【小国群⑨】小国群のわくわく神殿見学ツアー
パレードの翌日。
大神殿には小国群の代表者たちが訪れていた。
約束の時間より早く来ていた為、大神官との面会の約束まではまだ時間がある。
しかし、大神官の執務が少し遅れており、約束の時間より面会が遅れそうだ、とのことで、神殿の侍従から丁寧な謝罪の言葉があった。
「 もしよろしければ、この機会に神殿内をご見学されてはいかがでしょうか 」
侍従のその提案に、小国群の一行は一斉に目を輝かせる。
レンジェロが答えようとしたのだがーー
「 えっ、見学ですか!? ぜひ! お願いします! 」
「 おお、本当に見ても? 」
「 大神殿の中を見学できるとは……! 」
部下たちが食い気味に身を乗り出して声を上げた瞬間、彼の出番は見事に消し飛んだ。
( こいつら! 空気読めよ! 物見遊山で来てるんじゃねぇぞ! )
レンジェロは内心で頭を抱えながらも、顔には笑みを貼りつけるしかなかった。
随行者の一人がお決まりのクジを出し、外れた者を荷物番と決める。
見学に参加する一行は、控室に残った者の恨みがましい視線を背に、神殿側の案内人に先導されながら、順に神殿内を巡ることとなった。
祈りの間、荘厳な女神像、そして展示された数々の聖具。
部下たちは、目に入るものすべてに歓声を上げ、まるで遠足の子供のように、次々と質問を投げかけていく。
「 おお、この絵は歴代の大神官殿たちでございますな? 」
「 あの鏡は……儀式用のものでしょうか?」
完全におのぼりさんである。
レンジェロはため息をつきながらも、どこか目を輝かせていた。
「 ……愛し子様のお姿の絵は、どちらに? 」
気づけば、自分も同じように案内人へ尋ねていた。
結局のところ、彼もまた立派なおのぼりさんだった。
「 こちらでございます 」
笑顔の案内人が、奥に続く廊下を指し示す。
そうして、一行は歴代の愛し子の絵が飾ってあるエリアへ向けて歩き出していた。
その一行の中でも、アミキスは子どもの様にはしゃいでいる。
正直、恥ずかしいレベルだ。
( おまえ、ちょっと落ち着けよ! )
言葉に出して言いたいが、案内人の前で叱るのは、それはそれで恥ずかしい。
案内人は、微笑みながら対応してくれる。
( ……田舎者の対応に、なれているのだろうな…… )
「 あの奥の廊下を曲がった先に、愛し子様の絵があるのですな! 」
アミキスの元気な声が廊下に響く。
早歩きで先を進むアミキスに呆れながら、レンジェロも視線を前に向けた。
◇◇ 美春 ◇◇
美春は今日、最初の一歩を踏み出す決意をしていた。
もともとインドア派で、一人でいても全く苦にならない性格。
お部屋の中、最高!
……つまり、根っからの引きこもり体質である。
そのため、神殿の奥で静かに過ごす日々も、まったく苦ではなかった。
むしろ快適そのもの。
だが最近になって 「 このままじゃダメだ 」 と思い始めていた。
昨日のパレードのとき、 「 この世界のことを少しでも知ろう! 」 と心に決めたのだ。
しかし、昨日は侍女たちの丁重なマッサージがあまりに気持ちよく、見事に爆睡。
気が付けば朝。
昨日の決意は夢の中へと消えた。
それなら今日!
今日から頑張ろう!
昨日の事を思い出す。
パレードのときに見た、建物の窓枠にぎっしりはまり込んだ人たちがいた……。
( 今思い出しても、あれはホラーな絵面だった…… )
でも、その人混みの中に、おばあちゃんと同じ黒髪黒目の人がいた。
きっと、他にもいるんだ。
もっと知らなきゃ。 もっと知りたい。
( ちゃんとこの世界の事を知っておけば、
クレイアスが、なんで行っちゃったのかも分かるかもしれないし )
しかし、周りに聞こうにも、美春はこちらの言葉が分からない。覚えようと思ってはいるのだが……
元の世界での、美春の英語の成績は目も当てられないものだった。
そんな美春が、英語よりもさらに馴染みのないこの世界の言葉を理解するのは、当然ながら困難だった。
教本もテキストもなにもない。
侍女たちが子ども用の絵本を持ってきて、絵を見せながら教えてくれたけど、その絵に描かれているのが 「 そもそも何なのか 」 わからない。
( カラフルなトカゲ? いや、これ、服? 食べ物? )
つまり、いまだに言葉はほとんど理解できていない。
だったら、目で見て覚えよう。
いろいろ見て回ろう!
そう決めた美春は、颯爽と歩きだした。
……計画? そんなものはない!
元気よく廊下を歩く美春。
普段なら、神殿内は侍女が先導して歩くのだが、
ここ数日元気のなかった彼女が、今日は生き生きしている。
『 このままミハル様のお気が済むまで、過ごしていただきましょう 』
侍女たちは顔を見合わせてうなずき、美春の後をついて回った。
美春を先頭に、神殿の奥から出て、前代の愛し子の絵(美春のおばあちゃんの絵)が飾られていたエリアを目指す愛し子一行。
はしゃぐアミキスを先頭に、歴代の愛し子の絵を目指す小国群一行。
両者はT字になった廊下をそれぞれ勢いよく進み、
そして、勢いそのままにぶつかった。
ーードンッ!
『 うわぁ! 』
「 あっ! 」
ーーゴッ!!
美春は思わず目を閉じる。
しかし
( あれ?痛くない…… )
恐る恐る目を開け視線を落とすと、知らない人が倒れていた。
美春の下に。
そして、じわりと赤い色が広がっていく……
( え、ちょっと待って!
さっきの ” ゴッ! ” って言う音、まさか…… )
「 やばっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!? っていうか、血! 血が出てる!! 」
つい日本語で叫ぶ美春。
「 は、はい、大丈夫です! こちらこそ申し訳ありませんっ! 」
( ーーえ、通じた? )
「 あ、えっと、大丈夫じゃないですよ! 血が出てるじゃないですか! 」
分かる言葉が返ってきた。 ……あれ?言葉が通じてる。
なんで?
『 ミハル様! 大丈夫ですか! 』
真っ青になった侍女たちが後ろから駆け寄ってくる。
前に視線を向けると、美春が下敷きにしている相手と同じ服装の人たちが、顔面蒼白で固まっていた。
『 ア、アミキス! な、なんということを……! 』
同じ服装をした黒目黒髪の男性が、青ざめながら何かを叫ぶ。
傍にいた神官服の人も、真っ青になっている。
( ってかこの人たち、あの窓枠にはまっていた人たちじゃない?! )
と気が付くが、下を見れば血が結構出てる。
ちょっ! ほんとこれヤバイ。
「 あの、今、降りますね! 」
「 あ、はい。 お願いします 」
( やっぱり、この人とは言葉が通じる )
下敷きになった人から降りようとすると、
セミルがハッとした顔で何事かを言い、降りるのを止められる。
周囲の者たちも青ざめながらも慌てて動き出した。
そしていまだに美春のクッションになっている人に、セミルが何かを言っている。
「いや、セミルこの人、手当てしないとダメじゃない!?
血が出てるけど……!? 私が下りないと! 」
美春がもう一度、下の人から離れようとすると、セミルが手で制してその男性に何事かを話しかけた。
すると、その “ 下敷きの人 ” が、美春に向かって言った。
「 あの……、自分の言葉、分かりますか? 」
「 あ、はい。 分かります! 」
「 ……分かるそうです 」
男性が周囲にそう告げると、侍女たちが一斉にざわめいた。
すぐに担架が運ばれてきて、
その “ 美春を乗せたまま ” の状態で、男性ごと持ち上げられる。
「 グエッ…… 」
下から妙な声が上がる。
「 ちょ、降りるよ! さすがに苦しそうだよ! 私も知らない人に馬乗りとかイヤだし!それにこの人、まだ血がでてるよ! 」
「 グッ……グェ……愛し子様は……、おりたいそうです…… 」
下敷きの男性が絞り出すように言うと、周囲の者たちが一斉に反応した。
( え?
この人の言葉、私にも分かるけど、周りにも分かってる? )
そういえば、口の動きが日本語と合ってない。耳で聞いてる感じじゃなくて、頭の中に直接響いてるような……
これって、テレパシー?
混乱の中、下敷きの人は、あわただしく近くの部屋へ運ばれた。
今は、頭に適当な布を巻かれたまま、ソファーに腰を下ろしている。
下敷きさん(仮)の周りには、例の “ 窓枠ぎっしり軍団 ” が控えていて、ものすごい目で、下敷きさんを睨みつけている。
侍女の一人が、美春の手に手袋をはめてくれ、その手をそっと下敷きさんの手に重ねる。
何やら周りが神妙に言葉を交わすなか、下敷きさんは真剣な面持ちでうなずいていた。
セミルが彼に、強い口調で何かを告げた。
『 アミキス殿と申されましたね。
廊下でミハル様と衝突した件は、いったん後回しにいたしましょう。
ミハル様の言葉が通じるという件については、専門官および高位の神官様の立会いのもと、正式な検証を行う必要があります。
よろしいですね? 』
その言葉を受け、男性ーーアミキスが姿勢を正して答える。
「 はい。 どのようなご質問にもお答えいたします 」
やっぱり、セミルの言っている事は分からないのに、下敷きさんの言葉はわかる。
(あ、布の隙間から血が……! やっぱり、ちゃんと手当てしてもらったほうがいいって! )




