【小国群⑦】パレードとくじ引き
ここはカシェリオス王都にある高級宿。
「 神殿より連絡が来ました 」
レンジェロの部下が部屋へ駆け込んできた。
これまで小国群は何度も面会の申し込みをしていたが、他国同様、
「 予定が立たぬ 」
という理由で断られ続けていた。今回も無理だろうと思っていたところーー まさかの承認。
大神官との面会の要請が、正式に通ったのだ。
王都帰還の翌日に大神殿にて、面会の席が設けられる事となった。
「 だが……、愛し子様との面会は、叶わないか 」
それでも愛し子の降臨以来、これまで誰一人として大神官との面会要請が通った者はいない。
そう考えれば、大きな前進だった。
帰還の日には、愛し子が凱旋パレードに出られる。実際にその姿を拝することができるだろう。
翌日は王宮にて、魔物討伐の功績を称える祝宴が催され、大神官も出席するという。
功労者たちへの労いを終えたのち、大神殿へ戻り、そこで小国群代表との面会が行われる手はずである。
現在、大神官はシアロッサに赴いており、愛し子と共に王都に帰還するとの事だ。
( 例の魔物や呪物について、何らかの手がかりをつかんでいるに違いない )
それを聞くには絶好の機会である。レンジェロは面会に同席できる人数を厳選し、その時を待った。
* * *
パレードの前日。
通りでは兵士たちが整列し、屋台や人々が道を塞がぬよう、
警備と整備が始まっていた。
愛し子一行は、現在王都の一つ手前の町に滞在中。
翌朝に出立し、昼過ぎに王都入り――そのまま凱旋パレードという予定であった。
「 やっと……やっと、愛し子様のお姿を見られますな! 」
側近のアミキスが、興奮を隠せぬ様子で言う。
もちろん任務で来ているが、
六十年ぶりに女神の寵愛を受けた存在が現れたのだ。
使節団として来ている者たち皆、胸が高鳴るのは当然だった。
しかも幸運なことに、貸し切りの宿の真下が、パレードの通り道。
顔を見られる可能性が非常に高い。
「 浮かれすぎて窓から落ちるなよ 」
レンジェロが呆れ半分に釘を刺すが、
一行の浮かれようは目も当てられないほどだった。
魔物の恐怖から解放され、
その魔物を討ち払った“愛し子”を見られる。
興奮が冷めるはずもない。
……一応、王子や全兵士と神官たちも主役のはずなのだが、
彼らにとってはもう “ 愛し子のパレード ” でしかなかった。
すでに窓際に私物を並べて、場所取りする者まで出る始末。
当然すぐ撤去されたが。
随行団、最年長の者がせっせと片付けていたが、彼から
「 きりがないので、くじ引きで場所を決めたいのですが 」
との、提案があり採用した。
「 お前ら、くじ引きでもして場所を決めろ。
当日騒いで見逃しても知らんぞ 」
レンジェロがため息をつくと、
一行は真剣そのものの表情で、くじ引きを始めていた。
彼はそんな浮かれた部下達を横目に、別の側近とともに
大神官面会用の資料の確認と、手土産の最終チェックに取りかかった。
◇◇ 美春 ◇◇
パレード当日。
門が開かれ、楽団の音が王都に響き渡る。
金の旗が風にたなびき、演奏が高らかに始まった。
先頭を行くのは、盾を掲げた兵士たち。
その列が整然と道を進み、英雄たちの行列を導く。
最初に姿を見せたのは、第一王子ヴェルトラム殿下。
並んで進むのは魔物出現地の領主、フェルガント公爵。
二人は馬上にて、沿道の民に手を振る。
続いて現れたのは、美しい装飾を施された豪華な馬車。
そこに乗るのは、愛し子ミハル、そして大神官アルセルド。白銀の鎧を纏った聖騎士たちが周囲を守り、光を反射してきらめきながら進んでいく。
その後ろには神官たちが続き、さらにシアロッサで戦った戦士たちが剣と盾を掲げて行進する。
長く続く行列。
その行列に歓声を上げる見物人たち。
どこを見ても人、人、人。
王都の熱気はまさに最高潮だった。
* * *
行列の中心から少し前方――
豪奢な馬車の影に、しゃがみ込んだミューラの姿があった。外からは見えない位置で、彼女は手を振る仕草を繰り返している。
「 さあ、今ですミハル様! あの練習を思い出して! 」そう言っている……ように見える。
( 正直、声は全く聞こえないけど )
美春はひきつった笑顔を浮かべながら、
ミューラのジェスチャーに合わせて手を振った。
物凄い人だかり。
物凄い歓声。
隣に座るアルセルドの声すら届かない。
それでも、美春は “ 笑顔っぽい何か ” を顔に張り付けたまま、
必死に手を振り続けていた。
ふと、馬車の周りを見渡す。
このパレードに ” 彼 ” がいない。
彼はシアロッサを出る前々日の夜、馬に乗って駆けて行ってしまった。
その日から彼を見ていないのだ。
( クレイアス、どこに行ったんだろう )
聞きたくても美春にはその言葉が分からない。
( 戻ってきてくれるかな…… )
そしてあの時の事を思い出すと、顔が引きつって笑顔を保てなくなる
なんで出したかな! 人前で!
* * *
あの日の夜。
彼は静かに、美春の部屋を訪れた。
何事かを告げると、そっと美春の手を取り――自分の額へと当てた。まるで祈るように。
( なに……? なんか、別れの挨拶みたい…… )
胸の奥に不安が広がり、美春は思わず、彼の袖をつかんだ。
クレイアスは少し困ったような顔をした後、何かを決心したように胸元へ手を入れる。
そしてーー取り出した。
……見覚えのありすぎる、あの布を。
『ーーいや……ええ!? 』
目の前が真っ白になる。
彼の手にあるのは、赤い布だった。
しかもここ、人前。
遠巻きながら侍女も兵士もいる。
「 ちょ、なんで今?! なんで出すの?! 」
( まさか、私が袖をつかんだから? “ 返せ ” って言われたと思ったとか!? いや、確かに返してほしいとは思ってたけど! でもなんで今?! )
焦った美春は、布を隠そうとして、とっさに両手で彼の手ごとその布を押さえつけた。
( ど、どうしよう!? どこに隠す?! 侍女はこっち見ないし! この服ポケットも無いし! )
侍女達を見ると、彼女たちはあえて目をそらしている。不自然なくらいに目線を変な所に向けている。絶対に目線を合せてくれない!
必死に脳内会議をしてーーひらめいてしまった。
( ……あっ! 今まであった “ 場所 ” に隠せばいいんじゃない?! )
動揺すると突拍子もない行動をとってしまうのは、昔からの悪い癖。
冷静に考えれば、何の解決にもなっていない。
むしろパンツを取り戻す絶好の機会ですらある。
でも動揺した時の美春は、考えるより先に体が動くタイプだった。
そしてそのまま、彼の内ポケットへパンツを隠した。
彼は一瞬驚いたような顔をしたが、次の瞬間、輝くような笑顔を向けてきた。
彼は再び美春の手を取ると、自分の額にそっと当て、短く何かを呟いた。
そしてすぐに部屋を飛び出していく。
思わず後を追うと、馬に飛び乗り、夜の闇の向こうへと駆けていく彼が見えた。
( ほんと……、どこに行っちゃったんだろ…… )
胸の奥がじんわりと痛い。
恥ずかしさと不安と、どうしようもない切なさがぐるぐる混ざって顔が引きつってしまう。
( 多分、笑顔じゃない顔だこれ )
それでも美春は、必死にパレードの馬車の上で手を降り続けていた。




