぐにレンジェロへと向けられた。今回の使節団には五か国の代表がいる。
今期の代表はフェルシア公国からの者であることも伝えてあるはず。
だが、その穏やかな笑みの裏に、明確な意図があった。
( これは……バレている、ということか。
……まあ、仕方ないか。
俺はラインセン大祭司様とも面識があるしな )
レンジェロは、大神官アルセルドの片腕である、大祭司ラインセンと行動を共にしていた時期がある。
それに、大神官ならば各国の王族の特徴は事前情報として知っていてもおかしくはない。
「 ……それでは、わたくしが 」
レンジェロが一歩前に出ると、大神官はゆっくりとうなずいた。
「 ふむ。 レン殿とお呼びすれば良いかの?
それとも……長い方の名前の方が良いかの? 」
( やっぱり全部バレバレかよ…… )
セルヴィア小国連合の代表者の中で、レンジェロは最年少だ。
祖父よりも年上の他国の王と渡り合う若手である。
ジジイどもは一見、好々爺に見えても、曲者ぞろいだ。
大神官もまた、そうした一人に違いない。
愛し子が部屋にいた時の大神官は、孫娘がかわいくて仕方ない祖父の様な穏やかさだった。
だが今は雰囲気が全く違う。
重く鋭い威圧感を放っている。
( オルベラ王国のキーケット王と言い、大神官と言い…… 元気すぎる年寄りが多すぎだろ )
「 ……お手柔らかにお願いいたします 」
レンジェロは静かに頭を下げた。
「女神の御手にて導かれ、神の御元でほほ笑んでおられることでしょう。」=「お悔やみ申し上げます」的な言葉。




